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4巻

4-2

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「あと、できればマジックポーションも複製できないかなって思ってるんだ」

 技能スキル『医学書メディカルブック』によって、新たに生まれた機能『診療所』。
 任意の場所に、保健室のような空間を作り出せるスキルだが、『診療所』の薬棚には、現在の『医学書』のレベルでは調合できない珍しい医薬品が並んでいた。
 そのひとつがMPを回復させる魔法薬『マジックポーション』だ。二十四時間ごとに補充される仕組みになっているが、その上限は二本まで。
 スキルでマジックポーションを複製できれば、実質的に俺のMP総量を増やせるだろう。
 なにせ希少スキルを失った今、『光の矢』や生活魔法は、ダンジョンを探索するうえでの命綱となっている。ただ悲しいことに、俺のMPはそれほど多くないのだ。
 お姉さんはキョトンとした顔で首を傾げながら、予想外の発言をした。

「わざわざマジックポーションを複製しなくても、MPを複製すればいいじゃない」

 何ですか、その『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』的な発言は。
 まさかのMPの直接複製!? 確かに『複製転写』は、生物以外なら大抵複製できるって説明があったけど、MPの複製なんてできるのか?

「確かスキルレベルは4でしょう? できるはずだわ。復活したら試してみるといいわよ」
「う、うん、分かった」

 どこまで便利で反則的なスキルなんだ『複製転写』。
 お姉さんによれば、MP1を複製するのに消費するSPは2だそうだ。複製コストは二倍だけど、俺のSPなら、少なくとも一回はMPの全回復が可能になる。
 マジックポーションを飲む手間もはぶけるので、スキルが復活したらぜひ一度試してみよう。

「ふむ……まあ、ヒビキの意見にしてはまともだし、今回は見送ろうかしら?」
「見送る? 何の話?」
「……ねえ、ヒビキ。次に復活させるスキルは『複製転写』でいいと思うんだけど、その次はこっちを復活させましょう?」

 お姉さんは右手の人差し指を立て、それを自身の顔に向けている。

「……顔?」
「ヒビキ、察し悪すぎ。こっちよ、こっち」
「……目? もしかして『識者の眼』のこと? でも……」

 固有スキル『識者の眼』は、主神様と繋がることで初めて機能する鑑定眼だ。
 以前、主神様と連絡がつかなかった時も、神々の力が届きにくいダンジョンの中に入った時も、能力が半減していた。
 まして、今は主神様との繋がりが完全に断たれてしまっている。復活させたところで使うことはできないんじゃ……。

「ヒビキ、『識者』ってどういう意味か知ってる?」
「『識者』? 有識者のこと? 学問を修めた見識の高い人、とかって意味だよね?」

 俺の回答に、お姉さんは満足げな笑みを浮かべる。

「その通りよ。『識者』とは世界の『ことわり』を理解、識別し、認識する者のこと。……さてここで問題です。主神様は『識者』でしょうか?」
「答えはノーです」

 ……即答しておいてなんだけど俺、神様に対して不敬じゃない? 俺の回答を聞いた瞬間、お姉さんは噴き出してしまった。

「ふふふ、即答って……あの人ってばホントに……あははは!」

 お姉さんは余程我慢できなかったのか、とうとう笑い出してしまった。
 俺は困惑するばかりである……どこにツボった?

「あ、あの、お姉さん?」
「……ごめんなさい。ああ、おかしかった。でもヒビキの言う通り、主神様は『識者』とは言えないわ。神々の頂点に立つあの方は、世界の運命をつかさどる神。世界全体の大きな流れと深く関わっているため多くのことを『知っている』けど、『理解している』わけではないのよ」
「えーと、ますます何の話をしているのか分からないんだけど……」
「まあ、要するに……主神様と繋がらないことは気にせず、取り戻しなさいってことよ」
「……もしかして『識者』っていうのは、おね――」
(ヒビキ様ああああああああああああああああああああああああああ!)
「――さひゃああ!? な、何!? クロード?」

