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4巻
4-3
しおりを挟む「始め!」
審判の合図と共に、開始の旗が振り下ろされた。同時に、弓から放たれた矢のような勢いで飛び出すタリス。訓練兵用の軽い造りとはいえ、甲冑と大剣を装備しているにもかかわらず、その突貫速度には凄まじいモノがあった。
訓練ではまず、足腰を徹底的に鍛えられる。ここが慣れ親しんだ生まれ故郷の地である事も、タリスの身体を躍動させる力の足しとなっているようだ。
二人の間には大体十メートル程の距離があったのだが、タリスは開始の合図から僅かな間に半分近くまで詰めていた。
穏便に済ませられるよう、とりあえず落とし穴を作って防壁で誘導しようとカスタマイズメニューを操作していた悠介は、そのあまりの勢いに気を取られてうっかり操作ミスを犯した。
「あ、間違えた」
よそ見をした瞬間、誤って落とし穴用のマップアイテムデータをメニューから閉じてしまい、落とし穴分の土を材料にして作る予定だった防壁が構成不能になってしまったのだ。
真っすぐ突っ込んでくるタリス。仕方なく、悠介は戦闘用マップアイテムデータ・タイプⅡを予定より早く実行、反映させた。
悠介の背後に積まれていた角材が、光に包まれて消えていく。と同時に、巨大な人型が出現した。
「な……っ!」
それは、高さが八メートル近くある巨人の上半身だった。地面から全身鎧が生えたような外観だ。
突然現れた甲冑巨人に思わず足を止めたタリスは、巨人が腕を振り上げる動作を見て我に返る。
対神技戦の基本。どんなに強力な神技攻撃でも、それを放つ神技人自身は無技の戦士の敵ではない。
悠介が神技で動かしている巨人なら、本体である悠介を叩けば止められるはずだと判断する。
(あれだけのデカブツなら動きも鈍いはず! 当たらなければどうって事はない)
甲冑巨人の腕が振り下ろされる前に、タリスは本体を仕留めるべく地を蹴った。
だが次の瞬間、凄まじい衝撃に意識ごと身体を撥ね飛ばされた。
思いがけない速さの巨人のパンチで宙を舞ったタリスが地面に叩きつけられるのとほぼ同時に、甲冑巨人の胸部から上半分が光の粒を残して消え去り、悠介の周囲に防壁が出現する。
「あっぶねぇ~」
安堵の息を吐く悠介。
甲冑巨人には、左右のパンチの後に鉄槌を打ち落とす、三段攻撃コンボが設定されている。鈍重そうな見た目に反して、その攻撃速度は約三秒で一巡する程速い。
コンボの解除が間に合わないと判断した悠介は、甲冑巨人の一部を防壁の材料へと咄嗟に転換し、タリスへの二発目の攻撃を強制的に防いだのだ。
最初の一撃で吹っ飛んだタリスに止めの鉄槌が入れば、命にかかわる大怪我となっていただろう。
素早い攻撃を繰り出す巨人の出現に度肝を抜かれたらしく、観衆はもとよりタリスの同行者である無技の戦士も、唖然とした表情でしばらく固まっていた。広場の隅で観戦していたエルフョナは、無表情ながら瞳だけはキラキラさせている。
「流石に今のは驚いたわい……」
タリスの治癒に駆けつけたゼシャールドも思わず呟いた。土技の民が運搬作業などにゴーレムを使っているところは見た事があったが、それはもっとノッソリ動くモノで、人間の格闘術のような動きをするゴーレムは見た事が無い。
だが悠介は小声で、恐らくその土技で作られたゴーレムの方がまだ使えるはずだと、甲冑巨人の仕様を語る。
「まだ色々問題も残ってるんですよね、このタイプⅡ」
滑らかな動きを見せた甲冑巨人だが、その実設定された動きを繰り返すだけの固定砲台的な造りになっている。攻撃対象を認識している訳ではないので、正面から来る相手にしか対応できない。
つまり回り込まれると、簡単に攻撃範囲から逃れられてしまうのだ。防壁を駆使して相手を誘導しつつ、甲冑巨人の角度変更などで対処する必要がある。
敵味方が入り乱れる乱戦には使えず、遠距離からの攻撃には只の的、戦術面での汎用性もあまり高くない。もっぱら、見た目のインパクトで固まってる隙にコンボを狙う奇襲撹乱型。ぶっちゃけ『動く張りぼて』なのだ。
その張りぼてに吹っ飛ばされたタリスの治癒が進められる中、係の村人達によって担架が運ばれてきた。
「どうですか?」
