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4巻
4-3
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「わははははっ! 私の魔法にっ、学生などが敵うわけなかろうが!」
「魔王……」
今度は聞こえないように、さらに小声でアリーシャはつぶやいた。
「こうなったら……」
「アレク君?」
アレクの様子が変わったので、近くにいたシオンが首を傾げる。
どうするつもりかと見ていると、アレクが魔力を大量に集め始めたのでギョッとした。
「あああアレク君! そんな大きな魔法使ったら、壊れるのは氷だけじゃ済まないよ~っ!」
「……あ」
そこでアレクは思い出した。
大きな魔法を使えば、カラーリングの魔法が解ける可能性があるということを。
仕方なく、アレクは魔力を霧散させた。
「……ほっ」
横で安堵の息をつくシオン。
といっても、他に手段がないのは確かだ。
「ど、どうしよう……」
「う~ん……じゃあ、ライアンと協力しよう」
アレクは何かを思いついたらしい。
「ライアン君と? でも、ライアン君どこにいるんだろ……」
「多分、あれだと思う」
アレクが指をさした先には、大きな火柱が上がっていた。
炎の魔法が得意なライアンのことだ、氷を溶かそうとしているのだろう。
アレクが火柱のほうに近づいていくと、案の定、ライアンがいた。
「ライアン、ちょっといい?」
「んあ? アレクか!」
「協力してほしいんだ」
「おお! 何するんだ?」
ライアンに協力してもらえば、カラーリングが解けるほどの大魔法を使わずに済むだろうとは思ったが、具体的な方法までは考えていなかった。
しばし考えて、アレクはこんな提案をした。
「魔力を圧縮した炎を氷の中に入れて、爆発させるっていうのはどうかな」
「……よくわかんないけど、いいと思う!」
あまり深く考えることなく、ライアンは了承した。
アレクの魔法とライアンの魔法により、魔力の圧縮された小さな火種が生まれる。
「これをこう、組み合わせて……」
アレクとライアンの魔法が絡み合い、氷のもとへ下りていく。
直接炎が当たった僅かな部分だけ、氷が溶けた。それを慎重に、どんどん深く下ろす。
「ま、まだか? 俺、細かい作業は苦手なんだよ……」
「もうちょっと」
そして氷の真ん中の深さまで下ろし、アレクはライアンに「いいよ」と言った。
「よっしゃー! やるぜ!」
そこでライアンの魔力が一気に放たれ、炎が爆発する。
ドォオオオオオオンッ! という大きな音とともに、氷の全方面にヒビが入った。
「な、なんだなんだ!?」
「玉が取れるようになったぞー!」
周りの生徒がこれに便乗して玉を拾い始める。
「やったねライアン! ……ライアン?」
「ご、ごめん。こんなに魔力使ったの久々で……ちょっと休憩」
「うん! ありがとうねライアン!」
アレクはライアンに礼を言って、自分も玉を拾った。
「おっりゃああああっ!」
「わわっ!? 危ないってば!」
「ごめん!」
「一個も入らない~!」
氷が溶けて玉が取れるようにはなったが、生徒達は網に入れられずにいた。
それもそのはず、網がとんでもなく高い位置にあり、普通に投げても届かない。
ユリーカは思案した後、とある提案をする。
「これ……身体強化のスキルを使ってどうにかならないかしら」
「……!」
「それだそれだ!」
ユリーカの提案に周りが一斉に賛成し、早速試してみる。
生徒達は〔身体強化〕を使って高く飛び、網に玉を入れることに成功した。
「よっしゃあ!」
「いけるぞ!」
そんな生徒達の様子を、残念そうに見守る学園長。
「……入らないように工夫したのに」
「入らないようにしたんですか!?」
アリーシャの驚きの叫び声に「ああ……」と、心ここにあらずといった返事をする学園長。
これにはアリーシャも怒らずにはいられなかった。