 突如カフェ全体にクロードの叫び声が響いた。空気が震えるほどの叫声きょうせいで、俺もお姉さんも一瞬ビクリと震え上がるほどだった。
 とはいえ、あたりを見回してもクロードがいるはずもなく……。

(ヒ、ヒビキ様! なぜ繋がらない!? まさか、まさか! ヒビキ様、どこですかああああ!?)
「……ああ、こっちにいるから繋がらないのね」
「お姉さん、一人で納得したような顔しないでくれない?」
(ヒビキ様ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)

 思わず耳をふさぐ俺達だったが、クロードの声は頭に直接響いて、全く効果がなかった。

「……さすがにうるさすぎるわ。今日はもうお開きね」

 お姉さんはテーブルにあったティースプーンを持つと、それを空中で軽く振った。
 ――コンコン……ピキピキピキ――パリン。
 その光景に俺は軽く目を見張る。何もないはずの空間に亀裂が走り、ガラスを割ったように空間に穴が開いたのだ。
 そしてその穴から、輝く細い金の糸が物凄い勢いで飛び出した。糸はあっという間に俺の右手に――クロードとの主従契約のあかし真正主従契約ロイヤリティー』の霊紋に繋がった。

(見つけた! ヒビキ様を見つけた!)

 おおおおおおっ!? 音量が上がってマジでうるさい。そ、それに……引っ張られる!?

「愛されてるわねぇ、ヒビキ」
「笑いをこらえながら言われても説得力ないよ! ちょ、待って、クロード!」

 俺とクロードを繋ぐ『主従繋糸リレイションパス』の糸が、俺をさっきの穴へ引きずり込もうとグイグイ引っ張ってくる。まるでクロードに直接引っ張られているような馬鹿力だ。
 俺の非力な体ではとても踏ん張り切れない。もう! まだお姉さんと話が残ってるのに!

「ヒビキを夢に引っ張ったせいで見つけられなくなっちゃったのね。もう少し理性的かと思ったけど、想像以上にあなたのこと好きよね、クロードって」
「他人事みたいに言わないで! て、他人事だったね! 待ってクロード、ホントに待って!」
(ヒビキ様! ヒビキ様! ヒビキ様! ヒビキ様ああああああああああ!)

 全然聞いてない! むしろ引っ張る力が強くなった!
 気が付けば、空中に生まれた穴は既に俺が通り抜けられるほどに大きくなっている。必死に抵抗する俺とは対称的に、お姉さんは穴の隣で優雅ゆうがにティータイム……くそおおお、ホントに他人事だ。

「お姉さん、俺はまだ話が! この前お姉さんからもらったスキルのこととか!」

 前回、初めてお姉さんと夢で会った時、俺の誕生日プレゼントとして受け取ったスキル。
 独立スキル『コトワリコトノハ』。
 正直、これがなかったら先のボス戦で俺は死んでいた。だからこそ知りたい。
 あのスキルは何なのか。どうして俺にこのスキルをくれたのか。
 ……俺と同じ顔を持つあなたは――誰?

「ふふふ……ひ・み・つ♪」
「俺と同じ顔でぶりっ子ポーズはやめて! ――て、ヤバい!?」

 穴に入る手前でギリギリ耐えていたのに、両拳をあごに寄せてウインクなんてされたせいで――自分と同じ顔の人間にそんな恥ずかしいポーズを取られたら誰だって――脱力してしまった。
 力の均衡は完全に崩れ、俺は暗い穴の中に吸い寄せられる。

「ヒビキ、気を付けてね。以前にも言った通り、『コトワリコトノハ』を使っているところは誰にも見られたりしちゃだめよ……例外として『ステータスサポート』だけは認めてあげる」

 それが夢から覚める直前に聞こえた、お姉さんの最後の言葉だった。

(ヒビキ様ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)

 再会したら絶対に説教してやる! うるっさいんじゃああああああああああああああ!


