行ってみたいな異世界へ

香月ミツほ

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行ってみたいな異世界へ

27 ちゅーなんてしない

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3日目も朝は同じ。

でもフォンス君がめちゃくちゃ上機嫌。何があったんだろう?

「聞きたい?昨日のラティオがすっごく上手で情熱的でもう、メロッメロに蕩かされちゃってぇ~…」

思い出すだけで体が熱くなる!とか言いながら自分を抱きしめるようにしてふるっと震えてる。確かにストゥさんと似た雰囲気だったから好みだったのかも。

生々しい惚気話はもう結構です。

メロメロでだだ漏れのフォンス君はさぞ注目の的だろうと思ったけど、思った程は注目されていない。それに何だかだだ漏れの人が何人もいるような…?

後で聞いたけどこの大規模討伐は出会いの場にもなっていて、いくつかある大テントの1つは中が小さく区切られていて、連れ込む事ができるそうだ。それぞれに遮音結界があるから声を気にしなくていいし、万が一むりやり連れ込まれた場合は心の声が本部に届く術式が込められている。魔術って便利!

上級冒険者は自分のテントを持ってるから自分の所に連れ込むけど。

……幸せで何より。

乱戦になって雷鹿らいがにぶつかってしまった人がヨロヨロと歩いて来る。
麻痺を治せば良いんだけど、電気の蓄積による痺れなら剣にアース付けたら解決しない?
金属の糸は作れるけど絶縁体で包まないとならないし、そんな素材知らないし…ゴム? あ、雲母!!確かキラキラして薄く剥がれる鉱物の雲母が絶縁体だったはず。

今度試しに何か作ってみよう!

新しい事をするのは後にして痺れてる人の治療をする。

絶対、「治癒!」って声に出さない!!



今日はあまり忙しくない。狼や猪に比べたら危険は少ないのかな?

『結界を閉じました。雷鹿らいがを討ち次第「花散らす王鹿おうがの」の討伐に向かって下さい。』

いつもの業務連絡が聞こえて来た。

見ると… 花散らす王鹿おうがの姿は… だいたいキリン。

大きくて首が長くて足が長くて。こっちも遠距離武器しか届かないね。

落とし穴掘ったらどうなのか?

振り回された首の破壊力ヤバかった。…… 馬鹿の考え休むに似たり。



花散らす王鹿おうがも討伐終了。すぐ剥ぎ取りに…かと思ったらぞろぞろとこちらへやって来る。麻痺と打撲、たまに流れ弾に当たった人。我慢ができちゃう傷なので倒し終わるまで我慢してた人が剥ぎ取り前に治癒に来たようだ。

機嫌の良いフォンス君は選り好みせず治癒しているけど、今日はずいぶん多いなー。
そんな印象を持ちつつ治癒していたら班長が来た。1班と2班も合流して全員で治癒したんだけど、なんでここに集まったの?

黒髪のかわいい子がちゅーして治療してくれると言う噂のせいだと言われた。

あうぅ… 恥ずかしい… けど今日は声に出さなかったから!その噂は立ち消えが確定しました!!

治癒を終えて医療班全員で本部へ戻る。途中でラティオさんを見つけたフォンス君が駆け出そうとして班長に止められてて笑っちゃった。


ズ…ズズズ……ドォーーーーーーーン!!


突然の地響きと下から突き上げるような一瞬の揺れ。慌てて辺りを確認すると4トントラックより大きな黒い亀。しっぽは蛇。…しっぽが蛇!?

