その日、見た空はとても赤く綺麗でした。

兎都ひなた

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#02

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「なんだよ、リリー。ここアルの家だぞ!?」
「ねえねえ、課題終わった?もう遊べる??」

眉間に皺を寄せながら振り返るユノの声に、全く聞く耳を持たないこの女は、リリフィル・ラナボルマ。ユノにやたらとついて回る、僕たちの幼馴染だ。好きなのだろうと気付いたのは、いつだったか。腰まで伸びたツインテールが、彼女の起こした爆風の余韻に靡く。動かなければ可愛いのに…。怪力で力加減を知らないのが玉に瑕だ。

「あぁ。まあ、課題は終わったけど…」

ユノは、答えながら僕の方をチラリと見た。そういえば課題が終わってからの予定は特に決めていなかった。そして今、ユノは彼女から逃げようとしている。

「…じゃあ街の方に降りようか。出店やってるといいな。」

(出店と言うよりも、フリーマーケットに近い、小遣い稼ぎ程度のテントだろうが。)

目を泳がせながら、何かいい案はないかと考えるユノを見かねて、僕は考えを絞り出す。ユノは課題が終わったら僕の家の屋根裏で昼寝でもしたかったのかもしれない。風通りが良く、陽射しが照ることも無いので、夏の間の定位置だ。

リリーには笑いかけたが、ユノの予定を狂わせてしまったかもしれないと思うと、なんだか申し訳なくなった。いつも課題や授業になるべくついていけるように助けてくれるユノは、僕にとって友達であり、恩人だ。僕のせいで時間を割いてしまっている部分は多々ある分、ユノの時間は大切にしたかった。

リリーはそんな僕の思考を知る由もなく、満面の笑みで頷き、すぐにユノの腕をとった。「行こう!」と引っ張ると、何処からか飛んできた自分のほうきに飛び乗り、困惑するユノを連れて行ってしまった。

「待ってよ!?」

先に吹っ飛んでいってしまったリリーたちを追うように、僕は壁に立てかけていたほうきに跨り、リリーの吹き飛ばした窓だった穴から飛び降りた。
いつも持ち運ぶ、古文書とペンは斜め掛けにした、角の磨り減ったカバンに入っている。そんなに重い荷物を持つなんてと、周りに幾度となく言われたが、正直最早持っていなくては落ち着かない体になってしまった。
これがないと、杖を持たない僕はまともに魔法を使うことが出来ないのだ。

息を切らして、街に降りた頃、ユノとリリーは木陰に立っていた。リリーは既に店で買い物をしたのか、手になにか食べ物を持って齧り付いている。ユノはリリーのほうきのスピードのせいで乱れてしまった髪を頻りに直していた。

「アルー!」

僕の姿に気付いたリリーが、手を振る。リリーの姿を正面から見た僕は、リリーの口にしていた物が何なのか、はっきりと分かってしまった。…人間の、耳だ。僕は嫌悪感に、胃から何かがせり上がってくるのを感じた。

(どうしよう…。)

人間界に住む人間は、食用として輸入という形でこの世界に入ってくる。同じ人型のその食糧に違和感と嫌悪感を示す僕は、この世界では異端らしい。多くの人は、人間を当たり前に食べることが出来る世界を望んだ。たくさん食べたくて、人間を輸入ではなく、この世界で繁殖させて食べようとした富豪もいたらしい。しかし、人間にこの世界の食事は口に合わなかったらしく、結局繁殖は失敗してしまい、今では人間界からのパイプを持った施設からの輸入に頼るばかりだ。

人間の他にも、この世界特有だとあとから知った、クルの実や、水辺を泳ぐハクモなど、この世界にも食べるものはたくさんあるのだが、どうも人間は美味らしい。

僕はその感覚がよくわからず、人間を食べることにいつまでも嫌悪感を抱いたままでいる。おかげで木の実や、この世界で生まれ、生きた生物しか口にしないため、周りには、《カルヒャチェ》と呼ばれる【偏食者】扱いをされている。

「リリー、もう食べてるんだね。」

嫌悪感に引き攣った顔に気付かれまいと、なるべく平静を装い、ゆっくり柔らかく笑顔を作ってリリーに近寄った。好きで食べている人を否定したいとはどうも思わない。まして、友達なら尚更、僕の反応1つで、笑顔の人を嫌な思いにはさせたくない。…でも、もしかしたら、逆にこの僕の行動は不自然だったかもしれない。

(気付かれてしまえば、我慢した意味がなくなってしまう。)

それだけはどうしても避けたかった。しかし、リリーはまた一口、耳を齧ると幸せそうに恍惚の笑みを浮かべる。僕は、その顔にゴクリ…と唾を飲み込んだ。

「うん!このコリコリした食感に程よい柔らかさの肉が付いてるのが堪らないんだよ。」

綺麗に切り落とされたその耳は、一見するとスナックのようだった。血が滴り落ちることもなければ、露骨に骨が見える訳でもない。肉を引きちぎるように食べるのは…しょうがないとして、耳は部位としては軽食なのかもしれない。
食べたことがないから、比較のしようも無いのだが。

