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自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1

自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1-1

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   一 バーティア八歳


 私の名前はセシル・グロー・アルファスタ。アルファスタ国第一王子にして王太子である。
 十歳の冬、私は自身の婚約者である少女と初めて顔を合わせた。
 バーティア・イビル・ノーチェス侯爵令嬢。
 彼女は現宰相さいしょうが当主を務めるノーチェス侯爵家の一人娘だ。
 深紅しんくの髪に琥珀色こはくいろの瞳。色白でややふくよか……いや、ここはえてはっきり言おう。雪だるまのようにまるまると太った体が特徴の豚……間違えた、ご令嬢である。
 アルファスタ王家と有力貴族の繋がりを強めるべく選ばれた、私の婚約者。彼女は、私より二つ年下の八歳だ。
 彼女に初めて会ったその日。国王である私の父と、宰相さいしょうである彼女の父が立会人となり、王宮でささやかな対面式が執りおこなわれた。


「セシル殿下! 私は悪役令嬢ですの!! 私の役目はハルム学院入学後、殿下が出会われるヒロインとの仲を引き裂いて、最後は婚約破棄はきをされてギャフンと言わされることなんですわ!!」

 対面式が終わってバーティア嬢と二人で庭に出た瞬間、彼女はそう言い放った。
 ビシッと私の顔を指差してくる彼女。
 うん。意味がわからないね。
 バーティア嬢付きの侍女たちは顔を青くして……いや、訂正しよう。彼女がこうすることを予測していたのか、『あちゃあ。やっぱりやっちゃったか』的な顔をしている。
 侍女たちの雰囲気からして、バーティア嬢のこの突飛とっぴな言動はきっと日常茶飯事にちじょうさはんじなのだろう。
 やらかしてしまったお嬢様に対する彼女たちの反応は、とても慣れている印象がある。引きった笑みを浮かべつつも受け流しているのだ。
 多少のことでは動じませんといった雰囲気は、一朝一夕いっちょういっせきには出せないに違いない。……いいか悪いかは別として。
 そんな周囲の反応を気にも留めず、バーティア嬢は話を続ける。

「けれど、お二人の仲を深めるためとはいえ無様な姿をさらすのは、侯爵令嬢としての私の信念に反しますわ。ですから私、決めましたの。一流の悪の華になってみせますわ!! 殿下はどうか、私がギャフンとされてもいいと思えるくらい、素敵な殿方になってくださいませ!!」

 どうしようかな? 彼女の言っている意味が本当にわからないよ。
 これって私が未熟な子供だから……ではなさそうだね。
 私の侍従たちも、ポカンと口を開けてまばたきを繰り返しているし。
 あぁ、でもひとまず……

「バーティア嬢、立ち話もなんだから、とりあえず座ってお茶でもしながら話さないかい?」

 ニッコリと笑みを浮かべて彼女に手を差し出し、すでにお茶の準備が整っているテーブルへとバーティア嬢を誘うことにした。
 私はまだ子供とはいえ、将来国を背負って立つ人間だからね。ちょっとやそっとのことで動じるわけにはいかない。
 一息入れて、状況を整理するところから始めよう。
 父上も、困った時こそ落ち着いて対処することが大切だって、いつも言っているし。

「……え、えぇ、そうですわね」

 バーティア嬢は、目をパチパチとさせている。私の落ち着いた態度にやや気勢をがれたのか、彼女は大人しくエスコートを受けてお茶の席に着いた。
 そして、早速目の前のケーキにかぶりつく。

「セシル殿下はご年齢のわりに少し落ち着きすぎではありませんか? もしかして、転生者だったりします?」

 バーティア嬢が、香りのいい紅茶をコクリと一口飲んでからそう言った。彼女はケーキのクリームを頬に付けたまま、何かを探るような視線を私に向けてくる。
 ……もしかして彼女は、私が王族であることを忘れているのだろうか?
 昔からの友人というわけでもないのに、少々気を抜きすぎているように思う。
 まぁ変に緊張してかしこまられるよりは、面白くていいけどね。

「転生者というのがどういうものかはよくわからないけれど、私が年齢より落ち着いて見えるとすれば、きっと王族だからじゃないかな? 私たち王族はそういう風に振る舞えるよう、おさない頃から教育を受けているからね。当然だよ」

