令嬢はまったりをご所望。

三月べに

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第一章 まったり喫茶店

 グレイティアの独白。

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 ローニャ・ガヴィーゼラ嬢の存在は、在学中から知っていた。私をライバル視していたロバルト・ガヴィーゼラの妹であり、学年一位をとった生徒。最初は、その程度の認識だった。
 サンクリザンテ学園では、魔法だけに専念していた。両親が才能があると、背中を押されたことがきっかけ。魔法に心惹かれて、のめり込んだ。
 いつしかサンクリザンテ学園の歴史に名前が刻まれるほどの天才だと持て囃されて、周りが騒がしい時機があった。しかし、自分がしたいようにして間違っていたことはなかったため、教師の意見に左右されることなく突き進んだ。
 両親はいい嫁をもらえるかもしれないと、期待をしていたこともあったのだが、私は魔法以外に興味が全くなかった。両親は早々に諦め、ただ私の功績を喜んでくれた。
 最高の成績で無事卒業できた上に、城に仕える魔導師となれた。城には高度で複雑な守りの魔法や、魔除けの魔法があり、それらを調整したりかけ直すことが主な仕事。これ以上ないほど、魅力的な職業だった。
 面倒なのは、貴族のパーティーに参加しなくてはいけないことくらいだった。城の魔導師のため、国王陛下と同じパーティーに参加を強いられた。貴族の出ではない私には、華やかなその場は落ち着かず苦でもあった。
 そこで、初めて彼女を目にした。
 空色を纏う白銀の髪は結ってあり、額も隠さないようにサイドに垂れ下がった毛先まで艶やか。瞳は丸く大きく、サファイア色。さくらんぼ色の口紅が塗られた唇は、微笑みを絶やさない。寒空の下で冷たく、それでいて美しく輝く雪のような水色のドレスに身を包んでいた。その存在感に目を奪われた。
 世界でもっとも、美しい人だと思ったーー…。
 ガヴィーゼラ嬢は、一目置かれる存在だった。力ある伯爵家の令嬢ということもあるが、その容姿と存在感が人の目を引きつけている。だが、近寄りがたさも感じて、彼女はまさに高嶺の華。
 誰よりも美しい姿勢で、美しい立ち振る舞い。彼女から目が離せなかった。
 そんな私に気付いた国王陛下は、笑った。昔から表情が微動だにしないと言われてきたというのに、わかってしまうほど私は彼女を見つめてしまっていた。
 残念ながら彼女は甥と愛し合っていて、他人が入る隙は全くないーーと、国王陛下の甥と結婚の約束をしていることを聞かされた。貴族にはよくある話。それがなくとも、私には元々手の届かない存在だ。浅はかなことは考えていない。
 ただ、そう、美しい女性だと見惚れてしまっただけだ。
 学年一位を取るほどの実力も持つ美しい伯爵令嬢。完璧な女性だと思った。
 国王陛下の甥。公爵子息のシュナイダーも、男子生徒として学年一位をとった。二人揃って学年一位の座に肩を並べているエリートカップルだと、パーティー会場で話題となっていた。お似合いで素晴らしいと賞賛の声ばかりだった。
 例外は、ガヴィーゼラ伯爵夫妻。自分の娘だというのに、褒めることに値しないという風に周囲に言い返していた。彼女の成果は、当たり前だという態度。
 それを間近で聞いていた彼女は、笑みを絶やさなかった。しかし、笑みを保っていても、傷ついているように見えた。
 気丈に振る舞っていても、美しい姿で微笑んでいても、儚い少女に見えた。
 そんな彼女のそばにいたのは、シュナイダーだった。両親の温かみのない言葉に傷ついた彼女を、密かに慰めているような光景を何度も見た。
 彼女がシュナイダーに向ける微笑みは、特別だ。愛に満ちていた。固い絆で結ばれていていると、遠目で見ているだけでもわかった。国王陛下の言う通り、他人が入る隙はどこにもない。
 隙があれば入り込みたいだなんて、思ったわけじゃない。そもそも私は、彼女に近づくことも叶わないだろう。ロバルトには嫌われている。妹である彼女も嫌っているかもしれない。
 そう思っていたのに、学園で特別授業を行ったあとのこと。ローニャ・ガヴィーゼラ嬢から、私の前に立った。行った授業の質問にきたらしい。
 率直に自分のことを嫌っているとばかり思っていたと、驚いたことを白状した。すると、彼女はおかしそうに笑った。口元に手を当てて気品な仕草だったが、無邪気な笑顔。彼女も兄が原因で私に嫌われてしまっていると思い込んでいたと白状した。パーティーと違って、近寄りがたさはなかった。
 優しく穏やかな笑みを溢した彼女にーー…恋をしてしまった。

