道を極める

ミシュラン星つきシェフの、夢を掴む超ポジティブ思考

2017.08.01 公式 道を極める 第25回 米澤文雄さん

ニューヨーク発の高級フレンチレストラン「Jean-Georges(ジャン・ジョルジュ)」。その東京店を託されたのが、数々の有名店でエグゼクティブ・シェフなどを歴任してきた、米澤文雄氏。21歳で単身渡米し、同N.Y本店で見習いから日本人初のスー・シェフ(副料理長)に抜擢され、その後、料理界から引く手あまたとなった若き一流料理人。そんな彼が修業時代から常に持ち続けた哲学――料理の技術よりも大切だと説くのは「すべてを楽しみに変える」超ポジティブ思考でした。

(インタビュー・文/沖中幸太郎

ミシュラン星つきシェフの試行と挑戦

米澤文雄(よねざわ・ふみお)

 

料理人

 

1980年、東京浅草生まれ。幼い頃、母の料理とその喜びに触れ、料理の世界へ。高校卒業後、恵比寿のイタリアンレストランで4年間修業したのち、02年に単身で渡米。毎年三ツ星を獲り続ける高級フレンチ「Jean-Georges」本店で日本人初のスー・シェフにまで登りつめる。帰国後、日本国内の名店で総料理長などの経験を経て、JG日本初進出を機に、レストランのシェフ・ド・キュイジーヌに抜擢。現在、国内外の美食家たちに腕を振るいながら、新たな料理の創作と独自の挑戦を続けている。【オフィシャルサイト】。

――“日本オリジナル”の新しいフレンチに、世界中が注目しています。

米澤文雄氏(以下、米澤氏):アメリカ・ニューヨークを中心に、世界中で38店舗のレストランを展開するフランス人シェフ、ジャン・ジョルジュ・ヴォンゲリスティン氏。彼の長年の夢であった東京進出を果たしたのが、ここ「Jean-George Tokyo」です。2014年3月に六本木に開店して以来、日本はもとより、世界中から多くのお客さまにお越しいただいています。

100席以上もあるニューヨークの本店に比べ、あえて席数が抑えられた東京店には、日本の料理文化に魅了されたジャン・ジョルジュ氏の特別な想いが込められています。フレンチでは珍しいオープンカウンターを唯一東京店で設けているのも、日本の「割烹料理」のような、料理人がお客さまの目の前で調理し、振る舞う舞台装置を体現したいという彼の願いからでした。

――その舞台の“指揮者”として、シェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)を務められています。

米澤氏:ジャン・ジョルジュ氏から受け継いだ独創的な料理を追求する想い、そこに日本人ならではの繊細な味覚や、四季を色濃く反映した、“日本オリジナル”のヌーベル・キュイジーヌ(新しい料理)を、皆さまにお届けしています。さらに「日本ならでは」を楽しんでいただくべく、世界38店舗中東京店だけの、コースの各料理にあった日本酒を提案する“日本酒ペアリング”など、常に新しい取り組みをおこなっています。

「Jean-George」の元に集まった情熱溢れるスタッフたちと触れ合い、料理を通じて「挑戦の喜び」を共感できる今は、とても充実しています。もちろん、楽しいことばかりではありませんが、大変さも含めて「喜び」と感じられるのは、人を笑顔にできる“料理”そのものが大好きだからなんです。そんな料理への想いとともに、私が大切にしてきたのは、常に物事をポジティブに捉えていたいという気持ちです。見習いからこの世界に入り、たくさんの現場で経験を積ませていただきましたが、ただの一度だけ「辞めたい」と思うことがありました。そんな料理人最大のピンチを救ってくれたのも、そうしたポジティブ思考だったんです。

「観察力×ポジティブ思考」で開いた料理人の扉

米澤氏:そうした考え方は、母親譲りの部分があるのではと思っています。私が生まれたのは浅草で、いわゆる下町育ちです。父は勤め人ではあったものの、やはり典型的な江戸っ子で頑固タイプ。何かあるとすぐにへそを曲げてしまう父に、献身的に尽くしつつも、どこかさらりと受け流す母。嫌な顔ひとつ見せないその姿が、私の性格にも多分に影響していると思います。

そうした両親の元に育った私ですが、小さい頃から、どこか理屈っぽい子どもだったようです。両親の性格を分析したがるのもそうですが、他者の行動を観察してしまうようなところがあったんです。そこで、ある日、人の気持ちがわかるのなら、それに応えていこうと思うようになりました。無理してそうしようと思ったのではなく、応えることで人が喜んでくれるのが嬉しかったんです。そして、それは料理でも同じでした。

私は、家の料理の手伝いをするのも大好きで、納豆をかき混ぜるのと、みそ汁の味噌を溶かすのが自分の担当でした。それも、家族が目の前で喜んでくれるのが嬉しくて、褒めてくれればくれるほど、次から次へと料理を覚えたいと思うようになり、しまいには手伝いの範疇を超えて、料理の品数を増やしていました(笑)。

私は、音楽と体育と家庭科以外、おおよそ勉強と名のつくものは、からきしダメだったのですが、母は私の性格を見越してか「そんなに料理が好きなら、将来は料理をする人がいいかもね」と、自分がこの道に進むことを後押ししてくれた最初の人でした。私はそれ以降、一度も親から「(学校の)勉強をしなさい」と言われたことはありません(笑)。

――親からの“お墨つき”をもらって。

米澤氏:幸運にもそうして、早いうちに好きなことを見つけることができて、親も認めてくれたので、早く料理の世界に飛び込みたくて仕方がありませんでした。それでも親からは、高校までは出ておきなさいと言われ、それには、しぶしぶ従うような形でした。高校の3年間はとにかく勉強そっちのけで、チェーンの居酒屋やデパートのビアガーデン、屋形船のお仕事など、とにかく飲食に携われるならと、アルバイト三昧でした。

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アルファポリスビジネス編集部
アルファポリスビジネス編集部

アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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