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4巻

4-3

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「一体この部屋は……何なのですか?」

 ヘルムさんが部屋を見つめながら俺に尋ねた。答えは決まっている。

「……ス、スキルかな?」
「いやいやいや! そんなスキル聞いたことないからな! 部屋を作るスキルって何だよ! 何なの、お前! 鑑定士じゃなかったのかよ!? 意味が分かんねえ!」

 俺の職業は『鑑定士(仮)』である。……ホント、何だろうね『(仮)』って。

「正直俺にもよく分かりません。ただ、役に立っているので文句はないです」
「だろうな……こんなスキル、誰もが欲しいに決まってる。マジで何なんだ、これ……」

 諦めたようにカーネイルさんは肩を落とした。とりあえず部屋の使い方の説明を――殺気!?

「ジェ、ジェイドさん……?」

 バッと振り返ると、そこには、今にも射殺いころしそうな鋭い眼光を放つジェイドさんがいた。


「ヒビキ……分かっているとは思うが、このスキルも……」
「み、みだりに人前では使いません!」

 恐怖のあまり即答である。だが、俺の回答は間違っていなかったようで、ジェイドさんの眼力が少しばかり和らいだ。

「絶対だぞ。お前のスキルはどれひとつとっても奴隷落ちさせたくなる」
「確かに、誰にも入ることのできない部屋を作るスキルなんて、欲しがる人間は山ほどいるでしょうね。特に裏組織の人間ならなおのこと……どんな汚い手を使って不法奴隷にされるか分かったもんじゃないわ。ヒビキ君、本当に気を付けないと奴隷落ちまっしぐらだからね」
「は、はいいいいいいいいい!」


       ◆ ◆ ◆


『サポちゃんより報告。「ステータスサポート」が復旧しました。サポちゃんより以上』


「…………ふえ? サポちゃん?」

 今、何時だろうか? 懐中時計どこにやったかな……。
 隣に目をやると、隣のベッドで眠るヘカーテさんの影がカーテン越しにもじもじと動いているのが見えた。何してるんだろう?
 ベッドから起き上がり目をこする……そうか、サポちゃんが元に戻ったのか。
 ボス戦で俺を全力支援してくれたサポちゃんは、しばらくその機能を停止していた。一晩ってようやく復旧することができたようだ。

「よかった、目が覚めたか!」
「あ、おはようございます、カーネイルさん。どうかしました?」

 ベッドのカーテンを開けると、慌てた様子のカーネイルさんと目が合った。彼は近くに置かれた長椅子で眠っていたのだ。

「部屋を出たいんだけど、扉はどうすればいいんだ?」
「部屋を? 何か外に忘れ物でも?」
「違う、その……用をしてえんだよ」

 ああ、そういうことか。でも、男同士なんだからそんなに恥ずかしそうにしなくてもいいのに。
 それに、わざわざ外に出る必要などない。なぜならこの『診療所』には――。

「向こうの角にトイレがありますから好きに使ってくれれば――」

 ――ビュンッ! ……ベッドのカーテンを巻き上げ、一陣の風が吹いた。

「あっ! ヘカーテ! 今俺が便所を使おうとしてただろうが!」

 言われて気づく。さっきまでいたはずのヘカーテさんの影がベッドから消えている。

「早い者勝ちよ! 恥ずかしいから離れててよね!」
「くっそおおおおおおおおお!」

 何というか、朝から騒がしい人達である……カーネイルさんが終わったら俺もトイレに行こう。
 みんなで朝食を取った後、俺達は『診療所』を出て石造りの部屋へと戻ってきた。
 これからハーフミスリルアーマードベアを含めたボス戦報酬の分配を決めるのだ。
 ちなみに、俺の事情については朝食の時にかいつまんで説明した。
 あくまで俺が転移罠に掛かって第十九階層にやってきたことだけだ。俺や仲間の個人的事情、主神様がくれたスキル、イヴェルのことなんかは話していない。
 言ったところで信じてもらえる気がしないし、冒険者同士で事情の探り合いをするのはご法度はっととなっているらしいから、彼らも深くは尋ねてこなかった。
 第十階層で転移罠に掛かった、という話には疑問を抱いたようだけど……。