「学園長! 教育者らしからぬ行動ですよ! 鬼畜ですか!?」
「知らん! 作っちゃったんだからもういいだろ!」
「あ、アリー先輩」
アリーシャが学園長と口論していると、遠慮がちに声をかけられた。
「ハンナ?」
「玉が色んな方向に……」
ハンナが指さす先には、生徒達の揉める姿があった。投げ入れる玉が勢いあまって他の生徒に激突し、それを受けた生徒が仕返しに玉を投げる。もはやクラス対抗の大喧嘩だ。
「いてぇよ!! 何すんだ!!」
「そっちが先に投げたんでしょ!?」
「誰だ! 石投げてきた奴!!」
それを見て、学園長は口角を吊り上げる。
「ほほう、これはなかなか面白い展開に……」
「放送係! ストップ! ストップかけて!」
アリーシャの耳をつんざくほどの大声で、放送係は慌ててストップをかける。
『ここで出ましたストップです! 皆さん、落ち着いて!』
「このやろう!」
「やるのかっ!?」
しかし、頭に血が上っている生徒達が放送係の指示を聞くわけがない。
被害を受けないように、温厚な生徒達は争いの場から離れる。
そのグループの中に入ったアレクは、先ほどまで突っ伏していたはずのライアンがいないことに気づいた。
「ライアン……何やってるの」
ライアンはいつの間にか喧嘩グループに入り、楽しそうに玉を投げている。
玉入れというより、もはや玉投げだ。
『ストップーーーっ!』
放送係の叫び声が虚しく響いた。
『えー、問題が起きましたので……初等部はクラスに与えられる賞品ナシです!』
「「「えええ~!!」」」
『文句を言うなら、早めに喧嘩をやめればよかったんですよ』
放送係の言葉に初等部の生徒達が不満を漏らすが、これには反論できない。
生徒達は、仕方なく引き下がった。
第三話 アレク、宝探しをする
その後、中等部、高等部と玉入れの競技が終わり、次は委員会ごとの勝負となる。
『次は、委員会対抗戦です。まだ委員会に所属していない生徒は待機してください。競技に参加する生徒は集合をお願いします』
初等部一年の生徒はまだ委員会に所属していないので、その場で待機である。
二年生のアレク達は、それぞれの委員会に分かれた。
『では、今回の競技の説明に移ります』
競技の内容が一番の問題だ。固唾を呑んで待つ生徒達に、放送係は続けた。
『皆さんには、迷路に挑んでいただきます。競技開始の合図の後、すぐに学園長先生の魔法で迷路ができますので、それぞれの委員会で協力して旅行券を探してください。それをどこかにいる学園長先生に届けたらゴールです。ちなみに、迷路の中で得られるものの奪い合いはありですけど、怪我には充分気をつけてくださいねー』
一応、魔法研究委員会にも太刀打ちはできそうな内容だ。
ほっとするアレクに、隣にいるヴィエラが声をかける。
「アレク君、頑張ろうね」
「ヴィエラちゃん……うん、頑張ろう!」
『それでは! 始め!』
放送係の声が響いたかと思えば、地面から木が恐ろしい勢いで伸びて、それぞれの委員会を別々に隔離した。
「これは……」
驚きを隠せないヴィエラに、レイルは目を見開きつつもすぐに気を取り直して説明する。
「僕が初等部の生徒だった時、こんな風に迷路をやったことがあるんだよね。運動場が滅茶苦茶に荒れて、終わった後の整備が大変なのに……何というか、さすが学園長先生」
「学園長先生はどれだけの魔力があるのでしょう……とても気になりますわ」
「木の魔法が得意みたいだから、学園長先生には簡単なのかもね。さあ、急ごう。優勝狙うなら誰よりも頑張らないと」
「れ、レイル先輩。優勝って……!」
どこか諦めた様子だったはずのレイルが、「優勝」を口にした。
そのことに感極まるアレクに、レイルは笑う。
「僕にとって……それに、ベッキーにとっても最後の体育祭だからね。楽しまないと」
「……っ、はい!」
こうしてアレク達の迷路競技は幕を開けた。
「う~ん……にしても、宝箱か何かに入ってるのかな? 旅行券って」
アレクは眉根を寄せつつ、そうつぶやいた。
