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事例2 美食家の悪食【事件篇】

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「第一の犠牲者が切断されたのは両手の薬指――。そして第二の犠牲者は指を全て切断されている。共通して、切断されているのは指ですね」

 写真から目を背けながら呟いた。本当ならば食ったという表現が正しいのであるが、あえて切断という言葉を使ってしまったのは、それだけこの事件が凄惨極まりない事件だからなのかもしれない。人肉嗜好じんにくしこう――カニバリズムと呼ばれるものが絡む事件は、これまでの犯罪史の中で幾度も繰り返されてきたことだが、それに自分が直面するとは思っていなかった。刑事をやっている人間でも、まずお目にかかることがないような珍しいケースなのだから。特に日本では珍しいだろう。

「あぁ、そうだな。ちなみに、こっちの事件でもレシピが同じように犠牲者の胸に貼り付けられていた。手口からしても同一犯による犯行であることは間違いないだろう」

 安野が答えると、気を利かせた麻田から、またしても失敬してきたであろうレシピのコピーが配られる。紙の擦れ合う音が、有線放送の音の中ではやけに響いた。縁は渡されたレシピに目を通す。

 今度は【人肉野菜炒め】だった。もはや、そのネーミングからしておぞましい。形式はさっきのものと全く同じであり、調理に使用する材料と、その手順――そして、三段に分けられたコメントが残されていた。

 材料は【もやし……1袋半】と【キャベツ……2分の1】に【人参……1本】といった具合に、スタンダードな野菜炒めの材料が並ぶ。しかし、その中で異色を放つのは、やはり【人肉……8本】という文字。ごくごく身近な料理であるだけに、その異様さが際立っている。

 異様といえば、残されているコメントのほうなのかもしれない。さながら料理評論家であるかのごとく、それっぽく並べ立てられた文字列には、強烈な悪意が込められているような気がしてならない。

 ――【お手軽料理の定番】。

 ――【しんなりとしていて新鮮さの残る野菜に中がレアの人肉が見事にマッチ】。

 ――【栄養満点でおいしい一品はお子様にもおすすめですよ】。

 ただただ狂気。人肉を食しているだけでも充分に異常だというのに、悪びれる様子が一切感じられない文章。もっとも、悪びれるようなら、こんなレシピは残さないだろうが。

「こちらの犠牲者の指の骨も現場から見つかった。口の中に四本。鼻の穴に二本。耳の穴に二本……。先生の用意した資料には載っていないが、悲惨なもんだった。特に上下に生えた牙みたいになった指の骨のせいで、犠牲者の顔が般若に見えたよ」
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