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第八章 逆鱗

 幕間 ラーグノック攻防戦 二

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「アニア、MPはまだ余裕あるの?」
「さっき瞑想したから大分戻ってる」

 傷ついた兵達の治療に当たっていたアニアとセシリャは、レイコックからの命を受けたアルンと城砦へと向かっていた。

「どうしよう、城壁破られちゃったんでしょ? 負けちゃうの!? ねえ、アルン君!?」
「……状況は厳しいですけど、まだ粘れます。城砦で守りを固めて援軍を待つんです」

 セシリャはアルンから聞いた城壁が破られたという話に、混乱した様子を見せていた。戦場での経験がほとんどないという理由が大きい。しかし、それ以上にセシリャにとってこの街は生まれ育った場所である。自分の街が敵に落とされる可能性が高くなり、冷静にいられなくなっていた。

「あぁ、ゼン殿早く帰ってきてよぉ~。アニアちゃんもそう思うよね?」
「確かにそうですけど、私はゼン様の隣りで戦えるように今まで頑張ってきたのです。だから……ゼン様が帰ってくるまでは、私達だけでも頑張るのです!」
「もう~、二人とも心強くなりすぎだよ~」

 ここ数年で逞しく育った二人に、セシリャは自分の情けなさから声を上げてしまう。
 そんな三人が城砦へと向かっていると、前方に一塊の集団が見えた。その風貌から冒険者の一団だとアルンは瞬時に理解した。

「んっ? あれはミラベル!?」

 何となく見た顔が多いと思いながら、冒険者集団の隣りを追い抜こうとすると、その中心にミラベルの姿があった。

「やだ、怪我したの!? って、何で外にいるの!?」
「あっ、アニア姉だ。血は止まってるから大丈夫」
「何で外にいるのか聞いてるのです!」
「だ、だって、神殿のみんなは働いているのに、私だけ城砦にいるなんてできないよ……」

 ミラベルは初めて見たアニアの見幕に、驚きながらも申し訳なさそうに答えた。

「マーシャさんとナディーネお姉さんにいっぱい叱って貰うから。あぁ、もう。これ傷残っちゃうのです……」

 ミラベルの穿いているスカートには、渇いた血が多量に付着している。アニアはそれを捲り上げ、怪我の状態を確認した。太ももを大きく斬られており、治療を行ったのか出血は止まっていた。だが、中途半端な状態で治療を止めたのか、そこには酷い怪我の跡が残っていた。

「皆さんは確か、ゼン兄さんのお友達の方でしたね」

 まだミラベルを叱っているアニアを横に、アルンは冒険者達に話しかける。

「友達ッつうか、舎弟ッス!」
「舎弟……? 部下って事ですか? そうだったんですか。知らなかったなあ……」
「いや、自分達が勝手に言ってるだけッス! それより、城壁が破られたなら早くミラベルさんを城砦に送り届けるッス! 神殿長さんの依頼なんッス!」
「そうですね。アニアッ! 説教はいいから早くいくよ!」

 アルンが声を掛けると、アニアはまだ険しい顔をしながらも、ミラベルを一度抱きしめてから安堵の息を吐いた。そして、ミラベルの手を取り共に駆けだした。

「聖女様と麒麟児アルンッス……パネェ……」
「聖女様ってゼンさんの恋人なんだろ? ゼンさんパネェ……」
「麒麟児ってあれだろ、武でもトップクラスなのに、指揮も半端ねえんだろ? パネェ……」
「何であの獣人の娘は、俺らから離れたんだ? つれぇ……」

 ミラベルを加えたアルン達四人は、冒険者達――ラーグノック最大勢力となりつつあるクラン「ドラゴンランス」のそんな声を聞きながら、城砦へと向かった。

 程なくして城砦へと辿り着いたアルン達は、城砦の門の前で立ち止まった冒険者達に振り返った。

「それじゃあ、行くッス!」
「おいっ、あっち燃えてるぞ!」
「街を守るッス!」

 ドラゴンランスの面々達は、依頼が達成されたと判断し、街の中へと引き返していった。

「愉快な人達だったなあ」
「異様にゼン様の事聞かれたんだけど、何だったの……?」
「男の人いっぱい……スッス言ってて怖かった……」

 アルン、アニア、セシリャは三者三様の反応を見せ彼らの背中を見守っていた。

「さあ、レイコック様の所に行かなきゃ。ミラベル手をつなごう」
「うん、アルン兄」

 四人は駆け足で城砦の三階へと昇っていく。城砦の中は慌ただしく、完全武装した兵達が通路を駆けては、非戦闘員の誘導を促していた。アルンを先頭に一行はナディーネ達が匿われている部屋へと向かった。

