おとぎ話は終わらない

灯乃

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1巻

1-3

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「そりゃあ、わたしは母の仕事を覚えていて、魔導具作製に関しては実践じっせん的な知識を少し持っています。けど、わたしの魔力保有量は、最下級クラスにかろうじて引っかかる程度のものでしかありません。この国最高の魔力保有量を誇る皇帝陛下ご一族の血を引いているなら、いくらなんでもありえないのではないでしょうか?」

 そうやってさくさくと現実を並べてみせると、シャノンの瞳にも少しずつらぎが見えてきた。
 いっそのこと、自分の髪がこの皇都で――そして恐らく皇帝一族の間で、み嫌われている銀髪なのだと明かしてやろうか。
 一瞬そう思ったけれど、今後の平穏な学生生活のためにやめておくことにする。
 それにしても一体全体、なぜこんなばかなこじつけ話を思いついてしまったものやら。あきれ半分でシャノンを眺めていると、彼の指がぐっとチョーカーをにぎりしめた。

「二十年前――オレの祖父は、シャーロット殿下を護衛する騎士のひとりだった」

 低くおさえた声にこめられた思いに、息を呑む。

「祖父は今でも、殿下のご無事を信じている。どんな絶望的な状況の中でも、必ず奇跡を起こしてくださる方だったと。その殿下が、自分より先にくなるわけがないと」

 年寄りの昔話で片付けるには、少々重すぎる話だ。
 シャノンが強い瞳でこちらを見た。

「――いいか。おまえの術式を構築する速さも正確さも、はっきり言って『楽園』の教官たちよりもはるかに上だ。いくら魔力保有量が少なくても、そんな天性のセンスの持ち主がそうそう転がっていてたまるか」

 彼はまったくあきらめるつもりはないらしい。

(何このひと、めんどくさい)

 先日のリージェスといい、貴族のお坊ちゃまはみんなめんどうくさいイキモノなのだろうか。
 ヴィクトリアは、思わず半目になった。両手をこぶしにしてぐりぐりとこめかみを押し、口を開く。

「えーと……ラングさま? 百万歩ゆずって、わたしの母がシャーロット殿下だったとしましょう。ですけど、母はすでに亡くなっています。それを証明することは、もはや不可能です。あなたは一体、何をなさりたいのですか? まさか、こんなとりガラのような貧相ひんそうな子どもを、ちょっとばかり魔導具作製にけているからといって、シャーロット殿下の忘れ形見としておじいさまの前に連れていきたいわけではないでしょう?」

 うむ、とシャノンはうなずいた。
 目を覚ましてくれたかと、ヴィクトリアはほっとしたのだが――

「もっとちゃんとメシを食え。オレはじーさんから、シャーロット殿下がどんな方だったのか、くわしく話を聞いてくる」
「ほんっとにひとの話を聞かない方ですね!」

 思わず声を荒らげてしまう。ここまで来ると、あきれを通り越してちょっと感心する。
 シャノンはちっと舌打ちした。お坊ちゃまのくせに、行儀ぎょうぎが悪い。
 ヴィクトリアは顔をしかめる。

(ふーんだ。やな感じー)
「――とりあえず、魔導具を作製できるようになるのは、最低でも『楽園』で二年までの課程を履修し終えてからだっていう常識くらい覚えておけ。オレの同期でも、まだ四苦八苦してるヤツがいる。入学から半年足らずのおまえがホイホイやってみせたら、反感を買うかもしれねえ。座学で首席ってだけでも充分すぎるくらい目立ってんだ。めんどうごとがいやなら、あんまり派手はで真似まねはするなよ」
「は……はい! ご忠告ありがとうございます!」
(なんていいひとなんだ、ラングさまー!)

