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6巻

6-3

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 そして翌日が開戦の日となった。
 砦街の門に妖精の軍隊と義勇兵が集結する。これから平原に本陣を築くのだ。妖精族限定魔法であるウォール系魔法で壁を作り、それを妖精族の職人が補強することで瞬時に拠点が作れる。そんな方法がとれるので、妖精や義勇兵はぎりぎりまで堅牢な外壁の内側にいられた。

「これより、対ゲヘナクロス防衛戦を開始いたします! 念のため申し上げますが、この戦いに負けた時点で我々の国、妖精国はこの世界より永遠に消滅することになります!」


 フェアリークィーンの演説に対する反応は、騒ぐプレイヤー、決死の覚悟を固める妖精、負けてなるかと気を引き締めるノンプレイヤーキャラNPCの義勇兵達の三種に分かれる。

「ここで食い止めねば、我々妖精は奴隷に組み込まれ、ゲヘナクロスの勢力はより強大になるでしょう……そうなれば、他国の皆様方も危機に追いやられることになります! ここで敗北するわけには参りません! なんとしても勝利しないと、この世界はやがてゲヘナクロスに呑み込まれてしまいます」

 ただの戦争イベントだと考えている者が多かったのか、国家消滅の可能性を示唆されてプレイヤー達のざわめきが大きくなる。掲示板を覗いてみると、「マジで!?」「妖精国消滅とか今後の新規の人どうすんの」「壮大なネタフリだろ、さすがに国家消滅はないわ」「いや、ここの運営ならやりかねん」などなど、様々な意見が壮絶に飛び交っていた。
 当人が必死になればなるほど、周りの人間の目には滑稽こっけいに映るものだ。
 この世界で生きている人達、つまりはAI達はこの世界でしか生きられないのだから必死になる。だが自分達プレイヤーは「現実世界」という、ワンモアの世界の人からすれば「空想世界」へと逃げられるわけで……そう考えると、こうした反応の違いに人間の恐ろしい一面を見た気がする。

「義勇兵として共に戦ってくださる人族、龍族、エルフ族、ダークエルフ族、獣人族、魔族の皆様に感謝を。それでは、大事なものを守るために避けられぬ戦いを始めましょうか……開門!!」

 フェアリークィーンの声と共に、砦街の大きな門が開いていく。いよいよ戦争が始まる。だからといって、全員が一気に前線に出るわけではない。また前線に出た後は、一時間程度で簡易砦に一度引き揚げて休息を取れるようローテーションを組んである。
 また立場が違う存在であるプレイヤーは、戦術に組み込めないと判断されたのか遊軍扱いとなっていて、状況を見て各自の判断で動けとの手紙が全員に届いていた。

「我に続け、憎きゲヘナクロスを打ち倒すぞ!!」

 勇ましい声を上げたのは、レッド・ドラゴンの王様。その声におおー!! と大声で応えたのはグリーン・ドラゴンの皆さんか。
 本陣を作るまでの盾になるつもりなのだろう。

「できる限り急ぎなさい!!」

 フェアリークィーンの声に反応するように幾つもの土の壁が生まれて、その壁を妖精の職人が素早く更に頑丈にしていく。
 壁が四方を囲み、やぐらなどが次々と組み立てられる。そしてその櫓に登って前線を見ると、灰色の鱗をしたドラゴンが複数、こちらに向かっていた。それを止めるために駆け出していくドラゴンの人型チーム。同時にプレイヤーも、倒さなければ素材が取れないとばかりに、うおおおお!! と威勢よく我先に駆け出した。
 さて、自分は今、インスタント食品のように出来上がった砦の中にある、一番最初に建てられた櫓の上にいる。観察者として、斥候時にも使った「目」を生かしてほしいとフェアリークィーンから手紙で頼まれていたのだ。
 時間は戦争が始まってからの三〇分限定。自分だけでなくエルフと妖精も一人ずついる。両者とも目が非常に良いそうで、複数人で確認したならまず間違いない情報ということになる。

「今のところ、前線は五分と五分といったところか」
「やはり厳しいわね。ゲヘナクロスはまだドラゴンを数匹動かしただけなのに、五分五分というのはかなりまずいわ」
「向こうは様子見をしているんだろうけど、ゲヘナクロスの軍が横から攻撃を仕かけ始めたらこの状況は崩壊するよ」

