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2巻
2-3
しおりを挟む三話 大衆洗濯場 完成!
翌日。
朝一で河川敷に顔を出すと、目を見張る光景が広がっていた。
「おおぉ~! すげー!」
すっかり整備され、綺麗に整地された水路がそこにはあった。
川から斜めに引かれた水路は、俺が注文を出した砂除去用の広く浅い溜池と、貯水用の小さく深い溜池へと続く。導水部から貯水槽まで、距離にして大体一〇メートルほどだろうか。
そして貯水槽を抜けて少しすると、メインの水路に、枝のように複数の分岐が生まれる。
その数一〇本。これがそのまま、これから作る洗濯槽の数になる。よくもまぁ、短期間でこれだけの物を造ったものだ。
後で、〝流石は我が村が誇る自警団だ〟と言って褒めてやることにしよう。
「おうっ! ロディフィスじゃないか。早いな」
ウワサをすれば何とやら……
声のした方へ振り返れば、クマのおっさんがこちらへ向かって歩いてきているところだった。
その後ろには、中高生くらいのにーちゃんズが数人、雛鳥よろしく列を成して歩いている。まるでカルガモのお散歩状態だ。
まぁ、その先頭を行くのはカルガモなんて可愛い生き物ではなく、ごつくて暑苦しいクマな訳だが……
以前は、十数日に一回くらいのペース――それも道端ですれ違ったとか、そんな程度のもので、殆ど顔を会わせる機会がなかったクマのおっさんだが、最近ではすっかり見慣れてしまっていた。
ここ連日、毎日一度は顔を合わせていたからな。
ちなみに、護身剣術の授業で、自警団員の人たちが毎日教会まで指導に来てくれているが、それは主に若いにーちゃんたちの仕事だ。クマのおっさんが直接子どもたちを指導しに来たことなんて数えるほどしかなかったりする。
「はよー、クマのおっさん」
「おうっ、で、ロディフィスよ、これを見てどう思う?」
近くまで来ると、クマのおっさんは俺を見下ろしてドヤ顔で言った。
そうだな……すごく……いや……なんでもない。
「うん、いい感じだね。すごく綺麗に整備されてるし、俺の要望通り……いや、それ以上の出来だね。流石は、我が村が誇る自警団っ! よっ! にほ……じゃないな……アストリアス王国一っ! 我が村の誇りっ! 我が村の希望っ! 我が村の……」
「はぁ~……止めろ止めろ……お前が言うと、なんだかウソ臭く聞こえるんだよ……」
「なんだよ……ひでぇー言いようだな……」
人が折角褒めてやっているというのに、クマのおっさんは俺の顔を見て、大きくため息を吐いた。
「あの~、団長? もしかしてこいつが?」
俺とクマのおっさんがそんなことを話していると、後ろにいたにーちゃんズの一人が、クマのおっさんの背中越しにひょっこり首を出して、俺のことを見た。
「ああ。ロディフィス・マクガレオスだ。あのロディフィスだ」
クマのおっさんがそう言うと、後ろにくっ付いていたにーちゃんズが、ぶわっと押し寄せて俺を取り囲んだのだ。
なんだなんだ? やんのかオラァ!