 ヴィクトリアは、一瞬で手のひらを返した。
 そんな彼女に、シャノンはふと何かを思い出したらしい。

「そういやおまえ、さっき時計店を見ていたのはあれか? 目覚まし時計を買いにきてたのか、遅刻常習犯」

 からかうように言われ、シャノンへの好感度がふたたび下がった。

「……はい。でも、すでに持っているものよりいいものが見当たらなかったのです。残念に思っていたところでした」

 こちとら、好きで遅刻しているわけではないのだ。
 むっつりとしていると、シャノンがあきれ返った顔をする。

「おまえ……魔導剣を作れるレベルのスキルがあるんだったら、目覚まし時計くらい自分で調整したらどうなんだよ?」
「あっ」

 盲点もうてんだった。
『楽園』に入学して以来、怒濤どとうごとく知識を詰めこんできた。
 加えて母の実践じっせん的な技術を覚えていても、それらをどう活用したらいいのか、いまだまったくわからないヴィクトリアだった。
 おのれの応用力の低さに愕然がくぜんとしつつも、そう簡単にいかない事情もある。
 ヴィクトリアは、ぽりぽりと頬をいた。

「そう言われれば、その通りなのですが……。わたしの魔力保有量では、なかなか魔導石を作ることはできませんし」

 魔力保有量の多い人間なら、身につけているだけで簡単に普通の石を魔導石化できる。しかし、魔力保有量の少ない人間が石に魔力を吸わせるには、時間がかかるのだ。
 魔力を吸いやすい貴石なら、普通の石より短時間で純度の高い魔導石にすることができるだろうが、ヴィクトリアが貴石を入手するのは難しい。貴石はとても高価で、シャノンのように金に困らない、ごく一部の貴族のお坊ちゃまでないと手が届かない代物なのだ。
 だから単純に言えば、魔力保有量の多い人間は、魔力保有量の少ない者より、質のいい魔導石をたくさん持てる。生活魔導具の素体そたいとなる小さなものとはいえ、母は商売に困らない程度に魔導石を量産できていた。
 きっと、それなりの魔力があったのだろう。うらやましい。
 シャノンはなるほど、とうなずいた。

「これが宝の持ちぐされというやつか」
「身もふたもないことをおっしゃいますねぇ」

 自分も相当だが、シャノンの口の残念具合もかなりのものだ。
 せっかくこれだけのイケメンなのに、歯にきぬ着せぬことばかりつるつる言っていては、女性にモテないのでは。そう思ったものの――

(――うん。『ただしイケメンに限る』スキルと、オカネモチな貴族のお坊ちゃまステイタスは、これくらいのことでらいだりはしないんだな。多分、きっと)

 世の中とは不公平なものらしい。本当にしみじみと、そう思った。
 少々いじけていたヴィクトリアに、寮長りょうちょう同様に天から二物も三物も与えられたらしいシャノンがさらりと言う。

「とりあえず、まずはこの魔導剣を試してみたい。明日の放課後、訓練室をひとつ押さえるから、付き合え」
「あ、はい。私も微調整したいです。何か気になるところがあったら、おっしゃってください」

 魔導具というのは、作ってお客さまに納品すればおしまい、というものではない。
 こまめなアフターケアをにこにこ笑ってこなしてこそ、新たな顧客こきゃくつながる――というのが、母ののこしたありがたい教えのひとつである。


     * * *


 翌日、ヴィクトリアは周囲に気づかれないよう注意を払いながら、魔導具の訓練棟に向かった。使用者プレートにシャノンの名前がかかっている一室に、ノックして入室する。
 そして挨拶あいさつすべく顔を上げたところで、び上がり後ずさった。その拍子にごん、と景気よく壁に頭を打つ。

