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18巻
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しおりを挟む「ですが、マスタードラン、一旦ベルン村に戻られた方が良いのではないでしょうか。そろそろ叙任式が執り行われる頃合いですので、塔内部の探索は分身体をこちらに残して並行して行うべきかと」
「ん、そうか、そろそろだったな。ならばリネットの忠告通りにしよう。クリスティーナさんの就任式に続く、領主としての大仕事だ。そこに参加出来ないとあっては、末代までの恥となるだろう」
「といいますか、マスタードラン御自身も、叙任式の主役のお一人ではありませんか」
「はは、そうだったな。私としても、これで胸を張ってクリスティーナさんの家臣だと言えるようになるよ」
数日後に行われるこの式は、騎士の叙任式である。
そこで、これまでベルン村駐留部隊の隊長であったバランさんと、副隊長のマリーダさん、そして私がクリスティーナさんから騎士位を授けられる。晴れてベルン男爵領に三名の騎士が誕生するのだ。
これもガロアからベルン領に異動になった兵士が複数居たお蔭だ。
さらに、農家の次男坊や三男坊、新しい移住者達の中からも兵士を志望する者が居るだろうし、体裁と指揮系統の再構築も兼ねて、早急に指揮官に相当する騎士を増やす必要があった。
新設されるベルン騎士団では、団長をバランさんが、副団長をマリーダさんが務める事になる。
おおまかな体制は兵士時代と変わらないものの、給料はうんと増えるし、装備面でもこちらで用意した物を授与する手筈なので、今までよりも良くなる。
当然ながら、その分に応じて責任は増すわけだが、バランさん達の勤労意欲を燃え立たせこそすれ、衰えさせはしないだろう。
さらに私の場合、政務を円滑に行う為にも、それなりの身分や肩書きが必要になってくる。
これからラミアやバンパイアとの婚姻を可能にする法律やら、ゴーレムであるリネットの事もきちんと人間扱い出来るようにする法律を整備し、施行せねばならない。
それに、ラミアの隠れ里との正式な交流の締結などもあるしな。
騎爵兼ベルン騎士となる事で、より一層立場に相応しい振る舞いを心掛ける必要があり、責任や拘束時間も増える。しかし、我が故郷であるベルンと恋人兼上司のクリスティーナさんの為と思えば、それくらい苦ではないさ。
「さて、式典に参加する為にも、私とリネット、ディアドラ、龍吉、瑠禹、レニーアはベルン村に戻るか。他の者達はここに残って塔の探索を続けるか、ベルン村に戻るか、好きに決めてくれ。こちらにも分身体の私を置いていくから、協力して探索と内部の配置換えを進めてくれると助かる。リリ、君達と私の間には既に霊核間の回廊が形成されている。必要となれば、私から好きなだけ力を持っていきなさい」
「は、ドラン様。我ら身命を賭し、この身と魂が朽ちるとも、必ずやお役に立ってみせましょう」
リリ達ドラグサキュバスが一斉に頭を垂れる姿に、私は正直勘弁して欲しいとしか思えなかった。
ところが、私に対して過剰に心酔しているきらいがあるリネットやクロノメイズ、レニーアは、リリ達を見て、よく出来たと言わんばかりに頷いている。
……そうか、そうだな。リリ達の先輩と言うべき者が揃ってこの場に居るのだったな。
これで行き過ぎた忠誠心が派閥化してしまったのか。
なまじ善意で私の役に立とうとしてくるから、無下に出来ないのが難しいところだよ。
私は思わず溜息をついてしまった。
「無理をしない程度に頑張ってくれれば、それでいいさ」
本当に怪我をするような真似はしないでくれよ、と思っての発言だったのだが、リリ達は心底から感激した様子で肩を震わせている。
ふうむ、私の眷属化した事で涙腺が脆くなったというか、私の言動から受ける影響が極めて強くなってしまったのかな?
