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11話
しおりを挟むエレナを寝かしつけたハルトは、執務室にヴァンとヴェンを呼びつけた。
「ヴェン、以前頼んでおいた調査の結果を教えてくれ」
「はい。ギルバート公爵家のありもしない噂を流したのはローズ男爵家で、ギルバート公爵一家を謀反人に仕立て上げたのも彼らのようです」
「ッ……」
ヴェンの報告にヴァンの目が大きく見開かれる。
「そうか……で、今シュルバート王国の状態を教えてくれ」
「現在シュルバート王国は、王族と男爵家の独壇場状態と化しています。そして、謀反人であるヴァン・ギルバートの身を匿っているとして竜国に宣戦布告しているようです」
「ハッ、なんて愚かな奴らなのだろうか。エレナのことでさえも許し難いというのに我が義弟にまで手を出すというのか……」
ハルトの口元に笑みが浮かぶが、目が笑っていない。綺麗なのに、その笑みはどこか氷の悪魔の微笑みを連想させた。
「それでどうしますか? 竜王様が宣戦布告を受け入れるならば、竜国にいる全ての騎士達が立ち上がることでしょう」
ヴェンは竜王にそう進言する。
静かに怒り狂う竜王に敵うものなどこの世に存在しない。
だからこそ、世界最強の戦士と呼ばれる竜騎士達も竜王の前ではただ跪く。本能で逆らってはいけないと分かっているのだ。
また竜族にとって番は、自分の命と同じくらい大切な存在である。ハルトはエレナと同じ年齢の見た目をしているが、年齢ははるかに上だ。
竜族は番を見つけると、番が成熟するまで、番に合わせて見た目を変化させていく性質がある。そして、番が成熟したと同時に血の契約を契約を交わし、何千年という歳月を共に過ごす。
たまたま通りかかった国で偶然にもエレナを見つけてしまう以前のハルトは、二十代後半の色男の見た目を取っていた。しかし、エレナを見るや否や当時のエレナと同じ六歳の見た目まで逆戻りしてしまったのである。
これは番が竜である自分を受け入れやすくするための下準備で、大抵の竜族はこの変化に大きく戸惑うらしい。しかし、ハルトの場合、自分の見た目を大いに利用して、エレナに優しく近付き、幼い少女の心をいとも簡単にGETしたのである。
ただここでハルトにとって誤算だったのが、竜王選出の儀式で自分が竜王に選ばれてしまったことだ。
竜王は、竜族の中で最も力を持つ竜が選ばれる。竜王に選ばれることは竜族にとって誇りであり、憧れのはずなのだが、番を見つけたばかりのハルトにとってこれほどいらないと感じる称号はなかった。といっても竜王に選ばれたからには我儘を言っていられないので、エレナと別れを告げ、竜国に帰国しなければならなくなった。
帰国する際、エレナを誘拐していこうかと企んでいたのだが、側近に泣かれながら止められ、しぶしぶと帰国してみたところ、あまりの忙しさに遊びにいくこともできず、ただただ時間ばかりが過ぎっていった。そして、ヴァンからエレナが行方不明であることを告げられ、エレナの捜索をせずに、たかが第二王子の結婚式の準備に夢中になっていたシュルバート王国のことを知ったときのハルトの怒りはかなり凄まじく、側近に止められなければ単身でシュルバート王国に乗り込み、跡形もなく破壊し尽くしていたことだろう。
「もちろん、売られた喧嘩は買ってやるつもりだ。それで、ヴァン。お前はどうする?」
ハルトは悔しそうに拳を握りしめているヴァンに問いかけた。すると、ヴァンの身体が微かに光り、神狼の眷属にあたる蒼き狼の姿へと変化していく。どうやら身から溢れるほどの怒りで力の制御ができていないらしい。
「……父上と、母上の仇を、私に打たせてください」
唸るようにヴァンは言い、その答えに満足したハルトは静かに頷いた。
「いいだろう。思う存分に暴れるがいい。では俺は戦の準備にとりかかることにしよう。ヴェン、竜国にいる戦士たちに、一ヶ月後シュルバート王国と戦争をすると告げよ。しっかりと体力を温存し、竜族の恐ろしさを思い知らせよ、とな」
「は! 了解しました」
ヴェンとヴァンが謁見室から出ていくのを確認したハルトは、静かに呟く。
「……エレナが味わった屈辱以上の思いを味あわせてやる」
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