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「――現在時刻、十時五十八分三十秒。予定より二十秒の遅れです」
大聖堂の控え室。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、懐中時計を見ながら眉をひそめた。
「閣下、入場前のネクタイの微調整に時間をかけすぎです。この二十秒を取り戻すには、バージンロードを歩く速度を通常の1.2倍にする必要があります」
「……ヨーネリア」
隣に立つ新郎――アレクセイ閣下が、呆れたように、しかし愛おしそうに私を見つめた。
「一生に一度の晴れ舞台だぞ? 秒単位で急ぐ必要があるのか?」
「あります。結婚式は一大プロジェクトです。予算、人員、時間……全てが計画通りに進行してこそ、最高の成果(幸せ)が得られるのです」
私はキッパリと言い放った。
今日の式のために、私は完璧な『進行台本』を作成した。
無駄に長い主賓挨拶はカット(手紙での提出に変更)。
お色直しは一回のみ(着替え時間短縮のため、特殊な早着替えドレスを開発)。
ケーキ入刀は、切れ味鋭い名刀で一撃で終わらせる。
全ては効率化のためだ。
「……君らしいな」
閣下は苦笑し、私の手を取った。
「だが、今日の君は世界一美しい。……その姿を参列者に見せる時間を短縮するのは、私が許さんぞ」
「……お世辞は結構です。さあ、時間ですわ」
私は顔を赤らめつつ、閣下の腕を取った。
扉が開く。
パイプオルガンの荘厳な音色と共に、私たちは光溢れる大聖堂へと足を踏み入れた。
◇
「……速い」
参列席の最前列で、ミーナ様が呟いた。
「バージンロードを歩く速度が……競歩レベルだわ……」
その通り。
私たちは颯爽と、風を切って歩いた。
ドレスの裾裁きも完璧だ。長いトレーンが絡まないよう計算し尽くされた足運び。
感動的な涙? 歩くのに必死で流す暇などない。
あっという間に祭壇の前へ到着。
「……到着時刻、十一時三分。よし、遅れを取り戻しました」
私が小声でガッツポーズをすると、目の前の神父様がポカンとしていた。
「あ、あの……では、誓いの言葉を……」
神父様が咳払いをして、聖書を開く。
「新郎、アレクセイ・フォン・ベルンシュタイン。あなたは、健やかなる時も、病める時も……」
「誓います」
閣下が即答した。食い気味に。
「新婦、ヨーネリア・フォン・エッセン。あなたは……」
「誓います。次へ」
私も即答した。神父様のセリフを最後まで聞くのは時間の無駄だ。
「えっ……あ、はい。では、指輪の交換を……」
私たちは電光石火の早業で指輪を交換した。
「よし、予定より一分巻いていますね。素晴らしい進行です」
私は心の中で勝利を確信した。
これなら、披露宴の料理を食べる時間が十分に確保できる。
「では、誓いのキスを」
神父様が言った。
ここだ。
私の計画では『接触時間:三秒』。
長くても五秒だ。それ以上は公衆の面前での品位に関わるし、次の賛美歌斉唱の時間が押してしまう。
私は閣下を見上げた。
「……閣下。三秒ですよ。カウントしますからね」
小声で念を押す。
閣下は優しく微笑み、ベールを上げた。
「……善処しよう」
その言葉が、怪しい響きを含んでいることに、私は気づくべきだった。
閣下の顔が近づく。
唇が重なる。
(一、二、三……はい、終了!)
私が離れようとした、その時。
グイッ。
閣下の腕が私の背中に回り、強く抱き寄せられた。
(えっ!?)
離れない。
それどころか、角度を変えて、さらに深く口づけられた。
(ちょ、ちょっと! 三秒過ぎてます! 五秒! 十秒!?)
私は閣下の胸をトントンと叩いた。合図だ。
しかし、閣下は止まらない。
まるで、今まで溜め込んでいた愛を全て注ぎ込むかのような、熱烈で、終わりの見えないキス。
会場がざわめき始める。
「……長いな」
「一分経過したぞ」
「誰か止めろ、神聖な場所だぞ」
「いや、尊いからもっとやれ!」(ミーナ様の声)
(んぐっ……く、苦しい……!)