       ◆ ◆ ◆


「うるっさいんじゃああああああああああああああ!」
「うおっ!? ど、どうした!?」
「もう、クロードが本当にうるさくて……あれ? ジェイド、さん?」

 視界が真っ暗になったと思ったのに、気づけば目の前にジェイドさんがいた。気遣わしげに俺を見つめている。
 彼は冒険者ギルドの受付兼副ギルドマスター、ジュエルさんの異母いぼていに当たる。
 職業は『剣闘士』。ジュエルさんと同じ銀の髪を、後ろで結んだ美形のお兄さんだ。

「覚えているか? ボスを倒した後、転移罠でここに飛ばされたんだぞ?」
「あ、はい。大丈夫です、覚えてます……」

 そう言いながら周囲を見回す。確かにボス部屋ではなかった。
 さっきまで俺達がいたのは広々とした荒野だ。しかしここは八畳間ほどの石造りの部屋。
 床も壁も天井も全て、綺麗きれいに切り揃えられた四角い石材が敷き詰められている。
 壁にはランプのような照明が等間隔に設置されており、それなりに明るい。

「まさかここって……」
「おそらく第二十一階層だろうな」

 ……ボス戦に勝利したのはよかったけど、クロード達とまた離れてしまった。ちらりと右手の霊紋を見ると、『主従繋糸』がなくなっている。

「大丈夫か? 無理に起き上がる必要はないぞ?」
「平気です……いてて」

 ボス戦で危うく殺されそうになった時、サポちゃんの全力支援のおかげで命拾いしたことを思い出す。その反動は大きく、今でも全身に痛みが走った。
 要するに極度の筋肉痛なんだろうけど……ふう、やっと起き上がれた。

「あの、俺はどれくらい眠っていたんですか?」
「一時間ほどだな。ヘカーテ達に、周辺の偵察に行ってもらっている。そろそろ帰ってくる頃だと思うが……ああ、戻ってきたようだな」
「おーい、戻ったぞ。お? 気が付いたのか」

 先頭を歩く金髪ツンツン頭の『戦士』カーネイルさんが手を振りながら笑っている。
 カーネイルさんの後ろから顔を出した、ブラウンの長い髪の美しいお姉さんは、『魔導士』のヘカーテさんだ。小走りでやってくると、俺の様子を確認してほっと息をついた。

「よかった、顔色も悪くないし大丈夫そうね」
「無事で安心しましたよ」

 ヘカーテさんの隣にて丁寧な口調で話すのは、ヘカーテさんの弟のヘルムさん。
 姉と同じブラウンの髪をしたイケメンさんだ。職業は『魔導戦士』。
 ――カーネイルさん? 彼はどちらかというとワイルド系だから。イケメンとは違う。

「俺も、みんながこっちにいて安心しました。転移した時一緒じゃなかったから」

 転移罠が発動した時、近くにいたのは俺とジェイドさんだけだった。目を覚ました時もそばにいたのは彼だけだったから、まさか二人きりかと不安になったのだ。
 だがそれは杞憂きゆうだったらしい。他のみんなもボス戦が終了すると同時にここに転移したとか。

「転移が突然発動した時は驚いたが、もっと驚いたのはボスと一緒に転移してきたことだな」
「また戦闘かと冷や冷やしましたからね」
「……ボス?」

 何の話だろう? 首を傾げながらジェイドさんに視線を向ける。彼の指差す方には――。

「ハーフミスリルアーマードベア一体と、アイアンアーマードベアが二体? ……と、宝箱?」

 部屋の隅に、倒したはずの三体のボスの死体と、その隣に四つの宝箱があった。
 不思議なことに、死体には一切傷がなく、破壊した鎧も完全に修復されているようだ。

「おそらくこの素材と四つの宝箱がボス戦の報酬なのだろう」

 ジェイドさんがそれらをじっと見つめながら告げると、ヘカーテさんが顔をしかめた。

「確かに奴らの素材は鎧も含めて高く売れるでしょうけど、重すぎて持って帰れないわ」
「解体すれば血の匂いで魔物が寄ってくるかもしれません。あの巨体は時間が掛かりますよ」

