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6巻
6-2
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第二話 東の集落
翌日の朝。
学園長室にて、フィースは優雅にお茶を啜っていた。
今日の学園長は、アレクと同じ年頃の少女の姿だ。重厚な椅子にその幼い姿はいまいち合っていないが、それは置いておく。
いつもなら書類仕事をしてくれと突撃してくる教師達も、冬休みばかりは静かなものである。
このまま穏やかな一日になることを願っていた学園長だったが、ふと妙な胸騒ぎを覚えた。昨日、アレクが連れてきた少女がどうも引っかかる。
厄介事の匂いがする――そんなことを考えていると、ノックもなく学園長室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、アレクの姉であるエルルだ。
「いつも急だな、君は」
「私とガディ、アレクは救世主になったから」
「え?」
「ということで、しばらくいなくなるから、よろしく」
「待て待て待て待て待て待て」
説明不足にも程がある。
用件だけ伝えて去ろうとするエルルを、学園長は慌てて引き止めた。
鬱陶しそうな表情でこちらを振り返るエルルだが、学園長も引く気はない。エルルは観念し、仕方なく事の経緯を説明した。
「――ってことで、ちゃちゃっと集落を救ってくるわ」
「軽い!」
ちょっと散歩に出かけるような感覚で、集落を救いに行かないでほしい。
今は冬休み。好きに過ごしてもらって構わないが、魔物のいる集落へ向かうとなると話は変わる。
立場上、生徒の安全を守らねばならない。
「……わかった、私も行く」
「は?」
「君らだけじゃ、集落の人に誤解されそうだからな」
「私達をなんだと思ってるの?」
「暴走無茶ぶり野郎」
「いい覚悟ね?」
割と本気の殺気を出して、短剣を構えるエルル。学園長は、「冗談だよ、冗談! アハハ~」と慌てたように誤魔化した。
「んで、その集落ってどこにあるのさ」
「確か……東? 私が報告に来ている間に、もう準備は済んでるはずよ」
「ほう。じゃあ、私も準備せねばな」
「あ、あとアレクの友達も連れていくから」
アレクの友達というと、ユリーカ、ライアン、シオンのことだろう。
「なんで?」
学園長が首を傾げると、エルルもまた首を傾げた。
「なんでって……何が?」
「いや、あの三人は関係ないじゃん」
「あぁ、アユムって奴と約束したみたいよ。救世主探しを手伝うって話だったみたいだけど、こうなったら集落を救うのも手伝うって。あと、ガディが三人を鍛えるのにちょうどいいって」
「……いつの間に、そんな師弟関係みたいになってたの?」
「さあ?」
ガディより人当たりがいいように見えるエルル。しかし、懐に入れた人物に対して甘いのはガディのほうだ。他人に深入りするつもりのないエルルに代わり、他者とコミュニケーションを取ってきたのもガディである。
ガディは、アレクが友人達を大切にしていることを知っている。アレクが必要とする以上、それを排除する気はないのだ。
「ライアンは、鍛えてほしいって乗り気みたいだけど」
「いや、ユリーカさんやシオンさんは、そうでもないだろう?」
「半分巻き込まれてるみたいなものだわ。まぁ筋はいいし、大丈夫でしょう」
「……珍しいね。君が人を褒めるなんて」
「だから、私をなんだと思ってるの?」
「度が過ぎたブラコン」
「行くなら、さっさと準備しなさい」
「これには怒らないんだ」
「はぁ」とわざとらしくため息をつき、学園長は腰を上げた。
◆ ◆ ◆
準備を終えたアレク達のもとに、エルルが学園長を連れて戻ってきた。
同行することになったらしく、瞬間移動で集落まで飛んでくれるという。
学園長は、集落のおおよその位置を尋ねてきた。
「東って聞いたけど、どこにあるんだい?」
「えっと……その、よくわからなくて」
「え」