酸素が足りない。
私の頭の中で、進行表が音を立てて崩れていく。
『エラー発生。予定時刻を大幅に超過。復旧不能』
(二十秒……三十秒……)
「……ゴホンッ!!」
ついに、神父様が盛大に咳払いをした。
「……あー、新郎新婦? 神の前ですよ? そろそろ呼吸をしないと死にますよ?」
その声で、ようやく閣下が唇を離した。
プハッ。
私は酸素を求めて喘いだ。
顔が熱い。茹でダコのように真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「……か、閣下っ!!」
私は涙目で睨みつけた。
「け、計画通りに進行してくださいと申し上げたはずです! 四十五秒のロスです! どう責任を取るおつもりですか!?」
私は怒った。
しかし、それは完全に照れ隠しだった。
こんな……数百人の前で、あんな濃厚なキスをされるなんて聞いていない。
閣下は悪びれもせず、むしろ満足げに唇を拭った。
「すまない。君が可愛すぎて、時間感覚がバグを起こしたようだ」
「バグとか言わないでください!」
「責任なら取るさ。……この後の披露宴、私のスピーチを四十五秒短縮しよう」
「そういう問題ではありません!」
会場からは、ドッと笑い声と拍手が起こった。
「ヒュー! 熱いねぇ!」
「ご馳走様!」
「末永く爆発しろ!」
私は両手で顔を覆った。
「……もう、最悪です。私の完璧な計画が……」
「だが、最高の結婚式だろう?」
閣下は私の腰を抱き、耳元で囁いた。
「計画通りにいかないのが人生だ。……これからは、二人でその予想外を楽しんでいこう」
「……ううっ」
反論できない。
悔しいけれど、今のキスで、私も頭が真っ白になってしまったからだ。
「……わかりました。修正案(プランB)に移行します」
私は真っ赤な顔のまま、閣下の腕にしがみついた。
「これより、予定を変更して『新郎新婦退場』を行います! 走りますよ、閣下!」
「御意、マイ・レディ」
私たちは腕を組み、バージンロードを駆け抜けた。
フラワーシャワーが舞う中、私たちは笑いながら教会の扉を開け放った。
その先には、どこまでも広がる青空と、予想外だらけの、でもきっと幸せな未来が待っていた。
……ちなみに。
この後に行われた披露宴でも、閣下の「愛の暴走」によりスケジュールは崩壊。
最後には私がヤケになって「もういいです! 全員で飲み明かしましょう!」と叫び、朝まで宴が続いたという。
効率的とは程遠い、しかし最高に記憶に残る結婚式となったのである。
大聖堂の控え室。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、懐中時計を見ながら眉をひそめた。
「閣下、入場前のネクタイの微調整に時間をかけすぎです。この二十秒を取り戻すには、バージンロードを歩く速度を通常の1.2倍にする必要があります」
「……ヨーネリア」
隣に立つ新郎――アレクセイ閣下が、呆れたように、しかし愛おしそうに私を見つめた。
「一生に一度の晴れ舞台だぞ? 秒単位で急ぐ必要があるのか?」
「あります。結婚式は一大プロジェクトです。予算、人員、時間……全てが計画通りに進行してこそ、最高の成果(幸せ)が得られるのです」
私はキッパリと言い放った。
今日の式のために、私は完璧な『進行台本』を作成した。
無駄に長い主賓挨拶はカット(手紙での提出に変更)。
お色直しは一回のみ(着替え時間短縮のため、特殊な早着替えドレスを開発)。
ケーキ入刀は、切れ味鋭い名刀で一撃で終わらせる。
全ては効率化のためだ。
「……君らしいな」
閣下は苦笑し、私の手を取った。
「だが、今日の君は世界一美しい。……その姿を参列者に見せる時間を短縮するのは、私が許さんぞ」
「……お世辞は結構です。さあ、時間ですわ」
私は顔を赤らめつつ、閣下の腕を取った。
扉が開く。
パイプオルガンの荘厳な音色と共に、私たちは光溢れる大聖堂へと足を踏み入れた。
◇
「……速い」
参列席の最前列で、ミーナ様が呟いた。
「バージンロードを歩く速度が……競歩レベルだわ……」
その通り。
私たちは颯爽と、風を切って歩いた。
ドレスの裾裁きも完璧だ。長いトレーンが絡まないよう計算し尽くされた足運び。
感動的な涙? 歩くのに必死で流す暇などない。
あっという間に祭壇の前へ到着。
「……到着時刻、十一時三分。よし、遅れを取り戻しました」
私が小声でガッツポーズをすると、目の前の神父様がポカンとしていた。
「あ、あの……では、誓いの言葉を……」
神父様が咳払いをして、聖書を開く。
「新郎、アレクセイ・フォン・ベルンシュタイン。あなたは、健やかなる時も、病める時も……」
「誓います」
閣下が即答した。食い気味に。
「新婦、ヨーネリア・フォン・エッセン。あなたは……」
「誓います。次へ」
私も即答した。神父様のセリフを最後まで聞くのは時間の無駄だ。
「えっ……あ、はい。では、指輪の交換を……」
私たちは電光石火の早業で指輪を交換した。
「よし、予定より一分巻いていますね。素晴らしい進行です」
私は心の中で勝利を確信した。
これなら、披露宴の料理を食べる時間が十分に確保できる。
「では、誓いのキスを」
神父様が言った。
ここだ。
私の計画では『接触時間:三秒』。
長くても五秒だ。それ以上は公衆の面前での品位に関わるし、次の賛美歌斉唱の時間が押してしまう。
私は閣下を見上げた。
「……閣下。三秒ですよ。カウントしますからね」
小声で念を押す。
閣下は優しく微笑み、ベールを上げた。
「……善処しよう」
その言葉が、怪しい響きを含んでいることに、私は気づくべきだった。
閣下の顔が近づく。
唇が重なる。
(一、二、三……はい、終了!)
