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1巻

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   序章 始まりの魔法陣


「あーあ……ついてないなぁ……」

 天気予報で言っていた通り、雨がしとしと降っている初夏の空を見上げながら、ぼそっと呟いた。
 私は如月美咲きさらぎみさき、十八歳。高校を卒業したあと、親に無理を言って大学に進学したんだけど……実はそれで満足しちゃって、大学でも将来も、やりたいことが特にない。……ちょっと困ってる。
 だからといってサボるわけにはいかないから、毎日大学には行っている。必修の授業を受けたあと大学の図書館で過ごすのが、入学してからの日課。
 ……で、今日もいつも通り図書館にいて、そろそろ帰ろうと外に出たら、傘立てに置いていた傘がなくなっていた。白地に花柄の、ちょっと目立つ傘だからって油断しちゃったなぁ……

「私の傘持ってったの誰……天気予報くらい見といてよ、もう……」

 意味がないのはわかってるけど、それでもブツブツ呟いちゃう私。空に雲の切れ間は……ないよね、知ってた。

「天気予報じゃ、夜まで降り続くとか言ってたっけ……」

 どんよりした暗い空はずーっと遠くまで続いてるし、風も冷たくなってきた。
 雨やまないかなぁ、とかあわい期待をして、屋根の下で待ってみたけど、雨はやむどころか強くなってきた。人影もまばらになって、図書館の中は照明が落ちている。
 うーん。駅までは遠いし、どうしよう……と思っていた、そのとき。
 ――――……

「……うん? あれ、今なんか……」

 なにかの音が聞こえた。なんだか不思議な感じがする……
 ――――ゴォーン……

「え、これは……鐘の音……?」

 えっと、チャペルの鐘? いや梵鐘ぼんしょう? ……でも、この音はどっちでもない……それに、この辺りには教会もお寺もないはずだよね。
 なんというか……聞こえてくるというよりは、頭に直接響いてくるような鐘の音。不思議さよりも、不気味さがまさる。
 混乱している私に、さらなる異変が襲ってきた。
 ――――キィィィン――――
 耳を突き刺さすような鋭い音がする。とっさに耳をふさいでも、頭に直接響く音は全く消えない。

「え、な、なにこれ⁉」

 しばらくして音が消えたと思ったら、今度は私の足元から光が立ち上った。まぶしくて、思わずぎゅっと目をつぶる。そして、その強い光がおさまったとき、私の前には不思議な光景が広がっていた。

「これ……魔法、陣?」

 それは、私が愛読するファンタジー小説や漫画によく出てくる、魔法陣と呼ばれるものに似ていた。
 青とか赤とか、いろいろな色が混ざった幾何学模様きかがくもようが広がっていて、暗くなった図書館のエントランスを明るく照らしていた。ていうかまぶしい。強烈なスポットライトを、いくつも向けられているような感じがする。

「これは、なにかのさ……っう⁉」

 なにかの撮影? って言い終わる前に、頭にちくっと刺すような痛みがした。魔法陣は輝きを増していく。それにともなって、私の頭痛はひどくなってきた。鈍器でガンガン殴られてるように思えるほど。

「っ……」

 同時に、強烈な眠気にも襲われて、あらがえない。
 まぶしい光の中で、私の意識は途切れた。



   第一章 勇者召喚


 ――――……

「……ん、んぅ……」

 再び頭にちくっとする痛みがあって、目が覚めた。いつの間にか倒れていたみたい。うつ伏せになっていて、顔とかおなかとかに、柔らかいものがふわっと当たっている。
 ……ん? ふわっと? あれ? 私がいたのは図書館のエントランスのはずじゃ……なら、下はコンクリートのはず……

「――っ! ……は?」

 おかしいと思って、あわてて飛び起きる。私の目に飛び込んできた景色は、予想だにしていないものだった。
 私は薄暗い部屋の中にいた。白っぽい石でできた壁、真っ赤なふわふわカーペット。シャンデリアみたいな巨大な燭台しょくだいには、ろうそくの火がらめいている。それはまるで映画のセットのよう。
 私の目の前に豪華な衣装を着たいかついおじさんたちが現れた。おじさんたちの服装は、中世のヨーロッパの肖像画でしか見たことがない。その中で、一番着飾ったおじさんが問いかけてくる。

