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婚約破棄されました。

14 姫巫女は幼い頃の夢をみた

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 伝心を切ってのちも、私はしばらく長椅子の上で凍ったように動きを止めていた。
「冗談……よね?」

 世界の庇護者、豊穣の神とされるイグドラシルを祀るわが聖樹教は、神官らの結婚を推奨している。前世の豊穣神と同じで、産めよ増やせよ、というやつだ。
 なので、聖域に務める者は、殆ど聖域を動かないのもあって、職場結婚が基本ではある。

 だとしても……。
「フォルと結婚、なんて……私、誰かに刺されない?」
 私の師匠、フォルセティは、とても人気のある人だ。
 とびきりの美形だから、というのもあるが、それ以外にも彼には色々と逸話があって。
「優しく気遣い出来る美形として、聖域中の巫女達のアイドルなのに、なのに……」

「どうしよう……どうし、よ」

 私は突然のことに混乱したのと、午前中の心労が祟ったのか、すうっと気を失うようにして長椅子の上で眠りに落ちた。

◆◆◆


 私は夢を見た。

 そこは明るい緑が萌える庭で。
 覚えがあるわ、ここは王城の奥の宮。王子様達が暮らす場所にある庭で。

 目の前では金髪の少年がぶすくれた顔をしている。
 動きやすい服に剣帯に玩具のような剣を吊っているところを見れば、剣技の練習かと目算をつけるけれど。
「殿下、そちらからは遠回りですわ。剣の師匠は春の庭にいらっしゃるのでしょう」
「うるさい、いいんだ。俺は剣の練習はしない」
「あら、そうですの? では殿下の好物のレモンの蜂蜜づけは、剣の師匠へお贈りする事に致しましょう。これは剣の練習で疲れた殿下に差し上げましょうかとわざわざ聖域より取り寄せたのですけれど」

 そうか、この夢は……私と王太子が出会ったばかりの頃のこと。
 幼い私が金髪の可愛い少年を、絶品の甘味である聖域産の蜂蜜で釣って、脅したり宥めたりしながら、苦手な剣術修行へと向かわせているところだ。
 ちなみに幼少期の王太子の師匠は、国王陛下付きの近衛隊に務めている精鋭の騎士で、私の兄である。

 幼い頃の私は、まだ貴族的な考えに染まっていず、政略相手として有力な婚約者候補
ご機嫌伺いに来ているというよりは、兄の顔を見るついでに剣の修行に来る王子に会いに来るような、そんな感じだった。

「は、蜂蜜……いやいや、俺は本を読むんだ」
 一度は蜂蜜に釣られたのか足を止めた少年だけれど、彼は頭をぶんぶん振って、またせかせかと足を動かし始めたわ。

「殿下、何で逃げるのですか」
「疲れるし汗掻くし、剣は重いし。……お前の兄上に負けるとか、格好悪いし。それに剣技なんて覚えても無駄じゃないか。俺には近衛が付くんだろう? 俺に戦いの技術なんて要らないよ。なら、その間に本を一冊でも読んだ方が為になるってもんだ」
 ぶすりと丸い?茲を膨らませてむくれた少年は、可愛らしい顔をしている。金髪に青い瞳。茶やこげ茶などありきたりなものではなく、貴族的な明るい色を持つ少年は、このまま屁理屈を捏ねて今にも剣技の練習をさぼってしまいそうである。

 ああ、そういえば。
 秀才型な王太子は、努力する事自体は嫌いじゃないのに、剣技の修行はよく逃げていたのだっけ。
 王族に生まれた生粋のお坊ちゃんで、大事に育てられたせいか、小さな頃は特に野蛮だと武術を嫌っていて。
 魔物が闊歩するこの世界で、生死に直結する技術である武術を、野蛮だとか不必要と言えるのは、流石は世界樹のお膝元のお坊っちゃま……いえ王子様だと感心もしたけれど。それ以上に、武門の娘としては、その態度はむっとするものがあったのだったわね。
 だって、今でも世界樹の守りのない辺境では、毎日毎晩命がけで魔物と戦っているのよ? それに、世界樹の守りだって、万能ではないのに。
 だからいつも私は、呑気で危機感がない殿下に、面会の度にくどくどと剣技の大事さを語っていた気がする。

 うーん、だからかしら。だから、殺したいと思われる程、嫌われちゃったのかしらね?

 でもまあ、そう。出会った時は意外と私達、上手くいっていたのよ。
 庭遊びもしたし、のんびりと王妃陛下と一緒にお茶を頂いたりして。
 剣技の修行の時の怪我を治癒魔法で癒す時には、キラキラした聖枝を見たいとおねだりされて、低級魔法には補助の必要もないのに、よく取り出しては見せていたっけ。
 春の日には花冠を差し上げて金髪の上に飾ったら、それはそれはお可愛らしかったし、少年の時の王太子を、私は弟のように可愛がっていたの。
 ……年齢は、彼の方が二つ上ですけど、どうしても前世の記憶のせいかお姉さんぶってしまうのよね。

 この日だってそう、彼はちゃんと私の目を見て、不機嫌そうではあったけれどきちんとお話してくれた。

「無駄なんてありませんわ。殿下が剣を覚えれば、どういう攻撃が危険なのかが分かりますし、相手の動きを読めるでしょう。それに、近衛の気持ちも分かります」
「近衛の気持ち?」
 少年は青い目を丸くした。
「護られる側が、護る側の気持ちを知っている事は大事ですのよ。そして剣技を修めるのがどれだけ大変な事かを知れば、殿下は近衛を大事になさるでしょう」
「べ、別に、そんな事知らなくても俺は近衛を大事にする」
 むっとしてぷいと横を向いても、まだまだ幼い顔は可愛いばかり。だから夢の中の私も、くすくすと笑うばかりで。
「そうでしょうかしら? 護衛がいやなのは護れらる気のない護衛対象です。殿下が少しでも剣技を覚えられれば、そんないやな護衛対象にならなくて済むでしょう」

 彼は馬鹿ではない。むしろとても頭の回転は早い方だ。
「近衛の気持ち、か……」
 だから、一生人の命を預かっていく事になる王としての責任を、この時も考えたのでしょう。

「仕方ない、剣を習いに行く。……だからフレイア、お前もその蜂蜜づけを、ちゃんと俺にくれよ」
 微妙にむくれて、でもちゃんと春の庭の方に足を向け、そう言って彼は私に手を差し伸べる。
「はい、殿下」

 なので私は、ガラス壷に入った蜂蜜づけを彼に渡して……。

「って、そうじゃない、いやそ壷も預かるがお前は手を出せっ!」
「ああ、エスコートして頂けますの」
「そうだっ! お前は俺の……婚約者だろうがっ」

 そう言った、少年の白い頬が赤く染まっていたから、私は可愛くってたまらなくなって。

 差し出されたその手を、ぎゅっと握り返したのだった。
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