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『リリフィル・ラナボルマ。』
校門の端にある、センサーに向けて自分のほうきの先に付けたパスポートを翳す。センサーはパスポートを読み込み、その後、パスポートを持つ本人を光で包む。両方をセキュリティが認識した時、初めて門は開き、独特な機械音で名前を読み上げられる。入門を許可された証だ。
『アルティナ・ビルマーノ。』
『ユノ・マリセクト。』
なんでこのセキュリティでは魔法を使わず機械頼りなのか、不思議でならないが、このセキュリティ以外にも学校は教師たちによる結界で守られ、ここ数百年、不法侵入を許したことは無いらしい。
(相変わらず変な声だな…。)
学校の中に入ると、どこまでも続く螺旋階段が出迎えてくれる。自分の行くべき道で止まる、と入学した時に教えられた。登る前は、途中で部屋に続く通路も、螺旋階段の終わりも見えないのに、いつも気付けば教室に着いている。
足を踏み入れ、階段を1段1段踏み外さないように、しっかりと歩く。この長い階段を転げ落ちるのは、想像しただけでも恐ろしかった。
僕の前には軽い足取りで、今にもスキップしながら登りそうなリリー。後ろには、僕の歩幅に合わせて歩くユノがいる。僕たち以外にも、休み期間だということを忘れさせるかのように、螺旋階段を登る人影が見え、また、人がいることを現す、校内を動いている螺旋階段が幾度となく横切った。
何段登っただろうか。今は建物のどの辺りなのか。何も分からないまま、歩いていると突如、僕の前を行くリリーの目の前に、重厚な扉がスライド式で飛び出してきた。金の縁飾りに、深緑の宝石の付いたドアノブ。口のようにも見える鍵穴に、【ボナリア・ビルマーノ】と筆記体で書かれた、紋章。間違いなく、父の研究部屋だ。普段、授業外はこの部屋に引き篭っている。夏休みである今でさえ、家ではなく、この部屋に来ているくらいだ。どれだけ僕に会いたくないのだろうと、父が家にいないことを慣れてしまった今でさえ、少しだけ悲しくなる。
(昨日だって…)
これで何日目だ、と感傷に浸りかけた僕の思考を切るように、トントントン、とリリーが扉中央についたリングを使って、ノックする。『誰だ。』と、低く腹に響くような、聞き馴染みのある声が、鍵穴から聞こえた。声に合わせて動く、鍵穴は何度見ても奇妙だ。
「リリフィル、アルティナ、ユノです。ボナリア先生、今よろしいでしょうか?」
鍵穴から聞こえた声に向かって、リリーが淡々と答える。返事もないまま、数秒待たされた後、扉は内側へとゆっくり、開いた。思った以上に広々とした部屋の、奥の方に、大きな椅子に座った父が見える。
「失礼します。」
3人で声を揃え、1人ずつ、部屋へと踏み込んだ。この部屋に来るのはこれで何回目だろうか。何度来ても、自分の父と言うよりも、学校内の厳格な教師を前にしたようなピンと張り詰めた空気に慣れない。
「夏休みだと言うのに、何の用だ?アルまでどうした。この部屋へ来るなんて。」
低く、腹に響く声。父の眉間には、理解し難いと言いたげに皺が寄っていた。そんなに僕に会うのが嫌なのかと、心の中でつい、呟く。
「先生には1番に教えたくて、来ました。…アルが今季の課題を完成させたんです。自分の魔法で。」
言葉が出ずに、無愛想に立っているしかない、僕の方をチラッと見たユノが、眉間に皺を寄せたままの父へ笑顔を作り、沈黙で重たくなった空気を破った。ユノの言葉を聞いた父は、信じられないと言いたげに分かりやすく目を丸くする。
(信じられないだろうな…。)
「お前…課題の文字が読めたのか?」
さっきまで目が合わなかった父と目が合い、咄嗟に逸らしてしまった。小さく「いえ。」と俯きながら呟く。
「ユノに、教えてもらいました。…魔法は、父さんに貰った本を使って…」
父と目を合わせないまま、ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。父がどんな表情をしてこちらを見ているか、検討がつかない。自分で読めていないことを残念がるか。やはり杖持たないことに対して、周りと違うことを気にするか。どちらとも取れず、またそうでないとも言いきれない、低い変わらぬ声で「そうか。」とだけ、頭上で響いた。
ギィ…と、父の座る椅子の音が響く。足音が聞こえ、顔を上げると、父は僕たちに背を向けて座っていた位置よりも更に奥にある大きな窓の前に立っていた。
「ボナリア先生、僕もアルに助けられたんですよ。」
またも沈黙を破り、ユノが父へ向けて声を発す。ユノの声に振り向いた父はまた、訳が分からないとでも言いたげに、眉間に皺を寄せていた。