「あ、あれ? もしかして移動させられた?」

 部屋のドアを開けても、そこには誰もいない事にアルンは少々の動揺を見せた。

「アルン、どうするの?」
「多分地下へ移動したんだと思う。あそこには隠し通路があるって聞いてるから、最後はそこから逃げるんだ」

 アルンは、以前レイコックから話に聞いていた隠し通路の存在を思い出した。使う機会などないと当時のレイコックは笑っていた事も思いだし、複雑な気持ちなる。

「とにかく、一度レイコック様と合流しよう。僕達は指示を仰いで行動した方が良い」
「分かったのです。なら、急ぎましょ」

 上がってきた時とは違い、下りる時にはあれ程いた兵士達は、ほとんどが外に出て敵を迎え撃つ準備をしていた。アルンはまばらになった兵士の一人を捕まえると、レイコックの居場所を聞き出す。

「シラールド様を連れて城砦の外で迎え撃つらしい。……戦いの声が近いからもう始まってるかも。ミラベルは……一人にするぐらいなら、連れて行った方が良い」
「そうね……ミラベルは私達の後ろに隠れててね?」
「分かったよ、アニア姉」

 これから戦いの場に向かう事は分かっていたが、こんな状態でミラベルを一人にする判断はできなかった。四人は城砦から飛び出ると、そこには多くの兵士が詰めているのが見えた。

「見て、シラールド様が戦ってるよ!」

 そうセシリャが声を上げた先では、シラールドが城砦の中に入ってくる敵兵を押さえるべく、門のど真ん中に陣取り【天帝】で敵を薙ぎ払っていた。
 その様子はまさに一騎当千。二メートル近い体躯は、人間の中ではかなり大きい方だ。その対比もありシラールドの戦いはとにかく目立っていた。
 【天帝】が振り下ろされると、敵の一人は腕をもがれ地面に転がる。
 その後に続いた敵の一人は、胴を横に斬られると臓物を地面にこぼれ落とした。
 少し離れた所では、シラールドを狙う弓兵の姿があった。
 しかし、シラールドが投擲した【天帝】が空を舞い、弓兵の一団を屠る。
 だが、その代償は大きく、身体の数か所には反撃の矢が突き刺さった。

「シラールド様っ!」

 シラールドを助けるべく、アルンは駆け出してその隣に付こうとした。

「アルンか。お前はレイコック殿に付け」

 駆け出したのもつかの間、シラールドにそう指示を出される。
 近くで兵達に指示を出していたレイコックの下へと駆け寄ると、他の三人もそれに続いた。

「レイコック様、おそばに付きます!」
「怪我をしてる方は任せてください」
「が、頑張ります!」
「おぉ、アルン、アニアか。セシリャは相変わらずのようだな。すまんが、戦ってもらうぞ。それにミラベルか……? うむ、そこのお前、この者を地下へと案内せい」
「ハッ!」

 レイコックは戦力となる三人の参戦を喜ぶと同時に、近くの兵にミラベルを地下へと誘導するように指示を出した。

「アルンは水の壁で弓を防いでくれ。アニアは回復に専念してくれ。だが、復帰して戦えそうな者だけを選別する。それはこちらがやるからお前は気に病むな。敵がシラールド殿を越えるまで、セシリャは二人の補助だ」

 レイコックが下した命令に、三人は即座に返事を返し動き出した。
 アルンが持つ【天水の杖】が水の壁を作り出すと、散発的に降ってくる弓矢は全て防がれるようになる。それは、シラールドの後方で弓や魔法を放つ味方を保護して、敵の侵入を妨げる結果となる。

 アニアは運ばれてくる怪我人を回復し続ける。【火の指輪】を持つアニアは、常人の二倍魔法を行使でき、高いMP上限は瞑想スキルの効果も上昇させている。そのお蔭でアニアもゼンも気付いていないが、MPの自然回復速度は相当な物になっていた。
 セシリャも亡き父から譲り受けた【百力の指輪】の恩恵で、その膂力は細い体には見合わず強靭な物だ。鎧を着込んだ怪我人を難なく背負い運んでいた。