そして口々に、〝おお~! こいつが……〟とか〝こんな近くで見るのは初めてだ〟とか〝チビのクセに強いらしいぜ?〟とか〝こいついっつもヘンなの作ってるんだってよ〟とかとか……
まるで人を珍獣か何かみたいにジロジロと、嘗め回すように見てきやがった。
俺は視線で〝なんだこれは?〟と、クマのおっさんを非難すると、向こうも理解してくれたのか苦笑を浮かべて肩をすくませる。
「今、村じゃお前はちょっとした有名人なんだよ。きっと、お前自身が思っている以上にな。特に若い奴らからは、〝玩具の王様〟なんて呼ばれているらしいぞ? ここにいる奴らなんかは、〝お前が来る〟って聞いただけで、作業内容も聞かずに参加を志願したんだからな」
玩具の王様? なんだそりゃ……
まったく心当たりがない……とは、とても言えなかった。
今のところ、俺はこのなぁ~~~~~んにもなかった村に、二つほど娯楽を提供していたのだから。
一つは……
「なぁなぁ! お前って〝白黒石〟強いんだってな! 今度、オレとどっちが強いか勝負しろよっ!」
「おいっ! 何言ってんだよ! オレの方が先に決まってるだろ! そういうのはな、まずオレに勝ってから言えよなぁ!」
「はぁ~!? この間、勝っただろ!!」
「まだ、オレの方が勝ち越してますぅ~!!」
こいつら、自分たちから人に話しかけて来た癖に、俺のことなどガン無視して〝ヤんのかコノヤロー!〟と睨み合いを始めやがった。何なんだよ……
しかし、白黒石ってなんだ? 白黒石……白黒石……
はっ! もしかしてリバーシのことか?
そう。俺が広めた娯楽の一つがリバーシだ。今じゃ村長を筆頭に、村に一大ムーブメントが巻き起こっている。
で、もう一つが……
「ねぇねぇ、キミ? キミがあの〝石ゴマ〟を作ったっていうのは本当なのかい?」
二人のにーちゃんがガーガー喚いている中、他のにーちゃんがそう聞いてきた。
ん? 石ゴマってなんだ……?
いしごま……石胡麻? 石ゴマ……石独楽……
あぁ……結構前に、グライブたちにいくつか作ってやったあれか……
ガキんちょ共には、ウケが良かったんだよなアレ。
「うむ。確かにあのベイブレー……げふふんっ、独楽を作ったのは俺だ」
「本当っ!? ねぇねぇっ!? もし、良かったらあの〝石ゴマ〟をもう少し作ってくれないかなっ!?」
目の前のにーちゃんは目を爛々と輝かせながら、ぐぐっ、といった感じで俺に詰め寄ってきた。
うおっ! 近い近いっ! 顔が当たるっ! 俺にそんな趣味はないっ!
「おっ……おう、考えておくよ……だから、少し離れろ……な?」
「やったー! 頼むよっ! 絶対だよっ!」
にーちゃんは俺の言葉に、顔を綻ばせて小躍りを始めた。
俺が提供した娯楽のもう一つ、それがこのにーちゃんが言う独楽だった。
魔術陣実験の副産物として生まれたあの独楽は、今では独自の進化を遂げて小中高くらいの男子の間で爆発的な人気を博している……と、グライブが言っていた。
作った数は一〇個程度なので、〝誰のもの〟というような所有権はなく、数人の責任者が持ち回りで管理しているらしい。
その内の一人がグライブな訳だが……まさかそこまであの独楽の人気が高まっていたとは……
正直、話半分に聞いていて信じてなかった……ごめんよ、グライブ。
「で、ものは相談なんだけど……その、何て言うかさぁ……〝他の物より、特別に強い〟のとか作れたりするのかなぁ? あっ! いやっ! 別に抜け駆けとかそんなんじゃないよっ! ただ、そういうのも作れたりするのかなぁっていう、ちょっとした好奇心みたいな感じだよっ! それを自分の物にしようとか、全然考えてないからっ!」
……お前、絶対この前試作洗濯機の時に出てきたおばちゃんの子どもだろ?