「目は、覚めたかね?」
「……え?」

 ……いやいや、ちょっと待って、嫌な予感しかしない。偽物とは思えないおじさんの服装。これは夢? って思ってほっぺをつねってみた。……すごく痛かった……

「えっと……ここは……」

 ひりひりする頬を押さえながら、震える声でどうにかそれだけを絞り出した。もう、あまりにも混乱しすぎている。頭の中がごちゃごちゃになって、聞きたいこととか全部飛んでっちゃったもん。それに……

「な、なんだよここ……」
「夢でも見ているのか?」
「あ? 誰だてめぇ」

 ここには、私以外にも今の状況がよくわかっていない感じの人がいるんだ。男の人が三人。
 一人目は、着崩したブレザーと、はねた茶髪が特徴的な男の子。どこかの高校の制服かなぁ。
 二人目は、いかにもエリートですって見た目で、シルバーフレームの眼鏡とスーツを身につけた男性。
 三人目は、筋肉。……道着どうぎみたいなのを着た、ごついおじさん。筋肉すごい……

「いきなり、光が……」
「映画の撮影、というわけでもなさそうだな」
「説明しろ。ここはどこだよ」

 男性たちが、目の前のひときわ豪華なおじさんに詰め寄っている。
 私はまだ立てない。立とうにも全然力が入らなくて……腰が抜けちゃってるのかなぁ……。それでも頑張って、産まれたての小鹿みたいになりながら立ち上がった。うわぁ……ふらつく……

「貴様ら! 王に対して無礼で……」
「よい。突然のことで、混乱しておるのだろう」
「……はっ……」

 私が小鹿になっている間も話は進んでいたらしい。最初に声をかけてきたおじさんは、どうも王様らしい。じゃあ頭下げてる人は、従者なのかな? 演技している感じは全くないし、やっぱり本物の王様なのかな……

「まずは、説明をしよう。ついてきてくれ」

 王様はそう言ってさっさと歩いていってしまった。男性たちは渋々といった表情で、私もプルプルする足になんとか力を入れてついていく。
 案内されて階段を上ると、窓から光が差しててまぶしい。私たちがいたのは、どうやら地下の部屋だったみたい。ついでに、廊下も超豪華でした。
 そして、王様と何人かのお付きの人たちに連れていかれたのは、一流ホテルのスイートルームみたいな部屋……スイートルームに泊まったことなんて、ないけどね。
 大きなソファーがコの字型に置いてある。調度品はさわるのが躊躇ためらわれるくらいの豪華さ。壁際の大きなつぼとか、なにあれ……どう使うんだろう……
 王様にうながされて私たちはソファーに座る。あ、これ、人をダメにするやつだ。もふってする感触が気持ちいい。

「……さて、まずは謝罪をしよう。おぬしたちを勝手に召喚したことをな」

 私がソファーに気を向けていると、王様はそう言って頭を下げた。
 ……召喚? 今、この人召喚って言ったよね……うそでしょ。
 でも、まさかまさかとは思ってたけど、ほんとに小説とかに出てくる、召喚なんてものに私が出会うとは夢にも……実はちょっと思ってました、はい。この手の小説はよく読むし、そりゃ異世界にあこがれたことだってあるもん。

「召喚、だと?」
「なんだそりゃ?」

 私の向かい側に座ってる眼鏡さんと筋肉の人は、意味わからん、というように聞き返してる。私の隣の高校生くらいの男の子は、うつむいてこぶしを握り締めていた。やっぱり、わからないことだらけで不安なのかな? 私はどうも、こういうことでは取り乱さないみたい。逆に冷静になってきたくらいだし。ファンタジーな世界が好きでよかった。
 王様は、そんな私たちに向かって首を縦に振る。

「うむ。この国、サーナリア王国には、勇者召喚の儀式というものがある。一度に四人も来るとは予想外だったが……ともあれ、おぬしたちはそれで呼んだのだ」

 ……勇者召喚? またテンプレな感じが……
 お付きの人もうんうんと頷いてから口を開く。

「そうだ。召喚された者は強い力を持ち、魔人まじんに対抗する能力を持っているのだそうだ。もっとも、召喚者を実際に見たのは初でな。記録にしか残っていないが」
「勇者に、魔人……なんだそりゃ」