 一緒に戦場の様子を見ているエルフと妖精の二人が言う通り、こっちはレッド・ドラゴンの王様&グリーン・ドラゴン軍団、プレイヤーの遊軍、エルフの弓兵部隊とそれなりの戦力が集中しているのに、ゲヘナクロス側は灰色ドラゴンを四匹ほど前線に送ってきただけだ。それで互角というのが今の状況である。
 昨日レッド・ドラゴンの王様が教えてくれたように三二匹のドラゴンが向こうにいるとするならば、四匹ぐらい様子見で潰しても、ゲヘナクロス側は痛くもかゆくもない。逆にこちらは、ドラゴンと戦い続けるとなると心身共にかなり消耗する。ある程度戦って、こちらが疲労したところでたたみかけるという狙いか……悔しいが有効な手段だ。

「エルフの弓兵部隊が放つ矢も、あれだけ的確にドラゴンに当たっているのに……」
「目や口の中に矢を当ててもダメージはあまりないみたいね。さすがはドラゴンと言わざるを得ないわ……」
「そのドラゴンの前進を止めている、あの紅の髪の人が指揮する緑髪の人達は本当にすごいよ。彼らがいなかったらまともに戦えなかったかもしれないね」

 プレイヤー達も積極的に斧や大太刀や大剣といったでかい武器で殴りかかっていくが、有効な一撃は今のところ与えられずにいるようだ。自分達が見た戦場の状況報告は、下の本陣にいるフェアリークィーンにすぐ届くようになっている。報告に対しては、そのまま監視を続けてください、とだけ返答があった。

「あともう少しでこちらの本陣は完成か?」
「とりあえず、といったところだけど……ね」
「エルフの人達に協力してもらって、より強力に地面と壁を結びつけてもらえれば、とりあえず形にはなるね。でも、あのドラゴン達のタックルを受けたらそんなには持たないと思う……」

 砦の様子を確認した後、自分達三人は再び前線に目を向ける。そのとき、僅かながら右手方向に弓を持った兵士達が近づいてきているのが見えた。一緒に見ていた二人も気が付いたようで、下のフェアリークィーンにすぐさま報告を入れる。

「獣人強襲部隊にお願いします、我が軍右に迫りつつある敵弓兵部隊を叩いてください! 観察者の三名は彼らのサポートを!」

 報告を受けたフェアリークィーンがすぐさま指示を飛ばす。獣人部隊にお願いしたのは、彼らが素早さを旨とするからだろう。実際、猫族系統で編成された獣人部隊はスルスルと滑るような速さで敵の弓兵部隊に近づいていく。

【そのまま前進、前方に敵の弓兵部隊が存在。我らの前線部隊に弓を構えていることから、強襲部隊の存在にはまだ気が付いていない様子】
【了解】

 念話がすぐできるようにと魔族の人達から提供された魔法のカードを通じて、上から見た状況を獣人強襲部隊のリーダーに告げる。このカードのお陰で、いちいち名前を知らなくともこうやって直接通信ができ、とても助かっていた。
 獣人強襲部隊は体のしなやかさを生かして、点在する小さな岩などに身を隠しつつ迅速に敵に近寄る。

【今だ、噛み砕け】
【取りかかる】

 そうして近寄ることに成功した獣人強襲部隊は、今まさに前線に矢を放とうとしていた弓兵部隊に容赦なく喰らい付く。天性のアサシンというべき猫系統の獣人達は容赦なくゲヘナクロスの弓兵部隊を切り崩し、全滅させた。

【お見事、一度砦まで撤収を】
【了解、引く】

 獣人強襲部隊が引き揚げたとき、ようやく灰色ドラゴンの一匹が砕け散った。だがまだまだ序盤……ゲヘナクロスもようやく本腰を入れたのか、ドラゴンを追加で三匹送り、それに人間の軍隊も同行させている。
 さて、本番はここかららしい。



【スキル一覧】

 〈風震狩弓〉Lv40 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv11(←1UP) 〈製作の指先〉Lv89
 〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv18 〈義賊頭〉Lv13
 〈スネークソード〉Lv24 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
 控えスキル
 〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv42 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv39
 ExP30
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人



