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1巻

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   第一章 銀髪の雄々おおしき救世主


 ソレイユは、アーガム王国の王都に屋敷を構える、モンターニュ子爵のひとり娘だ。
 子爵令嬢であるソレイユは、父の香辛料事業が成功したことにより、上位の貴族よりも裕福な暮らしを送っている。
 社交界に憧れを持っていたソレイユは、十五歳になって早々、パーティに連れていってほしいと父母にお願いした。
 だがこの国の成人年齢は十八歳。社交界というのは成人した王族や上位貴族のつどう場であって、十八歳未満の子息子女は入れないものとされている。
 ただし例外もあり、爵位を継いで当主となった男性と、結婚している女性は一人前の大人として、社交界への出入りを認められている。そして十八歳未満でも、親の同伴があれば参加することができた。
 しかし父母からは規模の大きなパーティへ参加するのはまだ早いと言われ、ソレイユは上位貴族が開催する気軽なパーティやサロンにのみ顔を出している。
 そこで仲良くなった友人たちは、ソレイユより爵位は上だが、とても優しかった。
 人気のドレスデザイナーを教えてくれたり、ちまたで流行りのアクセサリーをプレゼントしてくれたり。女性はとても親切だし、男性は紳士的で、ソレイユは社交界というものを気に入っていた。
 そんな、ある日の午後。
 ソレイユは公爵家の令嬢が主催するダンスパーティに招待され、ウキウキした気持ちでおもむいた。
 親の同伴を必要とする本格的なパーティではないが、さすが公爵令嬢が主催するだけあって、名のある貴族の子息子女が多数参加している。
 ダンスのほかに、詩の朗読やお菓子を摘まみながらのおしゃべり。
 そんな楽しいひとときは、あっという間に過ぎてしまう。
 そろそろお開きだと言われて、ソレイユは名残なごり惜しい気持ちを抱えたまま、友人たちに挨拶をしてエントランスへと向かった。
 外に出ると、御者ぎょしゃが馬車停めにしゃがみ込んで、馬車の車輪を確認していた。

「どうしたの?」

 ソレイユが声をかけると、御者ぎょしゃは立ち上がって帽子を手に取り、こうべを垂れた。

「ソレイユお嬢様。車輪の軸が緩み、外れそうになっております。このまま走らせるのは危険です。辻馬車を拾うか、屋敷から馬車を一台呼ばなければなりません」
「まあ……どうしましょう」

 途方に暮れていたところ、一台の馬車がソレイユの前に停まった。
 その窓から顔を出したのは、ソレイユがよく話をする侯爵家の令嬢、アデリーヌだ。

「ソレイユさん。いかがいたしました?」
「馬車の車輪が壊れてしまったようです」
「まあ。それはお困りでしょう。わたくしの馬車でお送りいたしましょうか?」

 時はすでに夕暮れだ。辻馬車がすぐに拾えるかどうかわからないし、屋敷からひとを呼ぶのは時間がかかる。ここは彼女の厚意に甘えることにした。

「ありがとうございます。アデリーヌ様」
「構わないわ。さあ、乗って」

 ソレイユは自分で屋敷に戻るという御者ぎょしゃを残し、アデリーヌと向かい合う形で馬車に乗り込む。馬車が走り出してからは、彼女と様々な話に興じた。

「――そうですか。アデリーヌ様には婚約者がいらっしゃるのですね」
「お父様がお決めになったお相手で、公爵様なの。相手のかたがわたくしのことを気に入ってくださったのだと聞いているけれど、どこで見初みそめられたのかしらね」

 アデリーヌは満更まんざらでもないという顔で、照れくさそうに微笑む。

「ソレイユさんは? そろそろ縁談のお話が来ているのではないの?」
「まだみたいです。そんな話はまったく……」
「これからいっぱいきますわ。ソレイユさんのお父様は顔が広いもの。きっと素敵な男性を選んでくださるでしょう」
「でも……結婚相手は、自分で選びたくありませんか?」

 ソレイユがそう問うと、アデリーヌはふふふっと軽やかに笑った。

「あら。貴族に生まれた以上、お相手を自身で選ぶのは難しいわ」

 上位貴族の大半が政略結婚することは知っている。
 だがソレイユは、まだまだ結婚に夢を持っていたい年頃だ。できることならば、好きな男性と結婚したいと考えている。
 そんな話をしながら十分ほど走っただろうか、突然ガクンッと馬車が揺れて停まった。