 筋肉の人は話についてこれてないみたい。腕を組んで首を傾げてる。

「……そうだな。一から説明しよう」

 王様の説明は確かに詳細を語る感じだったけど……長い。ひたすら長い。……ちょっと整理してみよっかな。
 ええと? まず、勇者召喚ってなんなのか。
 なんでもサーナリア王国っていうこの国は、大昔から〝魔人〟というものの被害を受けているらしい。何百年かに一度、この国はどこからかやってくる魔人に襲われてしまう。放っておくと国が滅びてしまうからなんとかしなくてはいけない。でも自分たちじゃ対処できない。だからずっと、魔人を倒せる素質を持った人を違う世界から呼んで助けてもらってた、と。それが勇者と、その仲間だという。素質のある人を呼び出す儀式が、今回私たちを連れてきたモノの正体。サーナリア王国には大昔の人が創った勇者を召喚する儀式があって、魔人の大発生に合わせて適宜てきぎ使ってきたんだとか。
 今のサーナリア王国では、〝魔獣まじゅう〟の目撃情報が増えているらしい。魔獣は、動物のような姿をした凶暴な生物で、魔人がサーナリア王国に近づいてくると、出現する数が増えるそうだ。王様はこのままじゃまずいと思って勇者召喚をした。ただ、伝承とか記録とかでは召喚されるのは三人なのに、今回はなぜか四人いた。
 ……っていうのが今までに聞いたところ。うん、ファンタジー小説っぽくてちょっと楽しいかも。

「……そこで、おぬしたちのステータスを確認して、職業を教えてほしい」
「「……ステータス?」」

 王様の言葉に、高校生っぽい人と眼鏡の人がそろって首を傾げた。

「どこにあんだよ、そんなもん」

 ……筋肉の人はそう聞くけど、さっきまで寝てたような……まぁいっか……
 それにしてもステータス、かぁ。これも異世界ものじゃ定番。でも確かに、どこかに書いてあるわけじゃないし、「教えて」と言われてもわからない。……背中とかに書いてないよね?
 王様は戸惑う私たちを不思議そうに眺めていたけれど、合点がいったというように大きく頷いた。

「あぁそうか。おぬしたちの世界には、このようなものがないのだったな。魔法を使うのだ。【ステータス・オープン】ととなえてみよ」

 魔法⁉ この世界、魔法があるの? そしてステータスっていうのは魔法で見るものらしい。ええと? 【ステータス・オープン】だっけ? それを言えばいいのかな?

「【ステータス・オープン】……きゃっ」

 となえた瞬間、私の目の前に半透明のパネルみたいなものが出てくる。ヴンッ! って音がしていきなり出てきたせいで、小さな悲鳴が出てしまった。誰にも聞かれてないといいなぁ……慣れるには時間がかかるかもしれない……
 それで、私のステータスはなんだろう?


  ミサキ・キサラギ 十八歳
  Lv:1
  職業:村人
  スキル:〈言語適正(人)〉、〈光魔法〉、〈回復魔法〉


 で、確かめてはみたものの、私の職業は「村人」ってなってる。
 ……村人? 村人が魔人云々うんぬんに勝てるとは思わないんだけど……ていうか、村人って職業だったんだ……どんな職業なんだろう……完全に一般人じゃない?
 確か召喚されるのは勇者と仲間だ、って話だったよね? 村人に勇者の素質はないと思うなぁ……農民勇者? あ、でも私、魔法が使えるみたい……

「して、どうかね? 教えてくれ」

 王様は目をキラキラさせて聞いてくる。
 でも、これはこのまま伝えても大丈夫なのかな? すごくワクワクしてるような、王様の期待が痛いです……
 悩む私とは反対に、男性たちが名乗り始めた。最初に声をあげたのは高校生っぽい人。勢いよく立ち上がって自己紹介をしている。

「っし! ケン・カトウ、職業は勇者だ!」

 ……おぉー、この人が勇者なのかぁ。本人はだいぶやる気に満ちあふれてる。

「……タクマ・ササキ。賢者けんじゃ、となっているな」
「カイ・コンドウ。……武術ぶじゅつ師範しはん? だとよ」

 眼鏡さん……ササキって人が賢者、コンドウって名乗った筋肉さんが武術師範と。
 ……あれぇー? 皆、村人じゃないの? 私の場違い感が半端ないですけど。名乗るたびに「おぉー」って歓声があがっているこの空気の中で、私だけ「村人です」って言ったらどうなるか……いけない……震えてきた。