「うむ、打ち身と擦り傷じゃの。これくらいなら大した怪我ではないわい」
『そりゃ良かった』と悠介はゼシャールドの屋敷に運ばれていくタリスを見送り、広場に設けられた観覧席を振り返る。
「ほら、行ってきな」
「う、うん」
バハナに促されたスンが席を立つ。祝福の娘が勝者の元に歩み寄り、羽飾りの王冠を被せて祝福した。それを見た観衆はようやく勝敗が付いた事を思い出し、惜しみない拍手を送った。
『英雄の二つ名は伊達ではない』、そんな認識が村人やルフクに駐在する衛士達、そして無技の戦士と見習い戦士の胸に刻まれる事となった。
皆からの歓声を受けて頭を掻きながら控え目に応えている悠介に、バハナはどこか安心したような眼差しを向けていた。
舞踏祭二日目の早朝――
『もっと修練を積んで来る』と言い残して生まれ故郷を後にしたタリスは、ガゼッタへの帰路を駆ける道中、昨日の晩にゼシャールドから掛けられた言葉を思い出していた。
ゼシャールドの屋敷のベッドで意識を取り戻したタリスは、悠介の神技に全く太刀打ち出来なかった自分の実力に失望していた。だがそれでも、スンを軍属にした悠介の事を認められないでいた。
回復の経過を診に来たゼシャールドにそんな自分の胸の内を打ち明けたのは、スンと同じくゼシャールドを信頼し、尊敬しているからこそであった。
「確かにユースケの強さは思い知った。でも……納得出来ない。スンの為にも、俺はもっと力を付けて今度こそ――」
「ふむ。じゃがのうタリス、お主はスンの気持ちを考えた事はあるかの?」
スンの為というその考えは結局、自分の願望、気持ちの押し付けになっていると指摘され、タリスは考え込む。
「まあ、スンが戦いの場に出る事を快く思わない気持ちも理解は出来るがの」
無理に危険な世界へ踏み入らなくとも、スンが悠介の隣に立つ方法は幾らでもあったはずだ。闇神隊に所属して悠介の傍にいる事を選んだのは、自立を望むスンが自分で考え、出した答えだ。
スン自身が庇護される立場に甘んじる事を否定し、悠介はその気持ちを尊重した。
「どちらがスンの事をよく考えているかのう」
「……」
明確な答えを出せないまま、タリスは燻る想いを胸に、まだ薄暗いフォンクランクの街道を南下して行くのだった。
祭りの初日は決闘イベントで舞踏祭の雰囲気も吹き飛んだので、二日目からが本格的な求婚祭りとなった。村の中央会場では、若い男女がそれぞれの想い人に『結婚して!』と迫る告白合戦が行われている。
スンと悠介は昨日の一件で、ルフク村公認カップルになってしまった。ディアノースの英雄に挑むような勇者ももうおらず、またスンを押し退けて悠介に言い寄れる程の自信家もおらずで、二人は静かな時間を過ごしていた。
とはいえ、玉砕する者、結ばれる者、悲喜交々な空気が暴風のように吹き荒れている村の中では落ち着かない。そうして森に出掛けた悠介とスンは、ぶらぶら歩いている内に、初めて出会った邪神の祠までやって来た。
「なんか、懐かしいような……」
今も村人の誰かが時々手入れをしているらしく、油木の明かりもちゃんと火を灯している。奥の石室まで入り、天井画を眺めて感慨に耽る悠介。この世界で初めて目覚めた場所だ。
「そういや、スンには感謝しないとな」
「何がですか?」
スンがお供えモノの生地を置いておいてくれなかったら、裸で外に出る破目になっていたと話す悠介。するとスンは、道端で悠介の裸と『邪神のシンボル』を直視してしまった時の事を思い出して赤面する。
「普通、逆な気がするけどなぁ」
赤面しているスンが何を思い出しているのかを悟った悠介は、照れ隠しにそう言って笑った。
「逆?」
「いや、ああいうハプニングは大抵、男の方が女の子の裸を見ちゃったりするもんじゃないかなと……」
「……ユウスケさん、やらしいです」
「なぜにっ!」
油木の炎が揺れ、温かみのある柔らかい明かりが照らす石室の中に、二人の笑い声が反響する。不意に声が途切れて訪れた静けさの中、石の台座に腰掛けたスンがこんな事を言った。
「……み、見たい……ですか……?」
「え」
両手を胸元で重ねて、俯き加減にちらりと視線を上げたスンは、顔を赤らめながらもう一度はっきりと口にする。
「わ、わたしの身体……見たいですか?」
「…………」
スンの言葉を正面から受け止められず一瞬言葉に詰まった悠介は、斜めに躱した言葉を返そうとした。