 笑みを絶やさずバーティア嬢の質問に答えると、彼女はまんまるい顔をコテンとかたむける。

「そういうものなんですの?」

 彼女はそう尋ね返しつつも、納得してくれたようだった。
 しかし、そばに控えている私専属の侍従――ゼノは首をフルフルと振っている。
 彼はいつも、『殿下は王族という点を差し引いても達観しすぎです。もう少し子供らしい遊びもいたしましょう! 歳相応の可愛らしさも大切だと思います!!』などと、口煩くちうるさく言ってくるのだ。
 彼の髪は落ち着いたモスグリーンで、瞳は私よりやや明るい青。
 どことなく深い森の中をイメージさせるその容姿は、派手ではないけれどそれなりに整っており、穏やかな好青年に見える。
 いつもビクビクしていて、奥さんがいれば尻に敷かれてそうな、気が弱い性格だ。そのくせ、私との付き合いが長いせいか、時々こうやって余計な反応を返してくることがある。
 私はゼノの様子に気付いて苦笑しつつも、特に気にしないことにした。
 周りの大人には、これと似た反応をされることがよくある。
 ただ、多少子供らしさに欠けていたとしても、私の役目は王太子だ。王太子らしく振る舞えれば、それでいいだろう。
 もちろん必要があれば、私だって無邪気むじゃきな笑みの一つや二つ、浮かべることもあるしね。

「それじゃあ一息ついたところで、君がさっき言っていた『悪役令嬢』とか『ヒロイン』、『ギャフン』とやらについて、私にもわかるように説明してくれるかな?」

 バーティア嬢が二つ目のケーキに手を伸ばしたところで、私は彼女に詳しい説明を求めた。
 ……どうでもいいけれど、バーティア嬢付きの侍女たちは彼女のことを放置しすぎじゃないだろうか?
 王族の前でのマナーについても、食事の量についても。

「えぇ、もちろんですわ!! 殿下には私の話を理解していただいた上で、私を振るに相応ふさわしい方になっていただかなければならないのですから!!」

 フォークをギュッと握りしめ、真剣な目で私を見てくるバーティア嬢。
 いくら真面目な顔をしていても、口の周りにクリームが付いていては格好がつかない。けれどそんなことには、まったく気付いていないようだった。


 ……どうやら、私は今まで自分の理解力を過信していたらしい。
 こう言ってはなんだが、自分は比較的頭のいい子供だと思っていた。
 というのも、王立ハルム学院で習うレベルのことは習得済みだからだ。
 ハルム学院は、このアルファスタ国でもっとも歴史が長く、数ある学校の中でも特に入るのが難しいとされている。貴族の中でも特に優秀な人間が集まるため、他の学校に比べて教育のレベルも高く、マナーにも厳しい。
 そんなハルム学院で十四歳になる年から六年間かけて学ぶすべてのことが、十歳の私の頭には入っている。だからそれなりの頭脳はあると思ってたんだけど……
 どうしたことだろう。
 バーティア嬢が説明下手だということを差し引いても、彼女の言っていることがよくわからない。

「ですから、殿下は『運命の乙女』であるご令嬢と出会い、その天真爛漫てんしんらんまんさに興味をかれ、恋をするのです。そんな二人の様子を見た悪役令嬢の私は、嫉妬しっとの鬼と化し、そのご令嬢をいじめまくります。それを知った殿下が激怒して、婚約破棄はき。芋づる式に我が家は破滅への道を歩むのです!!」

 彼女が力説しているのは、これから起こる出来事らしい。
 彼女は前世の記憶(?)を持っていて、当時好きだった、動く絵が一緒に見られる小説(?)のようなもの――『乙女ゲーム』とやらに私の未来が描かれていたというのだ。
『運命の乙女』?
『悪役令嬢』?
 この私が、激怒して『婚約破棄はき』?
 一体なんなのだろう、それは。
 そもそも物事に執着しない私が激怒するという時点で、あまり現実味がない。
 まだ他にも細かな設定(?)があるみたいだが、今日は大まかな話を聞くだけにした。
 前世の彼女は『日本』という国で生まれ育ったそうだ。自分がいつ死んだかは思い出せないようだが、『乙女ゲーム』というものが好きで、やりまくっていたことははっきり覚えているらしい。
 その『乙女ゲーム』の中に、私と『ヒロイン』が結ばれる『ルート』とやらがあったのだという。
 私が『運命の乙女』である『ヒロイン』と共に数々の試練を乗り越え、バーティア嬢を『ギャフン』して幸せになる物語のようだ。しかし、その細かな内容については「お伝えしてシナリオがくるったら困りますもの!!」と、詳しく教えてくれなかった。
 徐々に知っていくのも一興いっきょうかと思い、私はそれ以上追及するのはやめた。
 大体、自分が恋愛ごとに浮かれて、政治的メリットの大きいこの婚約を破棄はきするとは思えない。目の前のご令嬢が嫉妬しっとの鬼とやらになるのも、今のところまったく想像できなかった。
 現実味がないし突っ込みどころも多すぎて、少々頭が混乱してきている。これ以上別の情報を投げ込まれては、さすがの私もさばききれない。
 婚約者との顔合わせのためのお茶の時間は、そろそろ終わりを告げようとしていた。
 あぁ、でも最後に確認しておきたいことがある。