 ヘカーテさんとヘルムさんの懸念はもっともで、三体のボスのうち小柄なアイアンアーマードベアでさえ、俺達の中で最も大柄なカーネイルさんよりも大きい。
 解体しようにもあの巨体だ。時間が掛かかることは明白。
 しかもここは第二十一階層。第十九階層に蔓延はびこっていた魔物の数々を思い出し、あんなのがわんさか寄ってきたらと考えてぞっとする。

「まあ、解体さえしなきゃしばらくは大丈夫だろ。幸い傷が綺麗さっぱり消えたおかげで、血の匂いもないみたいだしな。とりあえず今は休んだ方がよくねえか?」
「そうね、カーネイルの言う通りだわ。私もそろそろMPが本当に限界。周辺に魔物はいなかったから、すぐに何か来るってこともないと思うわ。どのみち解体する体力もないでしょ?」

 言い終えると、ヘカーテさん達はリーダーであるジェイドさんを見た。
 しばし考えている様子のジェイドさんだったが、答えが出たのか三人を見返す。

「それしかないだろうな。正直なところ、獣の匂いも魔物を引き寄せるからどうにかしたいところだが、仕方がない。交代で見張りを置いて休むしかないだろう」
「他に方法なんてねえもんな」

 ……いえ、あります。獣の匂いを発するボスの死体が魔物を引き寄せるというのなら、ここからなくしてしまえばいいのである。
 筋肉痛に耐えながらどうにか立ち上がる。

「あの、危ないってことなら、俺があれを片付けます。……ぐっ」
「ヒビキ君があれを片付ける? だ、大丈夫?」

 痛みで一瞬ふらついたが、ヘカーテさんが手を貸してくれたおかげで倒れずに済んだ。
 ヨタヨタとした足取りでハーフミスリルアーマードベアの元に辿り着くと、俺は手をかざした。
 ……あまり人前で使っていいスキルとは思えないけど、ジェイドさん達なら大丈夫だろう。

「――開け『宝箱』」


【技能スキル『宝箱レベル3』を行使します】


 俺のてのひらに小さな宝箱が出現した。口を開くように宝箱のふたがゆっくり開くと、ブラックホールに吸い寄せられるように、三体のボスの死体が宝箱の中にみ込まれていく。
 残ったのは四つの宝箱だけ。こっちまで収納しなくても大丈夫だろう。
 役目を終えた『宝箱』は俺の手の中に溶けるように消えた。

「よし、終了。とりあえずこれで匂いに関しては気にしなくても大丈夫だと思います」

 振り返ってそう伝えたが、全員呆然ぼうぜんとして反応がない。
 うん、まあ……予想通り? だって俺も驚いたもの。希少ランクSSSの超反則スキルだもの。
 みんなが再起動するのをしばらく待つ。最初に復活したのはジェイドさんだった。

「……ヒビキ、今のは何だ?」
「えーと……スキル? ……ジェイドさん、そんなににらまれても困ります」

 俺の答えに納得できなかったのか、目を細めて鋭い視線を向けてくるジェイドさん。すると、ようやく他のみんなも我に返ったのか、口々にしゃべり出した。

「いやいやいや、物を収納するスキル、でいいのか? 反則過ぎるだろ、それ」
「冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しいスキルですね……あの巨体を軽々と……」
「……まさかと思うけど、もっと入ったりするのかしら?」

 ジッとこちらを見つめる四人の視線に耐えきれず、俺は気まずそうに目を逸らす。

「……あと百体入れても別に問題ないかと」
「「「ひゃく!?」」」

 何しろ学校の体育館ほどの容量があるのだ。いや、『世界地図』を復活させてスキルレベルが上がっているから……体感だけど、容量が二倍になってる気がする。百体くらい全然余裕だ。
 しばしの沈黙。想像以上の収納容量に、全員が固まってしまっている。
 ――そしてこの沈黙を破ったのは、またしてもジェイドさんだった。

