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「……ああ、これですわ。これこそが文明の極み、人間が到達すべき真理の温度ですわ……」
リフォーム開始から数日。
氷晶の離宮の客間では、ネイビーがうっとりとした表情で、床に直接這いつくばっていました。
イグニスの魔力を注ぎ込まれた床暖房は絶好調。
氷の石材を通して伝わってくるじんわりとした熱は、ネイビーの冷え切った魂を優しく、そして容赦なく解きほぐしていました。
かつては毛皮を五枚重ねていた彼女も、今は軽やかなウールのドレス一枚(と、念のためのカイロ数個)で過ごせるまでになっています。
「……お嬢様。床の温度を確認するのは結構ですが、公爵令嬢が床に張り付いている姿は、あまり他所様に見せられるものではございません」
セバスが呆れたように紅茶を差し出します。
その紅茶からは、ネイビーの要望で「煮えたぎる直前」の猛烈な湯気が上がっていました。
「いいのよ、セバス。ここは私の領地……いいえ、私の『聖域(サンクチュアリ)』だもの。……それより、外が何やら騒がしいようだけれど?」
ネイビーが窓の外(もちろん二重サッシに改造済み)を指さすと、そこには宮殿の門前に集まる人だかりが見えました。
それは、近隣の「極寒の村」からやってきた村人たちでした。
「……助けて……『ストーブの女神』様……。村の暖炉が、魔力の枯渇で消えかかっているのです……。このままでは、今夜を越せません……」
門の前で力尽きようとしていた村長を、ネイビーはすぐさま中に招き入れました。
もちろん、彼らを救いたいという慈愛の心もありましたが、それ以上に「冷たい人間が近くにいると、私の周囲の空気まで冷えるじゃない!」という切実な理由からです。
「ボリス! すぐに彼らを大広間へ! 床暖房の設定を『強』にして、厨房にある全ての食材を鍋に放り込みなさい! 味付けは生姜とニンニクを通常の三倍よ!」
ネイビーの指揮のもと、宮殿は一気に慌ただしくなりました。
運び込まれた村人たちは、床から伝わる未知の温もりに驚愕し、出された「超激辛・熱々根菜スープ」を口にすると、一様に涙を流しました。
「あ、温かい……。お腹の底から、生きる希望が湧いてきます……!」
「なんてお優しい……。王都では『冷酷な悪役令嬢』だなんて噂されていましたが、あなたは氷を溶かす太陽のような方だ!」
村人たちの賞賛の声に、ネイビーは誇らしげに胸を張りました。
(ふふふ、いいわ。どんどん私を崇めなさい。評判が上がれば上がるほど、私はこの『暖かい拠点』から追い出されなくなるのだから!)
しかし、スープを配り終えたネイビーは、ある重大な事実に気づきました。
宮殿の中は温かいですが、村人たちの村自体が冷え切っているという根本的な問題です。
「……イグニス様。少し、ご相談がありますの」
ネイビーは、地下の魔力制御室で「宮殿のエンジン」として魔力を供給していたイグニスの元を訪れました。
彼は汗をかきながら、シャツのボタンを大きく開けて休息を取っていました。
「……相談? お前が神妙な顔をする時は、大抵ろくなことじゃないな」
「失礼な。……実は、この宮殿の熱を、村まで届けることはできないかと思いまして」
「……あ? ここから数キロ先にある村にか? 魔力伝導の効率を考えたら、途中で冷めてしまうぞ」
イグニスの指摘は正論でした。
しかし、ネイビーは不敵な笑みを浮かべ、懐から一冊の設計図を取り出しました。
「ですから、これを使うのです。……名付けて『ネイビー式・魔力熱伝導パイプライン』! 公爵家に眠っていた、熱を逃がさない特殊合金の在庫をすべて取り寄せましたわ。これを地中に埋めて、あなたの情熱を村までダイレクトにデリバリーするのです!」
「……お前、本気でこの北国全体を温めるつもりか?」
イグニスは呆れを通り越して、感心したようにネイビーを見つめました。
彼女の動機は「自分が寒くないように」という極めて個人的なものですが、その結果として、何百人という人々の命が救われようとしています。
「いいだろう。お前がそこまで言うなら、俺も付き合ってやる。……ただし、魔力が切れたらお前が俺を温めろよ?」
「……えっ? そ、それは……私があなたの『カイロ』になるということかしら?」
ネイビーが顔を赤く(今度は熱気と別の理由で)した瞬間、イグニスは彼女を力強く引き寄せ、そのおでこをコツンと叩きました。
「そうだ。お前が一番効率のいい『燃料』だからな。……さあ、やるぞ。北国の歴史を塗り替える、史上最大の暖房工事だ!」
こうして、ネイビーの「改心」は、ついには国家規模の「熱エネルギー革命」へと発展していくことになったのです。
しかし、この「温かな噂」は、王都でネイビーの没落を願うアレン王子たちの耳にも届き始めていました。