彼女は自分達の生命と立場を守る為に自ら眷属化したとはいえ、見ていて気の毒になるというか、罪悪感を抱きそうになる光景だ。
「我らの事など、どうぞ使い捨ての駒と思ってください――と申し上げては、ドラン様の意に沿わないのでございますね。我ら自身が望んで貴方様の下僕となり、思っていた以上の恩恵を頂戴しております。故に、我らが従属する事に関しては、取引の結果によるものとお考えください。正当以上の対価を頂戴したからこそ、我らはドラン様の手足となって働くのをよしとしているのです」
「随分と隠し事が多い契約の末の取引だったがね」
「それは言いっこなしです」
やれやれと肩を竦める私に、リリはペロリと小さく舌を出す。
幼子のやるような仕草だが、成人女性の外見をしたリリがしても、なかなか似合うのは意外なものだ。
「ドラン様に正当な対価をお伝えせずに契約を結ばせて頂きましたが、その不当な部分に関しては、どうぞ我らドラグサキュバスを〝骨の髄まで貪り尽くして〟くだされば、何よりでございます」
セリナやドラミナだけでなく、ここに居るディアドラや龍吉も私の妻に立候補してくれているのだけれども、その目の前でなんて事を言うのだ。
私は思わず呆れて顔をしかめてしまった。
「たとえサキュバスであろうと、自分達の価値を貶めるような言葉は口にしてはいけないよ」
男なら生唾ものの提案ではあるが、流石にこれに首を縦に振るわけにはいかん。
目の前に吊るされた餌に食いついたなら、その辺りの事情に寛容なディアドラや龍吉も私を軽蔑するに決まっている。
愛する女性達に軽蔑されては、精神的にとても辛い。そして、最良の友に責められるのも、その次に辛い。
案の定、いつの間にか私の傍らに来ていたマイラールが、ほとんど初めてと言っていいくらいに厳しい視線を私に向けていた。
「ドラン、私に口出しする資格はないと分かった上で言わせてください。貴方とディアドラさん達がお互いに愛し合った上で、複数人と恋人関係になる事に関しては、私としましても祝福を惜しみません。ですが、流石にいくら……その」
と、ここでマイラールは口ごもった。
しかし、彼女がこれから何を言おうとしているかはおおよそ察せられる。確かに、処女神としても知られている彼女にはいささか口にし難い話題であろう。
相手が友人である私でなければ超然とした態度を維持するのも容易いに違いないが、場が悪かったな。ふむん。
「快楽の為に情を交わすのは、人間のみならず神の間でもある事です。しかし、肉欲に耽るのは、たとえ眷属が相手で、互いの合意のもとであっても感心出来ません。もちろん、貴方がそのような方ではないと分かってはおりますが、念の為、言わせていただきました。すみません、友に過ぎない私がここまで口を挟んでよいものか悩んだのですが……」
「いや、誰かに一度は言ってもらわないといけない言葉だった。ガロアでの私の学友などは〝男なら一度はハーレムを作りたい〟だとか〝ただ欲望に溺れてみたい〟だとか、よく言っていたよ。男ならそういうものだそうだが、私はそこまでしようとは考えていない。もっとも、まだ人間としての肉欲を知らないからかもしれんがね」
出過ぎた真似をしたと恐縮するマイラールであったが、この好機をカラヴィスが逃すはずがなかった。
先程釘を刺したばかりなのに、もう忘れたのか?
一言からかうだけかと思いきや……カラヴィスは、全く関係のない者が見ても腹の底から殺意を抱きそうな笑みを浮かべながら言葉を重ねる。
「はっはあ~ん、マイラールぅ、君っていっつもいつも、くっそ真面目でさ、ぼくがドラちゃんに愛を囁く時なんかは特に欠かさず邪魔をするけど、そろそろ本音出したらあ? 君だってドラちゃんの事、憎からず思っているんじゃないのぉ? 男の神連中じゃ尻ごみして君を貰おうなんてしないから、貰ってくれそうな度量があるのって、ドラちゃんだけだもんね~」
これはもう、マイラールの怒りは避けられぬな……誰もがそう思った。
しかし、当のマイラールの反応は意外なものだった。
彼女は一度開きかけた口をそのまま固定して、ゆっくりと私の方を見た。
「あ、ドラン……」
私は、特に何も考えずにマイラールを見つめ返した。
カラヴィスの煽りにすぐ乗らないのは、先程釘を刺したからだろうと、ぼんやり考えていた私は、なんとなしに返事をする。
「うん? どうした、マイラール」
私とマイラールとでは、結構以心伝心と言ってもいいくらいの関係は築けていると思うのだが……はて、マイラールは何を言いたいのか?
いや、むしろ自分でも何を言いたいか分からないのかな?
あるいは、まだ考えが言葉という明確な形に固まっていないのかもしれん。
私がマイラールの次の言葉を待っている間に、ディアドラや龍吉、カラヴィス達が〝え?〟と一斉に呟いた。
……うん?