「無我夢中で走ってきたから……目印になる国はわかるんだけど、そこから先は全然……」
困ったとばかりに眉尻を下げるアユムに、学園長も頭を抱えた。するとアユムの頭に巻かれていたヒモが光り輝き、ヒノメが現れた。
「なんっじゃ、そりゃあ!?」
ライアンが驚き大声を上げると、ヒノメが怯えた様子でアユムの後ろへと隠れる。
「え、え、今っ、ヒモが女の子に!? 魔法か!?」
「このバカッ」
「あでっ」
アユムの背後を覗き込むようにして詰め寄るライアンに、ユリーカが軽くチョップを食らわせた。
ライアンが大人しくなると、ヒノメがおずおずと顔を出す。
「どうしたの? ヒノメさん」
首を傾げるアユムの服の裾を、ヒノメがくいくいと引っ張った。
「……」
何か言いたげであるが、ヒノメは言葉を話せない。首を傾げたままのアユムに、シオンが口を開いた。
「その、ヒノメちゃん? その子は、集落までの行き方を知ってるんじゃないかなぁ」
「え、そうなの?」
こくん! と大きく頷いたヒノメを見て、アユムは涙目になり叫んだ。
「ヒ、ヒノメさん~~~! 大好き! 信じてたっ!」
「……!」
ヒノメを抱きしめて、頬擦りするアユム。ヒノメは嫌そうに顔をしかめて拒絶の意思を示すが、アユムは気にすることなく、学園長に向き直った。
「東の大国……ダンカート、だったか? そこまで飛んでくれないか?」
「わかった。じゃ、皆そばに来て」
学園長に促され、アレク達は子供姿の学園長を取り囲むように立つ。
「ちょ、何、この圧迫感……苦しい……」
「ふん、なんで今日に限って子供の姿なんだ? 一瞬でもいいから本来の姿に戻れよ」
「ガディ君? それ、かなり魔力と集中力がいるんだけど、わかって言ってる?」
「それより早くしてちょうだい」
「……君達に慈悲はないのかな?」
双子に文句を垂れつつ、学園長は瞬間移動を使ったようだ。
一瞬のうちに周りの景色ががらりと変わり、見知らぬ場所に立っていた。
「……凄いな、都会の技術は」
ぽかんと口を開けて言うアユムを見て、アレクは苦笑する。
「う~ん、都会っていうよりは――」
「学園長の技術だよねぇ」
アレクの言葉に続けて、シオンがそう言う。「学園長は凄いな」とアユムが言い直すと、学園長は目を輝かせた。
「わかってくれるかい、わかってくれるかい……!」
「あ、待って! ヒノメさん!」
感動に浸る学園長だったが、すぐさまヒノメが先陣を切って飛び出した。
「……切り替え早くない?」
残念がる学園長には構わず、アレク達は慌ててヒノメを追いかけた。
「ふぅ、ふぅ、つ、疲れたぁ」
「シオン、大丈夫?」
肩で息をするシオンを気遣い、アレクが声をかける。
初めのうちは順調に進んでいた一行だったが、目的地は想像以上に遠かった。一番遅れているのはシオンだが、少し前を歩くユリーカと学園長もキツそうだ。
「ご、ごめんねぇ」
シオンは汗を拭い、「大丈夫!」と力強く返した。
「私だって、頑張らなきゃ……!」
「あんまり無理しないでね?」
「行けるよ!」
シオンの張り切り具合を見て、アレクは少し意外に思った。
以前まではすぐに諦めがちというか、見切りをつけるのが早かった気がするが、最近のシオンは粘り強さを見せることが多くなった。シオンの成長を目の当たりにして、アレクはなんだか嬉しくなる。
「もうすぐ着くって!」
アユムの一言を聞き、シオンの表情が明るくなる。ユリーカと学園長も、ホッとした様子だ。
アレク、ガディとエルルはもちろん、ライアンとアユムもまだまだ元気で、足取りはそれほど重くない。
普段の学園長であれば、アレク達と同様に余裕があっただろうが、瞬間移動で力を使ったこともあり疲れているようだ。
しばらく歩き続けていると、アユムが再び声を上げた。
「……! 帰ってきた。あれが俺の故郷だ」
アユムが指差した先には、小さな集落があった。
「長老っ、長老ーーー!!」
集落に到着し、アユムは大声で長老を呼びながら駆けていく。
「……!? アユムか! よくぞ戻った!」
やがて一人の老人が血相を変えて、こちらに走り寄ってくる。この老人が長老らしい。