「……ヒビキ、このスキルのことを知っている奴は他にもいるのか?」
「――え? いや、人前で使ったのはジェイドさん達が初めてかな」

 スキルを手に入れたのは最近だからね。まだ再会できていないクロード達は当然、俺がこんなスキルを取得したことを知らない。

「そうか。なら、そのスキルは絶対に人前で使用するな……危険な目にいたくなかったらな」

 以前、ジェイドさんによく似た誰かからも、同じような忠告をされた覚えがある。
 言うまでもなく、ジェイドさんの姉のジュエルさんからだけど。
 瀕死ひんしのジェイドさんを救うために、『医学書』で回復魔法『パーフェクトヒール』を使ったことがあった。その時『パーフェクトヒール』の希少性を危惧きぐしたジュエルさんが忠告してくれたんだ。
 ……やっぱり姉弟なんだと感じ、ふっと口元が緩んでしまう。

「人が真剣に忠告してやっているっていうのに、何嬉しそうにしてるんだ」
「あ、ごめんなさい。ジェイドさんを治療した後、ジュエルさんに同じような注意を受けたことがあったから、それを思い出しちゃってつい……二人は似てるなぁって思って」

 ヘカーテさん達が我慢できずに失笑した。ジェイドさんは若干顔を赤くして眉根を寄せる。

「お前ら……」
「ごめんなさい。でもまさか、私達以外から二人が似てるなんて聞くとは思ってなくて……ふふ」

 ツボにはまってしまったのか、ヘカーテさんの笑いは止まらなかった。

「悪かったな、姉弟なのに似てなくて」
「いやいや、俺らはガキの頃から知ってるから分かってるって。ジェイドは素直じゃないだけで、基本的にジュエルさんとよく似てるさ」
「何せ幼いころは、ずっとジュエルさんの後ろをついて歩いていましたからね」

 カーネイルさんとヘルムさんの言葉はかなり予想外だった。

「そうなんですか? ちょっと想像できないです」
「昔はお姉ちゃん、お姉ちゃん、つって、一日中ベッタリだったからな。いやー思い出すねぇ。『お姉ちゃんと同じがいい』って、ジュエルさんのお気に入りのワンピースを着て――」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 もう少し聞いていたかったが、ジェイドさんの必死の抵抗でカーネイルさんのばく話は終わってしまった。…………ちっ、残念。

「ゴホン……話を戻すが、さっきのスキルはむやみやたらに人前で使わないように。あまりに危うい。何が起きるか想像もできないからな。注意しろ」
「……そんなに危ないですか?」

 首を傾げる俺だったが、ヘカーテさんが真剣な口調で話し始めた。

「ジェイドの言う通りよ、ヒビキ君。もう少し自覚してちょうだい。ただでさえ君は完全回復魔法『パーフェクトヒール』を使うことができる。そのうえこんな大容量の収納ができる希少スキルまで持っていると知られれば、非道な人間ならどんな手を使ってでも君を手に入れようとするわ」
「どんな手を使っても……」
「ヘカーテの言う通りだぜ。非道な連中じゃなくても、冒険者なら間違いなくお前をパーティーに入れたいと思うだろうな。何せ邪魔な荷物を全部預けられるんだ。戦闘の幅は広がるし、いくらでも素材集めをしていられるんだせ? おそらく今までとはもうけのけたが変わるだろうさ」

 カーネイルさんに言われてハッと気づく……それ、俺が現在進行形でやってることだ。
 便利だとは思っていたけど、確かに冒険者稼業の効率が物凄いレベルで向上する。

「冒険者から勧誘される程度ならマシですが、それだけでは済まないでしょう。冒険者だけでなく商人や盗賊、はたまた王族だって欲しがるかもしれません。それほどに希少で有用なスキルだということを覚えておいてください」

