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捕まった後のお話
36.変わったそうです。 <亀田>
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配置換えで更新と同時に総務課採用となった大谷は、直ぐに課に馴染めたようだ。何でも同じ大学の知合いが正社員で総務課にいて、彼女のお陰でスムーズに職場に溶け込む事が出来たのだと言う。
大谷が総務課に移る前に鞍馬さんと話をした。仕事に誠実なので慣れるのも早いでしょうと言う大谷評を伝えると、少し目を細めて頷いてくれた。
「亀田君……いや、亀田課長何だか変わったね」
「え……」
少しギクリとする。控えめに褒めたつもりだが、大谷に対しての思い入れが漏れてしまっただろうか。
「周りにちゃんと目を配れるようになったよね。課の纏まりも良いって漏れ聞いているよ。今日話してみて成程なぁって納得した」
そう言った鞍馬さんの顔は、対等の役職の人間に対するものから、かつての部下だった俺を見るような包み込むようなものにスッと変わったような気がした。
「はぁ……自分では分りませんが……」
「正直ちょっと心配だったんだよね。ほら、君結構突っ走っちゃう所あるから部下が置いてきぼりにならないかなって。だけど心配無用だったようだね……当時は反対もあったみたいだけど東の采配は正しかった。それを君はちゃんと仕事で皆に証明して見せたんだ」
「鞍馬課長……」
「その君が言うんだから、きっと大谷さんは良い子なんだろうね。ちゃんと目配りしておくから、心配しなくて良いよ」
「ありがとうございます」
胸が熱くなって自然と頭が下がった。
俺が課長に抜擢された時、それを面白くないと思っている人間や不安視していた人間がいたのは知っている。
だけどそんな風に温かく見守っていてくれる人がいるなんて、想像していなかったのだ。
俺が昇進した後、厳しい目を向ける人間が多い中で態度を変えず、普通に接してくれる人も幾らかいた。同期の篠岡もその一人だ。そして鞍馬さんも―――でもこんな風に心配してくれているとまでは、思っていなかった。鞍馬さんはそんな事はおくびに出さずに、あくまで対等に公平に接してくれていたのだ。
目の前の風景が塗り替わったみたいに違って見える。俺が見ていた景色は、あくまで俺の目に映る範囲だけであって……他の人間からは違う側面が見えているのだ。
そんな当たり前のことに、こんな風に時折気付かされる。
それは樋口さんに失敗をフォローして貰った時掛けられた言葉によってだったり、反抗的だった阿部がいつの間にか課を背負って立つ人間に育ち、尚且つ後輩を気遣えるまでになっていると気付かされた事によってだったり、篠岡がふと漏らした言葉によってだったり。
そしてミミとの生活を通して、それから大谷とうータンとの交流によって。
有難い、と思った。そして語彙の少ない俺には、どう捻り出そうとしても、その単純な感謝の気持ちを表す言葉しか思い浮かばない。
鞍馬課長のお墨付きをいただき、大谷の職場環境に関しての僅かな懸念はほぼ払拭されたが―――それでも課に馴染むまでの間、大谷がどうしているか気にはかかる。何せ大谷を異動させた原因の六割ほどは俺の都合と言うか勝手な理由からだからだ。
だから総務課に用事があったり、そこを通り掛かる時は大谷の姿を確認して様子を窺う事が習慣になってしまった。そうして大谷が働いていたり、他の課員と話している時笑顔を見せているのを目にして安堵するのだ。
うん、なかなか順調そうだな。
むしろこちらの方が大谷には合っているのかもしれない。営業課の大谷以外の女の派遣職員はやや派手なタイプで大谷は少し浮いているように見えたが、総務課は鞍馬課長のカラーなのか落ち着いた雰囲気があって大谷ものびのびしているように見える。
そんな風に大谷チェックをしていたある日、俺は気になる光景を目にした。
それは大谷が異動して二
週間ほど経過した頃だった。
廊下で立ち話をしている大谷。その向かいに立っているのは―――見慣れない男だった。
大谷が総務課に移る前に鞍馬さんと話をした。仕事に誠実なので慣れるのも早いでしょうと言う大谷評を伝えると、少し目を細めて頷いてくれた。
「亀田君……いや、亀田課長何だか変わったね」
「え……」
少しギクリとする。控えめに褒めたつもりだが、大谷に対しての思い入れが漏れてしまっただろうか。
「周りにちゃんと目を配れるようになったよね。課の纏まりも良いって漏れ聞いているよ。今日話してみて成程なぁって納得した」
そう言った鞍馬さんの顔は、対等の役職の人間に対するものから、かつての部下だった俺を見るような包み込むようなものにスッと変わったような気がした。
「はぁ……自分では分りませんが……」
「正直ちょっと心配だったんだよね。ほら、君結構突っ走っちゃう所あるから部下が置いてきぼりにならないかなって。だけど心配無用だったようだね……当時は反対もあったみたいだけど東の采配は正しかった。それを君はちゃんと仕事で皆に証明して見せたんだ」
「鞍馬課長……」
「その君が言うんだから、きっと大谷さんは良い子なんだろうね。ちゃんと目配りしておくから、心配しなくて良いよ」
「ありがとうございます」
胸が熱くなって自然と頭が下がった。
俺が課長に抜擢された時、それを面白くないと思っている人間や不安視していた人間がいたのは知っている。
だけどそんな風に温かく見守っていてくれる人がいるなんて、想像していなかったのだ。
俺が昇進した後、厳しい目を向ける人間が多い中で態度を変えず、普通に接してくれる人も幾らかいた。同期の篠岡もその一人だ。そして鞍馬さんも―――でもこんな風に心配してくれているとまでは、思っていなかった。鞍馬さんはそんな事はおくびに出さずに、あくまで対等に公平に接してくれていたのだ。
目の前の風景が塗り替わったみたいに違って見える。俺が見ていた景色は、あくまで俺の目に映る範囲だけであって……他の人間からは違う側面が見えているのだ。
そんな当たり前のことに、こんな風に時折気付かされる。
それは樋口さんに失敗をフォローして貰った時掛けられた言葉によってだったり、反抗的だった阿部がいつの間にか課を背負って立つ人間に育ち、尚且つ後輩を気遣えるまでになっていると気付かされた事によってだったり、篠岡がふと漏らした言葉によってだったり。
そしてミミとの生活を通して、それから大谷とうータンとの交流によって。
有難い、と思った。そして語彙の少ない俺には、どう捻り出そうとしても、その単純な感謝の気持ちを表す言葉しか思い浮かばない。
鞍馬課長のお墨付きをいただき、大谷の職場環境に関しての僅かな懸念はほぼ払拭されたが―――それでも課に馴染むまでの間、大谷がどうしているか気にはかかる。何せ大谷を異動させた原因の六割ほどは俺の都合と言うか勝手な理由からだからだ。
だから総務課に用事があったり、そこを通り掛かる時は大谷の姿を確認して様子を窺う事が習慣になってしまった。そうして大谷が働いていたり、他の課員と話している時笑顔を見せているのを目にして安堵するのだ。
うん、なかなか順調そうだな。
むしろこちらの方が大谷には合っているのかもしれない。営業課の大谷以外の女の派遣職員はやや派手なタイプで大谷は少し浮いているように見えたが、総務課は鞍馬課長のカラーなのか落ち着いた雰囲気があって大谷ものびのびしているように見える。
そんな風に大谷チェックをしていたある日、俺は気になる光景を目にした。
それは大谷が異動して二
週間ほど経過した頃だった。
廊下で立ち話をしている大谷。その向かいに立っているのは―――見慣れない男だった。
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