道を極める

群雄割拠のラーメン戦国時代を駆け抜ける戦略家

2017.11.07 公式 道を極める 第31回 生田智志さん

失敗から学んだ「人心経営」の本質

生田氏:そうして偶然出会った仕事でしたが、ここではたくさんのことを学びました。この頃は、経験がない分、頭の中も真っ白の状態で、社長がビジネス書を読めと言えば素直に読み込んで、そこでの気づきを付箋にメモして、日々の業務で実践していましたね。もともと、本や人から聞いて習った知識を、実際に自分で実践せずにはいられない性格でしたので、知識と自分の感覚の差を埋めていくことが楽しかったのです。

――特性が活かせるぴったりの居場所に出会えました。

生田氏:ところが、このあとが「地獄」でした。店長としての店舗運営が評価され、その手腕を業績の悪い別店舗でも発揮して欲しいと、自分は地元の北九州から、福岡市内にある代表的な商業ビルの中にあるお店へと異動を命じられることになったのです。そこは、今では考えられないくらい最悪の店舗環境でした。

それまでの店長としての「実績」もあった自分は、意気揚々と改革に乗り出しました。一つひとつ、北九州の店長時代と同じように、改善をスタッフに指示していたんです。ところが自分が発する命令に、アルバイトスタッフはまったく言うことを聞いてくれません。一所懸命やればやるほど、熱を入れれば入れるほど状況は悪くなる一方。改革どころか、しまいには退職者が続出し、一時は店舗運営が立ち行かなくなるほどになってしまったんです。

「なぜうまくいかないのか」「北九州ではうまくいったのに」。考えれば考えるほど、「自分の頑張りが足りないから」だという結論に進んでしまい、自分を追い込むことによって補おうとしていたため、体と精神のバランスも限界に来ていました。このままでは潰れてしまう、一体どこに活路があるのか……。ギリギリの精神状態の中で「お店をよくすること」だけに集中し、何度も自問自答する中で辿り着いたのが、「正論を押し付けても、正しい結果には繋がらない」ということでした。

自分の場合、正論さえ通せば、物事は正しい方向に向かっていくものと信じ、それに向かって「頑張って」いたんですね。現に北九州時代は、それでうまくいっていたという成功体験もあったわけです。でも福岡では、お店が正常に運営できなくなるという結果を招きました。変えなければいけないことに囚われていた自分は、その対象としてお店やスタッフばかりに目を向け、自分自身に気づかずにいたのです。

――「頑張ること」と、よい結果はイコールではない。

生田氏:もちろんよい結果を出すには頑張らなければいけませんが、頑張ったからといって、よい結果が保障される訳ではない。「こんなに頑張ったのに」という言葉がありますが、その頑張りが間違っていないかを冷静に振り返ることは、よい結果を出すためには欠かせません。

そもそもアルバイトから店長になったのと、急に外部から来た店長では、スタッフとの信頼の度合いが異なります。焦るばかりで「自身」の状況が見えていなかった自分は、体を壊してようやく冷静に「状況」を観られるようになりました。今までの自分のやり方に一つひとつ疑問符をつけ、まずは信頼関係を築くために、スタッフに対して、命令ではなく質問や問いかけをするようになっていきました。

「自分が変わる」ことで、少しずつ周りの空気も変わっていく。光が見えたのは、そこからでした。いくつかある店舗の中でも最低と言われていた店舗が、1年かけて北九州の時のように繁盛店になっていったんです。今となっては当たり前すぎることかもしれませんが、いくら自分の正しさを振りかざしたところで、相手を無視したものであれば伝わらない。働く「人」の幸せにつながらなければ、お店だってうまくいくはずがないんです。この時代は、そうした「当たり前」のことを肌身で覚える時期でしたね。

未来の地図は“動くこと”で描かれていく

生田氏:その頃、会社の成長と自分の成長は幸運にも同じ方向を向いていました。福岡での改革の成功のあとも、さまざまな現場で失敗と学びを重ねていましたが、その中で、東京進出の話が持ち上がり、自分は新規出店を担うエリアマネージャーとして、東京に赴任することになったのです。

「福岡より物理的にパイの大きい東京なら、もっと多くのことに挑戦できるのではないか」。常々そう考えていた自分には、東京進出は願ってもないチャンスでした。実は社内で、そうした話が浮上してすぐの頃から、自分はことあるごとに社長や上司に「東京に行くなら自分に任せてください!」と頼み込んでいました。いつか東京進出が現実味を帯びた時に、すぐに自分の名前を思い出してもらえるよう、彼らの視界に積極的に飛び込むようにしていたんです。

――“動くこと”によってのみ、未来は変わる。

生田氏:目に留まる行動、意識下に自分が出てくるようにする。そうして「東京といえば、あっそういえば生田がいたな」と(笑)。やりたいことを成し遂げる時、さまざまな方法があると思いますが、自分の場合は、実績とともに存在感を示すことが大切だと思ったんです。

もちろん、新しいチャレンジでしたので、結果が保障されたものではありませんでした。失敗すればクビになるかもしれない。けれども、未来は動いてやってみるまでわからないものだと思うんです。確固たる自信はなくても、自分が描いた「白地図」に、実績が伴うように「色」を付け足していく。そうやって少しずつ前へ進んでいくしかないと思うんです。

周りを見渡すと、何かに挑戦しようとする時、ついつい「ダメだったらどうしよう」と考えてしまいがちです。けれど、やってみなくては結果が分かりません。圧倒的に「難しいんじゃない」という声の方が大きかったとしても、実際に動いてみるまでそれがどんな答えになるかわからない。「ラーメン凪」も、そうした「反対」の声を跳ね退けてできたお店でした。

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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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