「そなたは?」
「は、はい……」

 う、全員の視線が私に集中してる……精神にすごいダメージがっ……えぇい、正直に言っちゃえ! もうどうなっても知らない。

「……ミサキ・キサラギです。……その、村人です……」
「「「「……は?」」」」

 うぐぅ……全員の表情がなくなった瞬間、ちょっと怖くなった。な、なりたくて村人になったんじゃないのに……

「今、なんと? ……村人、と申したか?」

 王様、呆然としちゃってるよ……

「……はい」
「……はぁ……」

 これ見よがしのため息。……うん? なんか今度は嫌な視線を感じる……王様の周りの人たちがニヤニヤしていて、「村人なぞ……」とか、「失敗か……」とかって聞こえてくる。失敗って、私なんかした? 勝手に呼び出したクセに……
 そんな私の抗議の視線を無視して、王様は重々しく口を開いた。

「……ミサキを別室に案内せよ」
「……はっ。……こちらへ」

 お付きの一人が、私をドアのほうにうながす。
 むぅ、どこか釈然としない。でも、今の私には指示に従う以外の選択肢はないし……別室って言ってたけど、私これからどうなるんだろう……

「……ではなかったか……」

 退出する寸前、王様がなんか呟いてたけど、私にはよく聞き取れなかった。


 これからどうなるんだろう……とか、ここどこ? とか、あれこれ考えながら歩くことしばらく。私の息が上がり始めた頃、ようやく先導してくれてる人が立ち止まった。このお城広すぎ……

「ここでお待ちください」
「え? ……はぁ……」

 そうして案内されたのは、ほんとにさっきの部屋と同じお城の中なのか、怪しく思える部屋。すごく質素しっそで窓もないし、木の椅子は壊れそう……ちょっと不安だけど座ってみる。……あ、大丈夫だった。ギシッ……って変な音がしたのは気のせいってことにしとこ……私は重くない。メイドさんとおぼしき格好の人がお茶を持ってきてくれて、先導の人と一緒に退室していった。部屋に一人……
 ていうか、ここどこなんだろう……なにしてればいいの? 机の上にはろうそくしかないし……
 とりあえず座ったまま、ぼーっとしてみたけど……

「……うーん?」

 さて……ここに連れてこられてどれくらい経っただろう。
 窓がないので、時間の経過がわかりにくい。それに誰も来ないから、教えてももらえないし。
 あまりにも静かで、もしかして私閉じ込められてる⁉ って不安になったけど、ドアノブをひねったら普通に開いた。まぁ廊下には誰もいなかったんだけどね。ここから出ても迷うのは目に見えてるから、おとなしく待ってるけど。

「……まさか、なんにも説明なし……とか?」

 だんだん待ってるのにも飽きてきたよ。こっちの世界に来る前に持っていたものは、起きたときにはなくなっていた。要するに、暇つぶしの道具すら、今の私にはないのです。携帯も、借りた本も、なにもかも。
 やることがなくて、ろうそくの火をじーっと眺めていたとき、後ろにあったドアがいきなり開いた。

「きゃぁぁぁ‼」

 あまりにも突然だったので、私は本気の悲鳴をあげた。誰⁉ ノックくらいしてよ、もう⁉ 心臓止まるかと思った……

「…………君が、村人で召喚された……ミサキ……だったか?」

 驚きすぎて心臓がバクバクしてる私を気にも留めずに、顔をしかめたおじさんが部屋に入ってくる。
 ……あ、この人さっきの部屋にもいたっけ。レディーの部屋に、ノックもなしで入った謝罪はなしですか、そうですか。王様の近くにいたはずなのにマナーの欠片かけらもないし……とりあえず頷いてみたら、おじさんは持ってきてた椅子に座って話し始めた。……部屋の端っこにいる私に向かって。びっくりして壁際まで逃げちゃったんだよ。

「……単刀たんとう直入ちょくにゅうに言おう。君は、召喚に巻き込まれてここにいる」
「…………はい?」
「本来、勇者召喚で呼び出されるのは、勇者、もしくはそれに準ずる素質を持った者だけだ。……村人に素質があるとは思えんな」

