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3巻

3-3

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 門を出たフィルズは、ビズに乗って森の中に入って行く。

「ちゃんと伝えてなかったな。エン達を連れて、辺境に行くつもりなんだが、いいか?」

 ビズには、出かけようと声をかけただけだった。周りに遊びに来た冒険者がいたので詳細を言わずにいたというのもある。だが、ビズは気にすることなくついて来てくれた。フィルズを信頼しているからこその行動だ。
 エン達というのは、三つ子のフェンリルの亜種だ。ビズと同様に守護獣でもある。しかしまだ子どもで、守護獣としての自覚も足りていない。
 ビズは辺境と聞いて察したらしい。

《ブルル……》
「ああ。氾濫が起きる。それも、かなり大きなやつが……」
《ヒヒィィン》

 それは楽しそうだとビズは笑った。少し戦闘狂せんとうきょうな面もあるが、場所や状況を考えてくれる冷静さも持っているので安心だ。逆に、暴れても問題ない場所や状況ならば、遠慮えんりょなく大暴れする。

「やる気満々だな。あの森なら、多少力加減を間違っても大丈夫だろ? エン達はまだ本気で力を使ったことがないみたいだからな」
《ブルルっ》

 良い機会だと納得するビズ。

「心配はしないんだな」
《ブルル!》
「おっ、そこまでビズがあいつらを認めてるとは思わなかったよ。でもそうか……今までもあいつらを狩りに連れて行ったりしてたもんな」
《ブルル》

 今までも、ビズはエン達の所へ行って、狩りを見せたり、獲物を追う方法や逃げる方法を教えたりしていたようなのだ。
 守護獣は特別な存在ゆえに孤独になりやすい。亜種であることで、親からも違う存在として避けられてしまうのだ。エン達も親から捨てられた過去があった。
 同じ生まれの理不尽りふじんを思い、ビズは彼らの親代わりになろうとしたのだろう。種族が違うなんてことは気にしない。純粋な子どもへの愛情を感じた。
 独りで生きてきたビズだからこそ、あの三匹だけでも生きていけるようにと考え、生きるすべを教えていたのだろう。

「今回のことが終わったら、あいつらも町に連れて行くつもりだ」
《……ブルル》

 それはまた周りが騒ぎそうだと、ビズはため息混じりで頷く。

「そうだなっ。きっと母さんとか大騒ぎするぞ」
《ブルル……》

 連れて行ってもらえるエン達は喜ぶだろうな、とビズは少し苦笑気味に伝えてくる。これに、フィルズも苦笑した。

「ああ……はしゃぎ過ぎて暴走するのが目に浮かぶよ」
《ブルル》

 そうだなとビズも頷いた。

「ビズは町に慣れたか?」
《っ……ブルル》

 ビズはまあまあだと伝えてきた。少しばかり照れながらだ。多くの友好的な冒険者達との交流や、クラルスやフィルズの異母兄いぼけいであるセルジュ達、フィルズの家族との触れ合いは、ビズにとっても良い経験で、嬉しいものだったようだ。

《ブルルっ……ブルっ……》

 ビズの傍に付けているクマのブルーナが、ビズの言いたいことや伝えたいことを、かなり正確に読み取って冒険者達に伝えるので、随分とおしゃべりになった気がするとのことだ。

「いいと思うけどなあ。嫌じゃないんだろ?」
《……ブルル……》
「そんな不本意そうにするなよ。俺も……最近は少し前の……母さんと暮らすようになる前までより、お喋りになったよ。けど、悪くない。言いたいことを言えるって、結構大事だ」

 生きるためにと、密かに屋敷を抜け出して冒険者をしていたフィルズ。その間、母クラルスは部屋に閉じこもり、何年も顔を見ることがなかった。夫婦の問題が根幹こんかんにあったのだ。子どもとしてそこに首を突っ込むことに躊躇ちゅうちょしていた。
 前世の記憶がなければ、フィルズも離れに閉じ込められたまま、外に目を向けることもなかっただろう。だから、クラルスを連れ出したことも、家を出たことも良かったと思っている。

《……ブルル》

 そうかもしれないと小さく同意したビズを撫で、フィルズは笑った。

「ビズも、俺にはちょっとぐらいワガママ言っていいんだからな? これは、いい女の特権ってやつだ」
《っ……ブルルっ》
「ははっ。照れるなよ。お前は文句なしで強くて美人で、俺が知る最高のいい女だよ」
《ブルルっ……》
「もちろん。人の女よりもだ」
《ブルル……っ》

