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カラスを退治したい

お兄ちゃんの遺影を抱き締めて

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「お兄ちゃん、お兄ちゃんどうして泣いてるの?  ねえ、お兄ちゃん、どうして~」

  わたしは、遺影写真のお兄ちゃんに向かって尋ねた。

  だけど、お兄ちゃんは返事をしてくれない。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。わたしね、カラスに追い回されているの。どうしてかな?   お兄ちゃん~」

  涙が込み上げてきた。顔中にぶわぁ~っと大量に流れる涙。拭っても拭っても次から次から溢れる涙。

「お兄ちゃん~」

  わたしは、お兄ちゃんの遺影を抱きしめ、暗くなった和室の部屋で泣き続けた。

  
  遺影の写真を見ると涙を流していたお兄ちゃんの表情は、涙こそはもう流れていなかったけれど、深い悲しみに沈んだ表情をしていた。

「お兄ちゃん……」

  わたしは、お兄ちゃんに心配をかけているのかな。

  お兄ちゃんは、死んでしまってからもわたしのことを心配してくれているのかな?

「ごめんね。お兄ちゃん、わたしは、カラスになんて負けないし、せっかくお兄ちゃんに助けてもらったこの命を大切にするから……。だからお兄ちゃん、そんなに悲しい顔はしないでね」

  わたしは、遺影の中のお兄ちゃんを見つめて、笑顔を作って言った。

  
  遺影の中のお兄ちゃんは、ふんわりと優しいお兄ちゃんらしい表情に戻った。

  「お兄ちゃん助けてくれてありがとう」

  わたしは、遺影をぎゅっと抱きしめて言った。

   遺影を持ち縁側に立つと、陽はすっかり沈み辺りは闇に包まれていた。

  空を見上げると夜空にキラキラと星たちが輝いていた。

  お母さんがもうすぐ帰ってくる。

  わたしは、流した涙を服の裾でごしごし拭いた。お母さんに心配はかけたくない。

  
  お兄ちゃんの遺影を元の位置に戻した。そして、わたしは仏壇の前に座った。

  「わたしのことを天国から見ていてね。だけど、もう悲しんだりしないで、わたしは大丈夫だからね」

  わたしは、おりんを鈴棒でチーンと鳴らし手を合わせてお兄ちゃんに言った。

  そして、お兄ちゃんの遺影に目を向けると、遺影の中のお兄ちゃんは笑ったように見えた。

   良かった、笑ってくれた。


  
  お母さんが帰ってきてからは、何事もなかったようにわたしは振る舞った。

  お母さんは、台所に立ち遅めの夕飯を作っている。

「お母さん、今日のご飯は何?」

  わたしは、無邪気な子供のように笑顔を作って聞いた。

  お母さんは、わたしの声に振り返り、「今日はね、史砂ちゃんの好きなお鍋だよ」と言った。

「わ~い、やったーお鍋だお鍋だ~」

「史砂ちゃん、早く手を洗ってきなさい」

「は~い」


  
  その夜は楽しくお父さんとお母さんとわたしの三人で鍋を囲んだ。

  夕食はキムチ鍋だった。白菜、豆腐、えのき、椎茸、ニラ、等にお餅入りのお鍋だった。体がほんわりと温まり美味しくてたくさん食べた。

  お父さんは、ビールも飲み機嫌が良かった。わたしは幸せだった。

   お兄ちゃん、わたしは幸せだから大丈夫だからね。心の中でお兄ちゃんに語りかけた。

  
  部屋に戻ってからもわたしは、すっかり元気になっていた。わたしって単純なのかもしれない。だけど、その方が楽なんだよね。

  わたしは、勉強机に座り宿題をした。明日学校の準備もきちんとして早めに眠った。

  お布団に入った後もその日は夢も見ないでゆっくり眠ることができた。
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