長老はアユムの無事を確認して大きく息を吐き、後ろにいたアレク達に目を向けた。
「それで……どなたが救世主様かな?」
「あっ、えっと、この方々です」
アユムは慌てたように、アレク、ガディ、エルルを長老に紹介した。すると長老は、泣き出しそうな表情を浮かべて頭を下げる。
「急な話で、申し訳なく思っております。アユムについてきてくれたこと、感謝してもしきれませぬ。ですが、どうか我々のためにお力添えを……」
「長老さん、僕達、頑張りますんで!」
アレクがぐっと拳を握って言うと、長老は涙を浮かべた。
「あぁ、あぁ、ありがとう……!」
やがて集落の者達もアレク達に気づき、集まってくる。
その時、アユムがキョロキョロとあたりを見回して長老に尋ねた。
「長老。クルミは?」
「クルミか? そういえば、見ておらぬな」
クルミとは誰だろう。アレクが首を傾げていると、一人の少年が声を上げた。
「姉ちゃんなら、いつものとこ」
「シュウ!」
シュウと呼ばれた少年は、黒髪に、桜色の瞳をしている。どうやらアユムが探している人物は、彼の姉らしい。
「帰ってきたんだな、アユム。んで、そいつらが救世主様?」
「無礼だぞ、シュウ」
アユムはそう窘めて、アレク達を紹介した。
「ふぅん……」
シュウは、アレクをじろりと睨めつける。
鋭い視線であったが、直感的に逸らしてはいけないと感じ取り、アレクはシュウを見つめ返す。
「……ま、信じてやるよ」
そう言って、その場を後にするシュウ。長老は困った様子で、アレク達に謝罪した。
「すみません。生意気な子でして」
「いいえ、気にしませんよ」
アレクに代わり学園長がそう返すと、長老は胸を撫で下ろしたようだ。
その様子を見ながら、アユムがアレクに向き直った。
「悪いが、少し抜けてもいいか? 友達が待っているんだ」
「うん。もちろん」
アレクがにっこり笑って答えると、アユムは「すまない」と短く謝り、駆けていった。
◆ ◆ ◆
アユムは、集落を守るように鎮座する祈り石のもとに向かっていた。この石は守り石とも呼ばれており、厳重に鎖が巻かれ、集落の信仰対象にもなっている。
アユムの親友であるクルミは、いつもそこにいた。
「クルミ!」
アユムの声に反応し、小柄な少女が振り返る。シュウと同じく桜色の瞳を持つ、意志が強そうな顔立ちの少女だ。
アユムの姿を認めると、クルミと呼ばれた少女の表情はふわりと柔らかくなった。
「アユちゃん! 帰ってきたの!」
「あぁ。救世主を連れてきたんだ! これでっ……これでクルミは大丈夫だ! 生贄になんて、ならなくていい!」
アユムが必死になっていた理由。それはもちろん集落のためであったが、同時に、クルミのためでもあった。
この集落では、百年に一度、魔物の封印が解けるとされている。しかし救世主が見つからなかった時には、再び魔物を封印しなければならない。その際、必要となるのが生贄だ。
集落の長の家に生まれた赤子は、来るべき日の生贄として大切に育てられる。
生まれてすぐに、首にかけられる石がその証だ。これは祈り石のカケラであり、魔物の封印石として使われる。生贄となった少女の香りが石の匂いを消し、少女ごと食らった魔物がそのまま封印される――というわけだ。
いつの時代にも、救世主は現れなかったと聞いている。そのため集落は、悲しい歴史を繰り返してきた。
しかし、今回は違う。アレク達を見つけることができて、アユムは本当に運が良かった。
アユムは喜びのあまり、まくしたてるように事の経緯を説明する。そして話を聞き終えたクルミから伝わってきたのは、歓喜ではなく戸惑いだった。
「……本当に? 救世主様が?」
「ああ、本当だ! ヒノメさんが選んだ!」
「まさか……伝承が、本当に」
信じられないと首を横に振るクルミに、アユムは再度叫ぶ。
「クルミは死ななくていいんだよ! これからは自由に生きよう! ここから出ていってもいい!」
「アユちゃん」
名前を呼ばれ、アユムはハッとして顔を上げた。