私が離れようとした、その時。
グイッ。
閣下の腕が私の背中に回り、強く抱き寄せられた。
(えっ!?)
離れない。
それどころか、角度を変えて、さらに深く口づけられた。
(ちょ、ちょっと! 三秒過ぎてます! 五秒! 十秒!?)
私は閣下の胸をトントンと叩いた。合図だ。
しかし、閣下は止まらない。
まるで、今まで溜め込んでいた愛を全て注ぎ込むかのような、熱烈で、終わりの見えないキス。
会場がざわめき始める。
「……長いな」
「一分経過したぞ」
「誰か止めろ、神聖な場所だぞ」
「いや、尊いからもっとやれ!」(ミーナ様の声)
(んぐっ……く、苦しい……!)
酸素が足りない。
私の頭の中で、進行表が音を立てて崩れていく。
『エラー発生。予定時刻を大幅に超過。復旧不能』
(二十秒……三十秒……)
「……ゴホンッ!!」
ついに、神父様が盛大に咳払いをした。
「……あー、新郎新婦? 神の前ですよ? そろそろ呼吸をしないと死にますよ?」
その声で、ようやく閣下が唇を離した。
プハッ。
私は酸素を求めて喘いだ。
顔が熱い。茹でダコのように真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「……か、閣下っ!!」
私は涙目で睨みつけた。
「け、計画通りに進行してくださいと申し上げたはずです! 四十五秒のロスです! どう責任を取るおつもりですか!?」
私は怒った。
しかし、それは完全に照れ隠しだった。
こんな……数百人の前で、あんな濃厚なキスをされるなんて聞いていない。
閣下は悪びれもせず、むしろ満足げに唇を拭った。
「すまない。君が可愛すぎて、時間感覚がバグを起こしたようだ」
「バグとか言わないでください!」
「責任なら取るさ。……この後の披露宴、私のスピーチを四十五秒短縮しよう」
「そういう問題ではありません!」
会場からは、ドッと笑い声と拍手が起こった。
「ヒュー! 熱いねぇ!」
「ご馳走様!」
「末永く爆発しろ!」
私は両手で顔を覆った。
「……もう、最悪です。私の完璧な計画が……」
「だが、最高の結婚式だろう?」
閣下は私の腰を抱き、耳元で囁いた。
「計画通りにいかないのが人生だ。……これからは、二人でその予想外を楽しんでいこう」
「……ううっ」
反論できない。
悔しいけれど、今のキスで、私も頭が真っ白になってしまったからだ。
「……わかりました。修正案(プランB)に移行します」
私は真っ赤な顔のまま、閣下の腕にしがみついた。
「これより、予定を変更して『新郎新婦退場』を行います! 走りますよ、閣下!」
「御意、マイ・レディ」
私たちは腕を組み、バージンロードを駆け抜けた。
フラワーシャワーが舞う中、私たちは笑いながら教会の扉を開け放った。
その先には、どこまでも広がる青空と、予想外だらけの、でもきっと幸せな未来が待っていた。
……ちなみに。
この後に行われた披露宴でも、閣下の「愛の暴走」によりスケジュールは崩壊。
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