 それは私も思ったけど、なんでわざわざこんなところで、こんな時間をかけて伝えたんだろう……それに、村人であることを小馬鹿にしたような話し方も好きじゃない。なりたくて村人になったわけじゃないし。

「全く……実に不憫ふびんだとは思うが……君が巻き込まれたというのは、事実だ」
「…………そうですか」

 絶対、絶っ対、不憫ふびんだとは思ってないでしょ、この人。明らかに笑いをこらえてるし、ニヤニヤした表情はどんどんひどくなるし。村人ってだけでこの扱い……
 ……正直、この人とはあまり話をしたくはない。でも、どうしても聞いておかなきゃいけないことがある。不快感を我慢してでも、ね。

「……私は、日本に帰れるんですか?」

 ……そう。召喚は、儀式だって言ってたはず。なら、帰す儀式もあるんじゃないかと思った。私に用がないなら……いつまでもここにはいたくない。そう思ったんだけど……

「無理だ」
「……え?」
「勇者召喚は呼び出すための儀式だ。帰る方法なぞ知らん」

 ……無情にも突きつけられた現実。どうやら私は巻き込まれて召喚された挙句あげく、帰ることもできなくなってしまったらしい。なんて無責任な……

「さて、君が勇者ではない以上、王宮に置いておく理由はない」
「……はい?」
「明日には、城を出ていってもらおう。これは王命だ」
「え、ちょ……」
「ああ、服と資金くらいは用意しておこう。この国で、その格好のままでは目立つ。今の服は置いていけ」
「あの……」
「では。寝所しんじょは外のメイドに聞くように」

 ――バタンッ。
 おじさんは、言うだけ言って、行ってしまったんだけど。
 ……ちょ……嘘ぉ……一方的に、明日出ていけとか言われた……反論すらさせてもらえなかった……お金もらっても嬉しくないし、そもそも、私この世界のことなにも知らないんだけど? せめてお金の使い方とかね? 教えてくれてもいいんじゃない?
 しばらく呆然としたけど、もうどうしようもない感じだったし、諦めることにした。寝所しんじょがどうこう、ってことは外は夜ってことだろうし、今反抗して放り出されたら大変だからね。
 ドアを開けてきょろきょろメイドさんを探す。外のメイドって言ってたから、部屋の外にいると思ってたんだけど……まさかの部屋から少し離れた中庭にいた。来るときは気がつかなかったけど、ここは一階の端っこだったみたい。

「……」

 メイドさんに、そこから手招きされる。

「? ついてこいってこと?」

 私が近くに行った途端、彼女はくるりと後ろを向いて歩き始める。

「あの……? どこに向かってるんですか?」
「……」
「なんか、建物ボロくなってるんですけど……」
「……」

 ……なにを聞いても、全く答えてくれないメイドさん。振り向きもしないし、普通に無視されるしで、先に私の心が折れた。しばらく無言で歩く。

「こちらをお使いください。では」

 ……ようやく聞いたメイドさんの声は、寝所しんじょに着いたときのこれだけ。
 で、中庭を突っ切って案内されたのは、さっきまでいた部屋の複製みたいなところだった。違うのは、こっちにはベッドがあること。すっごく硬いけど、あるだけマシだと思おう……乗ってもきしまない……どころか、全くへこまないけど……硬い……
 果たしてこれで眠れるのかなと思ったけど、疲れていたのか、すぐに微睡まどろんできた。それほど寒くなかったので、毛布を体の下に敷くことを思いついたのはよかった。硬さが少しまともになったからね。……でもだいぶ硬い。
 ……私は犯罪者かなんかですかね。こくな扱いだなぁ……
 そんなことを思いながらも、私はいつの間にか眠っていた。


 そして翌朝、例のメイドさんに起こされた。起こされるまで寝てるなんて、いつぶりだろう。あの硬さで体が痛んでないのは奇跡かなぁ……
 持ってきてくれたご飯を食べて、手渡された服に着替える。
 ……ん? この服、サイズピッタリなんだけど……一体どうやって私の服のサイズを……いや、考えるのはやめよう。知らなくても大丈夫だから、きっと。ちなみに、靴までピッタリだった。

「着ていた服はこちらへ」
「……」

 質素しっそな服と交換するのはなんか嫌だけど、日本の服が目立って誰かに目をつけられるのも嫌だからしょうがない。


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