『敵は家康』刊行記念【特別対談】早川隆×伊東潤<歴史・時代小説の面白さ -史実と物語の狭間で->

『敵は家康』刊行記念【特別対談】早川隆×伊東潤
<歴史・時代小説の面白さ -史実と物語の狭間で->

『敵は家康』刊行記念! 本作がデビュー作となる新鋭、早川隆氏と『峠越え』など数々の著作で知られる伊東潤氏の特別対談が実現。第6回歴史・時代小説大賞で特別賞を受賞し待望の書籍化を果たした本作や歴史・時代小説を書く醍醐味について語る。

家康が唯一優れていたのは「根気」

早川

私が伊東先生の作品の中で一番好きな『峠越え』も徳川家康を扱っていますが、とにかく、冒頭のシーンの巧みさに感服しました。信長が来るというので、饗応の支度をする際にいろいろ気をまわしてひたすら焦る家康の心情が描かれているんですが、ほんの数ページだけの描写で、当時の家康のままならなさ、精神的に追い込まれている様子が見事に伝わります。『敵は家康』での松平元康(家康)は、『峠越え』の家康をかなり意識して書いたんです(笑)。ものすごく熱いものを持ってる人だけど、ちょっと不器用なところもあるというイメージ。幼い頃から人質になっていたので、前後左右に気を配って生きなければならぬ故に、バランス感覚を持ちつつも自分の本心を隠し持っているという。それをそのまま書いたという感じです。家康像というものも、史料に基づいて書かれたわけですよね。

伊東

私の家康像だって司馬さんの影響を受けていますよ。ただ注意せねばならないのは、長く生きた人物って晩年の姿のイメージが付きまとうので、すべてを知り尽くした全能の人物や人格者だと思われがちです。しかし人には成長や変化があるので、必ずしも若い頃から人格者だったわけではない。そういう固定観念を取り払っていくのが大切だと思います。僕も今は「人間発電所」と名乗っていますが、長生きできれば大人格者と呼ばれますよ(笑)。

早川

いえ、すでに大人格者ですよ! この対談を呼びかけてくださいましたし(笑)。ところで伊東先生は、徳川家康という人物をどう捉えてらっしゃいますか。

伊東

若い時は血気盛んで典型的な武将肌の人物だったと思います。しかし苦渋に満ちた経験を積むにつれ、一言では捉えきれない「ぬえ」のような人物になっていったのではないでしょうか。彼の場合、生き残るのに精いっぱいで、目の前の危機を何とか乗り越えていった感があります。それで気づいたら、ライバルたちは先に死んでいた。そこで初めて、「自分には世を静謐に導く使命があるのではないか」と思ったという感じですね。秀吉が死んだ後も、豊臣政権内での権力闘争を勝ち抜くことが目標で、天下を取ろうと思い始めたのは、関ヶ原の戦いで勝利した後になってからでしょうね。

早川

他の人たちが死んでしまったというのはラッキーでしたね。

伊東

本当にラッキーでした。北条早雲、毛利元就、武田信玄、上杉謙信、そして信長と秀吉といった英雄たちは、政治や軍事の才能から人心掌握術まで、あらゆる点で家康に勝っていたと思います。家康が唯一優れていたのは「根気」ですね。彼は元々短気なところがあったので、よくぞ自分を涵養(かんよう)したと思います。

早川隆、伊東潤
左から早川隆、伊東潤

昔の人も現代の私たちと何も変わらない

早川

私は、『敵は家康』で家康など実在の人物を後景に置きつつ、弥七やねずみという架空の人物をメインに描きました。しかし架空の人物、あるいは昔の人だからといっても、同じ人間。現代の私たちと人間としては何も変わらないというのが私なりの信念です。意地悪をされたら嫌だと思うし、当時の身分秩序があったとしても、やはりかわいそうなものはかわいそうだと思うはず。そのあたりは変わらないと思ってます。それを前提で書いているので、物語に出てくる人物たちに、きっとどこか共感いただける部分もあると思います。できれば、なるべく多くの人に読んでいただけたらと思いますね。

伊東

最近ネットなどで、よく「当時の価値観やメンタリティとは違うだろう」的なことを言う人がいますが、喜怒哀楽といった感情の部分は、昔も今も変わっていません。だから歴史小説の存在意義があるんです。その点、『敵は家康』には生身の人間の感情が何の衒(てら)いもなく表出できていたので、冒頭にも言ったように「この人は小説家になりたいのではなく、物語を書きたいんだな」と思った次第です。小説家になりたい人の表現は、衒(てら)いや気取りが露骨なので簡単に見破れます(笑)。ただしプロとして活動を続けていくには、様々な作風が必要です。あえて感情の描写を少なくしてハードボイルド的な雰囲気を漂わせるとかね。そうした引き出しが多いかどうかが、作家として長生きできるかどうかの分かれ目になってくると思います。

早川

私が次回作を書かせていただくとしても、当座2〜3作は、手慣れた手法でもよろしいでしょうか(笑)。その後で新しい方法を探りたいと思います。

伊東

多様性も大切ですが、もちろん強みを伸ばしていくことも重要です。早川さんは合戦の描写が巧みだから、合戦の臨場感や登場人物たちの躍動感といった強みを伸ばしていってほしいですね。また今の時代、作家として生き残るには、何らかの形でシリーズ的な要素を盛り込まねばなりません。例えば『敵は家康』で生き残った人物を次作の主人公に据え、主人公をリレー方式でスイッチしていくというのも面白いかもしれません。そうすると、戦国時代をウォークスルーできる一大サーガが構築できると思います。

早川

なるほど、それは面白そうですね。先生、これからもご指導よろしくお願いします。

伊東

こちらこそ!

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早川隆

広島県出身、インターネットベンチャー勤務の傍ら、2019年より執筆活動を開始。アルファポリス第6回歴史・時代小説大賞の特別賞を受賞した「礫」を「敵は家康」に改題し、出版デビュー。

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伊東潤

1960年、横浜市生まれ。早稲田大学卒業。ビジネスマンを経て2010年より専業作家。主に歴史・時代小説を執筆。文学賞多数受賞。代表作に『修羅の都』『茶聖』『巨鯨の海』『国を蹴った男』『江戸を造った男』『囚われの山』などがある。

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