そう思ったら、なんだか顔も似ているような気がしてきたな。
「貴様らっ! いい加減にせんかっ! 俺は貴様らを遊ばせるために、ここへ連れてきた訳じゃないんだぞっ! 遊ぶだけならとっとと帰っちまえっ!」
やいのやいのと騒いでいたにーちゃんズに、クマのおっさんの一喝が飛んできた。
すると、騒がしかった周囲が一瞬にして静寂へと戻る。
……なんだか、まんま中学高校のノリだな。なら、クマのおっさんは差し詰め、学年主任か体育の先生、といったところか? そう思うと、学生時代に確かにこんな先生がいたような気も……
この一喝の後は、至って静かになったにーちゃんズを引き連れて、俺たちは作業現場へと向かったのだった。
実はまだ一部、レンガを全て用意出来ていない窯元があるが、まぁ、別に問題はない。
届いていないのはただのレンガの方で、これは少し多めに発注を掛けていたから、ぶっちゃけここにある分だけで十分事足りる。要は、安全マージンってヤツだな。足りなくなるより、余った方がいいに決まっている。
その足りないレンガも、午前中には届く手筈となっている。
で、絶対に必要なスタンプによる刻印を施されたレンガは問題なく揃っていた。種類も数も、俺自身が確認したので間違いない。
「え~、お集まりの皆様。本日はお日柄も良く……」
「だから、そういうのはいい。で、俺たちはこれから何をすればいんだ?」
折角偉そうに口上を述べようとしたら、クマのおっさんに話の腰を圧し折られてしまった。
「……ぶー、少しは偉そうにさせてくれたっていいものを……オホンッ、今から皆さんにやって頂くのは、レンガの組み付け作業です。具体的にどうするかと言うと……」
俺はこの場にいる面々に、これからの作業について細かく説明をする。
今から行うのは、言った通りレンガの組み付けだ。だが、ただ組み付ければいいという訳ではない。
この作業は、ずばり魔術陣の組み立て作業なのである。
刻印を施したレンガの一つ一つは、何の効力も持っていない、模様付きのただのレンガに過ぎない。
しかし、それらは組み合わさることによって、ただのレンガではなくなるのだ。
魔術陣には、空間的に重なっている魔術陣同士は連結する、という性質があり、そして、完成している一繋がりの対象物が、一つの対象として認識される。
これらの法則から、一つ一つは機能しなくとも集積させることによって、複数の機能を同時に内包した魔術陣――いや、ここまで来ると最早一種の〝魔術装置〟だな――を作り上げることが出来る。
俺はこのタイプの魔術陣を〝集積型魔術陣〟と呼んでいる。一応、先の荷車の一例もこれに当たる。
集積型魔術陣は実に繊細な代物だ。どこか一つでも間違っていれば、機能しない。
完成のためには、魔術陣が刻印されたレンガをどれ一つとして間違えることなく、正確に積み上げる必要があった。
なので、作業は同時並列進行で行う。俺を手本に、横並びで全員同じことをするのだ。ぶっちゃけ、隣のマネをすればいいのだから難しい話ではない。
俺の説明は終わり、分からないことがないかを聞くが、特に質問などは出なかった。
レンガは昨日の内に、魔術陣の刻印があるもの・ないもの、刻印の種類ごとに固めて分けて置いてある。後は、これらを順番に組み上げていくだけでいい。
レンガ同士を接着するための、松脂モドキ汁を使ったセメントモドキも準備万端だ。
という訳で、いざ早速作業開始だ。
作る洗濯槽は全部で一〇基。作業は二チームに分かれて行うことになった。
レンガを組み上げるチーム一〇人と、レンガを作業者に渡す運搬チーム三人だ。勿論、俺は組み上げチームに入っている。
で、俺の指示に従って端から順に一個ずつレンガを持ってきてもらい、積み上げていく。
一個ずつなのは、人為的過誤防止のためだ。作業効率は落ちるが、急いで組んで間違えました、では目も当てられない。組み上がってしまえば、後で修正することは不可能なのだから。