 照れるビズ。ファンを自称する冒険者達にみつがれるのにも慣れた様子だったが、直接的に褒められたりすると、まだ気恥ずかしいらしい。そういうところはとても可愛いとクラルスにも好評だ。


 洞窟が近付いて来た。

「さてと……おっ、珍しいな。並んでお出迎えか」
《ブルル》
「ん? そうか。そういうこともあるのか。ここからでも感じるんだな」
《ブルルっ》

 どうやら、離れてはいても、エン達も辺境の異変に気付いているらしい。何より、フィルズとビズが来るのを察して待っていたようだ。フィルズは彼らとも誓約しているため、察しやすいのだろう。
 三匹の毛玉にしか見えないフェンリルの子ども達は、フィルズが地に足を着けたのを確認した途端、待ってましたとばかりに飛び掛かる。

「うわっ」
《ワウンっ》
《クンっ》
《キュンっ》
「っ、ちょっ、一気に来るなっ」


 受け止め切れず、フィルズは倒れそうになったが、すかさずビズが機転を利かせてフィルズの背を支えた。

《ヒヒィィン!》

 ビズがやめろと注意すると、フィルズに当たっただけで地面に着地することになった三匹は、項垂うなだれる。

《っ、ワゥゥ……》
《っ、クゥゥン……》
《っ、キュン……》

 三匹は身を縮めて伏せの姿勢でフィルズの足下に並んだ。

「はあ……ありがとな、ビズ」
《ブルル》

 ビズの胴を撫でて礼を伝えたフィルズは、かがみ込んで三匹に手を伸ばす。トントントンと頭を軽く叩いてやった。

「落ち着いたか? まったく……はしゃぐのは仕方ないが、お前達を一気に抱えるのは無理だからな?」
《ワゥ……》
《クゥゥン……》
《キュンっ》

 ごめんなさいと伏せのまま少し頭を下げる。はっきりとした意思を持つからか、人にも理解しやすい行動をする。また少し、賢くなってもいるのだろう。
 孤児の子ども達と同じだ。幼い頃から、甘えられる相手がいなかったために、考える力が早く身についてしまったようだ。
 こうして独りで生きていくからこそ、守護獣達には人と同じように考える力が付くのかもしれない。
 フィルズは三匹の前に立つと、両手を広げた。

「ほれ、一匹ずつならいい。誰からだ?」
《ワフワフっ》
《クンクンっ》
《キュンっ》

 しばらく三匹で話し合うと、頷き合い、小豆あずきいろの末娘――ハナが数歩下がる。
 そして、フィルズの腕に飛び込んだ。

《キュン、キュンっ》
「よしよし。ジャンプ力も加減も上手だ。えらいぞ」
《キュン!》

 ハナが満足するまで撫でる。そして、もういいよと言うように頷くと、ハナはフィルズの腕から飛び降りる。
 ハナが着地したと同時に、距離を取って次に跳んで来たのは灰色の次男坊――ギンだ。こちらもストンとフィルズの腕にハマり込む。

《クゥゥンっ》
「おっ、今のも良かったぞ。ん~、前より少しだけ重くなったな」
《クゥン?》
「ちゃんと食べてたってことだ。えらいぞ」
《クンっ!》

 よしよしと撫でられて満足したギンは、くるりと体を後ろに回して飛び降りる。
 次にエンだ。

《ワフっ》
「いつも最後まで待ててえらいな。お前は、頼りになるお兄ちゃんだ。けど、無理することないからな? 俺にはワガママ言ってもいい」
《ワフ……ワフっ》

 薄茶色の長男――エンが甘えるのは、いつでも二匹の弟妹の後。自分が守らなくては、我慢しなければ、という意思がとても強い。三匹の中でのリーダーだからこそかもしれないが、それを自然に受け入れているところがある。
 だが、彼らは三つ子だ。同じ時間を生きている。フィルズからすれば、エンへの負担が大きいように見えていた。
 前世で感じていたらしい理不尽なことへの反発心。それを知っているため、エンが無理をしないように気を付けている。エンは甘えるのも下手なのだ。だから、よくよく言い聞かせる。

