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捕まった後のお話
8.案内します。 <亀田>
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食べたい物を改めて尋ねると、逆質問が返って来た。
「亀田課長のおススメのお店ってありますか」
「『お勧め』か……小洒落た店を全く知らないんだが。大谷が食べたい物があれば、それをスマホで検索しようと思っていた」
「もしかして自炊ですか?行き付けのお店とか全く作らない派だったり?」
「いや、最近あまり自炊はしてないな……休みの日は近所の定食屋に行くか惣菜買って来るかだな」
「課長がいつも行っているお店に行きたいです!定食屋?良いじゃないですか。逆に小洒落たワインバーの常連だとか言われたら……ちょっと引くかもしれません」
何気に失礼な物言いだ。
服を着て部屋を出て来た大谷はすっかり通常運転だ。……さっきまで真っ赤になって恥ずかしがっていたのは、ひょっとして別人なのかもしれないと思ってしまうほど。
だけどあまり恥じらわれると、せっかく仕舞い込んだ本能がムクムクまた頭をもたげて来るから助かると言えば助かる。この年になると体力的にも色々と難しい部分があるからな……などと下世話な事ばかり考えているなんて、大谷にはあまり知られたくない。だから俺も何事も無かったような素振りでいつもどおりの返答を返した。
「お前……本当に物言いに遠慮ってモノが無くなったな」
「うっ……スイマセン。でも私だって課長を連れて行ったの、道の駅とお総菜屋さんくらいなんですよ。だから課長も普段行くような身近なお店を教えてください。今日は課長が普段どんな風に過ごしているかを知りたくて、ここにお邪魔しているんですから……」
そんなしおらしい台詞をツルリと吐く大谷が可愛すぎて、思わず胸がポカポカ温もってしまう。大谷と言う奴は―――気を使っているように見せずに、さり気なく気を使うのが本当に得意だ。こういう場面に接するといつも彼女が一回りも年下なんだと言う事を忘れそうになる。年上の女性に甘やかされているような……錯覚さえ覚えてしまう。
「じゃあ……いつも土日に夕飯食べに行く定食屋があるんだが」
「へえ!」
「若い女性なんか一人もいないぞ、親父ばかりの店で……」
「何が美味しいんですか?」
「漬物かな。自家製の糠漬けが、旨い」
「……糠漬け……!」
途端にキラキラと俺を見上げる大谷の瞳が輝き出した。
「そこ!行きたいです!自家製糠漬け食べてみたい……!」
あ、コイツそう言えば漬物好きだったな。
その時漸く思い出した。そう言えば大谷は両親が仕事で忙しい時期に祖父母の家に預けられていたのだと聞いた事がある。俺とは祖父母世代に育てられたと言う、意外な共通点があるのだ。
大谷にせっつかれるようにして、俺はその定食屋へ向かった。
そこには八十歳を過ぎた名物ばーちゃんがいて、素朴で新鮮だと定評のある美味しい食事を食べに行っているのは勿論なのだが……ここに通うのは、実はこの小さく纏まったばーちゃんと話すのが楽しみと言うのも大きいのだ。
案の定大谷は大喜びで糠漬けに齧り付き、日中は魚屋を営み夕方から暖簾を出して定食屋に変身していると言う変わった形態のこの店が提供する、新鮮な魚介を賞賛しまくった。それから定食をすっかり綺麗に平らげた後、温かいお茶を運んで来てくれたばーちゃんに人懐っこく話しかけ、ニコニコ笑いながら軽口を交わしている。
普段職場では割と大人しめで、おしゃべりに見えない大谷だが、お年寄りと話す時は饒舌になるんだな。そんなところも何だか微笑ましかった。
知れば知るほど、大谷は俺の好みにピッタリとかみ合っている。自分に女性の好みがあるなんてこの年まで思いも寄らなかったが―――大谷が言う事なす事、好きだと思ってしまうし、愛しいと感じてしまうのだから、やはりそう言うことなのだろう。
元々大谷が俺の欠けた部分にカッチリと合う形をしているのか、それとも大谷がどんな形だとしても彼女に夢中な俺は勝手に自分の好みにピッタリだと勘違いしたがっているのか―――どちらなのかも分からないほど、情けないほどに俺は……大谷に傾倒してしまっている。