「……あの……」
「ふむ」
どういうわけか、マイラールは私をじっと見つめながら首から上を赤くしていた。
え、なんだこの雰囲気。
こういった女性の反応は、私にも憶えがあるぞ。
これは……いや、まさか、マイラール、そうなのか!?
「少し、考えさせてもらっていいでしょうか……。私自身、今一つ心の整理がついていないと申しますか、分からないというのが正解なのです」
マイラールが口にした思わぬ言葉に、私はほとんど何も考えずに返事をしていた。
「……あ、あー、うん。君の心が定まる時をゆっくりと待つよ」
なんとも微妙な空気が流れる中、カラヴィスが呆然と呟く声だけが、妙にはっきり響く。
「あれ、あれれ? ぼく、敵に塩を送っちゃった感じ? 背中を押しちゃったカンジ? 踏み留まっていた一線を越えさせちゃった?」
ふむ、正直に言って私も理解が追いついていないのだが、どうやらそうらしいぞ、カラヴィス。
†
カラヴィスタワーには、分身体の私と探索に参加した神々、そして塔内で見つかった住人達が、今後の管理体制の検討と内部構造の修正を行う為に残った。
ちなみに、私が竜界に常駐させている分身体は、始原の七竜の一柱――アレキサンダーから言い掛かりをつけられて、なかなか危険な事態に陥っている。
私の妹を自称する彼女は、ドラグサキュバスの誕生に臍を曲げてしまったのだ。以前、カラヴィスとやりあった時よりも危険なくらいであった。
一方、本体であるところの〝私〟は、一部の神々とディアドラ、リネット、レニーア、龍吉、瑠禹を伴ってベルン村へと帰還した。
魔法学院の授業が残っているレニーア、龍宮国をそう長く空けてはいられない龍吉と瑠禹達とは、一旦お別れだ。
とはいえ、普段の彼女らの調子なら、またすぐに顔を合わせられるだろうから、そう寂しい気持ちにはならないで済む。
しかし、レニーアに関しては、あまり頻繁に来られても困る。彼女は〝私離れ〟を少しずつ進めていかねばならないのだ。
そうして、宿に向かうレニーア達と別れ、私とディアドラ、リネットの三人でクリスティーナさんの屋敷に赴いた。
いの一番に私達を出迎えてくれたのは、我がアークレスト王国が誇る最高の魔法使い――アークウィッチことメルルと、私の恋人でバンパイアの元女王、ドラミナだった。
二人は屋敷の中庭の一画に隔離空間を作り、そこで模擬戦を行なっていたようだが、この様子では数日間にわたって戦い続けていたのだろう。
メルルは髪の毛のあちこちが跳ね、激しく魔力を消耗しており、ドラミナの顔からも少しだけ疲労感が滲んでいた。
「あ、ドラン君! お帰りなさい。収穫はあった?」
メルルは二本の愛杖――ディストールを待機状態にして、戦闘態勢を完全に解除している。
精根尽き果てていてもおかしくないのに、胸の内に充足感が満ちている為か、実に活き活きとした様子。
一方、これに付き合わされたドラミナは正反対で、〝ふう〟と、小さな溜息を零す。
バンパイア最強のドラミナの方が、人間の――種としての限界値に近い能力を有するとはいえ――メルルより体力も気力もはるかに上回っているのだが、それでも応えたらしい。
ひとまず、私は来客のメルルに不在を詫びる。
「メルル様、せっかくお訪ねいただきましたのに、留守にしていて申し訳ありませんでした。収穫は……ええ、ありました。利益に繋がるように運用出来るかどうかが、悩みどころです。ドラミナ、ただいま帰ったよ。模擬戦、お疲れ様。メルル様の相手は流石の君でも疲れるかな?」
クリスティーナさんのところに就職したのを契機に、ドラミナはヴェールで顔を隠すのをやめて、代わりに私の造った『アグルルアの腕輪』を日常的に嵌めるようになっていた。
この腕輪は、着用した者の外見を醜く劣化させる力があるのだが、彼女やクリスティーナさんのような美の概念を超えた美女が身につけると〝絶世の美人〟に落ち着く。劣化しても絶世の美人なのだから凄い。
またドレスの方も、ガロアで購入した生地を自分で裁縫したもので、華美さとは縁のない機能性を重視した簡素な意匠だ。これは、領主であるクリスティーナさんよりも質の良い物にならないようにとの配慮からである。
流石にメルルとの模擬戦中は神器の鎧を纏っていたらしく、ドレスに傷や汚れはなかった。