「俺の方が、お前よりも兄ちゃんなんだからな?」
《ワフっ、ワフワフっ》

 それを聞いて、そうだったと気付く様子は、可愛いものだ。
 エンがギンやハナよりいつも遅く眠って、早く起きているのも知っている。だから、甘やかせる時はなるべく甘やかす。
 もちろん、ギンやハナが嫉妬しっとしないように、二匹が見ていない時にだ。

「よし。いい子だ」
《ワフっ!》

 エンも満足して飛び降りると、フィルズは三匹に伝えた。

「さあ、今日から遠出をするぞ。狩りの練習に行く。出かけるから、皿とかおもちゃとかも持って行くぞっ」
《ワフ!》
《クン!》
《キュン!》

 弾丸だんがんのように洞窟へと駆け出していく三匹を見て、フィルズは目を丸くする。

「アイツら……足速くない?」
《ブルル……》

 鍛えたから当たり前だ、知らなかったのかとビズに呆れられた。

「すまん……あれなら確かに、問題ないわ」
《ブルル》

 そうだろうと、ビズは得意げだった。

 ◆ ◆ ◆

 辺境伯領主であるケトルーアは、いつものように冒険者のよそおいで一人、町に出ていた。
 灰色の髪に大きな体躯たいく。瞳の色が、右が黒、左が灰色というオッドアイ。ひたいまゆの辺りに深い傷があり、凄みを聞かせている。だが、よく見れば整った顔立ちだと女性達には人気らしい。
 話してみれば気さくで、人柄も良いため、この辺境に住む者の多くが彼を慕っていた。
 背負って持つのはつかの部分が赤い二本の大剣。それだけでも、知り合いでなければ声をかけようとは思わない。
 そんな男の肩には、この数ヶ月で見慣れた、灰色のクマが鎮座ちんざしていた。フィルズがケトルーアに送った、ホワイトと同様の魔導人形である。

《ふんふんふ~ん》
「スー。さっきから機嫌きげん良くね?」
《あるじしゃまにもうすぐあえるんでスー》
「ん? それって、フィル坊が来るってことか?」
《そうでスー♪》
「へえ。珍しいなあ。あいつが氾濫の時以外にわざわざ来るなんて」

 こう言われて、スーと呼ばれたクマはフリフリと機嫌良く首を横に振り、足をぶらぶらしていたのを止めた。首をコテンとかしげながら、横にあるケトルーアの顔を見る。

《……?……『森の様子がおかしいです』と、あさのおふろのときにつたえたでスよ?》
「……マジ?」
《……マジでス……またきいてなかったでス? だからもりにむかってるとおもったでスー》
「……マジか……」
《む~》
「いや、マジすまん……っ。ってか、マズイじゃんかっ!」
《しらないでスー》

 プイっと、ねてそっぽを向くスー。
 その時、森の方から大きな音がひびいた。土煙が上がっている。

《『変異種へんいしゅギガホーンボルアが爆走中。注意されたし』だそうでスー》

 仲間のクマからの通信を受信したスーがそう言った。

「えっ、あの土煙のとこ?」
《カベがえぐれてるみたいでスー》
「やべえじゃん!」
《やべえでスー》

 ケトルーアは完全に棒読みになっているスーに気付く。

「ちょっ、ごめんって。機嫌直してっ」
《イヤでス~》

 そっぽを向いたまま報告だけ寄越よこすスーに謝りながら、ケトルーアは駆け出した。
 スーは、座る姿勢から肩にぶら下がる体勢に素早く変えており、振り落とされることなくついていた。

《Cちてんのイルアより『ウルフ、トレント、トモリ、各種確認。上位種と変異種も多数確認した』だそうでスー》

 また別のクマからの通信を報告するスー。森の中には現在、クマが二体偵察に出ている。ウルフはおおかみ型の魔獣。トレントは木の魔物。トモリは、トカゲのような魔物だ。

「C地点って、門から五キロ先っつってなかったか?」
《おぼえてたでス? えらいでスーっ》

 褒めるようによしよしと、スーが届く範囲にあるケトルーアの後頭部を撫でた。

「あ、マジ? 褒められんの嬉しいかも」
《スイルね~さまは、ほめないでスか?》
「……怒られる方が多いからな……」
《のみすぎたり、ひるまからバカさわぎするからでスよ!》
「しゃあねえじゃん……他にやることねえし」
《……スイルね~さまに『報告しました』》
「えっ、そ、それって……っ」