もうますます大谷に嵌ってしまいそうな予感しかしない。
「亀田課長のおススメのお店ってありますか」
「『お勧め』か……小洒落た店を全く知らないんだが。大谷が食べたい物があれば、それをスマホで検索しようと思っていた」
「もしかして自炊ですか?行き付けのお店とか全く作らない派だったり?」
「いや、最近あまり自炊はしてないな……休みの日は近所の定食屋に行くか惣菜買って来るかだな」
「課長がいつも行っているお店に行きたいです!定食屋?良いじゃないですか。逆に小洒落たワインバーの常連だとか言われたら……ちょっと引くかもしれません」
何気に失礼な物言いだ。
服を着て部屋を出て来た大谷はすっかり通常運転だ。……さっきまで真っ赤になって恥ずかしがっていたのは、ひょっとして別人なのかもしれないと思ってしまうほど。
だけどあまり恥じらわれると、せっかく仕舞い込んだ本能がムクムクまた頭をもたげて来るから助かると言えば助かる。この年になると体力的にも色々と難しい部分があるからな……などと下世話な事ばかり考えているなんて、大谷にはあまり知られたくない。だから俺も何事も無かったような素振りでいつもどおりの返答を返した。
「お前……本当に物言いに遠慮ってモノが無くなったな」
「うっ……スイマセン。でも私だって課長を連れて行ったの、道の駅とお総菜屋さんくらいなんですよ。だから課長も普段行くような身近なお店を教えてください。今日は課長が普段どんな風に過ごしているかを知りたくて、ここにお邪魔しているんですから……」
そんなしおらしい台詞をツルリと吐く大谷が可愛すぎて、思わず胸がポカポカ温もってしまう。大谷と言う奴は―――気を使っているように見せずに、さり気なく気を使うのが本当に得意だ。こういう場面に接するといつも彼女が一回りも年下なんだと言う事を忘れそうになる。年上の女性に甘やかされているような……錯覚さえ覚えてしまう。
「じゃあ……いつも土日に夕飯食べに行く定食屋があるんだが」
「へえ!」
「若い女性なんか一人もいないぞ、親父ばかりの店で……」
「何が美味しいんですか?」
「漬物かな。自家製の糠漬けが、旨い」
「……糠漬け……!」
途端にキラキラと俺を見上げる大谷の瞳が輝き出した。
「そこ!行きたいです!自家製糠漬け食べてみたい……!」
あ、コイツそう言えば漬物好きだったな。
その時漸く思い出した。そう言えば大谷は両親が仕事で忙しい時期に祖父母の家に預けられていたのだと聞いた事がある。俺とは祖父母世代に育てられたと言う、意外な共通点があるのだ。
大谷にせっつかれるようにして、俺はその定食屋へ向かった。
そこには八十歳を過ぎた名物ばーちゃんがいて、素朴で新鮮だと定評のある美味しい食事を食べに行っているのは勿論なのだが……ここに通うのは、実はこの小さく纏まったばーちゃんと話すのが楽しみと言うのも大きいのだ。
案の定大谷は大喜びで糠漬けに齧り付き、日中は魚屋を営み夕方から暖簾を出して定食屋に変身していると言う変わった形態のこの店が提供する、新鮮な魚介を賞賛しまくった。それから定食をすっかり綺麗に平らげた後、温かいお茶を運んで来てくれたばーちゃんに人懐っこく話しかけ、ニコニコ笑いながら軽口を交わしている。
普段職場では割と大人しめで、おしゃべりに見えない大谷だが、お年寄りと話す時は饒舌になるんだな。そんなところも何だか微笑ましかった。
知れば知るほど、大谷は俺の好みにピッタリとかみ合っている。自分に女性の好みがあるなんてこの年まで思いも寄らなかったが―――大谷が言う事なす事、好きだと思ってしまうし、愛しいと感じてしまうのだから、やはりそう言うことなのだろう。
元々大谷が俺の欠けた部分にカッチリと合う形をしているのか、それとも大谷がどんな形だとしても彼女に夢中な俺は勝手に自分の好みにピッタリだと勘違いしたがっているのか―――どちらなのかも分からないほど、情けないほどに俺は……大谷に傾倒してしまっている。
もうますます大谷に嵌ってしまいそうな予感しかしない。
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