  4


【観察役より本部へ伝令、ゲヘナクロスはドラゴン三匹、騎士、槍兵、騎兵、弓兵を新たに投入した模様、こちらも早急に追加の兵を。それから最前線にて戦い続けている勇敢なエルフ弓兵達の被害が拡大中、ドラゴンが吐く魔法弾により軽傷、重傷者複数! 残念ながら死者も発生しているため、怪我を負っているエルフ達を一度下がらせて治療を!】

 現時点において、最前線の状態は決してよいとは言えない。ドラゴンに噛み砕かれたり、爪で引き裂かれたりしたプレイヤーに複数の死者が出ており、後方から攻撃していたエルフの弓兵達も魔法弾によって手傷を負っていた。魔法弾は地面や物にぶつかると炸裂するファイヤーボールのようで、直撃を回避しても被害が出てしまう。体力HP防御力Defが高いタンクタイプのプレイヤーや、魔法防御力が高い魔法使いならば何とか魔法弾に耐えられるかもしれないが、それ以外の人達が直撃を受けた場合は即死間違いなしだ。実際、避けそこなったエルフが数人……完全に死亡したのを見届けていた。倒れた仲間を助けたくても、誰もドラゴンから目を離すことができず、そのせいで治療もままならない。

【分かりました、すぐに援軍を出します】

 フェアリークィーンの返事を受け取ると、すぐに前線に行っている人達にカードを通して声をかける。

【これより援軍が向かう、それまで耐えてほしい!】

 だが人が増えて混み入ったところに魔法弾が降り注いだら、どれだけ恐ろしいことになることか。一気に戦線をずたずたにされる可能性もある。
 魔法弾のいい的になってしまうのを避けるためには、味方同士で十分に間隔を確保しないといけない。とはいえ、相手が戦力を増員してきた以上、こちらも追加の兵を送らなければ、弓兵に徐々に削られ、槍兵のリーチに追いやられ、騎士の壁に押しつぶされる。そうなれば、ゲヘナクロスとしてはドラゴンの脅威を維持しつつ蹂躙すればよいという、簡単な展開になってしまう。

(このままでは分が悪すぎる。ドラゴンを戦術に組み込まれるだけでここまで厳しくなるか!)

 自分が打つべき手を考えている間に、こちらの第二陣が出陣していく。構成の中心となっているのは、獣人連合の騎兵である。また、グリフォンに乗った空戦部隊も同時に出陣した。グリフォンの機動力は非常に高く、あっという間に最前線へ飛んでいく。そして更に……

「ぴいいいいいい~~~~~!!」

 妖精国の神鳥であるピカーシャも一羽出陣するようだ。あの子は自分と一緒に旅をした子ではないな。体の色が、あの子よりもっと濃い。

「ピカーシャが出てきたわね」
「うん、ゲヘナクロスにドラゴンがいるならば、妖精国にはピカーシャがいる! ピカーシャなら負けない!」

 隣で見ていたエルフの言葉に、更にその隣の妖精が強く頷く。確かにピカーシャなら並の兵士一〇〇人分以上の働きをするだろう。現にピカーシャの鳴き声が戦場に響き渡った後、ゲヘナクロスのほうから警戒の気配を感じる。今や明らかに、ゲヘナクロスの灰色ドラゴンや兵士達の動きが変わっていた。ヴァーチャルリアリティVRの世界ではあるが、それが気配の変化となって感じられたのだろう。
 獣人連合の騎兵、空兵、そしてピカーシャで結成された妖精国の援軍が、ドラゴンやゲヘナクロスの兵達に襲いかかる。
 空兵はグリフォンの機動力を生かしてドラゴン達を挑発し、ドラゴンの注意を空に向けさせた。そうしてドラゴンの集中力が削れたところで、横から回り込んだ騎兵が敵後列のゲヘナクロスの弓兵に突撃を仕かけて吹き飛ばす。当然ゲヘナクロスの槍兵は弓兵を助けようとするが、一人のプレイヤーが、戦場の混乱に乗じて敵のど真ん中に突っ込んで派手な大立ち回りを演じ、そうした動きを阻害していた。
 そのプレイヤーが操る槍の穂先は炎をまとっており、ゲヘナクロスの槍兵は一人、また一人と炎の穂先に突かれ、払われ、燃やされて、命のともし火を容赦なく消されていく。