 ケトルーアの走る速度がちょっと落ちた。表情がっている。

《ほうこくしました》

 もう一度念のためとスーは伝える。これに頷きながら、ケトルーアは眉を寄せた情けない顔になる。

「つ、伝えちゃった……?」
《つたえました。アルトより『今後は仕事を回すから心配するな』とスイルね~さまからのでんごんでスー♪》
「嫌だぁぁぁっ。机仕事は嫌だぁぁぁっ」

 領城にいるクマを通した妻からの伝言に、ケトルーアは頭を抱えた。
 彼はウォールガン辺境伯家の血を引いていない、婿入むこいりの領主だった。これは女が家督かとくげないという習わしのためなのだが、冒険者だったケトルーアに机仕事ができるはずもない。実際には、直系である妻のスイルが領主としての仕事を請け負っている。
 ケトルーアは、いわば名ばかりの領主ということだ。他の土地ならばバカにしたりする者もいるだろう。実際、王都では貴族達が陰口を叩く。だが、昔からこの土地では、女も男も実力が全て。平等に全ての権利を持つ。『やれる方がやる』というのが常識だ。
 男の多くは、この地を守るために兵士となって門の外へ出て行くのが常だ。そうなると、女だからと守られ、待つだけでは生活は立ち行かない。だから、どちらかといえば女の方が強い。店でもなんでも、女が取り仕切ることの方が多かった。事実上の領主が女であっても構わない土地なのだ。

《スイルね~さまが、そんなしごとまわすはずないでスよ》
「え、いや、だってさあ」

 大男が情けない顔で泣き言を言うなと、スーがパシリと肩を叩く。

《しゃきっとするでスー。ほら、はしって》
「っ、おう、すまん」

 このケトルーアとスーが良いコンビだというのは、既に定着した周りからの評価だった。
 今も、異変に気付いて後ろから追ってきている冒険者達や兵達が、二人を微笑ましそうに見ている。そしてケトルーアの肩にいるスーが、彼の妻の元にいるもう一体のクマ――アルトとやり取りできることも知られているのだ。クマを通してまた言い合いでもしてるのかなと察しての微笑であった。
 この辺境では、夫婦喧嘩や言い合いをするほど夫婦仲は深まると言われている。そのため、なぐり合いの喧嘩をしていても、見物に回って手を叩くのが普通だ。

《むしろ『机仕事』なんてさせたら『余計に時間がかかる』ってわかってるでスよ》
「お、おう? ん? ま、まあ、そうだな」
《『適材適所』でスー。きっとすわるヒマもなくなるでスよ》
「……え? そ、それはそれで厳し……」
《あっ『馬車馬のように働かせてやんぜ』って、わらってるみたいでスー。よかったでスね♪》
「……よ……っ、良かねえぇぇぇ!」

 ケトルーアは頭を抱えて叫びながら、外門へと向かった。
 そんな彼の様子を見て、非常事態だというのに、周りの人々は『今日も領主夫婦は仲良しだな~』と笑っていた。



 ミッション② 氾濫時でも慌てず対応



 フィルズはエン、ギン、ハナを一緒にビズに乗せ、空から辺境へとやって来た。

《ワフワフっ!》
《クンクンっ!》
《キャンっ!》
「こら。はしゃぐな。落ちるぞ」

 かごに入れて抱えているのだが、三匹はずっと籠のふちに前足を乗せて、外を見回し、興奮気味だった。こうしてビズに乗ることは初らしい。ビズが狩りを教える時も、移動時に乗せてはいなかった。その上、空を飛んでいるのだ。興奮するのは当たり前かもしれない。
 ハナが大興奮で伝えて来る。

《キュンキュンっ、キュン!》
「ん? 飛びたい? ビズみたいに? ビズのって、固有魔法じゃなかったか?」
《……ヒヒィィン》
「多分か……いや……魔法だしな……できないことはない……のか?」
《キュンっ》

 やりたいとつぶらな目を輝かせるハナ。それを聞いて、エンとギンも静かに期待する目を向ける。

「……ちょっと考えてみるよ……」
《キュン、キャンっ》

 やったと喜ぶハナ。そして、兄であるエンやギンと一緒に飛ぼうねと話していた。ものすごく期待しているようだ。

「……ハナの結界の再現はできたし……アクラスに相談してみるか……」

 愛し子であるフィルズは、神と直接会って話をすることができる。魔法をつかさどる神、アクラスとまた研究してみるのも悪くないと頷く。そして、改めてビズの光るつばさを見る。