「それって、またラー――」
「ラーザッシアさんに言われたからじゃありません!」
強い口調で放たれたスンの声が石室内に響き、悠介の口を噤ませる。
「わ、わたしが相談に乗って貰ってたんです。どうすれば、ユウスケさんの気を惹けるかなって……」
「俺は……」
思わぬ告白に混乱する悠介。だらしない素の状態の女性や、逆に猫を被っている女性には耐性があったが、本気の想いをぶつけて来る女性と向き合った経験は殆ど無かった。こんな時、何と言えばいいのか分からない。
悠介の沈黙を拒絶と捉えたのか、スンが哀しげな声で呟くように問い掛ける。
「やっぱり……わたしなんかじゃ、ユウスケさんの相手は……務まりませんか?」
「いや、そんな事はないって! そうじゃなくてさ……なんつーか」
自分が邪神である事。この世界の人間ではない事。『世界に災厄をもたらして消える』という伝承。悠介はそういう部分が気になって、好きな人を作って深い関係になる事に躊躇いがあるのだと説明した。
「いつか言い伝え通りに、消えてしまうのかもしれないって思うとさ……」
残される人の事を考えると、そういった関係に踏み出せないのだ、と。
「……やっぱり、ユウスケさんてどこか変わってます」
「そうかな」
「いつか消えてしまうかもしれない……だったら尚更、自分の生きた証を残そうとするはずじゃないですか」
「うーん、俺の育った時代ってそういう感覚が希薄なところがあったからなぁ」
顎に手を当てながら、元の世界の価値観に思いを馳せる悠介だが、しゅるり……という衣擦れの音に意識を引き戻される。その目に飛び込んで来たのは、スンの白い素肌と艶かしい肩甲骨。
「スン……?」
「あの大きな塔とか、砦とか……ユウスケさんの痕跡はこれからも、この世界に沢山残っていくと思います」
揺れる明かりに照らされた陰影が、浅い呼吸に上下するスンの滑らかな起伏を浮かび上がらせる。
「わたしにも……ユウスケさんの痕跡を……あなたを、刻み付けてください」
一糸纏わぬ姿になったスンは、恥ずかしそうに伏せていた顔を上げると、真っすぐな瞳で見据えながら悠介を求めた。
◇◇◇
夕方、村に帰る道を行く二人。
「ほんっと、へタレですんません……」
「もうっ。いいんですよ、そこまで気にしなくても」
心底情けないといった雰囲気で項垂れている悠介に、隣を歩くスンはクスクスと笑いながら優しい慰めの言葉を掛ける。
結局、ディアノースの英雄はスンの誘惑を鼻からの出血で打ち破るという、色々台無しな結果を出して倒れ伏した。
悠介は落ち込んでいたが、スンはそれ程気にしていない。
勇気を出しての告白と誘惑が、別の意味で鮮血の結末を迎えたのは残念だが、少なくとも、悠介は自分の裸と誘惑によってああなってしまったのだ。自分の女としての魅力に、スンも少しは自信が付いたといったところである。
「また機会はありますよ、きっと」
「ははは……は……」
『流石は戦士系の一族だな~』と軽く現実逃避している悠介であった。
ちなみにその頃、ゼシャールドの屋敷では。
「感覚が、薄いとな?」
「……背中の、下の方が……」
「ふむ、ここかの?」
「……あっ……」
元気なエロ爺と溶けた氷娘が乳繰り合っていたそうな。
5
フョルナーの火月の五日目。
ヴォルアンス宮殿の上層階に、朝からヴォレットの楽しげな笑い声が響いていた。
「ぶわっはははははは」
「スン……」
「ご、ごめんなさい」
スンの誘惑に鼻血を出して倒れた事が、ヴォレットにバレた悠介。現在、絶賛笑われ中である。
舞踏祭と休暇が終わり、スンと悠介は昨夜サンクアディエットの屋敷に戻り、衛士隊活動に備えていた。
そして朝宮殿に出勤するなり、決闘の話を聞かせろとヴォレットにせっつかれた。神技の指輪を配る日だったので、悠介はスンに話し相手を任せて、宮殿衛士隊の控え室まで指輪を届けに出向いた。
控え室にいたヒヴォディルから、休暇中の出来事や舞踏祭でのヴォレットの様子などを聞いて帰って来たら、邪神の祠での顛末にまで話が及んでしまっていたのだ。
「しかし、そーか。ユースケは鈍かった訳ではなかったのだな」
二重の意味で女と距離を取っていたのかと納得しながら、ヴォレットは腹筋の辺りを擦っている。