宝探しと言われても、ヒントは何もない。とにかくその何かを探すために、アレク達は歩き続ける。
開始から間もなく、早速ヴィエラが何かを発見した。
「……鳥が、パネルを咥えてます」
「鳥?」
アレクがヴィエラの指さす方を見てみると、切り株の上に小鳥がちょこんととまっていた。
普通の小鳥なら怯えてすぐに逃げるはずだが、その小鳥はじっ……とヴィエラを見上げている。
アレクはその黄色い羽毛を見て、「あ」と声を上げた。
「この子、アリーシャ先生の召喚獣だ」
「えっ?」
「ピッ、ピルルル……ピッピッ!」
アリーシャの召喚獣である小鳥――レモンが、ぐいぐいとアレクにパネルを押しつける。
小さなパネルで掴みにくく、焦ってしまったこともあって落としそうになった。
「こ、これ、貰っていいの?」
「ピュルッ!」
アレクが受け取ったことを確認し、レモンは勢いよく羽ばたいていった。
レイルがそのパネルを横から覗き込む。
「えーっと、『かの宝、とある木陰に隠れし』だって」
「そのパネルにはどうやらヒントが載っているみたいですわね。木陰……って、木が多すぎてわかりませんわ」
とにかく、どこかの木の近くに隠れていることはわかったが、周りは木々ばかりでどこを探せばいいのかわからない。
「……きっと、これはパネルを集めて宝探しをする競技なんだな」
「じゃあ召喚獣を探しましょう! アリーシャ先生の召喚獣がパネルをくれたわけですし……他にもパネルを持っている召喚獣がいるはずです!」
アレク達はそれから、召喚獣を探し回った。
そこそこの数のパネルが集まったところで、一旦、ヒントを整理することにする。
「『窪みに隠れしもの』って、ヒントになってなくない? 何の窪みなのかがまずわからないな」
「ヒントに何か繋がりがあるのでしょうが……わかりにくいものばかりですね」
落胆するレイルとレベッカの言葉通り、漠然とした内容のヒントが多い。
「確実に示されているのはこれだけです」
ヴィエラが一枚のパネルを手に取り、それを読み上げる。
「『北から四番目の木に宝はある』ですって。といっても、北まで行かなきゃわからないですね」
迷路がだんだん広くなっていく錯覚を覚えながら、ヴィエラはため息をつく。
その時、複数の足音が近づいてきていることにレベッカが気づいた。
「……誰か来ますわね」
「あーっ! 魔法研究委員会っ!!」
「げっ、情報配信委員会……」
レイルがこぼした情報配信委員会とは、新聞を作って各教室に届けている委員会だ。
他の委員会に比べて所属する人数が多いため、宝探しでは有利だろう。
アレクはそう考えたところで、情報配信委員会の先頭にいる眼鏡をかけた男子生徒が、パネルを持っていることに気づく。
「……あっ、パネル」
思わず口に出すと、眼鏡の男子生徒はアレク達のパネルに目を留めた。
「下手な潰し合いはしたくない。大人しくパネルを渡してくれないか」
「嫌ですわ」
レベッカが即答すると、眼鏡の男子生徒は続ける。
「この人数差で勝ち目があるとでも?」
「あるかもしれない……ですわ」
「……ん?」
そこで眼鏡の男子生徒は何かに気づいたらしく、レベッカに急接近した。
困惑するレベッカを、男子生徒はじろじろと見る。
「な、何ですの!?」
「……あなたは、レベッカさんじゃないですか。前からマウロス家の取材、したかったんですよ」
「お断りします! お話しすることなど何もございませんわ!」
はっきりと拒絶され、眼鏡の男子生徒は、今度は脇にいたアレクに目をつけた。
「君は、アレク・サルト君だね? 君のお兄さんやお姉さんには秘密が多い。ぜひ取材を……」
「む、無理です!」
レイルの後ろに隠れようとしたが、その前に眼鏡の男子生徒にがっちりと手を握られてしまう。
じっと見据える視線が鋭く、落ち着いた口調ではあるが、静かに燃える熱意が怖い。
隠さなければいけないことまで喋ってしまいそうだ。
どうしよう、と思ったその時。
バキィッ!