「それで、報酬の分配っていうのは何をどうするんですか?」
「とりあえず、まずは宝箱の中身の確認だな」
「確認してなかったんですか?」

 確か俺が目を覚ますまで一時間ほどあったはずだ。
 俺の疑問に答えてくれたのはヘカーテさんだった。

「あの宝箱、報酬に見せかけたミミックなんて場合もあるのよ。今は鑑定士のヒビキ君が一緒にいるわけだし、急いで確認する必要もなかったから、君が回復したら鑑定してもらおうと思ってたの」
「ああ、そういうことですか……でも、ミミックがいるのか」
「たまにそういう外れがあったりするから、ダンジョンって油断できないのよね」

 困ったものだと言わんばかりにため息をつくヘカーテさんだが、俺としては、ミミックであってくれた方が嬉しい。
 技能スキル『宝箱』を発動させてミミックを倒すと、失ったスキルを取り戻せるだけでなく、『宝箱』の容量が増えるのだ。
 ……どうかミミックでありますように。『鑑定』発動。


【技能スキル『鑑定レベル6』を行使します】
【 名 前 】宝箱
【 備 考 】第二十階層ボス戦の報酬。中身は蓋を開けてのお楽しみ。


 俺の肩がガックリ落ちる。

「なんだ、ミミックじゃなかった」
「なんでがっかりするんだよ? よかったじゃねえか」

 まあ、カーネイルさんの反応が普通だよね。とりあえず四つの宝箱全てを鑑定していく。
 一つ目、二つ目、三つ目……うーん、どれも普通の宝箱。四つ目……おや?

「やった! 四つ目はミミックだ! 他はどうでもいいのでミミックは俺にください!」
「いや、だからなんでミミックに喜ぶんだよ?」

 カーネイルさんは不思議そうにしているが、嬉しくないはずがない。これで『複製転写』を復活させられるのだから。

「……とりあえず、中身を確認してしまおう」

 一つ目の宝箱に入っていたのは金のインゴットだ。その重量およそ十キロ。
 この世界で売れば金貨五千枚ほどの価値があるらしい。

「こっちは、剣ですね。ヒビキ君、見てもらえますか?」

 二つ目の宝箱には一振りの剣が入っていた。さやの装飾がなかなか美しい逸品だ。


【技能スキル『鑑定レベル6』を行使します】
【 名 前 】ストロンガーブレード
【付与 魔法】身体強化フィジカルストロング
【物理攻撃力】+180
【 機 能 】身体強度・身体機能強化(装備時限定二割増)
【 備 考 】MPを毎秒5消費することで最大三割増まで強化可能。


 なかなかの逸品じゃない? 鑑定結果を伝えるとジェイドさんが目の色を変えていた。
 そして三つ目の宝箱を開けると……あれ? これは……。

「宝箱の中に宝箱? 中身はからっぽじゃない。何なのこれ?」


【技能スキル『鑑定レベル6』を行使します】
【 名 前 】簡易宝箱(容量極小)
【 備 考 】収納能力を持つ魔法箱。収納容量は二十七立方メートル。
       時間経過なし。希少ランクS


 間違いない。俺のスキル『宝箱』の劣化版みたいな魔法道具だ。俺の『宝箱』には遠く及ばない容量だけど、それでも縦横高さ三メートルの倉庫を持ち運べると考えれば十分役に立つ。
 案の定、『簡易宝箱』の説明をしたら「これだけは俺達に譲ってくれ!」と四人に懇願こんがんされた。
 もちろん快諾した。俺には『宝箱』があるから不要だし、俺が欲しい物はただひとつ。

「ミミックさえもらえれば他の報酬はいりません」
「「「「そんなわけにいくか!」」」」

 全員に即反対された。な、なんで!?