一方的に喋りすぎてしまった。反省するアユムに、クルミは小さく笑いかけた。
「私のためにありがとう。まさか本当に救世主様を見つけてきてくれるなんて、思ってもみなかった」
「……ああ。絶対見つけるって、決めてたからな」
「本当に。ありがとう」
クルミの笑顔に、アユムは心底安堵した。
この少女が死なずにすむのは、何よりも喜ばしいことなのだ。
◆ ◆ ◆
アユムと別れた後、アレク達は長老の家に招かれ、この集落に伝わる魔物の伝承を教わった。
長老の話は思いのほか長く、すっかり日が暮れてしまった。
アレクの隣に座るライアンが船を漕ぎ始めると、すかさずユリーカがチョップをして叩き起こす。
幸い長老はそれに気づくことなく、話を続けていた。
「魔物の封印は、おそらくあと二日ほどで解けるはずです。百年に一度――我らの先祖が施した封印の解ける日がやってきます。皆さんには、その魔物を退治していただきたい」
長老の言葉を受け、皆、真剣な表情で頷く。
何せ相手は、繰り返し封印してきた魔物だ。
SSSランク冒険者であるガディとエルル、そして学園長がいるとはいえ、油断はできない。
緊張した面差しのアレクに、ユリーカが声をかけた。
「アレク君。私達もいるから、頼って」
「あ、ありがとう、ユリーカ」
「まだまだ弱いかもしれないけれど……絶対、迷惑はかけないから」
その言葉は、決意のような重みを含んでいた。
頼れる人がいるとわかると、アレクの不安も少しは軽くなる。
話を聞き終えたアレク達は、長老の家を後にし、集落で最も大きい家に案内された。
「今夜は、この家をお貸しいたします。どうぞ、ごゆっくりなさってください」
室内には人数分の布団が敷かれていて、蝋燭の炎が頼りなげに揺れている。
「俺達はまだしばらく起きてるつもりだが、どうする?」
ガディの質問に真っ先に答えたのは、ライアンだった。
「俺はもう寝るっス! めっちゃ疲れたんで!」
「お前、そこまでヤワじゃないだろう」
「話を聞くのに疲れたんスよ! 難しい言葉ばっかで!」
勢いよく布団に倒れ込んだライアンに続いて、シオンも腰を下ろす。
「あ、あの、私も、そうします……」
「じゃあ、私も」
ユリーカも、シオンの隣の布団に座り込んだ。
エルルが学園長に「どうするの?」と尋ねると、学園長は悩ましげに唸ってから答えた。
「あ~~……弓矢の手入れをしておこうかな。というわけで、私も、もうちょっと起きてるよ。君達は、何かするの?」
「外の様子を見てくる」
「偵察よ、偵察」
ガディとエルルが家から出ていくのを見送り、アレクもライアン達と一緒に寝ようとした時――
「失礼します」
一人の少女が家を訪ねてきた。
初めて会う少女だ。アレク達が首を捻っていると、少女はアレク達を順番に見ながら尋ねてくる。
「救世主様はいらっしゃいますか? 話しておきたいことがあります」
「あ、僕です。残りの二人は、外ですけど……」
「そうですか。なら、あなただけでも」
「わかりました! 行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
ライアン達に見送られ、アレクは少女についていく。
やがて少女が立ち止まったのは、大きな石の前だった。
アレクはその石を見て、異様な空気を感じ、思わず体を震わせる。石に巻かれた鎖が、どこか歪なものに見えた。
「救世主様……で、間違いありませんよね」
「はい」
「私、長老の孫のクルミといいます。改めてお礼が言いたくて、連れ出してしまいました。すみません」
「わざわざお礼なんて。僕はただ、アユムを助けたかっただけですから」
アレクが遠慮がちにそう言うと、クルミは儚げに微笑んだ。
「アユちゃんは……私のために頑張ってくれました。それはとても嬉しいです。救世主様が現れるなんて、本当に思ってもいませんでした」
「そんなに珍しいんですか?」
「はい。今まで一度も現れたことがなかったんです」
クルミの言葉に、アレクはひどく驚いた。
「どうか、この集落を救ってください。お願いします」
「……はい、任せてください」