「アルの召喚魔法、僕よりも断然上手いんです。見たことがないものでも、ちゃんと課題にある通り、出してくれるんです。」
「そうか。」
ユノの言葉に、父の眉間から皺は消え、薄らと微笑んだ気がした。…気がしただけかもしれないが。シワの寄らない、表情の父を見るのは久しぶりかもしれない。それどころか、父の顔を正面から捉えるのが数日ぶりだ。
「リリー、ユノ。教えてくれてありがとう。…これは、今私が研究している植物なんだが…持っていきなさい。上手く使えば何か食べれるかもしれないよ。」
話しながら、部屋の隅へと歩いていく父を目で追っていると、手のひらサイズのポットに入った植物を手に、近付いてきた。3人それぞれの手に、ポットを置くと、小さく呪文を唱えた。リリーは横で、「食べれる」の言葉に反応したのか、はしゃいでいる。
「ありがとうございます。」
つい、自分の父親だということを忘れて、他人行儀に挨拶をする。父と目を合わせることが苦手だ。この学校に来て、さらにそれを感じている。正直、怖いとさえ思う。
「…また、いつでも来なさい。」
僕の反応に機嫌を損ねてしまったのか、父は踵を返し、また椅子に腰かけた。そんな父にはお構い無しに、リリーは元気よく返事をし、ユノは深く頭を下げた。休みの日くらい家に帰ってくればいいのに、という言葉は口を出る前に飲み込んだ。
軽く頭を下げ、重厚感のある扉を、開く。螺旋階段へと続く扉は、3人が階段へ踏み出た途端にバタン、と大きな音を立てて閉まった。扉の方を振り返ると、そこにはもう扉は無くなり、ただ無機質な変わり映えのしない階段が伸びている。
「先生、嬉しそうだったね。」
「ああ、ご機嫌だったよな。」
顔を見合わせ、口々に嬉しそうに言い合う2人を見て、驚く。あの父が…嬉しそうだった?僕の目にはそんな風には見えなかった。確かに、微笑んだ気はしたが、口角が上がっていた訳では無い。一瞬、眉間のシワが消えた程度のことだ。
「…どこが?」
思わず、2人の会話に割って入ってしまった。いくら考えてもわかりそうにない。父の顔は僕の中で、ただの仏頂面の男、いつも不機嫌な顔をしている男という認識なのだ。
「え?嬉しそうに笑ってたじゃん。アルがちゃんと魔法出来たんだって喜んでたじゃん?」
(リリーは何を見てたんだ…?)
リリーの言葉に耳を疑う。僕には見えないところで話をしていたのではないかと思うほどだ。本当に同じ空間にいたのだろうか…。助けを求めたくてユノに目を向けると、ユノは「俺もそう思う。」と言いたげに、ゆっくりと頷いた。やはり、読み取れなかったのは僕だけらしい。
「おい、そこの奴。なに私服で突っ立ってんだよ。何処か部屋に入ってないとぶつかって落とされるぞ。」
頭上から、声が降ってきた。見上げると、そこには制服を着た上級生が、螺旋階段の手すりから身を乗り出して、叫んでいるのが見えた。
(そういえば…)
上級生の声を聞いて、ハッとする。やばい。制服を着ているならまだしも、夏休みだと言うこともあり、私服のまま来てしまったことに、今言われて気づいた。朝着替える時に、何故誰も気付かなかったのか…。
この螺旋階段は、外部からの侵入者として認識した者を、別の螺旋階段とぶつかり、振り落とそうとする性質がある。つまり、パッと見て認識をされる教師以外の人間は、例えほうきがあって中に入れたとしても、制服を着ていない限り、不審人物として直に認識されてしまうというわけだ。このままじゃまずい。元々父に会いに来るだけが目的だ。目的を果たした今、螺旋階段で悠長に話している場合ではなかった。
(あれ程、入学式の時に説明されていたのに…。)
何故忘れてしまっていたのか。後悔だけが頭をよぎる。しかし、足を止めている暇などなく、僕たちは顔を見合わせ、螺旋階段を掛け下りる。
ブォン…ッと、勢いよく頭上スレスレに見覚えのある塊が通る。目で追うと、階段の側面が飛び込んできた。どうやら、不審者と思われてしまったようだ。
「何とかなんないの!?」
足を止めることなく、リリーは甲高い声で叫ぶ。いつの間にか父に貰ったポットの植物は、ユノが2人分持っていた。
「なんとかって言ったって…俺が得意なのは、人物を拘束することであって、物質は止めらんねーんだよ。」
2段飛ばしながら、ユノはどこかに隙がないか、探すようにキョロキョロと、頻りに螺旋階段を観察している。
「私は…」
リリーは言いかけた言葉を、飲み込んだ。
リリーが得意なのは破壊魔法だ。この襲ってくる螺旋階段は止まるかもしれないが、その階段の下にもし人が居たらただでは済まない。そんな恐ろしいこと、出来るはずがなかった。
しかし、この階段。降りても降りても下に着かない。こんなに長く登っていたっけ…。慌てて掛け降りる僕たちは、何周目かも分からない螺旋を、ただひたすら回った。
(どこまで続いてるんだ!)