 彼女には深く想い合っている相手がいるため、自分の気持ちを伝えるつもりはない。
 それから彼女を知るにつれて、隙がないとよくわかった。
 授業が終わったあとに私の元に来て質問する前には、必ずシュナイダーに断りを入れていた。
 学園内で男子生徒にお茶に誘われているところを目撃した。シュナイダーを嫉妬させたくない、と冗談まがいに彼女は物腰柔らかく断った。それならばと男子生徒はお茶会に参加させてほしいと頼んだ。二人っきりでなければシュナイダーが嫉妬しないだろう、と。
 シュナイダーだけを一途に想っている故に、無意識に他の異性と親しくなることを避けていた。口説く機会を、彼女は誰にも与えてくれなかった。
 特別に甘える相手は、シュナイダーだけ。学園内では、ローニャがシュナイダーに抱えられて運ばれている姿を見かけた。 ローニャは、彼しか見ていない。ローニャは、彼だけをただ愛している。それを目にしていて、よくわかった。
 それでも、私はローニャと同じ時間を共有したかった。
 特別な異性になれずとも、彼女に頼られる先輩でありたかった。
 彼女の魔法を学ぶ姿勢は、素晴らしかった。家族の期待に応えるためではあったが、何より彼女自身が魔法を好いていたからだ。積極的で、すんなりと理解する。教える私も、それはそれは楽しい時間だった。
 精霊オリフェドートを紹介したのは、共通点を持ちたかったという下心もあったが、オリフェドートの力が彼女にとって大いに役立つと考えたからだ。オリフェドートにとっても、彼女はいい助けになるはずだ。
 力を借り合う魔法契約。
 あの学園は貴族を優先しがちな傾向が強く、精霊などの偉大な存在からの信用を失くしてしまった。在学中も自分の時間を優先して、庶民の生徒に課題や材料集めをさせている貴族の生徒が少なくなかった。
 私もオリフェドートには頑なに拒まれて、幻獣のラクレインには吹き飛ばされてしまったのだが、何日も通い続けていくと、私が本気で契約を求めているとわかり受け入れてもらえた。
 ローニャは他の貴族とは違い、誠実な生徒だと話したが、オリフェドートは私のように誠意を見せなければ契約をしないと言った。ローニャは気を悪くすることなく、誠意を見せるために毎日来ることを約束をした。
 人間の貴族など信用するものか! と息巻いていたオリフェドートだったが、ローニャが手土産にお菓子を持ってきたことに感動をしていた。私にはない発想だ。さらにはそれがローニャ自身の手作りだったため、また驚いては感心していた。同行していた私も食べさてもらったが、とても美味しかった。聞けば、シュナイダーのために腕を磨いたのだという。そこまでシュナイダーの影響があった。
 森を気に入ったローニャは、人見知りの蓮華の妖精ロトにも歩み寄っていた。お菓子に興味を持っていても、ローニャが怖くて近寄れなかったロトのために、置いていった。
 僅か三日で、オリフェドートはローニャと契約を結んだ。人見知りのロトはローニャの肩に乗るほどまで懐いた。
 間もなくして、私が魔導師として中断のできない長時間の儀式をすることになり、オリフェドートに頼み事が出来た際はローニャに任せることにした。
 終わったあとに、オリフェドートの森に危機が起きたと知った。悪魔の襲撃。それも数多の魔物を操るほどの強力な悪魔。そして、精霊に牙を向く異常な悪魔だ。
 その悪魔から、ローニャが森を救った。オリフェドートを始め、森中の住人がローニャの勇姿を語った。驚くことに、私にも心を開いてくれなかったラクレインまでもが、ローニャを褒めていた。凄まじい戦いの痕跡はもう既になかったが、森は救われた。
 森はローニャを讃えていたが、他は違った。ローニャが口止めをしたからだ。ローニャにとって精霊の森を救った偉業が重圧に変わってしまう。森の感謝だけで十分だと、ローニャは秘密にすることをオリフェドート達に頼んだ。