「ねえ、アルン。シラールドさんに回復は不要なの? 体中に矢が……」
「あの人は大丈夫。ほら見てみ、矢を抜いた場所がもう治ってるでしょ?」

 最前線で獅子奮迅の勢いを見せるシラールドだが、アニアの視点からすると体中に弓矢が刺さり、とてもではないが見ていられなかった。ついアルンに近寄り耳元に口を寄せてしまうと、そんな返事をされた。

「わぁ……シラールドさん無敵なのです」

 アニアはそんな事を口にしながらも、セシリャが運んできた怪我人に『ヒール』を施していた。

 三人が加わり状況はやや安定してきたと思ったつかの間、急に敵の動きが止まった。壁のように詰めてきていた敵兵の真ん中が割れたかと思うと、そこから複数の人物が進み出てくる。
 レイコックは先頭を歩くその人物を見て、唸るように声を上げた。

「バイロンか……ここまで攻め入ってくるとはな……」
「レイコック、老けたな。我もここまで手こずるとは思ってもいなかったぞ」

 明らかに敵将と思わしき人物の登場で、場は静まり不思議と二人の声は通った。

「ふんっ! あれだけの動きを見せていれば、儂も備えるぐらいするわ」
「極僅かな情報しか流していなかったはずなんだがな、お前には通用せんか。まあそれも、今終わる。大人しく降伏するか、その命差し出せ」

 バイロンがそう言い放つと、レイコックは一瞬苦渋の表情を浮かべた。だが、その顔はすぐに別の物へと変わる。

「……ふんっ、降伏するぐらいならば、この場で貴様に一矢報いた方がましだ」

 レイコックは歯を剥き出して笑うと、そう口にした。
 それに対してバイロンも、犬歯を剥き出しにして笑顔を見せると、腰に下げていた剣を抜いた。

「この状況でそんな言葉を吐くか……なら見せて貰おうか?」

 バイロンが剣を構えたその瞬間、その体一瞬蜃気楼のように揺らいだ。

「ぬっ!」

 先頭にいたシラールドは、隙なく敵を見据えていたが、一瞬で姿を消したバイロンが、次の瞬間には自分の脇を抜けていた事に気付いた。急いで捕まえようと手を伸ばしたが、それは虚しく空を切る。

 バイロンが攻略した雷の神の加護の力は、自身の魔法耐性を上げるだけではなく、固有スキルともいえる、この動き「瞬動」を可能にさせた。長い距離は移動できないが、それでも敵との間合いを一気に縮めるほどには余裕がある。日に数度の制限があるとはいえ、バイロンが個の武でもシーレッド王国でも頂点に君臨している力だ。

「レイコック様ッ!」

 そんな動きにいち早く反応した人物がいた。アルンは展開していた水の壁を一瞬で槍状に変化させると、今にもレイコックに剣を振り降ろそうとしていたバイロンに向けて突き放った。

「ほう、良いな」

 バイロンは自分に攻撃を放ってきたアルンを一瞥し、僅かに体を逸らせながら恐ろしい速度で剣を振り降ろす。

「グァァァッ!」

 その剣は後ろに引き倒されたレイコックの右足を切断した。アルンの次に反応を見せていたセシリャがいなければ、身体は二つに割れていただろう。

「はぁぁぁっ!」

 少し遅れて反応を見せたアニアが【火の指輪】で作り出した火球をバイロンに放つ。小さく威力はさほどではないが、アニアの意思で完璧にコントロールされる炎の精霊が生み出す火球は、バイロンの身体に直撃した。

「自在に動く魔法か? 珍しい……なるほど、狙いはそれか」

 バイロンの魔法抵抗が作り出した障壁と、身に着けている装備、そして雷の神の加護で、アニアの攻撃は全く通らなかった。
 だが、それはアニアの狙いではなかった。セシリャに引かれ後方へと運ばれていくレイコックと、並走しながら回復魔法を施していた。

「ヌウウウウウンッ!」

 火球が引き起こした煙が晴れる間もなく、反転してきたシラールドが高く飛び上がりバイロンを真上から急襲する。両手に握られた【天帝】が振り降ろされたが、瞬動を使われ紙一重で避けられた。

