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~7. 婚姻の理由~
ロザリアの価値
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「クレディア商会の娘を娶るとは、若いのに貴方も随分と策士ですな」
3か月に1回行われる北方諸国との会談が終わり、その中の一人が帰り際にそう耳打ちをした。
「…ただの偶然ですよ」
「"偶然" では娶らないでしょう。セントレア帝国の "いわく付き" の公爵令嬢など」
悪意を秘めた笑みで、その初老の男がそう言い残す。反論はしなかった。おそらく今日の会談に出席した半数以上が、僕とロザリアの婚姻を彼と同じように見ているだろう。
数年前に我がレリック公国が成功した北方諸国産麦の品種改良。様々な思惑を腹に持つ各国を説得し、なんとか手を組んで生産高を増やし、やっとここまで来た。
これから半年以内にセントレア帝国への輸出網を構築する。それに向け、ロザリアが重要な鍵を握っているのは事実だ。
◇
「ルバート…、またそんな難解な本を…」
執務室に戻ると、執事のルバートが本棚の本を物色していた。
「殿下…! お帰りに気づかず、すみません…!」
「いや、構わない。またロザリアか?」
「ふふ。はい。数冊お借りします」
そう答えながら、ルバートが笑う。最初は驚いたこの光景も、もはや日常になってきた。初めてその光景を見たのは、ロザリアが来て間もない頃だった。
◇
「ルバート。執務室の本をそんなに沢山、何処へ持ち出そうというのだ」
「あぁ、殿下。ロザリア妃殿下に頼まれまして。レリック公国について学びたいとのことで」
「いくら学びたいと言っても、彼女がそんな難解な本を読む訳がないだろう?」
ルバートが手にしていたのは、歴史学や政治学といった学問色の強い本ばかり。とてもではないが女性が読めるような代物ではなかった。
「それが、僕も信じられないのですが…、ロザリア妃殿下は難なく読んでおられまして…」
戸惑った顔をしながらルバートがそう言う。どうやら冗談ではないらしい。
「いや、しかし…、国政に就くような高等教育を受けてきた者でないと、この辺りの本は読めないだろう?」
「はい。おそらく、ロザリア妃殿下は、そういう教育を受けてきたのではないかと…」
「は…?」
ルバートの返答に言葉を失う。
「セントレア帝国は、女性に対してもそういう教育をなさるのでしょうか…?」
「いや、そんな話は聞いたことがないが…」
そう言いながら、セントレア帝国にいた時の彼女の境遇に思考を巡らす。
彼女の婚約者であったアーサー皇子は、随分と自由に生きていた。セントレア帝国の第一皇子としての自覚もなく、王族教育も真面目に受けていたとは思えない。
ロザリアは、本来、アーサー皇子が学ぶべき分野まで自分が学ぶことで、彼を支えようとしたのではないだろうか。責任感が強く、真面目な彼女ならやり兼ねない。そうでなければ、今、ルバートが手に持っている本など読めるはずがない。
「はは。末恐ろしいな…」
思わず笑みが零れた。彼女が優秀なことはわかっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
3か月に1回行われる北方諸国との会談が終わり、その中の一人が帰り際にそう耳打ちをした。
「…ただの偶然ですよ」
「"偶然" では娶らないでしょう。セントレア帝国の "いわく付き" の公爵令嬢など」
悪意を秘めた笑みで、その初老の男がそう言い残す。反論はしなかった。おそらく今日の会談に出席した半数以上が、僕とロザリアの婚姻を彼と同じように見ているだろう。
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これから半年以内にセントレア帝国への輸出網を構築する。それに向け、ロザリアが重要な鍵を握っているのは事実だ。
◇
「ルバート…、またそんな難解な本を…」
執務室に戻ると、執事のルバートが本棚の本を物色していた。
「殿下…! お帰りに気づかず、すみません…!」
「いや、構わない。またロザリアか?」
「ふふ。はい。数冊お借りします」
そう答えながら、ルバートが笑う。最初は驚いたこの光景も、もはや日常になってきた。初めてその光景を見たのは、ロザリアが来て間もない頃だった。
◇
「ルバート。執務室の本をそんなに沢山、何処へ持ち出そうというのだ」
「あぁ、殿下。ロザリア妃殿下に頼まれまして。レリック公国について学びたいとのことで」
「いくら学びたいと言っても、彼女がそんな難解な本を読む訳がないだろう?」
ルバートが手にしていたのは、歴史学や政治学といった学問色の強い本ばかり。とてもではないが女性が読めるような代物ではなかった。
「それが、僕も信じられないのですが…、ロザリア妃殿下は難なく読んでおられまして…」
戸惑った顔をしながらルバートがそう言う。どうやら冗談ではないらしい。
「いや、しかし…、国政に就くような高等教育を受けてきた者でないと、この辺りの本は読めないだろう?」
「はい。おそらく、ロザリア妃殿下は、そういう教育を受けてきたのではないかと…」
「は…?」
ルバートの返答に言葉を失う。
「セントレア帝国は、女性に対してもそういう教育をなさるのでしょうか…?」
「いや、そんな話は聞いたことがないが…」
そう言いながら、セントレア帝国にいた時の彼女の境遇に思考を巡らす。
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ロザリアは、本来、アーサー皇子が学ぶべき分野まで自分が学ぶことで、彼を支えようとしたのではないだろうか。責任感が強く、真面目な彼女ならやり兼ねない。そうでなければ、今、ルバートが手に持っている本など読めるはずがない。
「はは。末恐ろしいな…」
思わず笑みが零れた。彼女が優秀なことはわかっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
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