「リリーはほんと、人間好きだよな。」
「それはユノだって同じでしょ?」

恍惚とするリリーの顔を、呆れ顔で覗くユノに、リリーは少しだけむくれてそっぽを向いた。「まあ、そうだけどな。」とユノは呟き、リリーの頭に手を乗せる。

(僕はこの場にいてもいいのだろうか…。)

むず痒い気持ちを抑えつつ、2人を視界から外し、遠くの木を見つめる。ケーラいう、甘く柔らかい実がなっているのが目に入ってきた。嫌悪感を抱くとは言え、目の前で人間の耳を美味しそうに食べるリリーを見ていると、流石にお腹がすいてきた。

「僕、ちょっと果物取ってくるね。」
「おう。」

手に持ったままのほうきに跨り、地面を蹴り上げた僕に、少し気まずそうにユノは手を振った。リリーはこんなにも、ユノを好きな気持ちを抑えていないのに、何故ユノは素直にならないのか。幼馴染という、不思議な距離感がそうさせているのか、長年そばにいる僕ですら、わからない。

地面を蹴り上げた勢いとは裏腹に、ほうきはゆっくりと浮かび上がり、ふわふわと木の方へ進行する。早く飛ぶ時は突風のように早いのに、遅い時は自分で走った方が早くつくのではないかと思うほど、遅い。ほうきのコントロールも魔力により、上手い下手が分かれ、僕は当然のように、コントロールが下手だ。周りがどんどん乗れるようになる中、飛んでいくほうきに跨り続けるだけでも精一杯。周りにバカにされたくなくて、夏休みの間も、ユノが来ない日はひたすら、どうしたら周りに追いつけるか考え、ほうきに跨り続けた。体でやってもなかなか覚えられず、魔力の差だからと、諦めようともした。しかし、そんな時父から、小さい頃に乗れなかった魔法使いがその後、周りと大差なく乗れるようになったという話も聞かされ、やれることはやってから諦めようと思ったのだ。

ようやく木に辿り着いた頃には、僕を抜かしていった小鳥たちが先にケーラをつついていた。

「僕にも少し分けてくれないかな?」

太い幹に腰をかけ、ケーラに夢中な小鳥たちに手を伸ばし、声をかける。
小鳥たちはお互いに顔を見合わせるように、キョロキョロとアイコンタクトを送りあった。許してもらえたのか、その中の1羽が、ケーラを僕の手に乗せてくれる。「ありがとう。」と微笑み、小鳥に混ざって夢中になって木の実を頬張る。

甘く、果汁の多いその実は僕の喉を潤した。
夢中になって、1個、また1個と手が伸びる。

「おーい、アル!もう行かないか??」

果汁を滴らせながら、ケーラを貪り着くように食べていると、下の方から、声がした。声の方を向くと、ユノが地面の方から叫んでいるのが見える。隣にはリリーがニコニコと微笑んでいる。

「ごめん、今行く!!」

手に持ったケーラの残りを口に押し込み、幹に立てかけたほうきを掴み、木を飛び降りた。ユノの隣に着地する。地面に着いた手をパンパンと叩き、土を落とす。

「何するの?」

ユノとリリーの顔を交互に見遣る。残りの夏休み、何をするか決めてはいない。ただ、この2人を抜きにして過ごすことを考えることは出来ない。しかし、太陽がてっぺんを過ぎるまで、今日は課題に時間を費やしてしまった。遊ぶ時間はほとんど残っていない。

2人は顔を見合わせて、ニヤッと何かを企んだように笑った。この顔をする時は…と、嫌な予感を感じると同時に、「明日、ボナリア先生のところに行こう!」とリリーが口を開く。

ボナリア・ビルマーノ。つまりは僕の父親だ。僕の通う、ティズマヤ学園で教師をしている。担当は植物魔法学。魔法学用の書籍の文字が読めなくて杖も持たない僕が、入学出来て、尚且つ退学処分にもなっていないのは、父が学校に掛け合ってくれているからだ。もちろん、それをよく思わない生徒もいるが、それはまた別の機会に。

「なんで休みの期間に学校に行くんだよ…。」

父のおかげで学校に通えているのは事実だが、僕は父のことが苦手だ。仕事が忙しいと言い、家で顔を合わせることが殆どなく、帰ってきても直ぐに書斎にひきこもってしまう。書斎にいない日はほとんど、学校にある父の研究部屋に引きこもっている。父とは学校にいる時の方が出会う奇妙な関係だ。現に、夏休みの期間もほとんど家にはいない。学校にいる父はとても厳格で、僕と会う時はいつも眉間にシワが寄っている。魔法が使えない僕が情けないのだろう。
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