「バーティア嬢、一つだけ質問してもいいかな?」
「一つと言わずいくつでも。五歳の時に記憶を取り戻してから、殿下とこの話ができる日を心待ちにしておりましたので!!」

 若干前のめり気味に言われて、苦笑しそうになる。
 正直、彼女に多少の妄想癖もうそうへきがあろうと、未来を予言する力を持っていようと、私にはどうでもいいのだ。
 問題なのは……

「君の言う『一流の悪の華』とは、どういうものなんだろうか?」

 ここが一番重要だ。
 仮にも彼女は、今日この日、正式に私の婚約者となった。
 私の婚約者になるということは、未来の王妃になるということだ。
『ヒロイン』とかいうわけのわからない存在はどうでもいい。けれど、彼女の言う「悪の華」が王妃に相応ふさわしくないものであるのならば、早めに調ちょうきょ……いや、正しい道に目覚めてもらわなければならない。もしそれが無理そうであれば、父上に相談して見切りを付ける必要もあるだろう。
 なんといっても、私は将来の王なのだから。

「そんなの決まっておりますわ! 強く、気高く、美しく! 誰に何を言われようとおのれの道を突き進む存在。たとえそれが破滅への序奏じょそうだとしても、躊躇ためらうことなく歩き続ける!! そんな女性に、私はなるのです!!」
「強く、気高く、……ね」

 この時、私はなんの気なしにバーティア嬢のふくよかな腹部を見ていた。
 言いわけをさせてほしい。
 彼女が自分の容姿をどのようにとらえているのかは気になっていたから、まったく意識してなかった……とまでは言わない。だが、明確な意図を持って彼女をおとしめる気はなかった。
 実際、このタイミングで腹部を見ているのはまずいと思った私は、すぐに視線を上げ、彼女の顔を見て笑みを浮かべた。
 しかし、時すでに遅し。
 バーティア嬢は私の視線の動きに気付いていた。
 そして顔を真っ赤にめる。

「ち、違うのです! バーティア・イビル・ノーチェス侯爵令嬢は、元々は噛ませ犬的な存在ですので、容姿は微妙なキャラなんですの」
「噛ませ犬? それは……なんだか悲しい存在だね。君は本当にそれでいいの?」
「よ、よくありませんわ!! それはゲームのバーティアの話で、私は……私は……ただのバーティア・イビル・ノーチェス侯爵令嬢とは違いますの! 私は私なんですの! 自分のからに閉じこもりがちだった前世の私の支えであり、いやしでもあったセシル殿下の幸せを、私は願っているのです! だから、もっと崇高すうこうな……清く正しい悪の華になりますの!!」

 テンパっているのかな?
 清く正しい悪の華……って凄く矛盾むじゅんしている気がするんだけど、バーティア嬢はまったく気が付いていないようだ。
 彼女は指先まで真っ赤にめて、ガタンと音を立てて立ち上がった。

「で、殿下。私、自分をみがいて出直してまいりますわ!! それでは失礼いたします! ご機嫌よう!」

 バーティア嬢は慌ただしくお辞儀じぎをして、私が止めるもなく走り去った。
 侍女たちも慌てて一礼すると、主人の後を追う。
 私は彼女たちの姿が見えなくなるまで、呆然と見送っていた。

「……なんだったんだろう?」
「殿下、どうなさいますか?」

 私の呟きに反応してゼノが尋ねてくる。
「何を」が抜けてはいるが、そこに入るのはきっと「彼女との婚約を」だろう。
 王族の結婚には様々な利害関係が絡んでいるから、すぐにどうこうすることはできない。だけど、今日の彼女の言動について父上に話せば、時間はかかっても婚約破棄はきできるかもしれない。
 でも……