多少遅くても、確実性第一で作業を行う。
洗濯槽を据え付ける場所は、二本の水路に挟まれた中州状になっている場所だ。
水路と水路の間には、それぞれを繋ぐ溝が一〇本引かれている。その溝を跨ぐようにして、洗濯槽が作られることになる。
大きさは、一辺約五〇センチメートルの正方形、高さは一メートルくらいになる予定だ。
水路には最終的に蓋を設ける。そのままじゃ流石に危ないからな。はまってコケて骨折とか、笑えない。
日本のように、電話で救急車呼んで病院へ、とはいかないのだ。
で、その蓋はというと、今、窯元のじーさんたちが必死になって作ってくれていることだろう。
小さくて深い方の貯水槽もそのままでは危険なので、柵と簡易的な蓋を設置することになっている。
まだ水が入っていないからいいものの、深さが一メートルくらいあるからな……俺くらいの歳の子が落ちたら、下手すりゃ溺れて死ぬ。
自分が作った物で死者が出るとか……考えただけで胃がぎゅっとなる。安全対策はしっかりしなくてはいけない。
こうして、作業は一つずつ丁寧に進められていった。
時間は、昼になったらしい。
ミーシャたちが差し入れに弁当を持ってきてくれたので、一度休憩を挟む。
進行状況は七割といったところだな。ってか、昨日ミーシャたちがしていたお使いは弁当だった訳ね。
俺は、ミーシャも作るのを手伝ったというサンドウィッチを頬張って〝おいしいよ〟〝偉いな〟と頭を撫で撫でしながら褒めちぎった。
頬を少し赤くしながら〝えへへへっ〟と笑うミーシャ。
くっ! かわいいじゃねぇかっ!
うむ。やはり子どもは褒めて伸ばすに限る。俺の教育方針に間違いはなかったようだ。別にミーシャは俺の子どもって訳ではないが。
というか前世でも、結婚したことは疎か、お付き合いしたことすらない魔法使いですけどねぇっ!
で、ここで何故かグライブが〝この魚っ! 俺が捕まえたんだぜっ!〟と張り合って来たので、それには〝ふ~ん、で?〟と切り替えしたら、泣きそうな顔になっていた……
世の中所詮そんなものだ……強く生きろよ、グライブ。
そんな感じで昼食は進み、食後ににーちゃんズの誰かが持参したというリバーシで二、三局対戦して……勿論、俺が全戦完勝した。
そんな程度の腕では、ウチのちびたち、レティやアーリーにも勝てんぞ? あの二人は、俺が日頃から鍛えているからな。
昼休憩も終わり、午後の作業開始となったのだが、休憩を挟んだことで皆の作業効率が上がり、そこからは、あっ、という間に終わってしまった。
残っている作業は稼動チェックのみとなった訳だが……
現状、水路には一滴の水も入っていなかった。
これから水路の導水部にある堰を開いて取水する訳だが、洗濯槽がある所まで水が溜まるにはそれなりの時間が掛かることは、容易に想像が付いた。
昼休みが終わった辺りから、堰を開けておけば良かったのかもしれないが、こんなに早く終わるとは思わなかったしな……
なので、最終チェックは自分がやるから皆は帰ってもいい、と伝えたところ〝ここまできたら、動くところを見てみたい〟という意見が多く、結局全員で水が溜まるのを待つことにしたのだった。
四話 大衆洗濯場、稼動
季節はもう初夏だ。しかも、今日は晴天。
直射日光の下にいれば、ただじっとしているだけでも汗が滲み出る。
河川敷には、そんな強い日差しを遮ってくれる木々が沢山生えていたが、涼を求めて木陰を利用する者は少なかった。
目の前に、水があるのだから当然だ。
一番初めに溜池に飛び込んだのは一体誰だったか……
沈砂池は、流れ込んだ異物を沈めるために、本来はそっとしておかなければならないのだが……今は、まぁ、いいか。
かく言う俺も、入ってしまっている訳だしな。
水遊びに興じていたのは、にーちゃんズの低年齢組、+俺たち子ども三人だ。
全員、今はパンイチである……ミーシャも。