「いい? ヒビキ君。冒険者たる者、報酬に不適切なかたよりが生まれることは、悪いことだと覚えておかないといけないわ。変な前例を作れば、いずれ全く別の面倒事を生み出す要因になることもあるの。だから冒険者は、きちんとその働きに見合った報酬を受け取らなければならないのよ」
「お前の貢献はかなり大きい。だから、お前が望んだとしても、本来報酬とは言えないようなミミックだけ渡して終わりだなんてことには、絶対にしない」

 ヘカーテさんはさとすように、ジェイドさんは有無うむを言わさぬ態度で告げた。
 そしてカーネイルさんも続ける。

「正直、今回のボス戦はヒビキがいなかったら負けてた――つまり死んでた可能性が結構高いと思うぜ。戦闘のペース配分にお前の『鑑定』が役立ってたし、あの遠距離回復がなかったら、戦列が乱れてまともに戦えなかったかもな」
「ヒビキ君がくれたマジックポーションがなかったら、私はMPが切れてたわ。というか、ヒビキ君がいなかったらみんなの回復にしか魔法を使う余裕はなかったでしょうね」
「確かに、姉さんの牽制けんせいや遊撃、ヒビキ君の回復全てが揃ってようやくといった感じでしたね」

 ヘルムさんが頷くと、ヘカーテさんは俺に笑顔を向けた。

「何よりボス戦の後、確実な安全を確保してくれた点は大きいわ。ダンジョンでは戦った後の対応を間違って命を失う場合もあるんだから。それに、久しぶりにベッドで眠れたし。ふかふかでとても気持ちよく眠れたわ。おかげで疲労もすっかり取れたもの」
「そういうわけだ。全員お前には感謝しているんだから、俺達の気持ちだと思って受け取ってくれ」

 ジェイドさんがそう締めくくった。
 うう、そこまで言われるとさすがに断れない。まあ、断る必要がないといえばないんだけど。
 結局、俺は金のインゴットとハーフミスリルアーマードベアの素材をもらうことになった。
 アイアンアーマードベア二体と『ストロンガーブレード』、そして『簡易宝箱』がジェイドさん達の取り分だ。二つの魔法道具はどれも希少だけど、俺には無用の長物なので彼らに譲った。
 ハーフミスリルアーマードベアを俺が受け取ったのは、『簡易宝箱』の容量の問題だ。
 でかすぎるのだよ、鎧クマ君。初手から君を収納しては、今後得られるであろう素材を回収できなくなるのだ。
 俺に金のインゴットが振り分けられたのは、二つの魔法道具の代金のようなものらしいが――。

「……それでもちょっと多すぎないかな?」
「「「「譲歩はしない」」」」

 何というか、太っ腹な人達である。この世界の人達は主張がはっきりしているから断るのが大変なのだ。日本人的にはもう受け入れるしかないっぽい……大金を持ち歩くのはちょっと怖いなぁ。

「それで、ミミックなんてどうするんだ?」

 まだ蓋を開けていないミミックを見つめながら、カーネイルさんが不思議そうに尋ねてきた。

「ミミックを倒すと、俺の『宝箱』の収納容量が拡張されるんですよ」
「……どんだけ反則なんだよ、そのスキル」

 呆れた様子のカーネイルさんに離れてもらい、俺はミミック戦を実演した。
 戦闘にそれほどの時間は掛からなかった。ミミックの行動パターンはこれまでと変わらず、特に苦戦することもなく倒すことができた。
 感心するヘカーテさん。

「ヒビキ君、案外戦い慣れてるのね」
「……しばらく第十九階層を彷徨さまよっていましたから。一人で」
「ああ、そうだったな。……よく生き残れたな。素直にすごいと思うぞ」
「ありがとうございます」