 ローニャに会いに行くと、学園も何の変化もなかった。ちょうど学園の試験と被っていて成績を落とすことを恐れていたが、森も一位の座も守れてローニャは安心して笑っていた。
 悪魔が操る魔物の軍と戦うよりも、成績を落として家族に叱られることに恐怖していたらしい。そんな家族が、精霊の森を救った偉業さえも認めてくれないのだろう。なんて、冷血な家族なのだろうか。
 つらくないのかと、私は問わずにはいられなかった。どうして耐えていられるのかを問うた。
 そうすれば、彼女は微笑んでシュナイダーのおかげだと答えた。幼い頃にシュナイダーが守ると約束をして、それを支えに耐えていた。
 ローニャにとって、シュナイダーはかけがえのない存在なのだと思い知った。二人の愛は、とても深い。強く揺るぎない愛で、結ばれている。ローニャは彼の愛があるだけで幸せそうだった。
 シュナイダーと笑い合う彼女が、一番美しかった。
 悪魔はローニャが封印したのだが、悪魔は打ち破った。ローニャは封印の魔法が不得意だったせいだと反省したが、私からすれば十分だ。だが、そんなローニャの封印をその悪魔は破って出てきた。封印破りを得意とする悪魔だったのだ。
 学園付近でローニャを待ち伏せて襲いかかったが、シュナイダーが守って封印した。それでも数ヶ月後には封印を破ってはまたローニャの前に現れた。
 悪魔は気まぐれに不吉を撒き散らし、破滅させる。操りやすい人間を好み、国を荒廃させることもあった。負の感情は、悪魔の好物。
 ローニャのように穏やかな人間につきまとうことは、異例だ。ローニャに異常なほど執着していた。
 私の力には警戒しているようで、私はその悪魔と鉢合わせしたことがない。出来ることなら、私が封印して危険を取り除きたかったが、その機会はなかなかこなかった。
 やがて、ローニャからシュナイダーと正式に婚約したと聞かされた。身勝手なことに痛みを感じたが、祝福した。 
 想いが報われなくともいい。ただ、少しでもローニャの助けになれればと願った。
 私は魔法を仕事にして、ほんの一時でも彼女と過ごせるだけで、人生は幸せだった。あわよくば、彼女と魔法の仕事ができればもう願うことはなかった。
 しかし。ある日突然、ローニャとシュナイダーの仲が終わったことを知った。城の中でさえも、騒然としていた。
シュナイダーは婚約を破棄し、別の令嬢の手をとったという。詳しくは聞かなかった。噂など真に受けてはいけない。ただ、婚約は破棄されたこと。そしてローニャが学園を飛び出して、誰も姿を見ていない。その事実だけは、確かめた。学園に、彼女はいなかった。
 オリフェドートの森にももちろんいなかったが、ローニャが学園を出たことはオリフェドート達は知っていた。前々から準備をしていたらしい。
 貴族令嬢の生活も学園の功績も、ローニャは投げ捨てて新しい生活を始めた。
 あと少しで卒業だった、あと少しで結婚だった。それでも、彼女が逃げ出したのだ。限界だったのだろう。
 それに気付いてやれなかったことを悔やんだ。力になりたかった。おそらく国王陛下に近い魔導師の身である私に迷惑をかけたくなかったのだろうが、助けになりたかった。
 頭を抱えて放心していれば、オリフェドートが言った。
 ローニャは独り身になったのだから想いを打ち明けて私が幸せにしろ、と。
 その言葉に、さらに放心してしまった。オリフェドートは、私とローニャが結ばれることを願った。私にならローニャを任せられる、と。
 戸惑う私に、オリフェドートはローニャと結ばれる機会が巡ってきたのだと説得してきた。
 ローニャと結ばれたら……なんて夢見たこともある。ともに魔導師として働けたらどんなに楽しいか、と一瞬でも夢を抱いたこともある。それを実現させる機会……?
 女性を口説いた経験もない私には、なによりも難題な挑戦だった。しかし、許されるものならば夢を叶えたいという気持ちが湧いた。