ミーシャは女の子なんだから、その辺恥じらいとか持たないとダメだとおじさん思うんだが、七歳くらいじゃそういうのはあまり気にならないのだろうな。本人はまったく気にした素振りもなくキャイキャイと遊んでいるのだから……
前世で自分が同じ年だった頃はどうしていただろうか? ちょっと思い出してみよう……
……ああ、うん。確かプールの授業の時とか、フル〇ンでよくプールサイドを走り回って先生に怒られていたような記憶が……ま、まぁ、俺のことはどうでもいいか。
しかし……やはり、今のミーシャを見ていてもちっとも面白くない。これは十数年後に期待あげということで。
その時には是非とも、今と同じ姿を拝ませて欲しいものである。そしたらおじさん大歓喜だ。
そうして、水が溜まるまでの間、俺たちは水遊びに興じることと相成ったのだった。
沈砂池の規模は、縦横五メートル四方の四角形で、深さは三〇センチメートルほどだ。
勿論、ここにも砂利が敷き詰められている。そして中央部に、前部と後部を分ける石を積んで作った堰がある。
そこらに転がっている大きめの石を、適当に積んだだけの代物なため、目は粗い。だから、この石によって水が堰き止められる、というようなことはない。
この堰は、流木などの大きなゴミを取り除くことと、大型の魚などの生き物が先の洗濯槽のエリアまで行かないようにするためのものである。
前回、試作洗濯機を作った時、オカンがそれで妹たちを丸洗いした、という話を聞いた。
それを知った時は、かなりビビッたものだ。無茶しやがって……
だから今回は〝ある程度の大きさの生体が、洗濯槽の中に入っていた場合は起動しない〟という、安全装置を設けていた。
今回の物は、試作機より出力がずっと上がっているため、同じことをしたらどうなるか……考えただけでゾッとする。
結果、安全性を向上させることが出来た反面、大きめの魚などが洗濯槽に侵入した場合、その安全装置が作動して止まってしまうのではないか? という可能性も一緒に生まれてしまった。
そのため極力外部で、生物の進入を防ぐ必要に迫られ、このような形となったのだった。
たぶん……小魚くらいだったら作動することはないだろう……と、思う……たぶん。
で、しばらく皆が溜池でやいのやいのと騒いでいたら、じーさんたちが不足していた部品と材料を持って姿を現した。
「おー、ロディフィスやっとるかぁー!」
例の蓋関連の物と、普通のレンガの残りだ。
洗濯槽は既に完成してしまっていたが、このレンガは決して無駄ではない。ちゃんと使い道がある。
そしてじーさん〝たち〟と言ったのは、そこに何故か神父様が同行していたからに他ならない。しかも、二人とも荷車に乗っての登場である。
いい歳した老人二人が、荷車に乗ってコロコロやってくる姿は、思いの外シュールなものがあるな。
しかし、運転していたのが神父様だった訳だが……何故に?
確かに運搬に便利だからと、じーさんに貸してはいたのだが……
「これはまた、凄い物を作りましたね……」
水遊びを中断した俺が近づくと、荷車から降りた神父様から開口一番そんなことを言われた。
俺的に荷車の完成度はまだまだ満足のいくものではなかったが、それでも〝車〟という物を知らない神父様たちにとっては凄く見えるようだ。
一応褒めてもらったので礼を言いつつ、何故ここに神父様が、しかも荷車を運転していたのかを聞くと、
「そろそろ完成しそうだ、と聞いたので様子を見に来たんですよ。そうしたら、道中でディグが伸びていたので、代わりに私がこれを動かしてきました」
という答えが返ってきた。
「いや~、魔力なんて使ったのウン十年ぶりだったもんだからよぉ~」
「笑い事じゃねぇよジジィ。あんだけ無理はするなって言ったのに……」
「動かしてたらよぉ! これがまた、面白くなってきちまってついなっ!」
じーさんは〝だっはっはっ〟と笑って誤魔化していたが、要はグライブ同様、魔力欠乏症で倒れていたということらしい。