僕が得意な魔法は言わずもがな、召喚魔法だ。ただ、すぐに魔法が使えると言われる、杖は持っておらず、紙とペン、そして古い魔術書を使うため、ひたすら階段を下りながら魔法が使えるとは思えない。
「アル、少しだけ止めれたら、魔法使えるか?!」
何か考えがあるのか、ユノが僕の歩幅に合わせて、階段をおりながら、声をかけてきた。何か考えがあるらしい。耳打ちしてくるユノの声を聞きながらも、僕たちにぶつかろうとする階段は止まらない。勢いよく飛んでくる階段は、巨人に金棒で殴られそうな勢いだ。それがぶつかっても揺れるだけで折れないこの階段は、なんて丈夫なのだろうと感心すると同時に、これもまた魔法の一種なんだろうと、納得する。
ユノの作戦は、階段の手すりを一時的に動かないように、魔法をかけるから、その間に制服に見えるものを召喚してくれとの事だった。手すりだけでも動かなければ、階段は金縛りにあったように動かなくなる可能性もあるかもしれない。また、階段のように大きな物質ではなく、手すりという極限られたパーツということが、ユノの魔法を有効にする可能性を感じさせた。ただ、ユノが言うには、得意な人物では無く、感情を持たない無機質な物体が故、止められたとしても一時的なものだろうということだ。その間に果たして、僕の魔法が間に合うのか、そこが勝負の分かれ道だ。確かに、一時的にでも制服を着ているのだと思ってもらえれば、この突進してくる階段は動きを止めてくれるかもしれない。
(やってやる!)
校門の端にある、センサーに向けて自分のほうきの先に付けたパスポートを翳す。センサーはパスポートを読み込み、その後、パスポートを持つ本人を光で包む。両方をセキュリティが認識した時、初めて門は開き、独特な機械音で名前を読み上げられる。入門を許可された証だ。
『アルティナ・ビルマーノ。』
『ユノ・マリセクト。』
なんでこのセキュリティでは魔法を使わず機械頼りなのか、不思議でならないが、このセキュリティ以外にも学校は教師たちによる結界で守られ、ここ数百年、不法侵入を許したことは無いらしい。
(相変わらず変な声だな…。)
学校の中に入ると、どこまでも続く螺旋階段が出迎えてくれる。自分の行くべき道で止まる、と入学した時に教えられた。登る前は、途中で部屋に続く通路も、螺旋階段の終わりも見えないのに、いつも気付けば教室に着いている。
足を踏み入れ、階段を1段1段踏み外さないように、しっかりと歩く。この長い階段を転げ落ちるのは、想像しただけでも恐ろしかった。
僕の前には軽い足取りで、今にもスキップしながら登りそうなリリー。後ろには、僕の歩幅に合わせて歩くユノがいる。僕たち以外にも、休み期間だということを忘れさせるかのように、螺旋階段を登る人影が見え、また、人がいることを現す、校内を動いている螺旋階段が幾度となく横切った。
何段登っただろうか。今は建物のどの辺りなのか。何も分からないまま、歩いていると突如、僕の前を行くリリーの目の前に、重厚な扉がスライド式で飛び出してきた。金の縁飾りに、深緑の宝石の付いたドアノブ。口のようにも見える鍵穴に、【ボナリア・ビルマーノ】と筆記体で書かれた、紋章。間違いなく、父の研究部屋だ。普段、授業外はこの部屋に引き篭っている。夏休みである今でさえ、家ではなく、この部屋に来ているくらいだ。どれだけ僕に会いたくないのだろうと、父が家にいないことを慣れてしまった今でさえ、少しだけ悲しくなる。
(昨日だって…)
これで何日目だ、と感傷に浸りかけた僕の思考を切るように、トントントン、とリリーが扉中央についたリングを使って、ノックする。『誰だ。』と、低く腹に響くような、聞き馴染みのある声が、鍵穴から聞こえた。声に合わせて動く、鍵穴は何度見ても奇妙だ。
「リリフィル、アルティナ、ユノです。ボナリア先生、今よろしいでしょうか?」
鍵穴から聞こえた声に向かって、リリーが淡々と答える。返事もないまま、数秒待たされた後、扉は内側へとゆっくり、開いた。思った以上に広々とした部屋の、奥の方に、大きな椅子に座った父が見える。
「失礼します。」