「~~っ!」

 かなり衝撃しょうげきを受けた頭をかかえ、うずくまる。
 そこに、くっくっとシャノンの笑い声が聞こえてきた。腹立たしい。

「予想通りって言っちゃ、予想通りの反応だが……。何も、そこまでビビらなくたっていいだろう。なあ? リージェス」
「……ああ」

 不機嫌きわまりない調子でぼそっと短く返したのは、最近ヴィクトリアが全力で接触せっしょくを避けていた黒髪の寮長りょうちょうさまだ。
 彼らがくさえんという名の友人関係にあることは、すでに知らされていた。
 それなのに、この可能性を少しも考慮していなかった自分が情けない。
 新しい魔導剣の試用をねた訓練であれば、気心の知れた友人を連れてきてもおかしくないではないか。
 一瞬、このまま回れ右をして帰りたくなる。だが、仮にも魔導具職人を目指している身としては、それはできない。
 結局、ぼそぼそと挨拶あいさつを口にして、訓練室のすみの安全圏で膝をかかえた。
 そんなヴィクトリアに苦笑をにじませたシャノンと、無表情に視線をらしたリージェス。
 ふたりが並んでいるところを、一度でいいから見てみたいッ! などという煩悩ぼんのうは、すでに遠いお空の彼方かなたに消えていた。
 リージェスの絶対零度の眼差まなざしにきゅんきゅんときめいてしまう方も、この世のどこかにはいらっしゃるのかもしれない。
 けれど、少なくともなんのうしだてもない平民のヴィクトリアにとっては、ひたすら恐ろしいだけだ。
 ここはもう、リージェスの存在は極力意識から排除して、お客さまであるシャノンだけに集中しよう、と決意した。
 シャノンが部屋のまん中で、ポジションをとる。
 ――昨日作ったばかりの魔導具に、彼が魔力をそそぎこむ。
 それと同時に光があふれ、白銀にきらめく剣がシャノンの右手ににぎられていた。

(おぉう。我ながらいい出来ではないですか)

 剣は、所有者であるシャノンの意思を反映するようになっている。恐らく、彼が普段から慣れ親しんでいる剣の長さと重さを忠実に再現しているだろう。強度や反応速度に関しても妥協はしていない。
 ただし、ヴィクトリアの趣味しゅみによりデザインは少々優美だ。
 どうせなら、イケメンにはキレイなものを持っていただいてえ萌えしたい。乙女として当然の欲求だと思う。
 とはいえ、あまりごてごてしたものは好きではない。
 刃には強度を失わないぎりぎりの薄さと細さを持たせ、つかのバランスを考慮して全体の均整を取る。柄の根元に配置した魔導石には、シャノンの指輪にりこまれていたラング家の家紋かもんきざんで、アクセントにした。
 そのデザインのベースにしたのは、母の形見のかざり剣だ。
 シャノンが実戦で使うことを前提として設定したため、母のものとは多少違う。
 それでもやはり、イケメンがこのみの武器を持っている姿は、実にえるものである。
 ヴィクトリアは、内心ぐふぐふと不気味な笑いをこぼす。
 すると萌えの対象であるイケメンが、何度か剣を軽く振った後、無言で近づいてきた。ヴィクトリアはあわてて立ち上がる。

「あ……何か不具合でも――」
「ヴィクトリア・コーザ。……『楽園』卒業後の希望は、故郷に戻って生活魔導具作製を生業なりわいにする、だったか?」

 妙に平坦へいたんな声である。ヴィクトリアは首をかしげた。

「はい。それが何か?」

 シャノンは、それはそれはうるわしい笑みをにっこりと浮かべた。

「ふざけんな?」
「……へ? いだだだだ、痛い痛い痛いいぃいーっ!」

 彼はがっしとヴィクトリアの頭を鷲掴わしづかみにし、ぎりぎりと力をこめた。あまりの強さにヴィクトリアは悲鳴ひめいを上げる。

「やかましい! ほとんど独学でこんっだけの魔導剣を作れるガキが、田舎いなかで生活魔導具作りなんてはじめてみろ! あっという間に厄介やっかいな連中に目をつけられるぞ! 監禁されて、強制魔導具作製人生まっしぐらだ!」
「ええええええっ! それはいやです! なのでこの件については他言無用たごんむようということでお願いします!」
「手遅れだ! こっちには武門の貴族として、有用な人材を発見したら即確保する義務がある!」