 ヘルムさんの忠告に、思わず唾を呑み込んだ。冒険者や商人がこれを欲しがる理由はある程度理解できるが、まさか盗賊にまで狙われるかもしれないとは……要するに金庫替わりに使われかねないということだ。
 それに王族って……具体的な利用の仕方は思い浮かばないけど、あまりいい想像ができない。

「まあ、ヘカーテ達が言った通りだ。分かったか?」
「……分かりました。教えてくれてありがとうございます、ジェイドさん。ただ、ジェイドさん達の前でこれを使ったのは、みんななら知られても大丈夫かなって思ったからなんで、それだけは知っておいてほしいです」

 そこまで重く考えていなかったが、俺も一応、人前での使用は避けるべきだとは思っていた。ジェイドさん達の前でこのスキルを使ったのは……恥ずかしながら、信頼の証である。
 ジェイドさんは心なしか顔を赤らめ、プイと顔を逸らしてしまった。

「……さっき忠告したばかりだ。あまり会ったばかりの人間を簡単に信用するな。……い、命の恩人が酷い目にでも遭ったりしたら、こっちの夢見が悪いからな!」


『ツ、ツ、ツンデレだと!?』


 ……唐突に親友の大樹たいきのセリフが思い浮かんだんだけど、どういう意味だろうか?

「ジェイド、恥ずかしいからってその言い方はないわ……」
「心配なら心配と、素直にそう言えばいいと思いますよ?」
「なっ!? 違う! 別にそんなんじゃ――」
「わりーな、ヒビキ。さっきも言ったがジェイドって素直じゃねえんだわ。気にすんな」
「カーネイル!」

 何となく分かったことがひとつ。どうやらこのパーティーの中で、ジェイドさんはいじられ役だったらしい。三人でジェイドさんをからかっている雰囲気が、とても楽しそうで、うらやましかった。
 ……俺も早く仲間に会いたいなぁ。クロード、リリアン、ヴェネくん、大丈夫かな?

「もういい! とりあえず、ヒビキのおかげで魔物の匂いに関する心配はなくなったことだし、交代で休憩をしよう」
「気を張る必要がなくなったとはいえ、見張りは必要だもんな。なら、まずは俺が見張りを――」
「あの……」

 俺は遠慮がちに手を上げた。再び全員の視線が俺に集まる。
 最初に見張りを買って出てくれたカーネイルさんも既にヘトヘトだ。じっと見れば、足がプルプルと震えていた。

「どうしたの? ヒビキ君」
「えーと……カーネイルさん、もうクタクタですよね?」
「ああ? ……ああ、もしかして心配してくれてるのか? そりゃあ結構疲労は溜まってるが、見張りだけなら何とかなるさ」
「もちろん、カーネイルさんならやれないことはないとは思うんですけど、休めるなら全員で休んでしまった方がいいかと思って……『診療所』開設」


【技能スキル『医学書レベル2』を行使します】


 俺が手をかざした先の壁に、木製の扉が出現した。扉には『ヒビキ・マナベ診療所』のプレートが吊るされている。

「「「………………は?」」」
「ここでなら全員でゆっくり休めます。入ってください」

 俺が診療所に入ると、ジェイドさん達は混乱しながらもふらふらと室内に足を踏み入れた。
 中は木造りの、異世界風保健室といった感じ。木製の机に、マジックポーションが保管されている木製の薬棚。部屋の脇には木製のベッドが二台置かれている。
 保健室らしく、それぞれのベッドはカーテンで仕切れるようにもなっている。嬉しい配慮だ。
 ジェイドさん達はそんな室内を不思議そうに眺めていた。――と、鍵閉めなきゃ。
 ガチャリと扉の内鍵を回すと、ジェイドさんが驚いたようにこちらに振り返る。

「今、急に外の気配が感じられなくなったぞ!?」
「鍵を掛けると扉が消えて、外界から隔離されるんです。外の気配も感じられなくなるんですよ」
「……なんじゃそりゃ」

 驚きのあまり、カーネイルさんはただ一言呟くだけだった。

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