3人で声を揃え、1人ずつ、部屋へと踏み込んだ。この部屋に来るのはこれで何回目だろうか。何度来ても、自分の父と言うよりも、学校内の厳格な教師を前にしたようなピンと張り詰めた空気に慣れない。
「夏休みだと言うのに、何の用だ?アルまでどうした。この部屋へ来るなんて。」
低く、腹に響く声。父の眉間には、理解し難いと言いたげに皺が寄っていた。そんなに僕に会うのが嫌なのかと、心の中でつい、呟く。
「先生には1番に教えたくて、来ました。…アルが今季の課題を完成させたんです。自分の魔法で。」
言葉が出ずに、無愛想に立っているしかない、僕の方をチラッと見たユノが、眉間に皺を寄せたままの父へ笑顔を作り、沈黙で重たくなった空気を破った。ユノの言葉を聞いた父は、信じられないと言いたげに分かりやすく目を丸くする。
(信じられないだろうな…。)
「お前…課題の文字が読めたのか?」
さっきまで目が合わなかった父と目が合い、咄嗟に逸らしてしまった。小さく「いえ。」と俯きながら呟く。
「ユノに、教えてもらいました。…魔法は、父さんに貰った本を使って…」
父と目を合わせないまま、ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。父がどんな表情をしてこちらを見ているか、検討がつかない。自分で読めていないことを残念がるか。やはり杖持たないことに対して、周りと違うことを気にするか。どちらとも取れず、またそうでないとも言いきれない、低い変わらぬ声で「そうか。」とだけ、頭上で響いた。
ギィ…と、父の座る椅子の音が響く。足音が聞こえ、顔を上げると、父は僕たちに背を向けて座っていた位置よりも更に奥にある大きな窓の前に立っていた。
「ボナリア先生、僕もアルに助けられたんですよ。」
またも沈黙を破り、ユノが父へ向けて声を発す。ユノの声に振り向いた父はまた、訳が分からないとでも言いたげに、眉間に皺を寄せていた。
「アルの召喚魔法、僕よりも断然上手いんです。見たことがないものでも、ちゃんと課題にある通り、出してくれるんです。」
「そうか。」
ユノの言葉に、父の眉間から皺は消え、薄らと微笑んだ気がした。…気がしただけかもしれないが。シワの寄らない、表情の父を見るのは久しぶりかもしれない。それどころか、父の顔を正面から捉えるのが数日ぶりだ。
「リリー、ユノ。教えてくれてありがとう。…これは、今私が研究している植物なんだが…持っていきなさい。上手く使えば何か食べれるかもしれないよ。」
話しながら、部屋の隅へと歩いていく父を目で追っていると、手のひらサイズのポットに入った植物を手に、近付いてきた。3人それぞれの手に、ポットを置くと、小さく呪文を唱えた。リリーは横で、「食べれる」の言葉に反応したのか、はしゃいでいる。
「ありがとうございます。」
つい、自分の父親だということを忘れて、他人行儀に挨拶をする。父と目を合わせることが苦手だ。この学校に来て、さらにそれを感じている。正直、怖いとさえ思う。
「…また、いつでも来なさい。」
僕の反応に機嫌を損ねてしまったのか、父は踵を返し、また椅子に腰かけた。そんな父にはお構い無しに、リリーは元気よく返事をし、ユノは深く頭を下げた。休みの日くらい家に帰ってくればいいのに、という言葉は口を出る前に飲み込んだ。
軽く頭を下げ、重厚感のある扉を、開く。螺旋階段へと続く扉は、3人が階段へ踏み出た途端にバタン、と大きな音を立てて閉まった。扉の方を振り返ると、そこにはもう扉は無くなり、ただ無機質な変わり映えのしない階段が伸びている。
「先生、嬉しそうだったね。」
「ああ、ご機嫌だったよな。」
顔を見合わせ、口々に嬉しそうに言い合う2人を見て、驚く。あの父が…嬉しそうだった?僕の目にはそんな風には見えなかった。確かに、微笑んだ気はしたが、口角が上がっていた訳では無い。一瞬、眉間のシワが消えた程度のことだ。
「…どこが?」
思わず、2人の会話に割って入ってしまった。いくら考えてもわかりそうにない。父の顔は僕の中で、ただの仏頂面の男、いつも不機嫌な顔をしている男という認識なのだ。
「え?嬉しそうに笑ってたじゃん。アルがちゃんと魔法出来たんだって喜んでたじゃん?」
(リリーは何を見てたんだ…?)