リフォーム開始から数日。
氷晶の離宮の客間では、ネイビーがうっとりとした表情で、床に直接這いつくばっていました。
イグニスの魔力を注ぎ込まれた床暖房は絶好調。
氷の石材を通して伝わってくるじんわりとした熱は、ネイビーの冷え切った魂を優しく、そして容赦なく解きほぐしていました。
かつては毛皮を五枚重ねていた彼女も、今は軽やかなウールのドレス一枚(と、念のためのカイロ数個)で過ごせるまでになっています。
「……お嬢様。床の温度を確認するのは結構ですが、公爵令嬢が床に張り付いている姿は、あまり他所様に見せられるものではございません」
セバスが呆れたように紅茶を差し出します。
その紅茶からは、ネイビーの要望で「煮えたぎる直前」の猛烈な湯気が上がっていました。
「いいのよ、セバス。ここは私の領地……いいえ、私の『聖域(サンクチュアリ)』だもの。……それより、外が何やら騒がしいようだけれど?」
ネイビーが窓の外(もちろん二重サッシに改造済み)を指さすと、そこには宮殿の門前に集まる人だかりが見えました。
それは、近隣の「極寒の村」からやってきた村人たちでした。
「……助けて……『ストーブの女神』様……。村の暖炉が、魔力の枯渇で消えかかっているのです……。このままでは、今夜を越せません……」
門の前で力尽きようとしていた村長を、ネイビーはすぐさま中に招き入れました。
もちろん、彼らを救いたいという慈愛の心もありましたが、それ以上に「冷たい人間が近くにいると、私の周囲の空気まで冷えるじゃない!」という切実な理由からです。
「ボリス! すぐに彼らを大広間へ! 床暖房の設定を『強』にして、厨房にある全ての食材を鍋に放り込みなさい! 味付けは生姜とニンニクを通常の三倍よ!」
ネイビーの指揮のもと、宮殿は一気に慌ただしくなりました。
運び込まれた村人たちは、床から伝わる未知の温もりに驚愕し、出された「超激辛・熱々根菜スープ」を口にすると、一様に涙を流しました。
「あ、温かい……。お腹の底から、生きる希望が湧いてきます……!」
「なんてお優しい……。王都では『冷酷な悪役令嬢』だなんて噂されていましたが、あなたは氷を溶かす太陽のような方だ!」
村人たちの賞賛の声に、ネイビーは誇らしげに胸を張りました。
(ふふふ、いいわ。どんどん私を崇めなさい。評判が上がれば上がるほど、私はこの『暖かい拠点』から追い出されなくなるのだから!)
しかし、スープを配り終えたネイビーは、ある重大な事実に気づきました。
宮殿の中は温かいですが、村人たちの村自体が冷え切っているという根本的な問題です。
「……イグニス様。少し、ご相談がありますの」
ネイビーは、地下の魔力制御室で「宮殿のエンジン」として魔力を供給していたイグニスの元を訪れました。
彼は汗をかきながら、シャツのボタンを大きく開けて休息を取っていました。
「……相談? お前が神妙な顔をする時は、大抵ろくなことじゃないな」
「失礼な。……実は、この宮殿の熱を、村まで届けることはできないかと思いまして」
「……あ? ここから数キロ先にある村にか? 魔力伝導の効率を考えたら、途中で冷めてしまうぞ」
イグニスの指摘は正論でした。
しかし、ネイビーは不敵な笑みを浮かべ、懐から一冊の設計図を取り出しました。
「ですから、これを使うのです。……名付けて『ネイビー式・魔力熱伝導パイプライン』! 公爵家に眠っていた、熱を逃がさない特殊合金の在庫をすべて取り寄せましたわ。これを地中に埋めて、あなたの情熱を村までダイレクトにデリバリーするのです!」
「……お前、本気でこの北国全体を温めるつもりか?」
イグニスは呆れを通り越して、感心したようにネイビーを見つめました。
彼女の動機は「自分が寒くないように」という極めて個人的なものですが、その結果として、何百人という人々の命が救われようとしています。
「いいだろう。お前がそこまで言うなら、俺も付き合ってやる。……ただし、魔力が切れたらお前が俺を温めろよ?」
「……えっ? そ、それは……私があなたの『カイロ』になるということかしら?」
ネイビーが顔を赤く(今度は熱気と別の理由で)した瞬間、イグニスは彼女を力強く引き寄せ、そのおでこをコツンと叩きました。
「そうだ。お前が一番効率のいい『燃料』だからな。……さあ、やるぞ。北国の歴史を塗り替える、史上最大の暖房工事だ!」
こうして、ネイビーの「改心」は、ついには国家規模の「熱エネルギー革命」へと発展していくことになったのです。
しかし、この「温かな噂」は、王都でネイビーの没落を願うアレン王子たちの耳にも届き始めていました。
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