「あの人、『炎槍舞えんそうぶ』さんだ! 義勇兵として来てくれたんだ!」

 観察者仲間の妖精が大声を上げる。あの人がそうなのか。言われてみれば確かに、突きや払いといった槍の動きに合わせて炎が残す軌跡は美しく、あれはまさに一つの舞だな……こんな人が味方だと、非常に心強い。
 空兵のおとり戦法、騎兵の突撃、炎槍舞さんの無双により、状況は当初の不利ムードが徐々に覆されつつあった。
 そうなれば今度はドラゴン族の皆さんの攻撃力が発揮され、注意散漫になった灰色ドラゴンの体に次々と武器を突き刺し、はっきりと分かるダメージを与えていく。
 続けてピカーシャが、悲鳴を上げたドラゴンに全速力で走り寄り、巨躯を生かしたタックルを仕かけて横転させる。その下敷きとなったゲヘナクロスの騎士達はぺしゃんこになり、そのままお陀仏だぶつだ。
 今の戦況を整理すると、妖精国側で白兵戦を行っているのはドラゴン族軍団と攻略組プレイヤー達。その上空で囮役をこなしつつ矢を放って援護するのがグリフォン空兵。エルフの弓兵部隊は治療のために無傷な人と軽傷者を残して一旦引いたが、空兵部隊が放つ矢もあるのでゲヘナクロスに降らせる矢の数が極端に低下したということはない。騎兵部隊は敵軍弓兵を強襲した後に素早く後方へ撤収済みで、再突撃のチャンスを窺っている。ちなみに炎槍舞さんも騎兵が引くタイミングで一緒に拾ってもらい、無事に自陣への帰還に成功したようだ……やるな。
 ゲヘナクロス側は、灰色ドラゴンと騎士が最前線に出てきている。だがその後ろにいた槍兵部隊は炎槍舞さんの無双によってずたずたにされ、更にその後ろにいた弓兵部隊は妖精国の騎兵部隊による強襲攻撃に蹂躙されて跡形もなくなった。弓兵が消えたためにグリフォン空兵への対抗策は時たま灰色ドラゴンが吐く魔法弾のみに限定されていて、非常に効率が悪い。
 前線でも、人型になっているとはいえレッド・ドラゴンやグリーン・ドラゴンの実力にゲヘナクロス側の人間騎士が勝るわけもなく、一合で切り捨てられる者が大半だ。たまに一撃耐える奴もいるが、その代償に盾をあっけなく割られてしまい、守りを失ったところをばっさりと斬り殺される。
 さすがの灰色ドラゴンも疲労を隠せなくなり、最初から戦場に出ていた三匹は明らかに動きが鈍った。その隙を、最前線で戦う百戦錬磨のプレイヤー軍団は逃さない。一点集中とばかりに斧を振るい、剣をつき立てる姿が見える。そうした猛攻に耐え切れず、灰色ドラゴンの一体がとうとう地に伏した。これで討伐されたのは二匹目だ。
 つまり現時点では妖精国が優位に立っている。
 だが当然、疲労はゲヘナクロス側だけではなく、こちら側にも出ていた。先陣を切ったドラゴン族軍団の動きが全体的に悪化し始めたので、素早く本部に伝える。彼らは失うわけにいかない戦力であり、ここは一旦引かせて休ませるべきだ。フェアリークィーンもどうやら同じ意見のようで、早速指示が下る。

【最前線で戦闘中の義勇兵の皆さんは、一度撤収を! 繰り返します、一度撤収を! 空兵部隊、騎兵部隊は撤収を支援してください! ピカーシャさん、殿しんがりをお願いします!】
【了解した!】
【おーけー】
【任せろ、俺達が育ててきた馬の力を見せようではないか!】
【ぴぃい!】