「……ビズ、後で触ってみてもいいか?」
《ヒヒィィン》
「おう。悪いな」
《ブルルっ》

 ハナ達のためだし問題ないとビズは笑った。

「さてと……土煙も見えるが……始まったわけではなさそうだな」

 氾濫は突然始まるが、それなりに予兆よちょうや段階はある。
 森の奥にいるような凶暴な魔獣や魔物が出て来るまでには、まだ少し時間があるはずだ。強いからこそ、小さなものが動いても簡単には動じない。
 特にこの森の奥に棲む魔獣達は賢く、氾濫となって出て来るのはごくわずかだ。
 氾濫は魔獣や魔物の暴走だ。混乱し、何かにかされるように常の生息範囲から逸脱いつだつしてしまう。そして、普段は出会わないようにしている人間や天敵てんてきとなるものとも出会でくわし、更に混乱して安全な所を目指そうと、強力な魔獣達のいる森の奥とは反対方向に駆け出す。
 すなわち、森の外へだ。
 向かう途中で同じように駆ける者達と出会い、この流れに乗っていけば大丈夫だと数の多さに安心感を得て、れとなって森から溢れ出すというわけだ。
 氾濫の原因は様々ある。魔獣の数が増え過ぎたことによる不安からくるものや、強大過ぎる気配が動くことで起きる場合もあった。

「前回のは、繁殖期の氾濫にしては小規模で中途ちゅうと半端はんぱだったからな……おかしいと思っていたが……」
《……ブルル……》

 ビズは同意しながらも、森の奥へ鋭い視線を向ける。森が終わり、その先にある高い山を見つめた。その山には、ドラゴンがむと言われている。古くからの言い伝えだ。本当にその姿を確認したという話は、ここ数百年出ていない。

《……ブルルっ》
「ん? 本当にドラゴンがいるのか?」
《ブルル……?》
「何がだ?」
《ブルル……》

 同じ気配を感じないのかとビズは不思議そうだ。今まで、フィルズと共感できなかったことはなかった。だから、少しビズも戸惑っている。それを感じたフィルズも動揺どうようした。
 そこに突然、ようの神トランと月の神ユランが空中に現れる。それも、フィルズの両サイドにだ。

「っ、トラン、ユラン? 今日はどうした?」

 問い掛ければ、それぞれフィルズの体に片手を置いて、フワフワと浮きながら斜め前に移動する。そして、フィルズの目を見て二人は同時に告げた。

「「共感する」」
「ん?」
「「できる」」
「……」
「「……」」

 しばらく見つめ合う。読み取れるのは、真剣な思い。それだけだ。何をどうして欲しいのかが、全く分からない。思わずいつも通訳をしてくれる神殿長を思い浮かべてしまう。
 その思考を振り払い、改めて声をかけた。何事も諦めてはいけない。

「……何をどうしろと?」
「「……ん……」」
「……」

 トランとユランは考え込み、二人で顔を見合わせたりして頷き合う。何やら決まったらしい。

「まず、繋がりを感じる」
「繋がりが感じられるはず」
「……繋がり……ビズとのか?」
「「そう」」

 ビズとの繋がり。それがあると知っていながらも、意識したことはなかったと気付いた。
 思えば、ビズはフィルズが人気ひとけのない所に来ると、いつでもどこからともなく現れた。それは繋がりを感じていたからだろう。
 近くにいれば、フィルズは自然にビズの意思を感じ取り、話ができた。これも繋がりの力だ。フィルズがそう意識していなかっただけ。だから、それを意識すれば理解できた。

「っ……ッ⁉」

 ぐらりと視界が揺れて慌てる。急激に感覚を寄せ過ぎたようだ。
 トランとユランが注意する。

「「引いて!」」
「ッ……っ……」

 あせって今度は一気にその掴んだ感覚を切ってしまった。息を整え、今度はゆっくりと息を吐きながら近付けていく。

「……これくらい……っ、か? っ、なんだ……っ、この気配……っ」
《ブルル……》
「ああ……分かる」

 とてつもなく大きな気配が、確かに拍動するかのように、強くなったり弱くなったりして感じられる。


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