 すぐにローニャに会うことは我慢した。国王陛下もローニャの行方を捜していたからだ。もちろん、同じ精霊と契約を結んでいる私に、ローニャの居場所を知らないかと訊ねてきた。オリフェドートから聞かなかった私は、知らないとだけ答えた。国王陛下は怪しむような眼差しを向けてきたが追及をしてこなかった。初めての休暇の申請にも、意味深な眼差しを向けてきたが、何も言わなかった。
 国王陛下は嘆いていた。シュナイダーの婚約破棄は愚かだと、本人を責め立てた。こんなことならば後継者である息子、ジェレミア殿下と婚約させればよかったとまで言っていた。冗談抜きでシュナイダーよりも優秀な男にローニャを幸せにしてほしいと、私に視線を送りながらぼやいていた。
 私と同じく悪い噂を鵜呑みにすることなく、彼女の行方を捜す男はいる。シュナイダーがいなくなった今、口説き落としたいと考える男は少なくない。
 ローニャが一人暮らしをしていると、オリフェドートから聞いた。なんでもそつなくこなせるローニャに一人暮らしは難しくないと思うが、女性の一人暮らしなんてあまりにも危険。オリフェドートも危惧していた。狙っている悪魔だっている。
 だから、ひとまず私の家に住むことを提案することにした。失恋したばかりのローニャに想いを押し付けたくはないから、匿いたいと願い出る。仕事を手伝うことを見返りにすれば、ローニャも頷きやすいだろう。私の家は、魔法の本でいっぱいだ。きっとローニャは退屈しない。
 ローニャを家に招くなど、想像するだけで心臓が破裂しそうだ。こんな提案をローニャに直接する自信がないとオリフェドートに言うと、ローニャが体調を崩したと聞かされた。今すぐに見舞いに行って家に招けと背を押されたのだが、一人暮らしの女性の家に入るなど絶対にできないと全力で拒否した。体調を回復させる薬を作るために薬草を摘む手伝いだけをした。
 体調を崩してより心配が増したオリフェドートは、私を急かした。ローニャを連れてきたら直接言えと、背中を叩かれた。
 森の中で、ローニャを待っている間、心臓が爆発してしまうかと思った。想いを伝えるというのは、この上なく勇気がいるのだと初めて知った。いや、今日想いを伝えるわけではない。彼女を支えたい。シュナイダーの支えを失くした彼女のために、私が出来ることをしたい。
 そして、森の中で久しぶりに会ったローニャはーーとても美しかった。
 初めて目にした時よりも、愛する人と笑い合っていた時よりも、より美しくと思えた。
 パーティーの時のように、優美なドレスや化粧はない。一般市民らしい質素なドレスで、髪も緩やかな三つ編みで束ねて垂らしているだけ。それでも、以前よりも美しい。

 世界を優しく包み込むような青空色の瞳が輝いて見えて、私はまたーー恋をしてしまったと感じた。
 ローニャは、楽しい日々を過ごしているようだった。以前よりも、充実していて幸せそうだ。解放されて、穏やかに過ごせている故に、より輝いていて美しくなった。
 魔法のように魅力的で、どうしようもなく私の心は惹かれてしまった。
 私自身が彼女の人生をより良いものに出来るかどうか、わからない。彼女が今の居場所にいたいと望んでいるようだったから、私の元に招くことは早々に諦めたが、それでも支えになりたかった。
 だから、彼女の手を握って支えになりたいと伝える。それが私の精一杯だった。
 ありがとう、と微笑まれただけで、胸が焼けるほど熱くなった。握った手を放さずに、いつまでも握って見つめていたかった。
 どうか、世界でもっとも美しい人が望む幸せの中で笑っていられますようにーー…
 私は全ての力を尽くすと決意した。 


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20160629
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