「玄武だ!」

誰かが叫んだ。
玄武?入らずの森には朱雀がいたし東の森の王は白虎だったよ?四神のいる方角がめちゃくちゃな気がするけど、魔術も五行の木火土金水じゃなくて地水火風だし、色々違いがあるんだなぁ。

のんきにそんな事を考えていたけど、振り返って玄武を見ると、ひっくり返ってじたばたしている。しっぽの蛇ってしっぽとして生えてるのじゃなくて、寄生していているように見えるんだけど…だってしっぽなのに頭があって亀の頭に向かって怒ってる。

『聖獣玄武を起こします。ご協力をお願いします。』

突然現れた玄武をどう扱うのか興味津々で見ていたらとりあえず起こしてあげる事になったようだ。力自慢がぞろぞろと集まって行く。

俺は玄武の動きがかわいくて近くで見たいから行く。

魔力が残り少ないから、とストゥさんを見送ったティスさんと合流し、地面が斜めなら起こし易いだろうに、って言ったらみんな魔力の残りが少なくて…と言う。つまり、俺の出番ですね!!

なるべく目立たないようにそっと魔力の糸を伸ばして地面が斜めになるように土を細かく砕くと、支えを失ってゆっくり傾く大亀。力自慢達が声を揃えて力を込める。斜面を薄く削って更に角度を付ける。じたばたしていた手足(?)を引っ込め大人しく身を任せる玄武。蛇も甲羅の中に引っ込んだようだ。

ズズーーーン!!

ゆっくりと転がされて正しく起こされた玄武は頭を出し、手足を出してきょろきょろしている。蛇も出て来て見回している。

野太い歓声が上がる。

玄武と目が合った。目立ちたくないのにこっち来んなって!でも金縛りみたいになって動けないし、周りの人達はすっと自然に場所を空ける。首を伸ばした玄武が俺に頭をすりすりする。あれ?何この子かわいい!

頭にぎゅっと抱きつくとパク!しっぽ蛇が俺の左手を咥えた。ハグしちゃダメだった?

戸惑っていると蛇が口を離した。中指の付け根近くに浮かぶ5mm程の黒い六角形と指を1周する線。指輪みたい。

玄武は後じさって方向を変え、ゆっくり南へ進み、空気に溶けて行った。

気がつけばティスさんとストゥさんが側にいて、他の人達も遠巻きに見ている。大丈夫か?と聞かれて左手を見せるとティスさんが間違いなく玄武の契約印です、って。

起こしてあげただけで契約印くれるの?他の人達は?

「契約印は気に入った人間にしか与えられません。でもここにいる全員が何かしらの祝福を受けると思いますよ。」

全員が受ける恩恵… 温泉でも出たら良いのに。

ゴゴゴゴゴッ!!

温泉が出れば良い、と思った瞬間に本部の後の方で大きな音がした。え?

みんな急いで音の確認に走る。ワクワクが止まらない!

本部の後から湯気が上がっている。
さっそく分析をしているようだがこの硫黄の香り…ぜったい温泉だよね?

50cm程盛り上がった場所から流れ出る液体。もうもうと上がる湯気。湯船が無いから低い方へ流れていってしまう。分析結果を今か今かと待っていると、業務連絡が入る。

『業務連絡です。本部裏に温泉が湧きました。毒性はありません。討伐班から30人、風呂作りに参加して下さい。』

ストゥさんが温泉班は人気だろうから剥ぎ取りに戻ると言う。俺とティスさんは温泉の方へ行った。

豊かな緑の覆われた地面は30cmも掘ると硬い岩の層になっていた。ここに木が生えない理由がこの岩盤の層だったようだ。これではさすがの力自慢も歯が立たない。普通なら大きな火を焚いて水をかけて岩を砕いて掘って行く。でもそれじゃあ今夜に間に合わない!