「へ」
木をなぎ倒してやってきたその人物は、眼鏡の男子生徒の腕をがっしりと掴む。
「……忠告だ。その手を放せ、今すぐに。でないとへし折るぞ、この野郎」
「にっ、兄様っ? それに、姉様?」
状況をややこしくしそうな、アレクの兄と姉が現れた。
◆ ◆ ◆
時はおよそ五分前まで遡る。
この競技にはもちろん生徒会も参加するので、ガディやエルルも参加せざるをえなかった。
生徒会長のリリーナは、急に木々が現れ他の委員会と隔離されたことに驚きはしたものの、冷静に指示を出す。
「みんな、宝は絶対どこかにあって、手がかりだってあるはずよ。手分けして探しましょう」
「はい!」
「わかりました、会長!」
生徒会メンバーは素早くその場を離れる――唯一の例外である、二人を除いて。
「あなた達! 何やってるの!?」
木々の陰で蹲り、コソコソと何かをしている双子にリリーナは怒声を上げた。
よく見てみると、ガディとエルルはパン食い競争でくすねたパンを分け合っているようだ。
二人はパンを食べながら、なぜか偉そうな呆れ顔でリリーナを睨む。
「何って……見てわからないか?」
「今やることじゃないでしょ!」
ガディの言葉に、リリーナは即座に言い返した。
「学園って、こういうところにお金を使ってくれるのね。美味しいわ。でも、ほとんどのパンは燃え尽きてしまったからもったいないわね」
炎のパン食い競争を楽しめるのは、規格外なSSSランク冒険者の二人だけだろう。
パン食い競争に出たのはガディだったが、炎が全てのコースを包みきる前に普通に走ってパンを掴み、余裕でゴールしたのは見ものであった。
しかも、スキルも魔法も使わず、自身の身体能力のみでそれを成し遂げたのである。
リリーナもそのことには驚いたが、今はパンなど食べないでほしい。
こめかみを押さえつつ、どこか演技がかった口調で話す。
「そうね。私、学習したわ。あなた達に何を言っても無駄。アレク君の言うことしか聞かないって」
「よくわかってるじゃないか」
「……アレク君を探さなくていいの?」
「「ム?」」
パンをちぎる二人の手が不意に止まる。
リリーナの一言で、ガディとエルルの妄想が一気に広がった。
もしかしたら、アレクは迷子になっているかもしれない。
自分達の名前を呼んで、泣いているかもしれない。
おかしな連中に絡まれて、助けを求めているかもしれない。
――行かねば。
先ほどまでのサボりがまるで嘘であったかのように、二人はスクッと立ち上がる。
「探すわよ」
「おう」
「……ちょろい」
ガディとエルルの扱いに慣れてきたリリーナは、フフンと鼻で笑った。
しかし、その余裕の笑みは一気に消え失せることとなる。
ピクッとガディが何かに反応して、恐ろしい勢いで振り返った。
リリーナは驚き、その剣幕にゾッとする。
「ど……どうしたの?」
「アレクの、声が聞こえた」
「え?」
アレクの声など、リリーナの耳には全く聞こえていない。
ガディの言葉に反応して、ガディが向いた方角へエルルがスキル〔探知〕を発動する。
「いたわ。このまま真っ直ぐよ。……誰かに囲まれてる?」
「急ぐぞ」
「えっ?」
ボヒュンッ!