「どうしたのかしら?」

 ソレイユもアデリーヌも何ごとかときょろきょろしていると、焦った様子の御者ぎょしゃが小窓から話しかけてきた。

「お嬢様。車輪が溝に取られました」
「ええ?」

 アデリーヌと一緒に馬車から降りる。見ると片輪が溝にはまっており、馬車はびくとも動かなくなっていた。

「冗談じゃないわ。こんなところで立ち往生なんて。それもソレイユさんを乗せているときに、なんて間抜けなことをするの!」
「すみません! すみません!」

 御者ぎょしゃは帽子を取ると、何回も頭を下げて謝罪した。
 けれどアデリーヌは苛立いらだった様子でさらに御者ぎょしゃなじる。その光景を見ていたソレイユは心が痛くなってしまった。

「アデリーヌ様。そう怒らないでくださいませ」

 ソレイユがそう言っても彼女は聞く耳を持たず、おうぎ御者ぎょしゃの頭を何回も叩く。

「助けを呼んできなさい。日が暮れてしまうわ!」
「は、はい」

 御者ぎょしゃは慌てて、来た道を走って戻っていった。
 ソレイユは周囲を見渡した。どうやら馬車が停まってしまったのは、王都の中心から少し外れた場所らしい。
 馬車道の片側は森林公園で、もう片側は川になっている。車輪が落ちたのは、氾濫はんらんが起きたときに水を逃がすための側溝だったようだ。
 しばらくその場で立ちつくしていると、一台の豪奢ごうしゃな馬車が横を通りすぎていき、少しして停まった。中から紳士然とした男性が、ふたり降りてくる。

「どうしたのです? 困りごとですか?」

 ひとりは栗色の巻き毛にハシバミ色の瞳。もうひとりはストロベリーブロンドにグレーの瞳で、ふたりとも仕立てのよさそうなジュストコールとトラウザーズを身につけている。
 それらは今流行りのデザインで、生地も最高級に見えた。少々派手な色合いだが、美形で所作も優雅な彼らにとても似合っている。おそらく上位貴族の子息だろう。

「馬車の車輪が溝にはまりまして……助けていただけますでしょうか」

 アデリーヌが輝く目を彼らに向けて言った。

御者ぎょしゃはどこへ行ったのです?」
「あの役立たずなら、助けを呼びに行っておりますわ」

 アデリーヌがそう答えたとき、ソレイユの気のせいだろうか、男のひとりがニヤリと笑ったような気がした。

「ならば私たちがお送りしましょう」
「でも馬車が……」

 この馬車をそのままにはしておけない。ソレイユが迷いを口にすると、男はくすりと優雅に笑って手を差し出してきた。

「馬車はその御者ぎょしゃがなんとかしますよ。さあ、若いお嬢さんがこんな薄暗い場所にいつまでもいては危険です。私たちの馬車で、あなたがたを屋敷までお送りしましょう」
「そうですか? では、お言葉に甘えて……」

 アデリーヌが嬉しそうな顔で承諾しょうだくすると、ふたりの男は何やらアイコンタクトする。
 それを見たソレイユは、彼らの素性や家柄が気になった。

「あの……失礼ではございますが、どちらのお屋敷のかたでございますか?」

 男たちは目を細め、ソレイユを凝視した。なぜか急に背筋がこおりつき、嫌な気分になってしまう。
 栗色の髪の男がソレイユの前に立ち、目を細めて見下ろしてくる。

「本当に失礼ですね。助けてあげようというのに」

 身元をいただけなのに、どうして威嚇いかくされるのだろうか。不安と疑惑が、ますます心の中に広がっていく。

「しかし、どこのどなた様かわかりませんと……」
「私たちは公爵家の人間ですよ。この国において最上位の爵位を持つ身分です。それを知っても疑いますか?」

 であればなおのこと、どこの公爵家か名乗るはず。けむに巻くような物言いをするほうがおかしい。
 彼らがわずかに見せる不穏さを感じ取ったソレイユは、ちらりとアデリーヌを見た。
 しかし彼女は、何も疑問に思っていないようだ。それどころか、むっとした面持ちでソレイユを非難してくる。

「ソレイユさん、無礼をお詫びして。親切なかたに対して、なんて失礼なことをおっしゃるの」
「……大変失礼いたしました。申し訳ございません」

 そのときソレイユは、男たちの乗っていた馬車の中に、もうひとり誰かがいることに気づいた。
 フード付きのコートを頭からすっぽりかぶり、腕を組んで座っている。
 体格からして男性だろう。その人物が尊大にあごをしゃくった。ソレイユにはそれが、なぜか『早くしろ』というサインに見えた。