 俺の肩に手を置くジェイドさんの瞳には、若干尊敬の色が見えた気がした。俺、頑張った。


【技能スキル『複製転写レベル4』を取得しました】
【技能スキル『宝箱』のレベルが上がりました。レベル3→レベル4】


 戦闘後、破壊された宝箱が元に戻っていく光景はみんなを驚かせていた。そして念願の『複製転写』の復活も果たされた。これで食料問題は解決だ。ついでに矢も。

「さて、これで報酬の分配は完了だが……ヒビキはこれからどうするつもりなんだ?」

 一段落ついたところでジェイドさんが尋ねてきた。俺の答えは既に決まっている。

「俺はここに残るつもりです」
「えっ!? 一人で!? 危険だわ、私達と一緒にいましょう!」

 ヘカーテさんは俺の選択を想定していなかったのか、かなり驚いていた。だが、今の俺の最優先事項はダンジョンを攻略することじゃない――仲間との再会だ。
 ダンジョンを先へ進むジェイドさん達と一緒に行くことはできない。

「姉さん、ヒビキ君は一緒には行けませんよ。朝食の時に言っていたではないですか。ヒビキ君の仲間は彼を探し、こちらに向かってダンジョンを攻略中なのですよ? 彼がこれ以上一人で下層に行ってしまっては、仲間達が大変です」
「それは、そうかもしれないけど……」
「ヒビキと仲間には、互いの存在を感知できるスキルがあるって聞いただろ? 仲間が必死にヒビキを追いかけてるってのに、当のヒビキが離れてどうすんだよ。仲間が可哀相だろ?」

 今朝、俺は『主従繋糸』をクロードに伸ばした。そして理解した。
 ――今、クロード達は第十九階層にいる。
 夢の中で糸が繋がった影響だろうか、『主従繋糸』の反応が大きく向上していた。
 会話ができるほどではないけど、クロードがどのあたりにいるのか、かなり正確に把握できるようになっている。
 今は第十九階層の中盤あたり。あと数日もあれば、きっと彼らは第二十階層に辿り着く。
 それは俺が上層への階段を見つけるよりも早いだろう……だから待つんだ。ここで。

「俺の仲間はボス戦に勝ってここに来ます。だから、俺は待つことにします」

 俺がそう言うと、ジェイドさんはスッと目を細めた。

「……あのボスを相手に、お前の仲間は勝てるっていうのか?」
「もちろんです。俺の仲間は頼りになるし、強いんですよ……ん?」

 ジェイドさんの質問に答えた瞬間、妙に右手がうずいた。確認してみると『真正主従契約』の霊紋からほのかな光が浮かんでいた。

「右手なんか見て、急にどうした?」

 ……どうやらジェイドさんには見えていないらしい。この光は一体……?


『サポちゃんより報告。「主従繋糸」の強度が向上しました。サポちゃんより以上』


 サポちゃん? 『主従繋糸』が強くなったのは嬉しいけど、急にどうして。


『サポちゃんより報告。従者は忠誠を、主は信頼を捧げることによって、「主従繋糸」は強度を増します。ヒビキ様の信頼が糸を強くしました。心にお留め置きください。サポちゃんより以上』


「どうかしたのか?」
「いいえ、何でもないです」
「そうか。もう一度確認するが、お前はここに残るんだな?」
「はい!」
「……分かった。気をつけろよ」

 ジェイドさんの問い掛けに、俺ははっきり答えた。ジェイドさんも理解してくれたのか特に何も言わずに受け入れてくれた。
 ただ、ヘカーテさんはそうではなかった。

「ちょ、ちょっと、本当にヒビキ君を一人にするの!? ここは第二十一階層よ。危険すぎるわ!」
「大丈夫じゃねえか? ヒビキが普通の冒険者ならさすがに俺も止めるが、ヒビキには例の部屋があるんだぜ? 危なくなったら逃げ込めばいい。むしろずっとあそこに住んでいたっていいんだ。問題ないだろ」
「食料の問題があるのでさすがにずっとは無理かもしれませんが、それでも仲間を待つくらいは大丈夫だと思いますよ、姉さん」

 実はできなくはないという事実。『複製転写』が復活した以上、食料は増やし放題だ。しかも時間経過を無視して保管できる『宝箱』があるので、いくらでも溜められる。生活魔法で水は用意できるし、『診療所』にはトイレも水場もある。
 ……うん、できるね。『診療所』引きこもり生活。