風を切る音とともに、二人は姿を消した。
「…………ん?」
残されたリリーナは目の前の光景を信じられず、思わず自分の目を擦る。
先ほどまで二人が見つめていた方向に目を向ければ、そこには無残になぎ倒された木々の残骸があった。
ガディとエルルは、邪魔な木々を倒しながらアレクのいる場所まで最短距離で向かったのだ。
リリーナは、しばらく呆然と見つめる。
間一髪で避けたであろう教師の召喚獣達が涙目で震えているのに気づき、魂が抜けそうになった。
しかし、そこはさすが生徒会長でしっかり者のリリーナ。気を取り直し、生徒会のメンバーに号令をかける。
「ぜっ、全員集合! 急いで追いかけるわよ! ついでにパネルを回収!」
「!?」
「追いかけるって、何をですか!?」
「あのトンチンカンどもよ!」
「……またですか」
何であの二人は生徒会に入れたんだ、と不思議に思うメンバー達。
ガディとエルルは生徒会に望んで入ったわけではなく、学園長に強引に入れられただけなので、真面目に仕事をしない。生徒会メンバーはそのせいで二人に振り回される羽目となった。
頭痛と胃痛に耐えて、リリーナはガディとエルルの後を追いかけた。
「魔王……」
今度は聞こえないように、さらに小声でアリーシャはつぶやいた。
「こうなったら……」
「アレク君?」
アレクの様子が変わったので、近くにいたシオンが首を傾げる。
どうするつもりかと見ていると、アレクが魔力を大量に集め始めたのでギョッとした。
「あああアレク君! そんな大きな魔法使ったら、壊れるのは氷だけじゃ済まないよ~っ!」
「……あ」
そこでアレクは思い出した。
大きな魔法を使えば、カラーリングの魔法が解ける可能性があるということを。
仕方なく、アレクは魔力を霧散させた。
「……ほっ」
横で安堵の息をつくシオン。
といっても、他に手段がないのは確かだ。
「ど、どうしよう……」
「う~ん……じゃあ、ライアンと協力しよう」
アレクは何かを思いついたらしい。
「ライアン君と? でも、ライアン君どこにいるんだろ……」
「多分、あれだと思う」
アレクが指をさした先には、大きな火柱が上がっていた。
炎の魔法が得意なライアンのことだ、氷を溶かそうとしているのだろう。
アレクが火柱のほうに近づいていくと、案の定、ライアンがいた。
「ライアン、ちょっといい?」
「んあ? アレクか!」
「協力してほしいんだ」
「おお! 何するんだ?」
ライアンに協力してもらえば、カラーリングが解けるほどの大魔法を使わずに済むだろうとは思ったが、具体的な方法までは考えていなかった。
しばし考えて、アレクはこんな提案をした。
「魔力を圧縮した炎を氷の中に入れて、爆発させるっていうのはどうかな」
「……よくわかんないけど、いいと思う!」
あまり深く考えることなく、ライアンは了承した。
アレクの魔法とライアンの魔法により、魔力の圧縮された小さな火種が生まれる。
「これをこう、組み合わせて……」
アレクとライアンの魔法が絡み合い、氷のもとへ下りていく。
直接炎が当たった僅かな部分だけ、氷が溶けた。それを慎重に、どんどん深く下ろす。
「ま、まだか? 俺、細かい作業は苦手なんだよ……」
「もうちょっと」
そして氷の真ん中の深さまで下ろし、アレクはライアンに「いいよ」と言った。
「よっしゃー! やるぜ!」
そこでライアンの魔力が一気に放たれ、炎が爆発する。
ドォオオオオオオンッ! という大きな音とともに、氷の全方面にヒビが入った。
「な、なんだなんだ!?」
「玉が取れるようになったぞー!」
周りの生徒がこれに便乗して玉を拾い始める。
「やったねライアン! ……ライアン?」
「ご、ごめん。こんなに魔力使ったの久々で……ちょっと休憩」
「うん! ありがとうねライアン!」
アレクはライアンに礼を言って、自分も玉を拾った。
「おっりゃああああっ!」
「わわっ!? 危ないってば!」
「ごめん!」
「一個も入らない~!」
氷が溶けて玉が取れるようにはなったが、生徒達は網に入れられずにいた。
それもそのはず、網がとんでもなく高い位置にあり、普通に投げても届かない。
ユリーカは思案した後、とある提案をする。
「これ……身体強化のスキルを使ってどうにかならないかしら」