アレクはクルミと改めて約束を交わし、家へと戻っていった。
翌日の朝。
学園長室にて、フィースは優雅にお茶を啜っていた。
今日の学園長は、アレクと同じ年頃の少女の姿だ。重厚な椅子にその幼い姿はいまいち合っていないが、それは置いておく。
いつもなら書類仕事をしてくれと突撃してくる教師達も、冬休みばかりは静かなものである。
このまま穏やかな一日になることを願っていた学園長だったが、ふと妙な胸騒ぎを覚えた。昨日、アレクが連れてきた少女がどうも引っかかる。
厄介事の匂いがする――そんなことを考えていると、ノックもなく学園長室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、アレクの姉であるエルルだ。
「いつも急だな、君は」
「私とガディ、アレクは救世主になったから」
「え?」
「ということで、しばらくいなくなるから、よろしく」
「待て待て待て待て待て待て」
説明不足にも程がある。
用件だけ伝えて去ろうとするエルルを、学園長は慌てて引き止めた。
鬱陶しそうな表情でこちらを振り返るエルルだが、学園長も引く気はない。エルルは観念し、仕方なく事の経緯を説明した。
「――ってことで、ちゃちゃっと集落を救ってくるわ」
「軽い!」
ちょっと散歩に出かけるような感覚で、集落を救いに行かないでほしい。
今は冬休み。好きに過ごしてもらって構わないが、魔物のいる集落へ向かうとなると話は変わる。
立場上、生徒の安全を守らねばならない。
「……わかった、私も行く」
「は?」
「君らだけじゃ、集落の人に誤解されそうだからな」
「私達をなんだと思ってるの?」
「暴走無茶ぶり野郎」
「いい覚悟ね?」
割と本気の殺気を出して、短剣を構えるエルル。学園長は、「冗談だよ、冗談! アハハ~」と慌てたように誤魔化した。
「んで、その集落ってどこにあるのさ」
「確か……東? 私が報告に来ている間に、もう準備は済んでるはずよ」
「ほう。じゃあ、私も準備せねばな」
「あ、あとアレクの友達も連れていくから」
アレクの友達というと、ユリーカ、ライアン、シオンのことだろう。
「なんで?」
学園長が首を傾げると、エルルもまた首を傾げた。
「なんでって……何が?」
「いや、あの三人は関係ないじゃん」
「あぁ、アユムって奴と約束したみたいよ。救世主探しを手伝うって話だったみたいだけど、こうなったら集落を救うのも手伝うって。あと、ガディが三人を鍛えるのにちょうどいいって」
「……いつの間に、そんな師弟関係みたいになってたの?」
「さあ?」
ガディより人当たりがいいように見えるエルル。しかし、懐に入れた人物に対して甘いのはガディのほうだ。他人に深入りするつもりのないエルルに代わり、他者とコミュニケーションを取ってきたのもガディである。
ガディは、アレクが友人達を大切にしていることを知っている。アレクが必要とする以上、それを排除する気はないのだ。
「ライアンは、鍛えてほしいって乗り気みたいだけど」
「いや、ユリーカさんやシオンさんは、そうでもないだろう?」
「半分巻き込まれてるみたいなものだわ。まぁ筋はいいし、大丈夫でしょう」
「……珍しいね。君が人を褒めるなんて」
「だから、私をなんだと思ってるの?」
「度が過ぎたブラコン」
「行くなら、さっさと準備しなさい」
「これには怒らないんだ」
「はぁ」とわざとらしくため息をつき、学園長は腰を上げた。
◆ ◆ ◆
準備を終えたアレク達のもとに、エルルが学園長を連れて戻ってきた。
同行することになったらしく、瞬間移動で集落まで飛んでくれるという。
学園長は、集落のおおよその位置を尋ねてきた。
「東って聞いたけど、どこにあるんだい?」
「えっと……その、よくわからなくて」
「え」
「無我夢中で走ってきたから……目印になる国はわかるんだけど、そこから先は全然……」
困ったとばかりに眉尻を下げるアユムに、学園長も頭を抱えた。するとアユムの頭に巻かれていたヒモが光り輝き、ヒノメが現れた。