リリーの言葉に耳を疑う。僕には見えないところで話をしていたのではないかと思うほどだ。本当に同じ空間にいたのだろうか…。助けを求めたくてユノに目を向けると、ユノは「俺もそう思う。」と言いたげに、ゆっくりと頷いた。やはり、読み取れなかったのは僕だけらしい。
「おい、そこの奴。なに私服で突っ立ってんだよ。何処か部屋に入ってないとぶつかって落とされるぞ。」
頭上から、声が降ってきた。見上げると、そこには制服を着た上級生が、螺旋階段の手すりから身を乗り出して、叫んでいるのが見えた。
(そういえば…)
上級生の声を聞いて、ハッとする。やばい。制服を着ているならまだしも、夏休みだと言うこともあり、私服のまま来てしまったことに、今言われて気づいた。朝着替える時に、何故誰も気付かなかったのか…。
この螺旋階段は、外部からの侵入者として認識した者を、別の螺旋階段とぶつかり、振り落とそうとする性質がある。つまり、パッと見て認識をされる教師以外の人間は、例えほうきがあって中に入れたとしても、制服を着ていない限り、不審人物として直に認識されてしまうというわけだ。このままじゃまずい。元々父に会いに来るだけが目的だ。目的を果たした今、螺旋階段で悠長に話している場合ではなかった。
(あれ程、入学式の時に説明されていたのに…。)
何故忘れてしまっていたのか。後悔だけが頭をよぎる。しかし、足を止めている暇などなく、僕たちは顔を見合わせ、螺旋階段を掛け下りる。
ブォン…ッと、勢いよく頭上スレスレに見覚えのある塊が通る。目で追うと、階段の側面が飛び込んできた。どうやら、不審者と思われてしまったようだ。
「何とかなんないの!?」
足を止めることなく、リリーは甲高い声で叫ぶ。いつの間にか父に貰ったポットの植物は、ユノが2人分持っていた。
「なんとかって言ったって…俺が得意なのは、人物を拘束することであって、物質は止めらんねーんだよ。」
2段飛ばしながら、ユノはどこかに隙がないか、探すようにキョロキョロと、頻りに螺旋階段を観察している。
「私は…」
リリーは言いかけた言葉を、飲み込んだ。
リリーが得意なのは破壊魔法だ。この襲ってくる螺旋階段は止まるかもしれないが、その階段の下にもし人が居たらただでは済まない。そんな恐ろしいこと、出来るはずがなかった。
しかし、この階段。降りても降りても下に着かない。こんなに長く登っていたっけ…。慌てて掛け降りる僕たちは、何周目かも分からない螺旋を、ただひたすら回った。
(どこまで続いてるんだ!)
僕が得意な魔法は言わずもがな、召喚魔法だ。ただ、すぐに魔法が使えると言われる、杖は持っておらず、紙とペン、そして古い魔術書を使うため、ひたすら階段を下りながら魔法が使えるとは思えない。
「アル、少しだけ止めれたら、魔法使えるか?!」
何か考えがあるのか、ユノが僕の歩幅に合わせて、階段をおりながら、声をかけてきた。何か考えがあるらしい。耳打ちしてくるユノの声を聞きながらも、僕たちにぶつかろうとする階段は止まらない。勢いよく飛んでくる階段は、巨人に金棒で殴られそうな勢いだ。それがぶつかっても揺れるだけで折れないこの階段は、なんて丈夫なのだろうと感心すると同時に、これもまた魔法の一種なんだろうと、納得する。
ユノの作戦は、階段の手すりを一時的に動かないように、魔法をかけるから、その間に制服に見えるものを召喚してくれとの事だった。手すりだけでも動かなければ、階段は金縛りにあったように動かなくなる可能性もあるかもしれない。また、階段のように大きな物質ではなく、手すりという極限られたパーツということが、ユノの魔法を有効にする可能性を感じさせた。ただ、ユノが言うには、得意な人物では無く、感情を持たない無機質な物体が故、止められたとしても一時的なものだろうということだ。その間に果たして、僕の魔法が間に合うのか、そこが勝負の分かれ道だ。確かに、一時的にでも制服を着ているのだと思ってもらえれば、この突進してくる階段は動きを止めてくれるかもしれない。
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