道を極める

「道を極める」スペシャル対談
大來尚順(僧侶)× 立川志の春(落語家)
“古典”を土俵に挑戦する二人(前編)

2017.12.26 公式 道を極める 特別対談

アクセル全開ブレーキ踏まず
直感を信じて飛び込んだ道

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仏教と落語。すぐに共通点を見出した二人の話題は、それぞれの辿ってきた歩みへ。志の春氏は落語との衝撃的な出会いで、大手の商社マンを辞めて落語家の道に飛び込み、大來氏は必然だった「仏教の道」の中で更なる可能性を広げるためアメリカ留学へ。二人の挑戦はどのようにしてなされていったのか。
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志の春氏:仏教と落語以外にも、米国留学の経験など、そのエピソードや背景には共通するところがたくさんありました。

大來氏:私は、2005年から2011年の間に、アメリカの大学院で学んでいたのですが、志の春さんはもう少し前ですよね?

志の春氏:ぼくは1995年から1999年までですね。イェール大学というところで学んでいました。その後は帰国して、三井物産という会社で3年と3ヶ月、商社マンをしていました。

大來氏:志の春さんは偶然というか衝撃的な出会いがきっかけで、落語家の道に進まれたんですよね。

志の春氏:はい、その商社マン時代、妻がまだ彼女だった頃のデート中に偶然、落語に出会ってしまったんです。それまで落語の「ら」の字も知りませんでしたが、それはもう雷に打たれるという表現がぴったりなくらい衝撃的で、「こんなに楽しい世界があるのか。自分の進む道はこれだ」と。直感でしたね。

大來氏:それですぐに飛び込んだ。

志の春氏:いえ、まずはファンレターに毛が生えたようなものを師匠宛に送ったんです。そしたら驚くことにすぐに返事を頂けて、今度見学にいらっしゃいと。そこではじめて高座の舞台裏を見せてもらいました。そしてすぐに「なんて失礼なことをしてしまったのか」と……。

楽屋での張り詰めた緊張感。華やかな高座の裏にあった膨大な準備と気遣い。そういう師匠や目の前で必死に修行している兄弟子たちに対して、自分は会社員という身分のままで落語家になりたいなどと言っている。落語を知らなくても、それがおかしいということはすぐに感じました。それでまずは退路を断って、本気であることを示す、覚悟を決めなければと、会社員を辞める決心をしたんです。

大來氏:周りの反応はいかがでしたか。

志の春氏:猛反対でした。彼女以外(笑)。やっぱり「安定した職業を投げ打っての挑戦」みたいな捉えられ方はしたと思います。周りからしたら「もったいない」ということなんでしょうか。でも自分としては、こんなに素晴らしいものを発見してしまったのに、気持ちに蓋をすることの方がもったいなかったんです。だから実は、それを「挑戦」とされるのも自分の中ではちょっと違っていて。直感を信じて、アクセルを全開にしてしまった(だから失礼なこともした)だけなんです。

大來氏:それまでまったく接点や興味はなかったんですか。

志の春氏:はい、アメリカ留学中はよく同級生から、「お前はなぜ日本人なのに、クロサワもオヅも知らないんだ」と呆れられているくらい、日本のことを何も知らなかったんです。日本映画好きのアメリカ人から「シムラ(志村喬、黒澤明監督映画「七人の侍」の一人)はクールだろう?」と言われても、「志村けんが、そんなにクールなのか」と、話が噛み合わない。映画論議を吹っかけられても、母国の話題なのにまったくついていけない。そんな奴だったんです。大來さんは、それこそ仏教という「軸」を持って向こうに渡ったわけで、そういう点ではぼくと違うんじゃないかなぁと思うのですが。どうだったんでしょう。

大來氏:私の場合、確かに実家のお寺の跡取りとして小さい頃から育ってきましたから、「好き」とは少し違うものの確かに仏教はずっと私の根幹にありました。ですが、正直、アメリカへ渡った時点では、そんなに明確な将来の目標が描けていたわけではなかったんです。よくアメリカに行った理由も訊かれるんですが「アメリカ、かっこいいなぁ」くらいで。ですから、私もアクセルだけでブレーキがなかった(笑)。そのおかげで、もう留学直後は散々なものでしたよ。

日本での大学時代はバックパッカーとして世界中放浪していましたから、それなりに英語も話せると思っていました。ところが、向こうの大学院ではその英語を聞き取るのがやっと。3時間に及ぶデスカッションではひと言も発言できず、同級生からは「同じ大学院生であることが恥ずかしい」と、そのうち議論に加えられなくなり、指導教授からは、提出した論文に対して「評価に値しない」とまで言われる始末で……。AはもちろんD(不可)すらつけられず、丸めてゴミ箱へ捨てられました。楽観的だった私も、さすがにこの時は参りました。

志の春氏:「帰りたい」と思ったことは。

大來氏:何度も思いましたし、泣きじゃくっていました(笑)。それでもなんとか卒業まで続けられたのは、母との手紙や電話でのやりとりで勇気づけられたからです。母の声の向こう側には、たくさんの方々からの応援がある。私の好きなことばに「おかげさま」というものがあるのですが、まさにそうした他者への感謝の気持ちが、留学中も、その後何か新しい事をするうえでも、私の大きな支えになっていったんです。

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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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