 ふんぞり返って言うシャノンの向こうずねを、力一杯蹴飛けとばしてやりたい。恐ろしいので、思うだけで行動には移せないのだが。
 うーうーと涙目になりながら、せめて自分の頭をしめつける指を引きはがそうとこころみる。
 しかし、シャノンのやたらと大きな手をかりかり引っくだけで、精一杯だ。

「は、離してくださいぃー……」

 冗談抜きに、痛すぎる。
 こちらが本気で痛がっているのが伝わったのか、ほんの少しだけ力がゆるむ。けれど、完全に離してはくれない。
 シャノンが、やたらと優しげな声で口を開いた。

「ヴィクトリア・コーザ。がラング侯爵家の後見を受けるな?」
「う……受けたら、何かいいことあるんですかぁ……?」

 めそめそしながら問うと、シャノンは一瞬あきれてたような顔をする。大きく口を開け、それから深々と息を吐いて答えた。

「……とりあえず、将来食うに困ることはないぞ」

 ヴィクトリアは、かっと目を見開いた。

「よろしくお願いいたします!」
「よーし、いい子だー」

 シャノンの手が、頭の上でぽんぽんとはずむ。
 ヴィクトリアは、目をまたたかせた。

「あの……」
「ん? なんだ?」

 満足げな顔のシャノンに、もしかして、と恐る恐る問いかける。

「今後はラングさまのことを、ご主人さまとお呼びした方がいいのでしょうか?」

 シャノンが微妙びみょうな顔で固まった。
 少しの間遠くを見て、ぼそっとつぶやく。

「……確かに貴族の中には、後見した相手にそう呼ばせる連中もいる。だが、どうやらオレはそう呼ばれると鳥肌が立つタイプらしい。というわけで、今後オレのことはシャノンと呼ぶように」
「わかりました、シャノンさま」

 リージェスのことは、きれいさっぱり忘れていた。


     * * *


 それから数日の内に、後見を受けるために必要な書類はすべて整えられていた。ヴィクトリアはシャノンに言われるまま、それらにサインする。
 契約内容は、至ってシンプル。
「困ったときには助けてやるから、皇都から出てどこかに行くときには必ずラング家に報告しなさいね」というものだ。
 一般的な後見がどういったものか、ヴィクトリアは知らない。それにしても随分ずいぶんゆるい制約だな、と首をかしげていると、シャノンが苦笑した。

「今のおまえは、なんだかんだ言ったところで十五歳の学生だからな。この契約は、おまえが十八歳になって成人するまでだ。契約更新のときには、この三倍は書類が出てくる。覚悟かくごしとけよ」

 未成年相手では、いくらお貴族さまでもそう無茶むちゃなことはできないらしい。
 何が待ち受けているのか心配だったヴィクトリアは、若干じゃっかんほっとした。
 ラング侯爵家に後見してもらうと決まったが、だからといって『楽園』での学生生活に変化があるわけではない。
 後見してもらったと話す相手もいない。
 そんなことになったと知れたら、やっかみや嫉妬しっとまとにされてしまうかもしれないから、かえってよかった。
 何しろ、優秀なリージェスと唯一ゆいいつ対等に接することのできるシャノンだ。彼もまた、生徒たちのあこがれのまとである。
 ……男同士で憧れだの崇拝すうはいだのという話になるなんて、ヴィクトリアには理解不能だ。昔、近所に住んでいたお姉さまに、怒濤どとうの勢いで理解を示している方がいたが。
 でも、そのあたりに今ひとつうといヴィクトリアは、「なんか、あんまり近づきたくないのですよ」となってしまう。
 一歩『楽園』の外に出れば、この皇都にはきれいな女性も可愛い少女もいらっしゃるというのに、なぜリージェスたちに熱い視線を送るのか。
 ガチンコ勝負をしたらひとひねりにされそうな危険物をうっとり見つめているとは――ひょっとして彼らは、別の意味でちょっぴり近づかない方がいい人種なのだろうか。
 怖すぎる。
 まぁ、貴族の子弟のほとんどが親の決めた婚約者と結婚すると決まっているらしい。それを考えれば、将来を考えることのできない女性に声をかけるというのも、切なくなるのかもしれない。
 そんな風に、ヴィクトリアはどうにか自分を納得させられる理屈を捻り出すことに成功した。
 平民って自由でいいなーと思いつつ、ふたたび時計店へと足を向ける。
 大音量目覚まし時計を作るために、手持ちの魔導石では力が足りなかったからだ。
 今朝の点呼に、あやうく遅刻しかけてしまった。
 後見が決まった直後に罰則のトイレ掃除を受けては、シャノンに顔向けできない。