ティスさんに本部長さんを紹介してもらって相談する。

まず岩盤を簡単に割れる事を実演してみせる。
理解してもらったところで作りたい湯船の大きさに表層を退かしてもらう。岩盤を浅く剥がすように割る。剥がした岩を1人が持てる大きさにすれば作業が楽だろう。どかした表層の土を捏ねて漆喰代わりにしてもらえば焼き固めて完成させられる。

手順が決まったので作業開始。まず先に範囲を決めて外から土をどかしてもらう。土をどかす作業をしている間に外周を歩きながら魔力の糸で範囲を指定。岩盤は1枚17cm厚にして2段剥がして積めば70cmくらいの深さになる。そして浴槽の内側に腰掛け用の段差を1段。

一周して手探りで深さを決め、岩の組成を崩して剥がす。岩盤がむき出しになったのを確認し、手頃な大きさに砕くのはランダムなのであえてイメージをあやふやにする。

「破砕。」

今回は範囲が広くて集中が必要なので呟く程度に抑えながらも声に出す。ビキッ!と割れた岩を見て歓声が上がる。マッチョ達が喜々として岩を運び捏ねた泥を塗った縁に積む。運び終わったらもう一段砕く。縁を整え、段を作り、焼き固めるとさすがにフラフラになった。初めての魔力不足だ。

後の浄化と源泉からの湯の引き込みは他の人に任せてティスさんに本部まで運んでもらった。恥ずかしいと思ってたら周り中から感謝の言葉と賞賛が送られて照れる。魔力チート最高!

剥ぎ取りはもう終わって順に食事をしている。ストゥさんが迎えに来てくれたけど、本部長がこのまま本部で食べるよう勧めてくれたのでお言葉に甘える。いつものパンとシチューと3種のステーキ。魔獣の肉はどう言う訳か1年は腐らないそうでこれから街でも流通する。討伐参加者は格安で購入できる。タダにならないのはギルドがちゃんとしている証拠…?

『本部より連絡です。温泉の効能が確認されました。治癒(小)、体力回復(小)、魔力回復(中)、美肌効果。入浴の際は必ず浄化の魔方陣を通って下さい。』

魔力回復!それは入らなきゃね!

混み具合を見ていつでも入れるように側で待つ。他の人達も同じ事を考えているようで温泉の周りに酒の席ができ始める。お酒飲んで温泉入るとのぼせるよ?

最初の波が引いたので3人で入る。シャワーはないので浄化魔法陣を通って湯船に向かうが桶がなくて掛け湯できないのが心苦しい。温泉はぬるめだったのでゆっくり浸かって魔力回復!!

ストゥさんがしげしげと玄武の契約印を眺める。朱雀と青龍とも契約したらシャレにならないな、なんて冗談を言う。契約印があって邪魔になる事はないから増えても良いけど既にじゅうぶんチートだしな。あ、後で加護の内容確認しよう。

「今日もタケルは大活躍だったな!」

後から入って来たラティオさんに声をかけられた。まだぐったりしているので笑顔だけ向ける。ラティオさんの向こう側の腕にぴったり貼り付いていたフォンス君に睨まれている。何故?

「少しで良いから…肌、触らせて?」

「肘から先くらいなら良いですよ。」

ストゥさんの向こうへ片手を差し出すとぐいっと引っ張られてよろける。

「おいフォンス!もっと丁寧に扱え!」

ストゥさんに文句を言われても耳に入ってないようで俺の腕を凝視している。バランスを崩す俺を膝に乗せて支えてくれた。…恥ずかしいです。

言葉通り肘から先の外側と内側を凝視しながらぷにぷにつついたり摘まれたり。そのうちフォンス君はがっくりと項垂れて黙ってしまった。ついでのようにラティオさんも触ってる。

「ありがとう。確かにこれは凶器になるな。」

にやりと笑って手を離しフォンス君の頭を撫でて何か呟くとみるみる頬染めて目を潤ませるフォンス君。見つめあったと思ったらがばっとキスが始まってしまった。温泉はまた後に来よう、と言いながら2人は激甘の空気をまき散らしながら出て行った。

公共の場でいつまでも膝の上は恥ずかしいので下ろしてもらった。長湯が苦手なストゥさんは先に上がり、ティスさんにもたれ掛かってゆっくり浸かって魔力を回復させた。
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