「彼女、面白いね。それに、貴族らしくないまっすぐな性格だからぎょしやすいだろう。……大きな害はなさそうだし、楽しそうだからしばらくは観察してみるよ」

 なんだか久しぶりに愉快な気分だ。
 別に彼女にれたわけではないけれど、なんて言うか……馬鹿な子ほど可愛い? 新しい玩具おもちゃ発見? よくわからないが、今まで感じたことがないほどワクワクしている自分がいる。
 基本的に、何ごとも一度やればできてしまう私にとって、世界は常につまらないものだ。
 達成の喜びとやらもほとんど感じたことがなく、目に見える景色はいつもどこか色褪いろあせていた。
 でも、今日彼女に会って、私の世界は確実に明るくなった。
 何が起こるかわからないという状況が、私を高揚こうようさせてくれる。

「ふふ……」

 気付けば、自然と笑みが浮かんでいた。
 私にとって笑顔は意識して作るものになりつつあるから、とても珍しいことだ。

「殿下、なんだか楽しそうですね」

 ゼノが呆れ顔でそう言った。

「あぁ、この予測不能な感じは悪くないかなって思うよ」
「……それは結構ですが、もう少し子供らしい楽しみ方はできないんですか?」
「子供らしく無邪気むじゃきに楽しんでいるじゃないか」

 私がそう答えると、ゼノはわざとらしく肩をすくめて溜息をつく。

「……そうでした。殿下は子供らしさを、王妃様のお腹の中に置き忘れてこられたのでしたね。できないことを求めてすみません」
「君は相変わらず失礼なことを言う奴だね。まぁ、いいよ。私は今凄く機嫌がいいから聞き流してあげる」
「ありがとうございます」

 ゼノは不服そうに頭を下げた。そんな彼から、視線をバーティア嬢の去った方向に向ける。
 私の婚約者となった彼女は、一体私をどれだけ楽しませてくれるのだろうか?

「期待を裏切らないでね?」

 小さな声でささやいた後、空を見上げて目をつむった。



   二 バーティア九歳


 私が次にバーティア嬢と会えたのは、なんと対面式から一年も後のことだった。
 仮にも彼女は私の婚約者だ。交流を深めようと何度かお茶に誘ってみたのだが、彼女は「病気療養中」ということで、ノーチェス領にある屋敷に引きこもってしまっていた。
 宰相さいしょうとして王宮に出仕している彼女の父親――ダグラス・イビル・ノーチェス侯爵に彼女の様子を聞いたこともある。だがそのたびに、彼は苦虫にがむしを百匹噛み潰したような顔に無理やり笑みを貼り付けて『娘は実は(馬鹿という)不治のやまいでして』と言うのだ。
 ……読唇術どくしんじゅつを習得している私には、ノーチェス侯爵が小さく口パクした「馬鹿という」の部分も、しっかり伝わっているんだけどね。
 大体、本当に不治のやまいだとしたら、私の婚約者でいることは難しい。
 それくらい、王族である私には判断できるよ?
 彼女が引きこもってしまったことに対して、多少『私のせいかな?』と心配になってもいた。そこで、彼女の領地での様子をとある人物――私はと呼んでいる――に調べてもらうことにしたのだ。
 時々届く「おつかい」からの報告書は、つまらない日常を過ごす私の、一番の楽しみになった。
 だから、バーティア嬢が少年のような格好をして、毎朝毎晩、屋敷周辺を走っていることも知ってるよ?
 病気療養中のご令嬢が「あと二キロ~!!」とか叫びながら、汗だくで走れるわけないよね?
 そんな彼女がついに、私の前に姿を現した。

「お久しぶりですわ、セシル殿下! 私が誰だかわからないですって? バーティア・イビル・ノーチェス。殿下の婚約者ですわよ?」

 私の十一歳の誕生日の前日、私が人と会う時によく使う王宮の一室で、バーティア嬢はノーチェス侯爵と一緒に私を待っていた。彼女は私の姿を見た瞬間、満面の笑みで挨拶あいさつ(?)をしてくる。
 子供らしく可愛い反応ではあったけれど、貴族令嬢……それも王太子の婚約者の振る舞いとしてはアウトだろう。
 それはそうと……随分見た目が変わったね。
 一年ぶりに会ったバーティア嬢は、雪だるまのようにまんまるだった体型が嘘のように、ほっそりして綺麗きれいになっていた。