「そんな事より、例の話はどうなるんだ?」
とりあえず話題を変える努力をする悠介。調整魔獣の研究について、旧ノスセンテスの研究組織に関する情報を探りにガゼッタまで赴くという提案の話だ。
「ん~それなんじゃがのう……とりあえず父様に相談してみるから、明日まで待て」
「気が進まなそうだな」
「流石にの。ガゼッタが今後どう動くか、まだはっきりしておらんし……あの男は油断ならん」
悠介が直接ガゼッタに出向くのには難色を示すヴォレットだったが、ガゼッタから情報を引き出す事については賛成だ。一応、悠介の提案も交えながらエスヴォブス王に話をしてみるという――話題を変えんとした悠介の努力は報われたようだ。
◇◇◇
「ブルガーデンからの照会?」
シンハの元に、女王リシャレウスの名で送られてきた書簡。その中には、元最高指導官の余罪追及という名目で、旧ノスセンテスに魔獣の研究を行っていた組織が存在していなかったかという質問が綴られていた。
最近トレントリエッタとフォンクランクの国境付近で起きた事件を踏まえ、この書簡はフォンクランク側からブルガーデンに依頼したモノではないかとシンハは推察する。傍らにいるアユウカスも、その説に頷く。そしてそれは当たっていた。
結局、悠介のガゼッタ行きは見送られる事になり、フォンクランク王室からブルガーデンのリシャレウス女王を通じて、ガゼッタから情報を引き出すという方法が採用されていたのだ。
リシャレウス女王とシンハ王が、個人的に親しいという部分を見越しての策である。
「調整魔獣の情報を求めているのなら、それを利用しない手はないか……」
「例の研究者達について教えるのかえ?」
シンハの独白に、アユウカスがその心算を問う。
「いや、情報提供は渋る。代わりに色々煽ってやるのさ」
「ほぅお、シン坊も考えるようになったもんだ」
里巫女アユウカスはシンハが何か悪手を打ったり、未熟を露呈するような行動を取ると幼少の頃の呼び方でちゃかす。なので、この呼ばれ方をするとシンハは大抵嫌な顔をする。
「……それより、いつまでここに居るつもりだ婆さん。早く里に帰れよ」
「ワシの家はここじゃからして」
アユウカスは遥か昔に、このノスセンテス国の首都たるパトルティアノーストの中枢に住んでいた事もあるのだ。そう言って手をひらひらさせながら空中庭園の散歩に出掛けて行く。その背を見送るシンハは、何年経とうが彼女からすれば周りは皆子供なのだろうなと、内心呟く。
(見た目がアレだから余計に納得いかんがな……)
シンハは溜め息を吐きながら、書簡への回答をしたためるのだった。
◇◇◇
「リシャレウス様、ガゼッタの王から手紙が届いておりますが……」
「手紙?」
旧ノスセンテスの魔獣研究組織に関する質問への回答は、『心当たりはあるが、公表するのは差し控えたい』という内容であった。
正式な書簡ではなく、シンハ王の私書という形で届けられた事から、エスヴォブス王からの依頼があったのだと見抜かれていると悟る。
「……? これは、どういう意味なのかしら」
手紙の片隅には『災厄の再来に備えられたし』という謎のメッセージが添えられていた。
これらの内容は直ちにフォンクランクへと伝えられた。ヴォルアンス宮殿の官僚達の間では、実質的な隠蔽とも取れるこの回答に、ガゼッタは調整魔獣を兵器として使うつもりなのではないか? という反応が大勢を占めた。
だが、ガゼッタとの敵対を明確にすべきかについては、それぞれ意見が分かれた。
「やはりガゼッタ討伐軍を組織すべきだ! ガゼッタが国力を付ける前に叩かなくては、手遅れになる!」
「そう事を荒立てなくとも良かろう。ガゼッタとて折角手に入れた国土を、わざわざ戦火で荒らして疲弊させるとも思えぬよ」
「然り。無技の民は土地の開拓一つとっても、我等神技の民の数倍は手間が掛かる。国家を維持するだけで精一杯だろうさ」
「そんな悠長な事をっ!」
ガゼッタ討伐を唱える開戦派は、謎のメッセージを神技人国家への攻撃予告と捉えた。ノスセンテスの滅亡を神技人社会の災厄とし、調整魔獣を使って再びその災厄を起こす事を示唆したモノだと訴える。
開戦否定派は『災厄』の解釈には同意したものの、『再来』に関してはガゼッタの攻撃予告などではなく、今後予想される調整魔獣による被害を皮肉っているのだろうという考えを示した。