「ここは危険ですわ。ねえ、ソレイユさん。送っていただきましょう」

 ソレイユは、あまりひとを疑ったことはない。おそらくアデリーヌもだろう。しかし今、ソレイユの脳内では警鐘けいしょうが鳴り響いていた。

「私は……結構です……」
「なんだか、つれない返答ばかりだね」

 栗色の髪をした男が呆れたようにそう言うと、場の空気が変わった気がした。
 その男が、ソレイユを頭から爪先まで舐めるように見てくる。
 嫌な気分だ。品定めをされているようで、いたたまれなくなったソレイユは顔をそむけた。
 目線の先には、男たちの華美な馬車がある。見れば見るほど装飾がすごい。
 大型四輪のコーチと呼ばれるタイプの馬車で、全体に金箔きんぱくの塗装がほどこされている。公爵家の馬車だと言われたら、そうかもしれない。
 御者ぎょしゃ台には御者ぎょしゃとフットマンが乗っていて、どちらも見てはいけないものを見るような顔をしていた。つまりは複雑そうな表情ということだ。
 馬車の中にはもうひとり男が乗っていたはずだが、今は姿が見えなかった。たった数秒しか目を離していないというのに、どこへ行ったのだろう。
 そんなことを思っていると、栗色の巻き毛男が突然ソレイユの肩をつかんできた。ビクリと身体を震わせるソレイユを見て、男は嘲笑じみた笑いをこぼす。
 ソレイユは嫌な予感が当たったような気がして、目の前の男をまじまじと見つめた。
 豪奢ごうしゃな馬車に乗り、服装も上等な、公爵を名乗る男。彼をパーティやサロンなどで見たことがあるだろうか。脳内で記憶をあさるが、さっぱり思い出せない。

「あの……放して……くださいませ……」

 ソレイユが小さな声で言うと、男の目が剣呑けんのんに光る。

「冷たいなあ。子猫ちゃん」
「は……い……?」

 男の口調が、ねっとりして気持ちの悪いものに変わった。
 ソレイユの胸に嫌悪感が湧き上がり、なるべく離れようと一歩後ろに下がる。すると何かが背にトンッとあたった。
 振り向くと、いつの間に移動したのか、ストロベリーブロンドの髪をした男が背後に立っていた。

(もしかして、逃げ道を塞がれている?)
「おれたちと遊ぼうよと言っているんだけどね。馬車の中でヤるのが嫌なら、どこか町はずれの宿でも探してやるよ」
「なっ……!」

 嫌な予感が的中した。この男たちは、親切心から馬車に乗せてくれようとしているのではない。
 けれど男たちに気を取られている間に、アデリーヌがさっさと馬車に乗り込もうとしていたので、ソレイユは慌てて声を張り上げた。

「アデリーヌ様! 馬車に乗っては駄目です! このひとたち……っんぐっ……!」

 背後から首に腕が回され、大きな手で口を塞がれる。
 アデリーヌがソレイユの異変に気づき、小さい悲鳴をあげた。
 ソレイユは渾身こんしんの力で、拘束してくる男の手を振りほどく。すると巻き毛の男が、ソレイユの手首をつかんでひねり上げた。

「きゃぁっ……」
小賢こざかしい女だな。騒ぎ立てるなよ」

 ギリギリと腕をひねられ、痛みで身体がきしむ。
 その光景を目にしたアデリーヌが、慌てて馬車の外に飛び出した。それを、ストロベリーブロンドの男が追おうとする。
 意識がそちらに逸れたのか、ソレイユの腕をつかんでいる巻き毛男の力が緩んだ。
 その隙を見逃すことなく、ソレイユは男のむこうずねを勢いよく蹴り上げる。

「いっ……てぇっ……!」

 男が痛みに耐えかね手を離した瞬間、ソレイユはアデリーヌのほうへ駆け出した。
 アデリーヌを追っていた男の背に体当たりすると、もろとも地面に倒れ込む。

「きゃっ……」

 倒れた拍子にひざをしたたかに打ちつけてしまい、下肢がしびれて動けなくなる。
 アデリーヌを危険な目にあわせないようにと思ったのだが、今度は自分が窮地きゅうちに追い込まれる羽目になった。
 そんなソレイユの横で、ストロベリーブロンドの男が立ち上がりながら苛立いらだったように叫んだ。

「っ……! ちゃんと押さえとけよ! ギィ!」
「名前を呼ぶな! 危険だ!」

 栗色の巻き毛の男は、名をギィというらしい。
 ソレイユは立ち上がろうとしたが、足に力が入らずガクガクと震えてしゃがみ込んでしまう。
 その状態を見た男の大きな手がソレイユの細い肩口をがっしりとつかんだ。

