悪役令嬢、婚約破棄に「御意」と答えて即帰宅。

ちゃっぴー

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「――現在時刻、十時五十八分三十秒。予定より二十秒の遅れです」

大聖堂の控え室。

純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、懐中時計を見ながら眉をひそめた。

「閣下、入場前のネクタイの微調整に時間をかけすぎです。この二十秒を取り戻すには、バージンロードを歩く速度を通常の1.2倍にする必要があります」

「……ヨーネリア」

隣に立つ新郎――アレクセイ閣下が、呆れたように、しかし愛おしそうに私を見つめた。

「一生に一度の晴れ舞台だぞ? 秒単位で急ぐ必要があるのか?」

「あります。結婚式は一大プロジェクトです。予算、人員、時間……全てが計画通りに進行してこそ、最高の成果(幸せ)が得られるのです」

私はキッパリと言い放った。

今日の式のために、私は完璧な『進行台本』を作成した。

無駄に長い主賓挨拶はカット(手紙での提出に変更)。
お色直しは一回のみ(着替え時間短縮のため、特殊な早着替えドレスを開発)。
ケーキ入刀は、切れ味鋭い名刀で一撃で終わらせる。

全ては効率化のためだ。

「……君らしいな」

閣下は苦笑し、私の手を取った。

「だが、今日の君は世界一美しい。……その姿を参列者に見せる時間を短縮するのは、私が許さんぞ」

「……お世辞は結構です。さあ、時間ですわ」

私は顔を赤らめつつ、閣下の腕を取った。

扉が開く。

パイプオルガンの荘厳な音色と共に、私たちは光溢れる大聖堂へと足を踏み入れた。



「……速い」

参列席の最前列で、ミーナ様が呟いた。

「バージンロードを歩く速度が……競歩レベルだわ……」

その通り。

私たちは颯爽と、風を切って歩いた。

ドレスの裾裁きも完璧だ。長いトレーンが絡まないよう計算し尽くされた足運び。

感動的な涙? 歩くのに必死で流す暇などない。

あっという間に祭壇の前へ到着。

「……到着時刻、十一時三分。よし、遅れを取り戻しました」

私が小声でガッツポーズをすると、目の前の神父様がポカンとしていた。

「あ、あの……では、誓いの言葉を……」

神父様が咳払いをして、聖書を開く。

「新郎、アレクセイ・フォン・ベルンシュタイン。あなたは、健やかなる時も、病める時も……」

「誓います」

閣下が即答した。食い気味に。

「新婦、ヨーネリア・フォン・エッセン。あなたは……」

「誓います。次へ」

私も即答した。神父様のセリフを最後まで聞くのは時間の無駄だ。

「えっ……あ、はい。では、指輪の交換を……」

私たちは電光石火の早業で指輪を交換した。

「よし、予定より一分巻いていますね。素晴らしい進行です」

私は心の中で勝利を確信した。

これなら、披露宴の料理を食べる時間が十分に確保できる。

「では、誓いのキスを」

神父様が言った。

ここだ。

私の計画では『接触時間:三秒』。

長くても五秒だ。それ以上は公衆の面前での品位に関わるし、次の賛美歌斉唱の時間が押してしまう。

私は閣下を見上げた。

「……閣下。三秒ですよ。カウントしますからね」

小声で念を押す。

閣下は優しく微笑み、ベールを上げた。

「……善処しよう」

その言葉が、怪しい響きを含んでいることに、私は気づくべきだった。

閣下の顔が近づく。

唇が重なる。

(一、二、三……はい、終了!)

私が離れようとした、その時。

グイッ。

閣下の腕が私の背中に回り、強く抱き寄せられた。

(えっ!?)

離れない。

それどころか、角度を変えて、さらに深く口づけられた。

(ちょ、ちょっと! 三秒過ぎてます! 五秒! 十秒!?)

私は閣下の胸をトントンと叩いた。合図だ。

しかし、閣下は止まらない。

まるで、今まで溜め込んでいた愛を全て注ぎ込むかのような、熱烈で、終わりの見えないキス。

会場がざわめき始める。

「……長いな」
「一分経過したぞ」
「誰か止めろ、神聖な場所だぞ」
「いや、尊いからもっとやれ!」(ミーナ様の声)

(んぐっ……く、苦しい……!)

酸素が足りない。

私の頭の中で、進行表が音を立てて崩れていく。

『エラー発生。予定時刻を大幅に超過。復旧不能』

(二十秒……三十秒……)

「……ゴホンッ!!」

ついに、神父様が盛大に咳払いをした。

「……あー、新郎新婦? 神の前ですよ? そろそろ呼吸をしないと死にますよ?」

その声で、ようやく閣下が唇を離した。

プハッ。

私は酸素を求めて喘いだ。

顔が熱い。茹でダコのように真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「……か、閣下っ!!」

私は涙目で睨みつけた。

「け、計画通りに進行してくださいと申し上げたはずです! 四十五秒のロスです! どう責任を取るおつもりですか!?」

私は怒った。

しかし、それは完全に照れ隠しだった。

こんな……数百人の前で、あんな濃厚なキスをされるなんて聞いていない。

閣下は悪びれもせず、むしろ満足げに唇を拭った。

「すまない。君が可愛すぎて、時間感覚がバグを起こしたようだ」

「バグとか言わないでください!」

「責任なら取るさ。……この後の披露宴、私のスピーチを四十五秒短縮しよう」

「そういう問題ではありません!」

会場からは、ドッと笑い声と拍手が起こった。

「ヒュー! 熱いねぇ!」
「ご馳走様!」
「末永く爆発しろ!」

私は両手で顔を覆った。

「……もう、最悪です。私の完璧な計画が……」

「だが、最高の結婚式だろう?」

閣下は私の腰を抱き、耳元で囁いた。

「計画通りにいかないのが人生だ。……これからは、二人でその予想外を楽しんでいこう」

「……ううっ」

反論できない。

悔しいけれど、今のキスで、私も頭が真っ白になってしまったからだ。

「……わかりました。修正案(プランB)に移行します」

私は真っ赤な顔のまま、閣下の腕にしがみついた。

「これより、予定を変更して『新郎新婦退場』を行います! 走りますよ、閣下!」

「御意、マイ・レディ」

私たちは腕を組み、バージンロードを駆け抜けた。

フラワーシャワーが舞う中、私たちは笑いながら教会の扉を開け放った。

その先には、どこまでも広がる青空と、予想外だらけの、でもきっと幸せな未来が待っていた。

……ちなみに。

この後に行われた披露宴でも、閣下の「愛の暴走」によりスケジュールは崩壊。

最後には私がヤケになって「もういいです! 全員で飲み明かしましょう!」と叫び、朝まで宴が続いたという。

効率的とは程遠い、しかし最高に記憶に残る結婚式となったのである。
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