神技人の脅威となり得る調整魔獣を作り出したのが、神技人研究者であろう事は既に疑いがない。かつてフォンクランクの牧場に放たれた魔獣が調整魔獣の原型であったらしい事から、それらの事実を指して皮肉を利かせた忠告であろうというのだ。
開戦派の中でも特に過激な発言をする者達からは、無教養で野蛮な無技どもにそんな持って回った言い方で皮肉を込めるような真似が出来るものかと、開戦否定派の解釈を批判する声が上がる。
が、無技人が無教養であるとする認識こそが無教養である、と分かっている開戦否定派=ゼシャールドの弟子達は、それらの批判を黙殺した。
宮殿官僚達の間では謎のメッセージがそんな風に取り扱われていたのだが、レイフョルドを伝ってメッセージの内容を耳にしたゼシャールドは、別の解釈をした。
「シンハ王……彼奴らは災厄の邪神について色々知っておるようじゃからのう」
ガゼッタのどこかにある白族の里には、三千年に及ぶ邪神の歴史が記されているという。
パウラの長城前でシンハが悠介に語った内容や、邪神に関するガゼッタ側の見解。これらから『災厄の再来に備えられたし』の意味を考察したゼシャールドは、カルツィオの歴史にかつて現在の状況と似たような事態があったのでは? と推察した。
『災厄の再来』が果たして邪神を指しているのか、或いは調整魔獣を指しているのか。
前者ならば、何かを切っ掛けに悠介が邪神として目覚める事を示唆しており、尚更悠介をガゼッタに近づけるのは避けたい。
後者の場合、過去に降臨した邪神の中に、調整魔獣のような存在がいた事を仄めかしているとも考えられる。
「白族、無技の民が繁栄した時代とは如何なる世界だったのであろうか……?」
窓からカルツィオの空を見上げたゼシャールドは、太古の世界に思いを馳せながら呟いた。
フョルナーの火月の九日目。
「やっぱ難しいか」
「うん……環境はこれでいいと思うんだけど、何か要素が一つ足りないっぽいかな?」
悠介の問いに答えるラーザッシア。悠介邸の地下に作られた培養施設にて、ラーザッシアが中心となって進めていた太陽苔の栽培は、今一歩のところで行き詰っていた。
「苔が張り付くっていう木が鍵なんじゃないかな……って事で、トレントリエッタに行きたいなーと」
打開策としてトレントリエッタ行きを提案するラーザッシアに、悠介は冗談めかしてかまを掛ける。
「……旅行の口実にしてるんじゃないだろうな?」
「ぎくりっ!」
「ははっ。まあ、ヴォレットに聞いてみるよ」
すっかり打ち解け合っている悠介とラーザッシアは、いつもこうした調子で接している。
一方、ソルザックの店に出向いた時など屋敷の外では、悠介の世間体に気を遣い、ラーザッシアは畏まった話し方をする。そんな彼女のギャップが話のネタにもなり、悠介に懐かしい家族の空気を思い出させてくれるのだ。
悠介にとってラーザッシアは、スンやヴォレットとはまた違う意味で大切な人となりつつあった。
「うむ、トレントリエッタなら構わんぞ」
「そっか。じゃあ早速準備に入るよ」
調整魔獣へのトレントリエッタの関与疑惑も薄れていた為、トレントリエッタ行きには割とアッサリ、ヴォレットからOKが出された。
これにより、闇神隊は太陽苔の産地であるトレントリエッタの双子都市『デリア・ルディア』に向かい、太陽苔の張り付く木を調査する、という任務を賜わる事となった。
『デリア・ルディア』は森と岩山の境目を通る街道沿いの宿場街が、森側と鉱山側、それぞれの特徴を持ちながら大きくなった都市で、多くの出稼ぎ労働者達が活動している。
植物の採取業が盛んな森側の街をデリア、豊富な鉱石が採掘される鉱山側の街をルディアという。
今回、専属従者であるスンの他に、調査の助手としてラーザッシアも同行する。
「わらわのリーンランプが使えるようになるのを期待しておるからな」
「栽培に成功したら、宮殿中の明かりをリーンランプに切り替えられるぞ」
「おお! それは楽しみじゃ」
今日も試作動力車で屋内訓練場を走り回っているヴォレットは、土産話も楽しみにしているぞと笑った。
応援ありがとうございます!
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