(でもなー……将来設計がここまで変わると、さすがにちょっと落ち着かないなぁ)

 あれからシャノンの説明を受けたところによると、ヴィクトリアが母から学んだ魔導具作製の実践じっせん理論は、『楽園』の四年間のカリキュラムを充分網羅もうらしているらしい。
 もちろん、新しい理論や方法論は次々と出てきている。
 学年が上がって最新の知識を学ぶ機会が増えれば、今までのように首席をキープするのは困難になるだろう。けれど、少なくとも生活魔導具職人として生きていくには、充分なのだとか。
 こんなことなら、構築した術式を魔導石に付与ふよする技術を学んだ時点で、故郷に帰っておけばよかった。しかしやんでも後の祭りだ。
 ヴィクトリアは、怖いのも痛いのも大嫌いなのである。
 戦闘実技の授業もいやだし、「戦うため」の魔導剣や武器系魔導具なんて本当は作りたくない。
 ――だけど、もうわかっている。
 何も考えずに飛びこんでしまった『楽園』が、いずれ国――皇国軍の中枢ちゅうすうになうエリートを育成する機関であることくらい。
 もちろん、実際にそうなるのは、トップクラスの成績を修めているリージェスやシャノンのような、ごく一部の生徒だけなのだろう。
 けれど、ほかの生徒も将来軍属になることを当然と考えている者ばかりだ。
 その学校に、「将来は田舎いなかで生活魔導具を作って生活したい」なんてとぼけたことを考えて入学した自分は、ただのおばかだった。
 それは、さまざまな戦闘関連の授業の中で、もう何度も思い知らされた。
 ……ここ二十年ほど、いくさらしい戦はなかった。それに、皇都の衛兵たちも『楽園』が実際はどんな機関か知らなかったのかもしれない。
 でも、ヴィクトリアにここに行けばいいとすすめてくれた彼らは、絶対に平和ボケしていると思う。

(いや、いいんだけど。衛兵さんが平和ボケするくらい、今の皇都が平和だってのは、いいことだとは思うんだけど。……わたしの人生設計の狂い具合が、ちょっと気になってるだけでね!)