「……!」
「それだそれだ!」
ユリーカの提案に周りが一斉に賛成し、早速試してみる。
生徒達は〔身体強化〕を使って高く飛び、網に玉を入れることに成功した。
「よっしゃあ!」
「いけるぞ!」
そんな生徒達の様子を、残念そうに見守る学園長。
「……入らないように工夫したのに」
「入らないようにしたんですか!?」
アリーシャの驚きの叫び声に「ああ……」と、心ここにあらずといった返事をする学園長。
これにはアリーシャも怒らずにはいられなかった。
「学園長! 教育者らしからぬ行動ですよ! 鬼畜ですか!?」
「知らん! 作っちゃったんだからもういいだろ!」
「あ、アリー先輩」
アリーシャが学園長と口論していると、遠慮がちに声をかけられた。
「ハンナ?」
「玉が色んな方向に……」
ハンナが指さす先には、生徒達の揉める姿があった。投げ入れる玉が勢いあまって他の生徒に激突し、それを受けた生徒が仕返しに玉を投げる。もはやクラス対抗の大喧嘩だ。
「いてぇよ!! 何すんだ!!」
「そっちが先に投げたんでしょ!?」
「誰だ! 石投げてきた奴!!」
それを見て、学園長は口角を吊り上げる。
「ほほう、これはなかなか面白い展開に……」
「放送係! ストップ! ストップかけて!」
アリーシャの耳をつんざくほどの大声で、放送係は慌ててストップをかける。
『ここで出ましたストップです! 皆さん、落ち着いて!』
「このやろう!」
「やるのかっ!?」
しかし、頭に血が上っている生徒達が放送係の指示を聞くわけがない。
被害を受けないように、温厚な生徒達は争いの場から離れる。
そのグループの中に入ったアレクは、先ほどまで突っ伏していたはずのライアンがいないことに気づいた。
「ライアン……何やってるの」
ライアンはいつの間にか喧嘩グループに入り、楽しそうに玉を投げている。
玉入れというより、もはや玉投げだ。
『ストップーーーっ!』
放送係の叫び声が虚しく響いた。
『えー、問題が起きましたので……初等部はクラスに与えられる賞品ナシです!』
「「「えええ~!!」」」
『文句を言うなら、早めに喧嘩をやめればよかったんですよ』
放送係の言葉に初等部の生徒達が不満を漏らすが、これには反論できない。
生徒達は、仕方なく引き下がった。
第三話 アレク、宝探しをする
その後、中等部、高等部と玉入れの競技が終わり、次は委員会ごとの勝負となる。
『次は、委員会対抗戦です。まだ委員会に所属していない生徒は待機してください。競技に参加する生徒は集合をお願いします』
初等部一年の生徒はまだ委員会に所属していないので、その場で待機である。
二年生のアレク達は、それぞれの委員会に分かれた。
『では、今回の競技の説明に移ります』
競技の内容が一番の問題だ。固唾を呑んで待つ生徒達に、放送係は続けた。
『皆さんには、迷路に挑んでいただきます。競技開始の合図の後、すぐに学園長先生の魔法で迷路ができますので、それぞれの委員会で協力して旅行券を探してください。それをどこかにいる学園長先生に届けたらゴールです。ちなみに、迷路の中で得られるものの奪い合いはありですけど、怪我には充分気をつけてくださいねー』
一応、魔法研究委員会にも太刀打ちはできそうな内容だ。
ほっとするアレクに、隣にいるヴィエラが声をかける。
「アレク君、頑張ろうね」
「ヴィエラちゃん……うん、頑張ろう!」
『それでは! 始め!』
放送係の声が響いたかと思えば、地面から木が恐ろしい勢いで伸びて、それぞれの委員会を別々に隔離した。
「これは……」
驚きを隠せないヴィエラに、レイルは目を見開きつつもすぐに気を取り直して説明する。
「僕が初等部の生徒だった時、こんな風に迷路をやったことがあるんだよね。運動場が滅茶苦茶に荒れて、終わった後の整備が大変なのに……何というか、さすが学園長先生」
「学園長先生はどれだけの魔力があるのでしょう……とても気になりますわ」
「木の魔法が得意みたいだから、学園長先生には簡単なのかもね。さあ、急ごう。優勝狙うなら誰よりも頑張らないと」
「れ、レイル先輩。優勝って……!」
どこか諦めた様子だったはずのレイルが、「優勝」を口にした。
そのことに感極まるアレクに、レイルは笑う。