「見違えましたか? 見違えましたでしょう!? ――痛っ! 何をなさいますの、お父様!」
「セシル殿下、馬鹿娘が失礼いたしました。教育をやり直してまいります」

 父親から拳骨げんこつを落とされて涙目になっている彼女に、思わず苦笑する。
 ちなみに、私の婚約者に拳骨げんこつを落とした侯爵の行動も問題ありだ。だけど私には、迫力満点の笑みを浮かべる彼に、それを指摘する勇気はない。
 だからといって、このままバーティア嬢を連れ帰られて、また彼女に引きこもられても困る。
 彼女は一年ぶりに会えた私の娯楽……婚約者なのだから。

「気にしないでください、ノーチェス侯爵。子供らしくて可愛いではないですか」
「セシル殿下は相変わらず子供らしくないですね」

 ノーチェス侯爵は、遠慮なく失礼なことを言ってくる。だが、私はそんなことには動じない。

「よく言われます」

 なるべく子供らしく見えるように心がけて微笑むと、ノーチェス侯爵もニッコリと笑みを浮かべる。
 バーティア嬢は拳骨げんこつの落ちた頭を両手で押さえつつも、頬を赤らめてボーッと私の顔を見ていた。
 自慢ではないけれど、私はこういう視線を女の子からよく向けられる。
 家族や父の側近たちには「将来、女たらしにならないか心配だ」とか「あざとい」とけなされる。反対に「王としては楽しみだ」と言われることも多いけど。

「で、殿下、もう一度言ってください……ませんか?」

 急にもじもじし始めたバーティア嬢。
 その言葉の意味がよくわからず、私は首をかしげる。すると、彼女は恥ずかしそうに口を開いた。

「か、可愛いって……」

 ……彼女の中では、同年代から言われた「子供らしくて可愛い」もめ言葉に入るのかな? 
 もしかしたら、彼女の耳には変なフィルターがかかっているのかもしれない。
 でも、頬を赤らめてもじもじと上目遣うわめづかいに私を見る彼女は……まぁ、女の子として可愛いと言えなくもないかな?

「バーティア。殿下に頼まなくても、父様がいつも言っているじゃないか」

 侯爵はバーティア嬢の反応にギョッとして、慌てて止めに入る。
 確かに、王族に対して「可愛いと言って」と強請ねだるのは、貴族令嬢としてあるまじき行為かもしれない。
 でも……父親が「可愛い」って言ってるんだから婚約者に言ってもらうのはあきらめなさいっていうのは、やや無理がある気がするんだけどな?
 ノーチェス侯爵はバーティア嬢のほうを向き、さとすように言葉を付け加えた。

「見た目にだまされてはいけないよ。殿下はいつも笑顔だが、目が笑っていないだろう? 可愛いものをでる感情など持ち合わせていない、冷たいお方だ。たとえ『可愛い』と言ってくださっても、それは社交辞令以外の何ものでもないのだよ。私の『可愛い』のほうが、いっぱい愛情がこもっている。だから、それで我慢しなさい」

 ……バーティア嬢以上に失礼なことを言っている自覚はあるのかな、ノーチェス侯爵は。

「だって、お父様はいつも頭に『馬鹿な子ほど』って付けるではありませんか。あんまり嬉しくないですわ。それに……やっぱり美形に言われるのとは全然違うんですの!」
「バーティア……」

 ノーチェス侯爵が、残念な子を見るような目をバーティア嬢に向ける。
 そんな彼らに、私も残念な親子を見るような目を向けそうになって……どうにか笑顔で耐えた。
 彼女の言う通り、「馬鹿な子ほど可愛い」は、私の「子供らしくて可愛い」以上にめ言葉にならないと思いますよ、侯爵。
 本人に直接言ったら、悪口と取られてもおかしくないレベルですからね?

「で、殿下。娘にはやはり再教育と親子の話し合いが必要なようですので、私たちはこれで……」
「大丈夫ですよ、ノーチェス侯爵。それも彼女の持ち味ですからね。愛らしいじゃないですか」

 私は軽く首を横に振って、侯爵の言葉をさえぎった。
 娘の再教育と称して私と彼女を引き離されては困る。
 娘が王太子の前で粗相そそうするのを防ぎたいのか、あるいは父親によくある「娘はやらん」精神に基づいた行動なのかはわからないけれど、そうはさせませんよ?
 私は婚約者となかなか会えなくて退屈……寂しい思いをしてたんだからね。
 それに、本当に彼女が私の婚約者――未来の国母こくぼ相応ふさわしいか、見定めないといけないんですから。

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