神父様も、荷車の動かし方はじーさんから聞いたのだろう。簡単だからな。
「なんかウチのジジィが迷惑を掛けたみたいでスイマセン……」
「いえいえ、私も貴重な体験が出来ましたからね。この歳でついついはしゃいでしまいましたよ」
「……なぁ? ロディフィスの態度、じぃちゃんとこいつでなんだか全然違くないか?」
「えぇ~? 全然一緒だよ?」
「そぉ~かぁ~?」
じーさんは〝納得いかんっ!〟みたいな顔をしていたが、すぐ荷車に積んだ荷物を降ろす作業に取り掛かり始めた。
魔力欠乏症で伸びていたじーさんではあるが、肉体労働に関してはそこらにいる自警団のにーちゃんズより頼れる。歳の割りにがたいが良いのだ。
現に今も、ひと抱えはありそうなレンガの塊を、ひょいひょいと荷台から降ろしていた。
この村のじーさん連中って、みんな元気なんだよなぁ。
今降ろしているのは、水路の蓋に使うレンガだ。洗濯槽を作るのに使ったレンガより、いくぶん大きいものだった。
近い物を挙げるとすれば、あのコンクリで出来た側溝の蓋だな。
「ロディフィス。で、例の物は出来たのですか?」
じーさんの作業を見ていた俺に、神父様がそう問いかけてきた。
そういえば、様子を見に来たとか言ってたっけ……
「ええ。この水路に水が流れ次第、起動試験を始めようとしていたところです」
「そうですか。もしよろしければ、私も立ち会わせて頂けませんか? あと、出来れば構造の解説もして頂けると助かります」
「勿論。どうぞどうぞ」
俺は神父様を引き連れて、洗濯槽の所へと向かった。
まぁ、今はまだ水が流れていないので、本体構造の説明をするぐらいしか出来ないけどな。
後ろから〝やっぱり、納得がいかんっ!〟というじーさんの声が聞こえてきたが、まぁ、気にしないことにした。
他の人に、構造の説明をして欲しい、と言われても正直断る。
だって、話しても理解してもらえないんだもの。
しかし、神父様に関しては、ここしばらく俺と一緒に魔術陣の研究をしていたせいか、初歩的なことなら分かるようになっていた。
まだ、赤本に載っている魔術陣の効果を読み取ったり、自分で新たな魔術陣を書いたりといったことは出来ないが、どういうことをしているのかを説明すれば、理解ぐらいは出来るレベルだ。
「ほぉ~、内部も全てレンガで作っているのですね……」
「はい。底面も洗濯槽の中の水路も、全部レンガで作りました。砂や砂利が入ると、洗濯物が傷みますからね」
ちなみに、今はもう見えないが、洗濯槽の外枠の部分は、安定性を上げるためレンガ二段分が地面に埋まっている。
で、洗濯槽の奥にある水路が水を引き込むための上水路で、手前が汚水を流す下水路だ。
「ふむ……奥と手前に穴が開いていますね……特に栓のようなものも見当たらないのですが……これで水は溜まるのですか?」
神父様の言う穴とは、取水口と排水口のことだ。今はまだ水が流れていないのでただの穴だが、水が流れるようになれば常に水が流れることとなる。
そして、神父様の言う通り栓はない。だが、問題はない……はずだ。
「その辺りのことは、動かしながら説明しますよ」
「そうですか? それではその時にでも、お願いします」
それから、神父様が洗濯槽をまじまじと観察しては〝ほぉ〟とか〝なるほど〟とか言っているうちに、水路にはすっかり水が流れ始めた。
水路に流れる水量の調節は、導水部にある堰で調整出来るようにしてある……のだが、今は調整用の木の板がないので全開状態だ。
そのため、上水路を流れる水の水位が高い。大体……八割ほどといったところか。
ギリギリだったな……これ以上入水量が多かったら、水路から溢れていた。
まぁ、そのお陰というのか……どの洗濯槽にも、不足なく水が引き込まれていた。
さて、いよいよ実働試験だ。
応援ありがとうございます!
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