「僕にとって……それに、ベッキーにとっても最後の体育祭だからね。楽しまないと」
「……っ、はい!」
こうしてアレク達の迷路競技は幕を開けた。
「う~ん……にしても、宝箱か何かに入ってるのかな? 旅行券って」
アレクは眉根を寄せつつ、そうつぶやいた。
宝探しと言われても、ヒントは何もない。とにかくその何かを探すために、アレク達は歩き続ける。
開始から間もなく、早速ヴィエラが何かを発見した。
「……鳥が、パネルを咥えてます」
「鳥?」
アレクがヴィエラの指さす方を見てみると、切り株の上に小鳥がちょこんととまっていた。
普通の小鳥なら怯えてすぐに逃げるはずだが、その小鳥はじっ……とヴィエラを見上げている。
アレクはその黄色い羽毛を見て、「あ」と声を上げた。
「この子、アリーシャ先生の召喚獣だ」
「えっ?」
「ピッ、ピルルル……ピッピッ!」
アリーシャの召喚獣である小鳥――レモンが、ぐいぐいとアレクにパネルを押しつける。
小さなパネルで掴みにくく、焦ってしまったこともあって落としそうになった。
「こ、これ、貰っていいの?」
「ピュルッ!」
アレクが受け取ったことを確認し、レモンは勢いよく羽ばたいていった。
レイルがそのパネルを横から覗き込む。
「えーっと、『かの宝、とある木陰に隠れし』だって」
「そのパネルにはどうやらヒントが載っているみたいですわね。木陰……って、木が多すぎてわかりませんわ」
とにかく、どこかの木の近くに隠れていることはわかったが、周りは木々ばかりでどこを探せばいいのかわからない。
「……きっと、これはパネルを集めて宝探しをする競技なんだな」
「じゃあ召喚獣を探しましょう! アリーシャ先生の召喚獣がパネルをくれたわけですし……他にもパネルを持っている召喚獣がいるはずです!」
アレク達はそれから、召喚獣を探し回った。
そこそこの数のパネルが集まったところで、一旦、ヒントを整理することにする。
「『窪みに隠れしもの』って、ヒントになってなくない? 何の窪みなのかがまずわからないな」
「ヒントに何か繋がりがあるのでしょうが……わかりにくいものばかりですね」
落胆するレイルとレベッカの言葉通り、漠然とした内容のヒントが多い。
「確実に示されているのはこれだけです」
ヴィエラが一枚のパネルを手に取り、それを読み上げる。
「『北から四番目の木に宝はある』ですって。といっても、北まで行かなきゃわからないですね」
迷路がだんだん広くなっていく錯覚を覚えながら、ヴィエラはため息をつく。
その時、複数の足音が近づいてきていることにレベッカが気づいた。
「……誰か来ますわね」
「あーっ! 魔法研究委員会っ!!」
「げっ、情報配信委員会……」
レイルがこぼした情報配信委員会とは、新聞を作って各教室に届けている委員会だ。
他の委員会に比べて所属する人数が多いため、宝探しでは有利だろう。
アレクはそう考えたところで、情報配信委員会の先頭にいる眼鏡をかけた男子生徒が、パネルを持っていることに気づく。
「……あっ、パネル」
思わず口に出すと、眼鏡の男子生徒はアレク達のパネルに目を留めた。
「下手な潰し合いはしたくない。大人しくパネルを渡してくれないか」
「嫌ですわ」
レベッカが即答すると、眼鏡の男子生徒は続ける。
「この人数差で勝ち目があるとでも?」
「あるかもしれない……ですわ」
「……ん?」
そこで眼鏡の男子生徒は何かに気づいたらしく、レベッカに急接近した。
困惑するレベッカを、男子生徒はじろじろと見る。
「な、何ですの!?」
「……あなたは、レベッカさんじゃないですか。前からマウロス家の取材、したかったんですよ」
「お断りします! お話しすることなど何もございませんわ!」
はっきりと拒絶され、眼鏡の男子生徒は、今度は脇にいたアレクに目をつけた。
「君は、アレク・サルト君だね? 君のお兄さんやお姉さんには秘密が多い。ぜひ取材を……」
「む、無理です!」
レイルの後ろに隠れようとしたが、その前に眼鏡の男子生徒にがっちりと手を握られてしまう。
じっと見据える視線が鋭く、落ち着いた口調ではあるが、静かに燃える熱意が怖い。
隠さなければいけないことまで喋ってしまいそうだ。
どうしよう、と思ったその時。
バキィッ!