私達の姿を見たドラミナは、疲労の影を拭い去って温かな笑みを浮かべる。
家族の帰りを迎え入れてくれる表情だが、メルルの相手をする人間が増えた事にちょっとだけ安堵してもいただろう。
「ドラン、ディアドラさん、リネット、お帰りなさい。メルル殿はいささか情熱的すぎて、相手をするのに骨が折れるのは確かですね。レニーアさんかドランのどちらかに残っていてもらえば良かったと、何度か思ってしまうほどです」
メルルの相手を任せっきりにしてしまって、すまなかった。後でたくさん労い、慰めてあげなければ。
「君にそこまで言わせるとは……いやはや、メルル様、またの機会がありましたら、もう少し手加減をしていただきたいものですね」
模擬戦が終わって頭が冷えたメルルは、自分がドラミナに無茶な事をさせた自覚を抱いて、ひどく申し訳なさそうに縮こまる。
「い、いやあ……生まれてこのかた、魔法を使った戦いで誰かに負けるなんてなかったから、新鮮で……。どうしてもドラン君やドラミナさんに甘えて模擬戦を申し込んでしまうと言うか、つい頭に血が上ってしまうと申しますか……」
もっとも、今は反省していても、同じ機会が巡ってくれば、また同じ事をしてしまうのだろうな。
この女性は、そういう間違いを繰り返す性格と思えてならないのだ。
「どうぞご自制ください。メルル様は――ご自身にしてみれば窮屈な思いをされる事が多いかもしれませんが――アークレスト王国の国家戦略の要の一つなのですから」
これまで彼女が、耳にタコが出来るくらいに聞かされていただろう事を、とりあえず私も口にした。
年下で、公的な立場も下の私から正論を言われたメルルは、肩を落としてしょんぼりと項垂れる。
ふうむ、戦闘が関わらなければ、素直で聞きわけの良い方なのだがなあ。……実年齢よりも随分子供っぽいけれど。
「はぁい。心掛けます。でも、私だけじゃなくって、ドラン君やドラミナさんにレニーアちゃんも、自制しないといけなくなっちゃうかもしれないよ? 私以上に強いんだから」
「私とドラミナは、メルル様以上とはいかぬまでも、それに準ずる戦力として国王陛下達に認識されていますよ。現在はまだ王国が戦争状態に突入していませんし、メルル様のような特別扱いをされるまでには至っておりません。北に広がる暗黒の荒野からの脅威に対する備えとして、ベルンに留め置いてくださっているのでしょう。あるいは有事の際の切り札として秘匿する意味もあるかもしれませんね」
「そっか、そうなのかなあ? 私は魔法にはちょっと自信あるけれど、国家の戦略とか外交関係とか、分かんないからなあ……。ドラン君がそう言うのなら、きっとそうなんだろうね」
メルルが腕を組んでしみじみと納得する様子に、私もディアドラもドラミナも、揃って笑みを浮かべた。
私達の思いは〝まったくこの方は……〟で統一されていただろう。
ドラミナがそっとメルルの肩に触れて、この場を離れるように促した。その理由は、女性の嗜みとして当然のものであった。
「ではメルル殿、私達は湯殿に参りましょう。屋敷の中に専用の浴場がございますから、ご案内します」
二人とも風呂などに入らずとも、体についた汚れや汗を洗い流す魔法は使えるはずだ。
しかし、数日にわたって閉鎖空間の中に引き籠もって全力戦闘を繰り広げていたのなら、熱い湯に浸かってサッパリした方が精神的に楽になるだろう。
身だしなみの観点からも、その方が良いわな。
メルルはドラミナの提案を受けて、ようやく自分が一度も体を綺麗にせずに、模擬戦を続けていた事を思い出したらしい。急に乱れた髪を手で押さえたり、体の臭いを気にしたりしはじめた。
一応、まだ自分が女性であるという認識は捨てきっていないようだ。だからこそ、結婚を諦めきれずに、時々おっかない視線を私に向けてくるのだろうなあ。
「あわわ、そういえばそうだった! じゃ、じゃあ、ドラン君、ディアドラさん、リネットちゃん、また後でね。ドラミナさん、よろしくお願いします」
「ええ。ドラン、クリスティーナさんやセリナさん達が首を長くして待っていますから、早く行ってあげてくださいね」
「ああ、承知しているとも。メルル様を頼むよ。ゆっくりと湯船に浸かって、疲れを洗い流してくるといい」
