【完結】雷の夜に

緑野 蜜柑

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書庫で課長から頼まれた書類を探すこと15分。簡単に見つかると思っていたのだが、甘かった。

うちの部署の棚の収納は極めて雑で、分類という概念が微塵もない。男ばかりの開発部署とは言え、これは酷すぎる。

今思えば課長はこの事態を知っていたのではないだろうか。まぁ、時間なさそうだったし、たまたま近くにいた俺が貧乏くじを引かされたという所か。

引き受けた以上、捜索を続けるより仕方ないと溜め息をついた瞬間、カチャっと入口のドアが開く音がした。

コツコツという足音に、誰だろう?と思いながら棚の横から顔を出し、「お疲れっす」と声を掛けると、そこにいたのは檜山だった。

「檜山…」

「…っ!?」

俺に気付いた檜山は天敵を見つけた小動物のようにびっくりして、入って来たばかりのドアに向かってクルッと回れ右した。

俺は慌てて追いかける。

「待って! 檜山、待てってば…!」

逃げる檜山の腕を掴む。俺の手を振り払って檜山が逃げようとして、少し強引に彼女を壁際に閉じ込めた。

いわゆる『壁ドン』というものをまさか自分がする日が来るとは思っていなかったが、状況からして、これ以外に檜山を引き止める方法が思い浮かばなかった。

「なんで避けてんの、俺のこと」

「さ、避けてな…い…」

「嘘つけ。いま明らかに逃げようとしたじゃん」

俺の言葉に檜山が黙り込み、気まずそうに視線をそらす。

あの夜があんなに幸せだったから否定していたが、こんな顔をされるとその自信が揺らいでくる。

一度寝た後にこんなに必死に逃げる理由は、やっぱり神島が言っていたように、あの夜の行為が何かまずかったのかもしれない。

「あの日…、俺、檜山に何かした…?」

「し、してない…」

そう答えた檜山は、視線をそらしたままだ。

そもそもあの夜は、雷が怖くて帰れなかった檜山の状況に俺が付け込んだと言ってもいい。

檜山は一夜限りのつもりだった…?

雷が轟く夜に一人で過ごすのを回避する代わりに、俺に身体を許した。そこに恋愛感情などはなく。だから、檜山からは一度も好きだとは言われなかったのだろうか。

そうなのだとしたら、俺だっていい大人だ。みっともなく縋るつもりはない。

「俺とは付き合えないなら、はっきり言ってくれていいよ」

「え…?」

「諦めるから」

俺を見上げる檜山と視線が重なる。

あの夜、この丸い瞳が潤んで俺を見つめていた。檜山の柔らかい頬の感触も、重ねると甘い唇も、俺はもう全て知っている。

指先から髪の一本一本まで、全てを愛しいと思ったあの夜と同じ感情が、再び胸を占める。

知らなければ良かった。これを諦めるのは結構キツいかもしれない。
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