「ヘカーテ、ヒビキの意思を尊重しろ」
「ジェイド……うう、トイレとベッドが……」
「そっちかよ……」
「ち、違うわよ! そ、そりゃ、ダンジョンにいてベッドに入って眠れるなんて、好きな時に安全にトイレに行けるなんて、物凄く魅力的だけど……私は本当に心配してるの!」
「欲望が駄々洩だだもれですね、姉さん……」
「あの……俺の仲間がここに来るまで、みんなも残るって手もありますよ? 俺達の目的もダンジョン攻略なので、みんなが揃った後なら同行してもいいですし」

 ヘカーテさんは俺の提案を聞くとパッと華やいだ表情を浮かべ、ジェイドさんの方へ勢いよく振り向いた。

「それだわ! ジェイド、私達も残りましょう!」

 だが、ジェイドさんの眉間みけんのしわが凄いことに……。

「ダメだ。俺達のパーティーが最下層へ一番乗りするんだ。だから、俺達は今日すぐに出発する」
「ジェイドおおおおおおおお!」
「行くったら行くからな!」

 結局、ジェイドさんの決定をくつがえすことはできず、ヘカーテさんも泣く泣く出発の準備をするのだった。
 そして一時間後、準備を終えたジェイドさん達との別れの時がやってきた。

「それじゃあ、俺達は先に行くが十分気をつけろよ。魔物が出たら即退避だからな」
「はい、気を付けます。心配してくれてありがとう、カーネイルさん」

 カーネイルさんは大きな手で俺の頭を撫で繰り回した。

「食料を分けてくれてありがとう。でもいいのかい? 調味料を含めて、本当にたくさんもらってしまったけど……」
「もちろんです。その気になればまだまだ融通できますよ?」

 冗談だと思ったのか、ヘルムさんはクスリと笑みを零すと、俺と握手を交わした。

「ヒビキ君、本当に気を付けてね。あの部屋を利用できないのはつらいけど……って、そうじゃないわ。あの部屋があるからって過信しないようにね。第二十一階層の魔物がどれほど危険か分からないんだから。あと、マジックポーションも分けてくれてありがとう……お互い頑張りましょうね」
「はい。仲間と再会できたら俺も攻略を再開します。すぐに追いついてみせますよ」
「まあ……ふふ、ですってよ、ジェイド?」
「ふん、絶対に追い付かれてやるものか。このダンジョンを制覇するのは俺達だ」

 機嫌きげんそうに眉根を寄せながら、ジェイドさんは右手を差し出す。俺も右手を出し、握手を交わした。
 カーネイルさんの言う通り、ジェイドさんって素直じゃないけど……やっぱりジュエルさんとよく似てる。

「……死ぬなよ」

 ほら、俺の心配をしてくれるし。嬉しさのあまり、思わず握手をする手に力が入る。
 すると、なぜかジェイドさんが顔をしかめた。

「ジェイドさん、どうかしました?」
「いや、右の手首に軽く痛みが走ってな」
「あら、治療しそびれたところがあったかしら? ちょっと見せてちょうだい、ジェイド」
「――あ、ヘカーテさん。だったら俺が治療しますよ。『ヒール』」

 握手をしたまま回復魔法を掛ける。小さな光がジェイドさんの手を包み込み、やがて消えた。
 手を放し、ジェイドさんに腕を確かめてもらう。特に問題ないようだ。

「悪かったな、助かった」
「いいんです。これはジェイドさんのための回復魔法だから」
「……俺のため?」
「あれ? ジュエルさんから聞いてませんか? 前回ジェイドさんを治療した時にみんなから集めたMPは使い切ってないんです。『ヒール』二回分だったので、あと一回分残ってますよ」
「ああ、そういえばそんなことを姉さんが言っていたような……ないような……」