しきりに自分の体臭を気にして恥ずかしがるメルルの背中を押しながら、ドラミナがにこやかな顔のまま浴場に向かった。
残された私達も、これから主君と客人の前に顔を出すので、一度身だしなみを整える必要がある。
クリスティーナさんと私達の間柄とはいえ、こういった常識を身につけておかねば、意外な時に恥を晒す羽目になってしまうから、気を付けないとね。
特に、今屋敷を訪れている客人のアムリアは、ロマル帝国の皇帝に連なる女性で、王国が保護している賓客にあたる。万が一にも失礼があってはいけない。
アムリア達と久しぶりの再会を喜ぶのは、クリスティーナさんに塔の調査報告を済ませてからだ。
執務室では、セリナとクリスティーナさんの二人が私達の帰還を待ち構えていた。
調査の為にほんの数日離れていただけだが、やはり愛しい二人の顔を見られると、心の中で安堵の感情が津波のように広がる。
「ドランさん、ディアドラさん、リネットちゃん、お帰りなさい!」
「お疲れ様。もうドラミナさんとは顔を合わせて来たか?」
満面の笑みを浮かべるセリナと、はにかむクリスティーナさんに手を上げて軽く挨拶を返す。
「ああ。先程メルルと一緒にね。ドラミナは随分と疲れていた様子だ。一人でずっとメルルの相手をさせられたらしい。メルルは妙な気迫に満ちていたから、ドラミナも模擬戦を切り上げにくかったのだろうね」
私は、余人の耳がないのを確認してから、早速タワーについての調査報告を始める事にした。
この場に居る面々での情報共有は重要である。
現在もタワーを調査中の分身体の方から次々と情報が入ってくるが、これらを王国側に提出出来る内容に纏め直す作業は骨が折れそうだしな。
「カラヴィスのした事に関しては、ベルン村を出立する前に聴取した内容から色々と予想はしていたのだが、実像はやはり予想以上だった」
領主一年目のクリスティーナさんにしてみれば、なんとも頭の痛い一大宗教的爆弾が放り込まれてしまった形になる。
私達を含めてこれから大変だぞ。……本当に。
「……現地にはカラヴィスが造った巨大な塔が立っていた。すぐにケイオスとマイラールが内部のモノが外に出ないように防壁を築いてくれたので、外部に脅威が漏れる可能性はない。その点は安心してくれていい。おそらく王都アレクラフティアからでも見えるほどに巨大な建築物だが、遠くから見えないように処置がされているそうだ。カラヴィスは〝景観を損ねたら、私に怒られると思った〟と言っていたよ。そこまで思い至るのならば、建てる前に相談してほしかったものだけれど。それと、今もケイオスやカラヴィス達、私の分身体が現地に残って情報収集を行なっている」
私はベルン村に戻る道中で纏めた調査結果の書類を取り出し、クリスティーナさんとセリナに手渡す。
「これが、現在判明している調査内容だよ」
早速書類を読みはじめた二人は、次第に眉間に皺を寄せて、苦虫を噛み潰したような表情へと変わっていく。
大邪神が築き上げ、大神二柱が防壁を建てたという事実が、どれだけの厄介事となるか、そして、それを帳消しにする利益をもたらすのがどれほど大変か、即座に理解したのだろう。
書類から視線を引き剥がした――こう表現する他ない――クリスティーナさんが、至極真面目な顔で私にこう言った。
「どうしよう、ドラン。ドラミナさんあたりに対処を丸投げしたくて仕方がないのだが」
まったく、領主に就任して間もないのに、いきなり自分の仕事を投げ出そうとするとは……
しかし、その気持ちも分からなくはない。
私は穏やかな声音で彼女に語りかける。
「遠からず、ガロアや王国、国外の各教団からも調査希望の人達が来るだろう。その対応は領主でもあるクリスティーナさんでなければ釣り合わないよ。私も同席するから、今のうちからそう暗い顔をしないで」
「ううん、そうだな……上手く扱えればかなり美味しい思いが出来るかもしれないと考えよう」
そう言って、クリスティーナさんは二振りの愛剣のうちの一つ、かつて私を殺した剣――ドラッドノートを弄ぶ。
応援ありがとうございます!
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