「はっ、放して……!」
「放すかよ。このじゃじゃ馬が!」

 苛立いらだちをぶつけてくる男の向こうに、走り去るアデリーヌが見える。

「アデリーヌ様!」

 名を呼ぶと、彼女が一瞬振り向いた。だがすぐに背を向け、ソレイユを置いて逃げていく。

「そんな……」

 彼女を助けようと思った。でもソレイユは、彼女に見捨てられてしまった。
 さらには慌てた様子で戻ってきたアデリーヌの御者ぎょしゃも、ソレイユに目をくれることもなくあるじの手を取って一緒に駆けていった。
 ソレイユだけが男たちのもとに取り残され、助けを求めるように伸びた手がむなしく宙を掻く。

「アデリーヌ……様……」
「あーあ。あっちの子猫ちゃんは逃げちまったか」
「残念。でも好みのタイプが残ったことだし、よしとするか」

 男たちは、すっかり紳士の仮面を外していた。言葉使いが乱暴だし、顔つきもニヤニヤしていて気持ち悪い。

「な……何をするつもりですか」

 震える声でソレイユは問う。それが彼らの加虐心かぎゃくしんあおったのだろうか、男たちの目尻はますます下がり、口角がいやらしく上がった。

「何って、楽しいことだよ」
「お嬢さんひとりで、おれらの相手は大変だろうけど、優しくしてあげるからさ」
「なっ!?」

 冗談ではない。こんな卑劣な男たちに汚されるなんて絶対にいやだ。
 どうにかして逃げられないかと考えていたら、遠くから馬の足音と馬車の車輪の音が聞こえてきた。
 男たちの後ろから、ぼんやりしたランタンの光とともに、馬車が一台向かってくるのが見える。

「やばいっ!」

 男たちは身を隠そうと、ソレイユから離れて近くの木の陰に逃げ込む。
 ソレイユはなんとか立ち上がり、助けを求めて馬車のほうへ向かった。だが、馬車は道の途中で曲がってしまう。

「ああ……そんな……」

 馬車は、ガラガラガラ……と車輪の音を激しく鳴らして走り去る。
 砂埃すなぼこりの中、ソレイユは慄然りつぜんとして立ちすくんだ。

「残念だったな。子猫ちゃん」

 男たちが背後から近づいてくる。ソレイユはドレスの裾を持ち上げると、一目散いちもくさんに駆け出した。

「いいぞ! 追いかけっこだ! 子猫狩りだ!」

 逃げ回って時間を稼いでいれば、アデリーヌが助けを呼んできてくれるかもしれない。さっきの馬車が戻ってくる可能性だってある。
 わずかな希望にすがり、ソレイユは懸命に走った。
 馬車道から逸れて森林公園に入り込み、草木をかき分けて進む。
 すでに日は暮れている。公園は薄暗く鬱蒼うっそうとしており、遊歩道に出ても誰ひとり助けを求められそうな人物はいなかった。
 それでもソレイユは走る。あの男たちに捕まったら何をされるかわからない。そんな恐怖が彼女を追い立てた。
 ソレイユは彼らより足は遅いが、小柄であることを利用して、なるべく背の高い草の生えているほうや、木々が多い場所を選んで走った。それが彼らを苛立いらだたせ、焦らせていくのがわかる。
 ソレイユは隠れられそうなところを見つけて地面にうずくまり、なるべく音を立てないようにした。

「子猫ちゃん、出ておいで。あまり逃げ回ると、痛い目にあわせるぞ」
が待ちかねているというのに、面倒だな」

 近くで男たちが話をしているのが耳に入ってきた。
 ソレイユは地面にいつくばって、そろそろとその場を離れようとする。しかし広がったドレスの裾が枯れ葉を掠め、石ころを転がしてしまった。

「見つけたぞ。悪い子猫ちゃん」
「お兄さんたちがしつけをしてあげよう」

 ソレイユの目の前にふたりの男が立ちはだかる。彼らの目はギラギラとし、表情は劣情に満ちていた。


 ソレイユは、これ以上逃げられないと観念して立ち上がる。だが、このまま大人しく好きなようにされるのは嫌だった。

「あ、あなたがたは、このような卑劣な真似をして、恥ずかしくないのですか?」
「何?」
「アーガム王国は素晴らしい国です。それなのに、将来その国を背負って立つはずのあなたがたが、女性を襲うような卑劣な真似をするなんて信じられません。どうか考え直してください」

