【完結】ろくでもない初恋を捨てて ※番外編更新中

緑野 蜜柑

文字の大きさ
4 / 64

優しい嘘① (*)

しおりを挟む
「あ…、おはよう…ございます」

次の日、会社に着き、コーヒーを淹れて自分の席に戻ろうとしたところで、ちょうど出勤してきた西野さんと鉢会う。少し気まずくそう挨拶すると、マグカップを持って佇むあたしを見て、西野さんがふっと微笑んだ。

「はよ、ございます」

会釈しながらそう言われて、思わずドキっとする。いつも無表情で機械のような挨拶を返してくる西野さんが、今日は微笑んでいる。この整った顔で微笑まれるのは、破壊力がすごい。

ごめん、悠真。別に西野さんと付き合いたいとかそういうことを思っているんじゃないからね。



「んん…っ」
「なぁ、今日あんまり感じてなくね?」

その夜、急に会いに来た悠真とあたしの部屋での行為中、声を抑えるあたしに少し不満そうに悠真がそう言った。

「ご、ごめん、声、管理人さんに注意されちゃって」
「あー、そういうこと」
「ご、ごめん…」
「いいけど、杏奈が喘がないとちょっと物足りねーな。今度ラブホでも行くか」
「う、うん…」

悠真に申し訳なく思いながら、それでも隣の部屋の西野さんにこれ以上恥ずかしい声を聞かせるわけにはいかないあたしは、納得してくれた悠真に安堵した。

「じゃあ、今週の金曜、仕事終わったら外でメシ食ってラブホな!」

帰り際にそう言った悠真に頷いて微笑んだ。



「栗原さん、急だけど、これ頼めない?」

木曜の夕方、課長から急に仕事を頼まれた。普通にやるなら丸2日はかかる分量だ。悠真との約束があるし、明日残業するのは何としても避けたい。

「繁忙期だから、栗原さんも忙しいのはわかってるんだけど…」

そう言いながら、課長が困った顔であたしを見る。気の弱い人だから、皆から断られているんだろう。このタイミングでこんな仕事を持ってくる課長も課長だが、困り果てている表情を見ていたら可哀相になってきて、仕方なく引き受けることにした。

大丈夫、今夜残業して大半を進めてしまえば、明日は定時で帰れるはずだ。

と思ったのに。時計が22時を回ってもたいして進まないそれに、あたしは絶望した。

「お、終わる気がしないよぉ…」

デスクに突っ伏して弱音を吐く。フロアにはもうあたししか残っておらず、こんな遅くまで絶望的に終わらない仕事をなぜ引き受けてしまったのかと、数時間前の自分を呪う。

悠真、楽しみにしてたな。行けないとか言ったら、機嫌悪くなっちゃうかもしれない。そう思ったら何だかちょっと悲しくなってきて、目頭がじわっと熱くなる。

悠真はエッチが大好きで、たくさんしたがる。あたしも悠真のことは好きだけど、気持ちいいかどうかはまた別の話で、エッチの良さは正直いまも全然わからない。

嘘の喘ぎ声だってバレたら、そのうち愛想を尽かされちゃうんじゃないだろうか。悠真にフラれたら、次の人なんて見つかる気がしない。こんな平凡なあたしを好きになってくれる人なんて、きっと悠真以外にいない。なのに、そんな悠真とのエッチすら、あたしはまともに上手くできていない。

「うわ…、なんか涙出てきた…」

まぁ、いいか。泣いたところで、今日はもう誰もいない。そう思ったら、タガが外れたようにポロポロと涙が頬を流れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

冷たい彼と熱い私のルーティーン

希花 紀歩
恋愛
✨2021 集英社文庫 ナツイチ小説大賞 恋愛短編部門 最終候補選出作品✨ 冷たくて苦手なあの人と、毎日手を繋ぐことに・・・!? ツンデレなオフィスラブ💕 🌸春野 颯晴(はるの そうせい) 27歳 管理部IT課 冷たい男 ❄️柊 羽雪 (ひいらぎ はゆき) 26歳 営業企画部広報課 熱い女

処理中です...