 とりあえず、いつかまたあの衛兵たちに会うことがあったなら、背後から膝かっくんしても許されるに違いない。
 そんなことを考えながら、ヴィクトリアは街を歩く。そのとき、ふとすぐそばのショーウィンドウにかざられている品に目をかれた。
 小洒落こじゃれた小物や生活雑貨をあつかう店らしいが、ちょっとした生活魔導具も売っているようだ。
 それらのお値段は――恐らく、皇都価格というものなのだろう。ヴィクトリアが見慣れた値札とはかなりの差がある。
 けれど、洗練されたデザイン、魅力みりょく的な性能ともに、実にすばらしい。こういうものを自分で作れたなら楽しくて仕方がないだろうな、と思うものばかりだ。
 いいなー、いいなーと心の中でつぶやき、うっとりと眺める。
 そこに、くすくすと笑う可愛らしい声が聞こえた。
 振り返れば、それはそれは愛くるしい七、八歳ほどの少女がいる。
 どこかはかなさをただよわせる、繊細せんさい風情ふぜい。空気にとけそうなあわい金髪。あざやかな碧眼へきがんがよくえる、透き通るような白い肌。
 ちょっと現実離れした雰囲気の可憐かれんな姿は、まるで宗教画の中から天使が飛び出してきたみたいだ。
 ヴィクトリアはあまりの可愛さに、目を疑った。
 これは本当に生きた人間だろうか、誰かの作った魔導人形じゃあるまいな。
 そうかんぐってしまったけれど、どうやら本物の人間らしい。
 身なりや、付き添いの女性がそばにいるところを見ると、随分ずいぶんいい家柄の子のようだ。
 少女は少し困った顔をして笑いをおさめると、白いリボンをつけた頭でぺこりと会釈えしゃくした。

「ごめんなさい、笑ったりして。でもわたくし、男の方が可愛らしいものを見てうっとりしているところなんて、今まで見たことがなかったのですもの」

 少女の言葉に、ヴィクトリアは思わずほほえんで答えた。

「わたしは子どもの頃から、こういったものを見るのが大好きなもので……。お見苦しくて、申し訳ありません」

 軽く頭を下げると、少女はあわてて手を振る。

「見苦しいだなんて、そんなことはないのよ? わたくしだって、可愛らしいものは大好きですもの」
「そうなのですか?」

 ええ、と少女は嬉しそうにうなずいた。

「特に、あの小鳥のシリーズが大好きなの。お友達にお手紙を書くときには、いつもあのレターセットを使っているのよ」

 そう言って少女が指さしたのは、いろあざやかな小鳥たちの愛くるしい表情が描かれたイラストシリーズだった。
 木の実をついばんでいたり、羽ばたいていたり、ペアで羽繕はづくろいをしているものまであり、デザインのバリエーションも豊富だ。

「本当だ。とても可愛らしいですね」
「でしょう?」

 ヴィクトリアを見上げる少女の姿に、ほっこりする。
 殺伐とした『楽園』生活で若干じゃっかんやさぐれた気分になっていたヴィクトリアは、とってもやされた。
 そのお礼におもしろいものを見せてあげようと、少しだけ自分の魔力が貯まった小さな魔導石をポケットから取り出す。
 ヴィクトリアが作り出せる魔導石でできるのは、外観設定と単純な術式を組みこむことだけ。
 けれど、ちょっとしたプレゼントを作るには充分だ。
 故郷近くの南の森には、皇都では見られない鮮やかな羽を持つ鳥たちがたくさんいた。
 それらを思い浮かべ、少女のこのみそうなパステルカラーの羽を持つ小さな小鳥を選ぶ。姿を再現すべく、術式を作り上げる。

「――起動」
「まぁあ!?」

 一瞬のあわい光の後、ヴィクトリアの手のひらに小鳥が現れる。小鳥は、彼女が覚えている通りの高くんだ声でピィ、と鳴いた。
 少女の瞳がきらきらとかがやき、食い入るように小鳥を見つめる。

「残念ながら、すぐに動かなくなってしまうと思うのですが――身近に魔力持ちの方はいらっしゃいますか? その方に魔力を補充ほじゅうしていただければ、またきちんと動くと思います」
「え? あの……え? この小鳥、わたくしにくださるの……?」

 驚いた顔でたずねる少女に、ヴィクトリアはにっこりと笑ってみせた。

「わたしと同じ、可愛いものがお好きな方にもらっていただけると、嬉しいです」
「……ありがとう! 大切にするわ!」

 満面の笑みを浮かべた少女の手のひらに、小鳥がぴょんと飛び乗る。


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