「なんっじゃ、そりゃあ!?」
ライアンが驚き大声を上げると、ヒノメが怯えた様子でアユムの後ろへと隠れる。
「え、え、今っ、ヒモが女の子に!? 魔法か!?」
「このバカッ」
「あでっ」
アユムの背後を覗き込むようにして詰め寄るライアンに、ユリーカが軽くチョップを食らわせた。
ライアンが大人しくなると、ヒノメがおずおずと顔を出す。
「どうしたの? ヒノメさん」
首を傾げるアユムの服の裾を、ヒノメがくいくいと引っ張った。
「……」
何か言いたげであるが、ヒノメは言葉を話せない。首を傾げたままのアユムに、シオンが口を開いた。
「その、ヒノメちゃん? その子は、集落までの行き方を知ってるんじゃないかなぁ」
「え、そうなの?」
こくん! と大きく頷いたヒノメを見て、アユムは涙目になり叫んだ。
「ヒ、ヒノメさん~~~! 大好き! 信じてたっ!」
「……!」
ヒノメを抱きしめて、頬擦りするアユム。ヒノメは嫌そうに顔をしかめて拒絶の意思を示すが、アユムは気にすることなく、学園長に向き直った。
「東の大国……ダンカート、だったか? そこまで飛んでくれないか?」
「わかった。じゃ、皆そばに来て」
学園長に促され、アレク達は子供姿の学園長を取り囲むように立つ。
「ちょ、何、この圧迫感……苦しい……」
「ふん、なんで今日に限って子供の姿なんだ? 一瞬でもいいから本来の姿に戻れよ」
「ガディ君? それ、かなり魔力と集中力がいるんだけど、わかって言ってる?」
「それより早くしてちょうだい」
「……君達に慈悲はないのかな?」
双子に文句を垂れつつ、学園長は瞬間移動を使ったようだ。
一瞬のうちに周りの景色ががらりと変わり、見知らぬ場所に立っていた。
「……凄いな、都会の技術は」
ぽかんと口を開けて言うアユムを見て、アレクは苦笑する。
「う~ん、都会っていうよりは――」
「学園長の技術だよねぇ」
アレクの言葉に続けて、シオンがそう言う。「学園長は凄いな」とアユムが言い直すと、学園長は目を輝かせた。
「わかってくれるかい、わかってくれるかい……!」
「あ、待って! ヒノメさん!」
感動に浸る学園長だったが、すぐさまヒノメが先陣を切って飛び出した。
「……切り替え早くない?」
残念がる学園長には構わず、アレク達は慌ててヒノメを追いかけた。
「ふぅ、ふぅ、つ、疲れたぁ」
「シオン、大丈夫?」
肩で息をするシオンを気遣い、アレクが声をかける。
初めのうちは順調に進んでいた一行だったが、目的地は想像以上に遠かった。一番遅れているのはシオンだが、少し前を歩くユリーカと学園長もキツそうだ。
「ご、ごめんねぇ」
シオンは汗を拭い、「大丈夫!」と力強く返した。
「私だって、頑張らなきゃ……!」
「あんまり無理しないでね?」
「行けるよ!」
シオンの張り切り具合を見て、アレクは少し意外に思った。
以前まではすぐに諦めがちというか、見切りをつけるのが早かった気がするが、最近のシオンは粘り強さを見せることが多くなった。シオンの成長を目の当たりにして、アレクはなんだか嬉しくなる。
「もうすぐ着くって!」
アユムの一言を聞き、シオンの表情が明るくなる。ユリーカと学園長も、ホッとした様子だ。
アレク、ガディとエルルはもちろん、ライアンとアユムもまだまだ元気で、足取りはそれほど重くない。
普段の学園長であれば、アレク達と同様に余裕があっただろうが、瞬間移動で力を使ったこともあり疲れているようだ。
しばらく歩き続けていると、アユムが再び声を上げた。
「……! 帰ってきた。あれが俺の故郷だ」
アユムが指差した先には、小さな集落があった。
「長老っ、長老ーーー!!」
集落に到着し、アユムは大声で長老を呼びながら駆けていく。
「……!? アユムか! よくぞ戻った!」
やがて一人の老人が血相を変えて、こちらに走り寄ってくる。この老人が長老らしい。
長老はアユムの無事を確認して大きく息を吐き、後ろにいたアレク達に目を向けた。
「それで……どなたが救世主様かな?」
「あっ、えっと、この方々です」
