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オマケ
最初の話─クロッカスの思想
しおりを挟む突然であるが、人間と動物の違いはなんだろうか。
種族が違う、なるほど。言語が違う、そうだな。
では他は?いくら種族や生態が違うと言っても、考えてみれば共通点の方が多いだろう。理性のある動物もいるし、本能を丸出しにする人間もいるわけだ。
種族が違うとしても、家族になれるのは先人たちが証明している。
じゃあ、それを踏まえて聞こう。
果たして、子供とペットに違いはあるのだろうか。
少なくともあの頃の俺は同じだと思っていたし、今でも大した違いはないと思っている。まぁそれでも、決定的に違うことは一つあって。
しかし、あの頃は犬猫と人間の違いも分からず、法律なんてものも知らない子供で。
つまるところ、どうしようもなく無知なガキだったのである。
───────────
当時の俺は、いつも一人でいるような子供だった。両親が共働きで、友人と遊びたい姉を拘束する訳にもいかず。様子を見に来てくれる祖母だって、毎日いるわけではない。
周りの子供は俺と相容れないと感じたのか、幼稚園でも外でも、友人と呼べるような人はいなかった。
我が儘を言っても謝られるだけで、次第に俺は何も求めない可愛げのない子供になっていて。
それでもやはり、寂しいものは寂しいのだ。
だから、周りがよく話すペットが羨ましいと思った。俺も、何でもいいから欲しいと思った。
無知なりに変な頭は働くクソガキだった俺は、捨てられたものや落とし物といったものは、拾った奴に所有権があることを知っていた。
元の持ち主が来ないのであれば、拾った奴のものになることを知っていた。捨てられた動物も、もれなくそうだということも。
だから拾ったのだ。ずっとそこにいたから、"そいつら"も捨てられたのだと勝手に判断した。別に、拾ってくださいとかかれた札も箱もなかったけれど。
内緒で拾って、こっそり家に連れ帰った。飼い主は世話をするものだと聞いたから、一緒に風呂に入ったり適当なパンを与えたりした。
夜、親が帰ってきて。俺はペットを飼いたいと久しぶりに我が儘を言った。それに親はほっとしたように笑った。笑って、いいよと言ってくれた。
その時の俺は、人間の子供と犬猫の違いが分からないような無知な子供で。法律なんて知らない子供で。
本当に、どうしようもなく子供だったのだ。
「─なんでずっとそこにいるの?」
俺の家から一番近い公園には、同年代の子供が沢山遊んでいた。何となくそれに交ざりにくかった俺は、家から二番目に近い公園でいつも一人遊んでいた。
そこには遊具と言うものはあまりなく、あるとすれば滑り台と砂庭くらいなもので。横にちょっとした林があるそこは、少ないベンチに老人が座ってるぐらいしか人がいなかった。
そもそも、子供がそんな人気の少ないところにいるのは親がいい顔をしない。しかし、それに気づく親は忙しく、何も言われなかった俺は静かなそこを好んでいた。
「きこえないの?」
そう、林の茂み越しに声をかける。しかし返事は帰って来ず、警戒心の高い野良猫のようだと思ったことを覚えている。
人気の少ないそこで遊ぶような子供は自分以外にいないと思っていたある日、茂みに二人の子供を見つけた。何日も連続で居るもんだから、思わず声をかけた。
二人だけでくっついて座り込んでいたそいつらの背の高い方は、俺を一瞥するとすぐに見向きもしなくなった。
何となくそれが悔しくて、その時の俺は既に寂しさで本当に心が消えそうで。
「ねぇ、むししないでよ…」
「…………」
「ねぇってば……」
「……」
「………」
「?…っ!?は、え、な…」
「ねー、だーじょぶ?」
静かになった俺を訝しんでこちらを見たそいつは、ぎょっと目を見開いた。俺より背の小さい方が、小さな手を伸ばして心配の声を上げる。
ポロポロと俺の目から落ちる涙が、地面にシミを作っていく。