 撤退を支援するため、騎兵部隊が猛チャージをかけて追ってくる敵兵の勢いをくじくと、灰色ドラゴンには空兵部隊が肉迫して決死の覚悟でその注意を惹く。そしてピカーシャは重戦車よろしくゲヘナクロスの騎士達をタックルで突き飛ばし、転んだ奴は容赦なく踏みつけていく。
 こうして生まれた値千金あたいせんきんの時間を利用して、最前線で戦い続けてきたドラゴン族軍団とプレイヤー軍団は一気に引き揚げた。撤収阻止に失敗したゲヘナクロス側も、本陣まで戻って部隊の再編成に入るようだ。
 こうして緒戦の攻防は、かろうじて妖精国が優位という結果になった。
 それでも、ゲヘナクロス側の戦力を多少削っただけに過ぎず、妖精国に楽勝ムードは全くない。最初はドラゴン素材が取れると騒いでいたプレイヤー達も、ドラゴンの強さを実感したのか大騒ぎする者はいない。
 まだまだ序盤、苦しい戦いが続くことは誰もが理解していた。ただ士気が落ちていないことだけが救いだった。



【スキル一覧】

 〈風震狩弓〉Lv40 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv12(←1UP) 〈製作の指先〉Lv89
 〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv18 〈義賊頭〉Lv13
 〈スネークソード〉Lv24 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
 控えスキル
 〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv42 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv39
 ExP30
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人



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「観察役の皆さん、時間が来ましたので交代です」

 櫓の下からそんな声が聞こえてきた。
 情報を手に入れる有効な方法の一つである観察役は、必ず一定時間で交代すると最初から決められていた。理由は簡単、「疲れるから」である。疲労の蓄積は集中力の欠如を招き、情報の精度を欠く原因となるのだ。

「了解、後をお願いします。じゃ、我々は櫓から降りましょうか」
「そうしましょうか。観察していて分かったけれど、やはりこの戦いはかなり厳しいわね」
「でも勝ち目もあるから、諦めないことが大事だね」

 自分、エルフ、妖精の観察者が話しながら降りていく。下で待っていた妖精、ダークエルフ、鷹の頭を持つ獣人が次の番を受け持つようだ。

「それから、フェアリークィーンより、櫓から見た戦況の推移の報告が欲しいと要請が来ております。本陣まで同行願います」

 そう妖精の兵士に告げられ、自分達三人は本陣に向かった。


     ◆ ◆ ◆


「なるほど……そうですか」

 自分達の報告を聞いたフェアリークィーンは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、今後の戦略を練っていた。

「特に我が軍の騎兵の突撃は、敵槍兵の注意を一身に引き受けてくれた炎槍舞さんの活躍がなければ危険でした」

 自分と一緒に観察役を務めた妖精が、かなり危なかった局面もあったことを補足する。

「とはいえ、攻めるときに攻めなければズルズルと前線が後退するのも事実だ。あそこで敵の弓兵の攻撃が加わっていれば、こちら側の空兵の皆さんはほとんど活躍できずに下がることになっていたのも間違いない」

 これは自分の意見。確かに槍兵の対処が炎槍舞さん頼りになったのはまずいが、騎兵の突撃で相手の飛び道具をごっそり削れたのは大きい。

「この小休止が終わり次第、長弓を扱えるエルフ部隊を編成し直して、次は騎兵に必要以上の負担を強いないようにいたします」

 これは観察役だったエルフの発言。次は彼女も戦場に出るようだな。
 それからフェアリークィーンが次々と指示を下していく。まだまだ戦争は始まったばかり、気を抜けるところなんてありはしない。
 そんなとき、誰かがぽろっとこんな意見をこぼした。

「ところで、何故相手のドラゴンは空を飛ばなかったのでしょう? ドラゴンの能力の一つである空中戦闘を一切仕かけてきませんでしたが……」

 これは皆が不思議に思っていたことだ。ドラゴンは空を飛ぶことができるはず。にもかかわらず灰色ドラゴン達がそうする気配はなかった。

「その質問には私が答えよう」

 そこに現れたのは、レッド・ドラゴンの王様だ。

「直接戦って確信したことがある。それを幾つかここで報告させてもらう」

 その報告とは、以下のような内容だった。


 一、灰色のドラゴンは普通のドラゴンより攻撃力・防御力共に高い
 二、その代わり、ただ単に歩くだけでも莫大な魔力を消費している
 三、そのために、魔力が切れると全てにおいて一気に弱体化する
 四、空を飛ばないのは、ただでさえ大量に消費する魔力を更に消耗するのに耐えられないから