アユムは慌てたように、アレク、ガディ、エルルを長老に紹介した。すると長老は、泣き出しそうな表情を浮かべて頭を下げる。
「急な話で、申し訳なく思っております。アユムについてきてくれたこと、感謝してもしきれませぬ。ですが、どうか我々のためにお力添えを……」
「長老さん、僕達、頑張りますんで!」
アレクがぐっと拳を握って言うと、長老は涙を浮かべた。
「あぁ、あぁ、ありがとう……!」
やがて集落の者達もアレク達に気づき、集まってくる。
その時、アユムがキョロキョロとあたりを見回して長老に尋ねた。
「長老。クルミは?」
「クルミか? そういえば、見ておらぬな」
クルミとは誰だろう。アレクが首を傾げていると、一人の少年が声を上げた。
「姉ちゃんなら、いつものとこ」
「シュウ!」
シュウと呼ばれた少年は、黒髪に、桜色の瞳をしている。どうやらアユムが探している人物は、彼の姉らしい。
「帰ってきたんだな、アユム。んで、そいつらが救世主様?」
「無礼だぞ、シュウ」
アユムはそう窘めて、アレク達を紹介した。
「ふぅん……」
シュウは、アレクをじろりと睨めつける。
鋭い視線であったが、直感的に逸らしてはいけないと感じ取り、アレクはシュウを見つめ返す。
「……ま、信じてやるよ」
そう言って、その場を後にするシュウ。長老は困った様子で、アレク達に謝罪した。
「すみません。生意気な子でして」
「いいえ、気にしませんよ」
アレクに代わり学園長がそう返すと、長老は胸を撫で下ろしたようだ。
その様子を見ながら、アユムがアレクに向き直った。
「悪いが、少し抜けてもいいか? 友達が待っているんだ」
「うん。もちろん」
アレクがにっこり笑って答えると、アユムは「すまない」と短く謝り、駆けていった。
◆ ◆ ◆
アユムは、集落を守るように鎮座する祈り石のもとに向かっていた。この石は守り石とも呼ばれており、厳重に鎖が巻かれ、集落の信仰対象にもなっている。
アユムの親友であるクルミは、いつもそこにいた。
「クルミ!」
アユムの声に反応し、小柄な少女が振り返る。シュウと同じく桜色の瞳を持つ、意志が強そうな顔立ちの少女だ。
アユムの姿を認めると、クルミと呼ばれた少女の表情はふわりと柔らかくなった。
「アユちゃん! 帰ってきたの!」
「あぁ。救世主を連れてきたんだ! これでっ……これでクルミは大丈夫だ! 生贄になんて、ならなくていい!」
アユムが必死になっていた理由。それはもちろん集落のためであったが、同時に、クルミのためでもあった。
この集落では、百年に一度、魔物の封印が解けるとされている。しかし救世主が見つからなかった時には、再び魔物を封印しなければならない。その際、必要となるのが生贄だ。
集落の長の家に生まれた赤子は、来るべき日の生贄として大切に育てられる。
生まれてすぐに、首にかけられる石がその証だ。これは祈り石のカケラであり、魔物の封印石として使われる。生贄となった少女の香りが石の匂いを消し、少女ごと食らった魔物がそのまま封印される――というわけだ。
いつの時代にも、救世主は現れなかったと聞いている。そのため集落は、悲しい歴史を繰り返してきた。
しかし、今回は違う。アレク達を見つけることができて、アユムは本当に運が良かった。
アユムは喜びのあまり、まくしたてるように事の経緯を説明する。そして話を聞き終えたクルミから伝わってきたのは、歓喜ではなく戸惑いだった。
「……本当に? 救世主様が?」
「ああ、本当だ! ヒノメさんが選んだ!」
「まさか……伝承が、本当に」
信じられないと首を横に振るクルミに、アユムは再度叫ぶ。
「クルミは死ななくていいんだよ! これからは自由に生きよう! ここから出ていってもいい!」
「アユちゃん」
名前を呼ばれ、アユムはハッとして顔を上げた。
一方的に喋りすぎてしまった。反省するアユムに、クルミは小さく笑いかけた。
「私のためにありがとう。まさか本当に救世主様を見つけてきてくれるなんて、思ってもみなかった」
「……ああ。絶対見つけるって、決めてたからな」