「へ」
木をなぎ倒してやってきたその人物は、眼鏡の男子生徒の腕をがっしりと掴む。
「……忠告だ。その手を放せ、今すぐに。でないとへし折るぞ、この野郎」
「にっ、兄様っ? それに、姉様?」
状況をややこしくしそうな、アレクの兄と姉が現れた。
◆ ◆ ◆
時はおよそ五分前まで遡る。
この競技にはもちろん生徒会も参加するので、ガディやエルルも参加せざるをえなかった。
生徒会長のリリーナは、急に木々が現れ他の委員会と隔離されたことに驚きはしたものの、冷静に指示を出す。
「みんな、宝は絶対どこかにあって、手がかりだってあるはずよ。手分けして探しましょう」
「はい!」
「わかりました、会長!」
生徒会メンバーは素早くその場を離れる――唯一の例外である、二人を除いて。
「あなた達! 何やってるの!?」
木々の陰で蹲り、コソコソと何かをしている双子にリリーナは怒声を上げた。
よく見てみると、ガディとエルルはパン食い競争でくすねたパンを分け合っているようだ。
二人はパンを食べながら、なぜか偉そうな呆れ顔でリリーナを睨む。
「何って……見てわからないか?」
「今やることじゃないでしょ!」
ガディの言葉に、リリーナは即座に言い返した。
「学園って、こういうところにお金を使ってくれるのね。美味しいわ。でも、ほとんどのパンは燃え尽きてしまったからもったいないわね」
炎のパン食い競争を楽しめるのは、規格外なSSSランク冒険者の二人だけだろう。
パン食い競争に出たのはガディだったが、炎が全てのコースを包みきる前に普通に走ってパンを掴み、余裕でゴールしたのは見ものであった。
しかも、スキルも魔法も使わず、自身の身体能力のみでそれを成し遂げたのである。
リリーナもそのことには驚いたが、今はパンなど食べないでほしい。
こめかみを押さえつつ、どこか演技がかった口調で話す。
「そうね。私、学習したわ。あなた達に何を言っても無駄。アレク君の言うことしか聞かないって」
「よくわかってるじゃないか」
「……アレク君を探さなくていいの?」
「「ム?」」
パンをちぎる二人の手が不意に止まる。
リリーナの一言で、ガディとエルルの妄想が一気に広がった。
もしかしたら、アレクは迷子になっているかもしれない。
自分達の名前を呼んで、泣いているかもしれない。
おかしな連中に絡まれて、助けを求めているかもしれない。
――行かねば。
先ほどまでのサボりがまるで嘘であったかのように、二人はスクッと立ち上がる。
「探すわよ」
「おう」
「……ちょろい」
ガディとエルルの扱いに慣れてきたリリーナは、フフンと鼻で笑った。
しかし、その余裕の笑みは一気に消え失せることとなる。
ピクッとガディが何かに反応して、恐ろしい勢いで振り返った。
リリーナは驚き、その剣幕にゾッとする。
「ど……どうしたの?」
「アレクの、声が聞こえた」
「え?」
アレクの声など、リリーナの耳には全く聞こえていない。
ガディの言葉に反応して、ガディが向いた方角へエルルがスキル〔探知〕を発動する。
「いたわ。このまま真っ直ぐよ。……誰かに囲まれてる?」
「急ぐぞ」
「えっ?」
ボヒュンッ!
風を切る音とともに、二人は姿を消した。
「…………ん?」
残されたリリーナは目の前の光景を信じられず、思わず自分の目を擦る。
先ほどまで二人が見つめていた方向に目を向ければ、そこには無残になぎ倒された木々の残骸があった。
ガディとエルルは、邪魔な木々を倒しながらアレクのいる場所まで最短距離で向かったのだ。
リリーナは、しばらく呆然と見つめる。
間一髪で避けたであろう教師の召喚獣達が涙目で震えているのに気づき、魂が抜けそうになった。
しかし、そこはさすが生徒会長でしっかり者のリリーナ。気を取り直し、生徒会のメンバーに号令をかける。
「ぜっ、全員集合! 急いで追いかけるわよ! ついでにパネルを回収!」
「!?」
「追いかけるって、何をですか!?」
「あのトンチンカンどもよ!」
「……またですか」
何であの二人は生徒会に入れたんだ、と不思議に思うメンバー達。
ガディとエルルは生徒会に望んで入ったわけではなく、学園長に強引に入れられただけなので、真面目に仕事をしない。生徒会メンバーはそのせいで二人に振り回される羽目となった。
頭痛と胃痛に耐えて、リリーナはガディとエルルの後を追いかけた。
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