誰も相手にしてくれる人が、世界の何処にもいないようで。子供らしく泣きじゃくればいいものを、我が儘に蓋をし慣れたその時の俺は声を押し殺して泣いてしまった。
そんな俺を異様に感じたのか、ずっと無視していた背の高い方が俺の頭を撫でた。親のように大きな手では無いけれど、辿々しいそれに視線を上げて顔を見る。
「お前、泣きかたへたくそ…」
「…へ、たじゃ、っ、ない、もんっ…」
「へた。もっと声だして泣け。きののほうがじょうずだ」
「ぼく、じょーず?」
「うん」
俺より多少流暢に喋るそいつの顔が、どうしたらいいのか分からないというのをありありと写していて。
何かまぬけな顔だなと、思わず笑ってしまった。
泣き止んで笑った俺にほっとしたそいつは、もう用はないと言わんばかりにすぐ茂みに座り込んでしまった。小さい方は、泣き止んだ俺に抱きついて離れない。
何故かその時の俺は対抗心を燃やしてしまい、そいつの隣に座った。あの時の驚いた顔は、今でも忘れないだろう。
「は?なに、お前。さっきからなんの用だよ」
「きみ、ひま?」
「ひまじゃない」
「ひまだね」
「おい!」
「おはなし、したいの。ちょっとでいいから」
「……なんで」
「…おうち、かえりたくない」
「帰れよ」
「かえったら、ひとりだもん…」
「…………」
「ねー、おはなし?」
「……ちょっとだけだぞ」
「!うん!」
にぱっと笑った小さい方の頭を撫でる。姉の真似事であったが、その子は嬉しそうに頭を擦り寄せてきた。それに応えるように撫でるのを続ける。
そんな俺たちを呆れたように眺めていた背の高い方は、嬉しそうにする小さな方を見て顔を綻ばせる。
どうやらもう拒否されないらしいと判断し、いくらか今より社交性の高かった俺は無邪気に話しかけた。
「おなまえ、なぁに?わたし、かんざきしおん。ごさい!」
「……みやさこ、ろくしょう。六才」
「ぼくね、みゃーさこきの!よんさい!」
「みゃー?」
「み、や。みやさこ」
「みゃー…みゃーの!きみのこと、みゃーのってよぶ」
「は?」
「ぼくみゃーの?」
「うん」
「みゃーの!ん、んー、しお、しおちゃ!」
へにゃりと笑うその子、小さいみゃーのが可愛くて。俺も下に兄弟がいたらこんな感じだろうかと羨ましく思った。
「きみは、えっとね…」
「いや、いいよ。別にふつうで…つか、なんでわざわざあだ名なんか…」
「みやさこ、ろくしょー…さこ、ろく………こしょう」
「ぜったいにヤダ」
「じゃあろっく!よろしくね、ろっく」
「……はぁ…」
今思えば、こしょう呼びは彼処から始まった。本当にろくな子供じゃなかったな、俺。
仕方なさそうにため息を吐いたろっくは、なんと言うか俺の一つ上とは思えなくて。もっと年上と思えるぐらいには、俺よりも子供らしくなかったと思う。
そこから俺が帰る時間まで、しばらく二人と会話した。みゃーのが可愛くて、不満げだったけど面倒を見てくれたろっくに姉が重なって。
空が赤らんで来たところで、そろそろ帰ろうと声をかけた。てっきり俺は、まだ二人にも帰る場所があると思っていたから。
しかし、返ってきた言葉は予想外なもので。
「帰れない。帰る、つもりもない」
そう言ったろっくの瞳は冷めきっていて、みゃーのがぎゅっとろっくに抱きついた。
つまり、ここ数日も帰る場所がない故にそこに居たのかと。そう気づいた時の俺の考えは本当に子供で、何気なく二人の手を引いた。
「じゃあ、わたしがひろってもいい?」
「は?」
「おちてるものって、ひろったひとのものになるんだって。だから、あそこにおちてるのならひろってもいい?」
「………拾って、どうすんだよ」
「かいぬしはペットのおせわするんだよ!」
「え?俺らペットになんの???」
きょとんとしたろっくは、次の瞬間吹き出した。しばらくケラケラと笑って、
「んじゃ、拾ってもらおうかな。飼い主サマ?」
温度の戻った瞳にようやく俺を写して、そう言った。
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