「本当に。ありがとう」
クルミの笑顔に、アユムは心底安堵した。
この少女が死なずにすむのは、何よりも喜ばしいことなのだ。
◆ ◆ ◆
アユムと別れた後、アレク達は長老の家に招かれ、この集落に伝わる魔物の伝承を教わった。
長老の話は思いのほか長く、すっかり日が暮れてしまった。
アレクの隣に座るライアンが船を漕ぎ始めると、すかさずユリーカがチョップをして叩き起こす。
幸い長老はそれに気づくことなく、話を続けていた。
「魔物の封印は、おそらくあと二日ほどで解けるはずです。百年に一度――我らの先祖が施した封印の解ける日がやってきます。皆さんには、その魔物を退治していただきたい」
長老の言葉を受け、皆、真剣な表情で頷く。
何せ相手は、繰り返し封印してきた魔物だ。
SSSランク冒険者であるガディとエルル、そして学園長がいるとはいえ、油断はできない。
緊張した面差しのアレクに、ユリーカが声をかけた。
「アレク君。私達もいるから、頼って」
「あ、ありがとう、ユリーカ」
「まだまだ弱いかもしれないけれど……絶対、迷惑はかけないから」
その言葉は、決意のような重みを含んでいた。
頼れる人がいるとわかると、アレクの不安も少しは軽くなる。
話を聞き終えたアレク達は、長老の家を後にし、集落で最も大きい家に案内された。
「今夜は、この家をお貸しいたします。どうぞ、ごゆっくりなさってください」
室内には人数分の布団が敷かれていて、蝋燭の炎が頼りなげに揺れている。
「俺達はまだしばらく起きてるつもりだが、どうする?」
ガディの質問に真っ先に答えたのは、ライアンだった。
「俺はもう寝るっス! めっちゃ疲れたんで!」
「お前、そこまでヤワじゃないだろう」
「話を聞くのに疲れたんスよ! 難しい言葉ばっかで!」
勢いよく布団に倒れ込んだライアンに続いて、シオンも腰を下ろす。
「あ、あの、私も、そうします……」
「じゃあ、私も」
ユリーカも、シオンの隣の布団に座り込んだ。
エルルが学園長に「どうするの?」と尋ねると、学園長は悩ましげに唸ってから答えた。
「あ~~……弓矢の手入れをしておこうかな。というわけで、私も、もうちょっと起きてるよ。君達は、何かするの?」
「外の様子を見てくる」
「偵察よ、偵察」
ガディとエルルが家から出ていくのを見送り、アレクもライアン達と一緒に寝ようとした時――
「失礼します」
一人の少女が家を訪ねてきた。
初めて会う少女だ。アレク達が首を捻っていると、少女はアレク達を順番に見ながら尋ねてくる。
「救世主様はいらっしゃいますか? 話しておきたいことがあります」
「あ、僕です。残りの二人は、外ですけど……」
「そうですか。なら、あなただけでも」
「わかりました! 行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
ライアン達に見送られ、アレクは少女についていく。
やがて少女が立ち止まったのは、大きな石の前だった。
アレクはその石を見て、異様な空気を感じ、思わず体を震わせる。石に巻かれた鎖が、どこか歪なものに見えた。
「救世主様……で、間違いありませんよね」
「はい」
「私、長老の孫のクルミといいます。改めてお礼が言いたくて、連れ出してしまいました。すみません」
「わざわざお礼なんて。僕はただ、アユムを助けたかっただけですから」
アレクが遠慮がちにそう言うと、クルミは儚げに微笑んだ。
「アユちゃんは……私のために頑張ってくれました。それはとても嬉しいです。救世主様が現れるなんて、本当に思ってもいませんでした」
「そんなに珍しいんですか?」
「はい。今まで一度も現れたことがなかったんです」
クルミの言葉に、アレクはひどく驚いた。
「どうか、この集落を救ってください。お願いします」
「……はい、任せてください」
アレクはクルミと改めて約束を交わし、家へと戻っていった。
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