悪役令嬢として婚約破棄され、地獄の追放先へ。

ちゃっぴー

文字の大きさ
13 / 28

13

しおりを挟む
「……ああ、これですわ。これこそが文明の極み、人間が到達すべき真理の温度ですわ……」

リフォーム開始から数日。
氷晶の離宮の客間では、ネイビーがうっとりとした表情で、床に直接這いつくばっていました。

イグニスの魔力を注ぎ込まれた床暖房は絶好調。
氷の石材を通して伝わってくるじんわりとした熱は、ネイビーの冷え切った魂を優しく、そして容赦なく解きほぐしていました。
かつては毛皮を五枚重ねていた彼女も、今は軽やかなウールのドレス一枚(と、念のためのカイロ数個)で過ごせるまでになっています。

「……お嬢様。床の温度を確認するのは結構ですが、公爵令嬢が床に張り付いている姿は、あまり他所様に見せられるものではございません」

セバスが呆れたように紅茶を差し出します。
その紅茶からは、ネイビーの要望で「煮えたぎる直前」の猛烈な湯気が上がっていました。

「いいのよ、セバス。ここは私の領地……いいえ、私の『聖域(サンクチュアリ)』だもの。……それより、外が何やら騒がしいようだけれど?」

ネイビーが窓の外(もちろん二重サッシに改造済み)を指さすと、そこには宮殿の門前に集まる人だかりが見えました。
それは、近隣の「極寒の村」からやってきた村人たちでした。

「……助けて……『ストーブの女神』様……。村の暖炉が、魔力の枯渇で消えかかっているのです……。このままでは、今夜を越せません……」

門の前で力尽きようとしていた村長を、ネイビーはすぐさま中に招き入れました。
もちろん、彼らを救いたいという慈愛の心もありましたが、それ以上に「冷たい人間が近くにいると、私の周囲の空気まで冷えるじゃない!」という切実な理由からです。

「ボリス! すぐに彼らを大広間へ! 床暖房の設定を『強』にして、厨房にある全ての食材を鍋に放り込みなさい! 味付けは生姜とニンニクを通常の三倍よ!」

ネイビーの指揮のもと、宮殿は一気に慌ただしくなりました。
運び込まれた村人たちは、床から伝わる未知の温もりに驚愕し、出された「超激辛・熱々根菜スープ」を口にすると、一様に涙を流しました。

「あ、温かい……。お腹の底から、生きる希望が湧いてきます……!」

「なんてお優しい……。王都では『冷酷な悪役令嬢』だなんて噂されていましたが、あなたは氷を溶かす太陽のような方だ!」

村人たちの賞賛の声に、ネイビーは誇らしげに胸を張りました。
(ふふふ、いいわ。どんどん私を崇めなさい。評判が上がれば上がるほど、私はこの『暖かい拠点』から追い出されなくなるのだから!)

しかし、スープを配り終えたネイビーは、ある重大な事実に気づきました。
宮殿の中は温かいですが、村人たちの村自体が冷え切っているという根本的な問題です。

「……イグニス様。少し、ご相談がありますの」

ネイビーは、地下の魔力制御室で「宮殿のエンジン」として魔力を供給していたイグニスの元を訪れました。
彼は汗をかきながら、シャツのボタンを大きく開けて休息を取っていました。

「……相談? お前が神妙な顔をする時は、大抵ろくなことじゃないな」

「失礼な。……実は、この宮殿の熱を、村まで届けることはできないかと思いまして」

「……あ? ここから数キロ先にある村にか? 魔力伝導の効率を考えたら、途中で冷めてしまうぞ」

イグニスの指摘は正論でした。
しかし、ネイビーは不敵な笑みを浮かべ、懐から一冊の設計図を取り出しました。

「ですから、これを使うのです。……名付けて『ネイビー式・魔力熱伝導パイプライン』! 公爵家に眠っていた、熱を逃がさない特殊合金の在庫をすべて取り寄せましたわ。これを地中に埋めて、あなたの情熱を村までダイレクトにデリバリーするのです!」

「……お前、本気でこの北国全体を温めるつもりか?」

イグニスは呆れを通り越して、感心したようにネイビーを見つめました。
彼女の動機は「自分が寒くないように」という極めて個人的なものですが、その結果として、何百人という人々の命が救われようとしています。

「いいだろう。お前がそこまで言うなら、俺も付き合ってやる。……ただし、魔力が切れたらお前が俺を温めろよ?」

「……えっ? そ、それは……私があなたの『カイロ』になるということかしら?」

ネイビーが顔を赤く(今度は熱気と別の理由で)した瞬間、イグニスは彼女を力強く引き寄せ、そのおでこをコツンと叩きました。

「そうだ。お前が一番効率のいい『燃料』だからな。……さあ、やるぞ。北国の歴史を塗り替える、史上最大の暖房工事だ!」

こうして、ネイビーの「改心」は、ついには国家規模の「熱エネルギー革命」へと発展していくことになったのです。
しかし、この「温かな噂」は、王都でネイビーの没落を願うアレン王子たちの耳にも届き始めていました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。 「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」 決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...