「小父様っ!」

 シラールドが移動した事で、シーレッド軍が雪崩込んできた。その中にはセラフィーナの姿もあり、後退してきたバイロンの傍らに立った。

「魔槍に聖女、それに北のヴァンパイアロード、報告の通り中々の手練れです。あの獣人の娘は知りませんが反応は良かった。エゼル王国も侮れません」

 バイロンはこの一連の攻防で、ある程度アルン達の実力を見切っていた。その目測は正しい物だった。ただ一つ、間違いがあるとすれば、アルンの事を魔槍と勘違いしていた事だけだった。

 バイロンの話を聞いたセラフィーナは、端正な顔に笑みを浮かべると、マジックボックスの中から一本の槍を取り出す。【天槍雷鳴】――セラフィーナが三つ持つアーティファクトの一つ。バイロンが雷の神のダンジョンを攻略した際に手に入れたアーティファクトだ。

「次はわらわも前に出ますわ。良いでしょ? 小父様」
「そうですな、無駄に兵卒を殺す必要もないでしょう。手練れは我々が蹴散らしましょう。ですが、竜滅隊は当然付けます。貴様ら、姫様に傷の一つも追わせるな」

 バイロンはセラフィーナには笑顔を見せていたが、振り返り護衛に付いている竜滅隊の面々に顔を向けると鬼の形相を見せた。

「では、姫様、行きますぞ」
「はいっ! 小父様!」

 バイロンがセラフィーナに顔を向けると、そこには微笑みを浮かべながら武器を構えるセラフィーナがいた。それを見たバイロンは大きく一度頷くと、先頭に陣取ったシラールドへと向かい突撃を開始する。
 それに続いてセラフィーナも並走し、その周りを竜滅隊が固めていた。

「アルンッ! 心しろ! ここが正念場だ!」
「はいっ、シラールド様! ブレスッ! ストーンスキンッ!」

 構えたシラールドにアルンは補助魔法を施す。そして、自身にも補助魔法を使用すると、水で槍を作り出した。

「アニアちゃん、来るよっ!」
「はいっ! アーチプロテクション、ストライキング、ブレスッ!」

 斧を両手に持ったセシリャを前衛に、アニアも後方から補助魔法を施す。そして、自身の周りに【火の指輪】で作り出した火の精霊、火球を漂わせ何時でも放てる準備をする。

 シラールドとアルン、セシリャとアニアと二方に分かれる。アルンの方にはバイロンが、アニアの方にはセラフィーナとその護衛が当たる事になる。

「聖女様をお守りしろ!」
「侯爵様の敵を取れ!」

 多勢に無勢な形になったアニアには、レイコック直属の部下達が加わり同数以上になる。
 城砦の玄関口では、敵味方入り乱れての大乱戦が始まった。

 開始から数分はお互い出方を見ていた事もあり、均衡を保っていた。
 しかしそれも、段々と地の力の差が出始める。

「もう、切り落とした腕が治ったのか、ヴァンパイアとは厄介な物だな! だが、これならどうだ!?」

 二対一の状況でも圧倒的な力で攻勢に出ていたバイロンは、この日三度目の瞬動を見せると、一気にシラールドの側面へと飛び込む。そして、瞬動が解除される瞬間に振り降ろされていた剣が、シラールドの左足を根元から切断した。

「グォッ!」
「シラールド様!」

 シラールドが地面に崩れ落ちる姿を見たアルンは、追撃をしようとするバイロンへと水の槍を突き出す。数年間使い続けた【天水の杖】ならば、今では水の穂先を回転させて、人の肉程度ならば貫く事ができるようになっていた。

「甘い」

 だが、そんな攻撃も当たらなければ意味がない。剣術レベル4に到達しており、レベルも50間近に迫るバイロンには通用しなかった。

「うわっ!」

 水の槍を躱したバイロンは、反撃にとアルンに斬りかかる。その攻撃はアルンの顔面を捉え、アルンの左目を縦に切り裂いた。

「実力は褒め称えても良いが、魔槍もまだ若いな……おっと、回復はさせんぞ?」

 顔面を斬られ一瞬怯んだアルンだったが、すぐさま体勢を立て直すと、マジックボックスから上級ポーションを取り出そうとした。だがそれは、バイロンの追撃によって阻止される。
 バイロンは常にセラフィーナの動きを注視しながらも、シラールドとアルンの二人を圧倒していた。