 どうやらジェイドさんは全く覚えていないらしい。まあ、治療した俺の顔を見ることなくダンジョンにとんぼ返りしたわけだし、覚えているはずもないか。

「あと一回分残ってますから、今度再会した時に必要ならやりますよ。だからジェイドさんも、絶対に死なないでくださいね。約束ですよ?」

 一瞬目を丸くしたジェイドさんだったが、次の瞬間、柔らかな笑みを浮かべていた。

「……そうだな。それは、死ねないな」

 これには俺どころかヘカーテさん達もびっくり。じろじろと見つめられたせいで、ジェイドさんはすぐにいつものムスッとした表情に戻ってしまった。……ただし、耳まで真っ赤である。

「さ、さて、そろそろ出発するぞ!」

 照れ隠しのようにジェイドさんがみんなに向かって声を張った。ヘカーテさん達も荷物を背負い、本当に別れの時がやってきた……て、あ、忘れてた!

「ジェイドさん、これ、よかったら使って」

 みんなが準備している間に用意しておいた餞別せんべつを渡し忘れるところだった。危ない危ない。

「……これは?」
「第二十一階層の地図だよ」
「「「「……………………は?」」」」

 復活した『世界地図』で、周辺の地図を作っておいたのだ。ただ、第二十一階層は広い。『世界地図』の有効範囲だけではこの階全てを網羅することはできなかった。
 それでもダンジョン攻略の助けにはなるだろう。俺からのささやかなお礼である。
 ……だが、四人は地図を見たまま固まっている。

「みんな、どうしたの? ……あ、偽物じゃないよ。俺のスキル『世界地図』で確認しながら描いた地図だから間違いないはずだよ」
「『世界地図』……」

 慌てて弁明した俺に対し、ジェイドさんはこめかみを押さえながら大きくため息をついた。
 ヘカーテさんがジェイドさんから地図をひったくり、カーネイルさん、ヘルムさんとともに地図をジッと見つめる。昨日周辺の偵察をした三人は、地図の正確性を確かめているのだろうか?
 少しして、顔を上げたヘカーテさん達は困惑した様子でジェイドさんに視線を向けた。

「ジェ、ジェイド!」
「……ダ、ダメだ。ダメったらダメだ。俺は先に行く。行くったら行くんだ!」

 まるで自分に言い聞かせるような態度に、俺は首を傾げた。ジェイドさん、どうしたんだろう?

「ここに来てなんて爆弾を……後ろ髪を引かれる思いってこういうことを言うのね……ハァ」
「遠距離回復に収納能力、安全な寝床に、そのうえ完璧なマッピングですか。参りましたね……」

 ヘカーテさんとヘルムさんからなぜか哀愁あいしゅうを感じる。何? 本当にどうしたの?

「あ、あの、カーネイルさん、みんなどうして……」
「……とりあえずヒビキ、例の部屋を出してくれよ」

 カーネイルさんは笑顔でそう言ったが、どこか有無を言わさぬ怒気をはらんでいた。

「――え? あの、どうして……みんなもう出発するんじゃ……」
「そのつもりだったけど、まあ、一時間や二時間遅れたところで大して変わらないわよね」
「このまま旅立つと、後で後悔しそうですしね。構いませんよね、ジェイドさん」
「ハァ……まあ、仕方ないだろう。こればっかりは……」

 なぜかヘカーテさん、ヘルムさん、ジェイドさんは互いに納得した様子だ。
 ……この雰囲気知ってる。嫌だ。
 俺の仲間も時々、全員分かってますって感じで『アレ』をやるんだ。
 俺は一歩、また一歩後退する。しかしみんなは許してくれず、四人で俺を追い詰めてきた。
 あっという間に後ろは壁である。
 ま、間違いない、この感じ。みんなは俺に『説教』をするつもりだ。でも、何について?

「さあ、ヒビキ、部屋の扉を出せ」
「ヒビキ君、言う通りにしてちょうだい」
「ジェ、ジェイドさん、ヘカーテさん、な、なんか雰囲気が怖いよ? 俺、怒られることなんて別に何も……」

 ――ブチリ。
 何かが切れる音がした。

「「「「全然分かってないじゃないかあああああああああああああああああ!」」」」


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