道を極める

大人がハマる高級“モデルカー”の仕掛人

2017.08.15 公式 道を極める 第26回 小林豊孝さん

実車を忠実に再現し、細部までこだわり抜かれて作られるモデルカー。中でも特に精巧さが愛好家から絶大な支持を得ている「Spark Model」。その国内初拠点となる南麻布のショールームを任されているのが、長年、雑誌出版社の編集長として趣味文化発信の一翼を担ってきた小林豊孝氏。多くの“元少年”たちの心を掴んで離さない「車」の魅力、自身も憧れ続けた世界を仕事の舞台にしていった「好奇心の力」を辿ってきました。

(インタビュー・文/沖中幸太郎

大人の心を鷲掴みにする、高級な“玩具”

小林豊孝(こばやし・ゆたか)

 

Spark Japan
編集者

 

1963年、東京・浅草生まれ。幼少期よりスーパーカーに魅せられるも、大学までは陸上競技一筋の体育会系。大学卒業後、インテリアメーカーを経て、クルマ雑誌の編集者、趣味の雑誌、ムック本を手がける出版社と、編集畑を歩む。二十数年の編集者生活で培った審美眼を活かし、モデルカーブランドSparkの日本進出を機に、Spark Japanとして業務に参画している。【Spark Japan フェイスブックページ】。

――(店内中央に飾られた製品を見て)これは「ミニカー」なんですか?

小林豊孝氏(以下、小林氏):それは1/8モデルといって、文字通り実車の8分の1サイズ、ミニカーと呼ばれるものの中ではかなり大きなものです。このモデルでは世界で十数台程度しか生産されていないもので、また、ここでしか販売していません。そうした大きなサイズから、1/18、最も一般的な1/43から1/64、1/87サイズと、大小さまざまなモデルを展示販売しています。ミニカーと言うと、一般的には子どもが遊ぶ「おもちゃ」をイメージされるかと思いますが、私たちが取り扱うものは、普及帯の1/ 43モデルで1台8000円前後と、ちょっと高価な大人のための「玩具」であり、細部まで本物を忠実に再現すべく、徹底的にこだわって作り込まれています。その精巧さから、私たち愛好家の間では、ミニカーと呼ばずに「モデルカー」と呼ぶ人も多いです。

ここは、数あるモデルカーメーカーの中でも、特に精巧さが評判のMINIMAX社製Spark Model(スパークモデル)を取り扱う正規代理店で、国内初の拠点として、ショールームの役割も担っています。Spark Modelのブランドは一般的な他メーカーと違い、設計から開発、生産まで同一拠点にあり、自社工場を持ち、独自の素材で開発体制を敷いています。小ロットのマニアックな車種など、今までの業界の常識ではできなかったモデルカーを数多く世に出しています。

社長のHugues Ripert(ウーゴ・リペール)氏の、モデルカーへの並々ならぬ情熱が盛り込まれたSpark Modelは、月に平均して40種類ほどの新製品がリリースされています。例えばレーシングカーでは同じ車種でも、レースによってボディやウィングの形状も異なり、さらにスポンサーのロゴマークやゼッケン、車検証なども違ってくるのですが、そうした部分に至るまで、とにかく本物を忠実に再現しているのが特徴です。その精巧な作り込みをじっくりと堪能して欲しいとの想いから、このギャラリーではネットでの取り扱いは一切せず、店頭でのみ販売をおこなっています。

――大人にしか追求できない、贅沢なこだわりが詰まっています。

小林氏:そんなSpark Modelを求めて、はるばる遠方からお越しになる方も少なくありません。このショールームでは常時1000台以上を展示していますが、さらに隣には、そうしたモデルカー愛好家のための会員制ラウンジも備えています。すでにリタイヤして趣味の世界に没頭されていらっしゃる方から、普段の仕事の合間を縫ってお越しになられる方まで、主にスポーツカー世代と呼ばれる、車に憧れを持った“元少年”たちが集まり、交流できる場にもなっているんです。

私自身、幼い頃「車」に夢を見た“元少年”の一人です。ただ、憧れを抱きつつも、多くの人たちと同じように一度は普通に会社に就職し、その後、どうしても車の世界への憧れを捨てきれずに、「好き」を仕事にしてしまった人間なんです。まったくの異業種から飛び込んで、雑誌編集者として車の世界を深く知るようになり、さらに定年を待たずして脱サラしてしまい、こうして憧れだった車の世界で仕事をさせてもらっています。ここに至るまで、車をはじめ、さまざまなものに興味を持って生きてきましたが、好奇心で進んだ先には、いつも今に繋がる「次」の世界へと引き上げてくれる方々の存在がありました。

「憧れの原点」は、父の姿

小林氏:「車」そのものへの憧れの原点は、私の父でした。父は「いすゞ自動車」に勤めていて、特に東京から工場のあった栃木県に転勤になってからは、工場長だった父の職場を見る機会に恵まれ、車への想いもますます強くなっていたように思います。ちょうど、スーパーカーブームと呼ばれる時代が私の幼少期なのですが、当時流行っていた漫画『サーキットの狼』を友達と回し読みしては、互いに覚えたセリフを披露していましたね。車雑誌の『モーターマガジン』や『CG(カーグラフィック)』で紹介される、「フェアレディZ」や「ポルシェ」などの車に憧れ、よく道路(ほぼあぜ道でしたが)を眺めては、そうした憧れの車が通らないかと待っていたものです。もちろん栃木の田舎道ですから、遭遇することはなかったのですが(笑)。

――好きなことに、とことんのめり込んでいます。

小林氏:車に限らず、「好き」と思うことについてはとことんのめり込まないと気が済まなかったんです。車の他に、蒸気機関車にも興味がありましたし、切手ブームであればその収集に凝ったりと、要はミーハーだったんだと思います。東京・晴海で開かれるスーパーカーイベントの招待券を手に入れるために、応募券がついた歯ブラシや歯磨き粉を親に頼み込んで大量に買ってもらったのを覚えています。父は、私が小学校6年生の時に亡くなったのですが、今でも、いすゞの「117クーペ」や「ベレット」を見ると、当時の情景が浮かんで懐かしくなりますね。

父が亡くなって東京の町田に戻ったのですが、中学・高校と陸上競技一色になりました。都立高校時代の夏合宿では、跳躍競技の有名なコーチに見出され、ジュニアオリンピックや日本選手権、国体にも出場し、一時はそのままスポーツの世界で生きることも考えていましたが、この時、私は将来に対する考え方を大きく変えることになりました。

というのも、スポーツにはつきものですが、何回か大きな怪我をしてしまったことで、それまでいろいろな大学から推薦のお声がけをいただいていたのが、ピタッと止んでしまったんです。運よく、ジュニア世代の頃から目をかけてもらっていた先生からの推薦で大学には進めたのですが、怪我一つで運命が変わってしまうことに少し考えるようなところもありました。それで、これから先、ずっと陸上で生きていくのは難しいと思うようになっていたんです。

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アルファポリスビジネス編集部

アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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