 ソレイユが震える声で訴えると、男たちは一瞬気後きおくれしたような顔を見せた。
 だがすぐに気を取り直し、ソレイユを押し倒そうとふたりがかりでのしかかってくる。

「ご高説は以上か? 残念だがおれたちは、誰にも相手にされない不良貴族でね」
「そうそう。家督を継ぐわけでもなければ、取り立ててもらえるほど優秀でもない。日々財産を食い潰し、毎日楽しく暮らすだけのお貴族様さ」
「自分で自分にかせをつけるなんて愚かです。努力する前にあきらめるなんて……きゃぁっ……!」
「うるせえっ!」

 彼らは顔を真っ赤にして憤怒ふんぬすると、ソレイユのドレスの胸元をつかみ、ビリビリと破いてしまった。
 コルセットからのぞく柔らかい胸の谷間が、鬼畜のような男の眼下にさらされる。
 男たちのギラギラしたいやらしい目が、ソレイユの身体を粘着質ねんちゃくしつに舐め回した。

「いやっ! いやぁっ……」
「偉そうな口を叩いたお仕置きだ!」
「いいねえ、おれたちが調教してやろう」

 男の湿った手が、ソレイユの身体をまさぐり始める。気持ち悪くて、今にも嘔吐おうとしそうだ。

(いやっ……いやっ……誰か……!)

 服をはぎ取られ、四肢を押さえられ、身動きが取れない状況に追い込まれた、そのとき――

「貴様ら、そこをどけ!」

 低く恫喝どうかつするような鋭い声に、男たちの手がビクッと震えた。
 そして次の瞬間、ふたりの男は勢いよくソレイユから引き剥がされ、数メートル向こうの地面に転がされる。

「うわっ!」
「だ、誰だ!」

 ヨロヨロと首だけを持ち上げてうかがうと、ソレイユをかばうように背を向けて誰かが立っている。

(だ、誰……? 助かった……の……?)

 涙でぼやけたまなこに映ったのは、長躯ちょうくで筋肉質、短い銀髪に広い肩の男性。
 月明かりだけではあまりよく見えなかったが、彼が横を向いたとき、高い鼻梁びりょうと鋭い目だけが立ちえり越しにうかがえた。
 その彼が、張りのある低い声で男たちを怒鳴りつける。

「このれ者どもが! 恥を知れ! 嫌がる女を強引に手籠てごめにしようとするとは、男の風上にも置けん!」

 その雄々おおしい声を最後に、ソレイユの恐怖と緊張の糸はプッツリと切れ、意識を失ってしまった――



   第二章 冷酷無比な独裁王エルネスト


 目が覚めたとき、ソレイユはベッドの中だった。

「ここは……自分の部屋? 頭が……痛い……」

 見慣れたベッドの天蓋てんがい、肌なじみのいいリネン。お気に入りのクッションに、風に揺れるレースのスリーピングカーテン。
 いつもの目覚めとなんら変わりないはずが、なぜか起き上がれないほど頭が痛かった。
 痛いのは頭だけではない。身体中がギシギシときしんでいる。
 しばらくぼんやりしていると、かたわらで部屋の掃除をしていたメイドが、慌てて父母を呼びに行った。その間も、意識が眠りと覚醒かくせいの間を行ったり来たりしてしまう。

(おかしい……身体が……動かない……)

 しばらくすると、パタパタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「ソレイユ。どうだね、気分は」
「ソレイユ! 目が覚めたのね!」

 父は一見冷静そうだが、髪は乱れて無精ひげも生えており、憔悴しょうすいしたように見えた。
 母はボロボロと涙をこぼし、ベッドに顔をうつ伏せて泣き出してしまう。
 なぜこんなにも感情的なのだろうと不思議に思っていたら、父が状況を説明してくれた。

「――私、二日間も……寝ていたの?」
「そうだよ。ああ……目が覚めてよかった。早速で悪いが、一体何があったのか話せるかね?」

 父の問いに、ソレイユは記憶を探ってみる。そこでやっと、自分が男たちに襲われかけたことを思い出した。
 一見紳士然とした、ふたりの男。ひとりは栗色の巻き毛にハシバミ色の目、もうひとりはストロベリーブロンドにグレーの目。
 その男たちに追われ、捕まり、襲われた。ドレスを破られ、四肢を押さえ込まれ……と彼らの蛮行ばんこうが脳裏に浮かび上がった瞬間、ソレイユの全身が痙攣を起こしたようにブルブルと震え出してしまう。

「ああ……! い、いやっ! 怖いっ……来ないで、怖い!」
「ソレイユ!?」
「ソレイユ! 誰か医者を呼んできて!」

 その両親の叫びを最後にソレイユは再び意識を失い、高熱でうなされたり、昏睡こんすい状態になったりを繰り返した。


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