 一方、セラフィーナとその護衛との戦いを続けていたアニア達も、防戦一方の展開に苦しんでいた。

「ふぅ、らちがあきませんわね。貴方達、少し強引にいきなさい」
「ハッ! 姫様」

 そうセラフィーナが指示を出すと、竜滅隊の面々は多少の怪我をも顧みず、強引に突撃を開始した。その結果、双方損害が大きくなるのだが、それはアニアが遠距離回復魔法で倒れた味方を治療する事で、何とか体制を維持できていた。
 シーレッドの兵達もアニアのその動きに気付いてはいたが、それに付き添うセシリャに阻まれて、アニアに攻撃を加える事ができなかった。

「……聞いていたより聖女は優秀。それに、あの獣人を止めないと駄目ですわね。私がやりますわ。貴方達はあの獣人の娘を拘束なさい!」

 そう口にしたセラフィーナは、雷の神のアーティファクト【天槍雷鳴】を腰だめに構える。そして、数人の竜滅隊がセシリャ目掛けて殺到した瞬間、セラフィーナも飛び出した。

「セシリャさんッ! させないのです。デバインシールド!」

 全ての攻撃がセシリャに向いたと判断したアニアは、瞬時に物理的な攻撃を弾く『デバインシールド』をセシリャに展開した。

「ふふ、甘いですわ!」
「アニアちゃんっ!」

 セシリャがそう叫んだ瞬間、セラフィーナは急遽突進する方向を変えると、意識がセシリャに集中していたアニアへと向かっていく。アニアもそれに反応をして全力で回避をしたのだが、放たれた突きがアニアの左手首を飛ばしていた。

「あぐぅッ!!」
「……聖女と呼ばれる割には戦い慣れているようね。腕を落とすつもりが手だけとは」
「うぐっ……ヒ、ヒールッ!」
「あら、その怪我で完全に血を止められるほどの回復を行えるのですか。良いですわね貴方」

 アニアが見せた予想外の精神力に、セラフィーナは笑みを浮かべながらそれを眺めていた。

「ふふ、小父様の方ももう直ぐ片が付きそうですし、貴方が動けなくなれば兵の復活は少なくなり形勢は傾き始めますわね。次はあの獣人の娘の首を落とそうかしら?」

 セラフィーナがアニアの血を滴らせた【天槍雷鳴】を、何とか竜滅隊の攻撃を凌ぎ切ったセシリャに向けたその矢先、シーレッド軍の後方が慌ただしくなった。
 その中から一人の兵が飛び出てくると、バイロンの近くへと駆け寄ってくる。

「大将軍様、敵の援軍が現れました! まだ距離はありますが、このままでは挟撃される形になります!」

 シーレッドの斥候が告げたのは、この戦が始まる前にレイコックが要請していた南部貴族による援軍だった。

「うむ……この状態では挟撃されるか。街の中にもまだ多くのエゼル兵は潜んでいるだろうからな。分かった、急ぎ撤退を開始しろ」

 即座に撤退命令を下したバイロンは、後方で倒れたままのレイコックに向けて声を張り上げた。

「レイコック、良い手駒を揃えた物だな。まさか落とせぬとはな。次はもう少し本格的に攻めさせて貰おう。姫様、引きますぞ」
「クッ、小父様がそう言われるのであれば仕方がありませんね。アニアとやら、わらわはお前が気に入った。この街を占領した暁には、わらわの隊に加えてあげますわ。片手がなくとも、お前の価値は変わらない。だから、死なずにいるのですよ?」

 そう言い放ち口角を上げたセラフィーナとバイロンは、踵を返してきた道を戻る。
 ラーグノックの兵達はその姿を眺め続け、シーレッドの兵達が姿を見せなくなるまで、気を抜く事はなかった。

「クッ! やられたわっ!」

 城砦の入り口まで下げられていたレイコックは怒りの余り、失った右足に向かい拳を振るおうとした。だがそれは、眼前で倒れる兵達の姿と、片手を失いながらもその兵達の治療を開始したアニアの姿を見て、無駄の極地だと気付き歯を食いしばり耐えた。

「侯爵様……ご報告が……」
「……言え」
「ニコラス様が敵に捕縛されました……アーティファクトも奪われました」
「……分かった」

 五十を越える人生で初の大敗にレイコックは歯を食いしばる。湧きあがる悔しさと怒りにレイコックは歯茎から血を流しながらも、これ以上自領の民を殺さないために、次なる一手に思考を向けたのだった。
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