「大まかに言えばこの四つだ。全く、効率も何もあったものではない。あれはでかい魔力が詰まった袋のようなものだが、その中身があっという間に枯渇するぐらいの勢いで使わないと歩くことすらできないのだ。そもそもドラゴンは、筋力だけでは自らの巨体を支えきれないので、無意識に近いレベルで強化魔法を使っている。ゲヘナクロスが使役している灰色のドラゴンは、それが更に極端化されていると見た」

 苦々しげなレッド・ドラゴンの王様に、フェアリークィーンが質問する。

「つまり、魔力が切れるまでは非常に強い。だが魔力が切れると一転して動くことすらままならなくなる、ということでよろしいのですね?」

 レッド・ドラゴンの王様は頷いて答える。

「もちろん極限まで追い詰められれば飛ぶかもしれんが、それでも長時間滞空することは不可能だろう。また今日討ち取られた灰色ドラゴンは二匹共魔力切れ寸前だったと私は考えている。動きが明らかに鈍くなっていたし、鱗の強度も大幅に落ちていた。我々と共に戦っていた人族の武器が、灰色ドラゴンの動きが鈍くなった途端に鱗を破壊し、肉に突き刺さるようになっていたことを確認している」

 間違いはないだろう、とレッド・ドラゴンの王様は報告を締めくくる。
 ゲヘナクロスの誤算は、まさにこのレッド・ドラゴンの王様と、王様に率いられたグリーン・ドラゴンの軍団の参戦だろう。時間を稼がれて魔力切れを起こし、討ち取られるというシナリオはさすがに想定外だったはずだ。実際、灰色ドラゴンの攻撃を受けたプレイヤーやエルフの皆さんはよくて重傷、運が悪ければ直撃で即死しているのだ。そんな相手を前にして、壁になれ、時間を稼げと言われてやれる人がいるだろうか? もしいたとしてもごく少数だろう。とてもじゃないが、灰色ドラゴンの前進を止めることなどできはしないはずだった。

「その見立てに自分も同意させていただきます。先ほどまで戦いを観察しておりましたが、今のお話にあった通り、灰色ドラゴンの動きが鈍った途端、明らかに攻撃が通じ始めておりました。動きが鈍くなった理由が魔力枯渇によるものだったことまでは見抜けませんでしたが」

 自分も改めて、この目で見た事実を元に意見を述べる。

「前線で戦ってくださった方と、観察していた者の意見が一致しましたね。今すぐ全軍に通達を! かのドラゴンは確かに脅威であるが弱点があることも判明した、絶望に沈む必要はないと、今すぐに大きく宣伝してください!」

 フェアリークィーンは側近にそう告げて、自軍の士気を高めるよう動き始めた。側近の数名がその指示を実行するためにバタバタと本陣から出ていく。

「貴方様が率いている皆様に……まだ戦っていただけますでしょうか?」

 フェアリークィーンはそう言ってレッド・ドラゴンの王様を見つめる。灰色ドラゴンの弱点は分かったが、その弱点を突くには魔力切れを起こすまで耐えられる存在が必須。ドラゴン族がいない本来の戦力では対抗不可能なのである。

「無論だ、あと数分で魔力も十分に戻る。負けるわけにはいかぬこの戦いだ、次も必ずや灰色ドラゴンを抑えてみせよう」

 そう宣言して立ち去っていく王様。その背中は実に頼もしい。

「観察役の皆様もご苦労様でした。皆様の情報を元に更なる作戦を練ります」

 フェアリークィーンの労いに、自分、エルフ、妖精の三人は頭を下げる。

「皆様はどうしますか?」

 フェアリークィーンの質問に、エルフさんは自分の仲間と共に長弓を持って戦場に出ます、と宣言。妖精さんは重傷者の治療に向かうつもりのようだ。ならば自分は……

「女王陛下、私も前線に出ようと思っています。そこで大変失礼ながら一つお願いがあるのですが……私と行動を共にしていたあのピカーシャの背に乗って戦いにおもむくことを、許可していただけないでしょうか?」


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