トップの力 ジョンソン・エンド・ジョンソンで学んだ経営の極意
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AIとは一芸に秀でた社員

ITの力は、世界の産業と社会の構造を大きく変えた。そして現在も変え続けている。昨今のイノベーションは、ほぼITによって引き起こされたものといえよう。40年前には計算機でしかなかったコンピューターは、いまや重要なコミュニケーションツールに変身している。アマゾンや楽天などの通販企業が飛躍的に発展したのは、ITの力がすでに基盤となっていたからだ。テレビ、通信、カメラなど、ほぼすべてのメディアはITによって大きく形を変えている。ITの進歩と拡大はとどまるところを知らず、もはやITという言葉も旧聞に属するくらいだ。

いま、社会の関心はAIやビッグデータに集まっている。AIがチェスのチャンピオンやプロの棋士に勝つたびに、人々はその技術の進歩に驚き、いつか人間の仕事はコンピューターに取って代わられるのではないかという危惧(および期待)さえ抱いている。AIは日本語では人工知能である。人工知能というと映画の世界では、自ら考え、想像し、ときに人間に危害を加える、極めて人間に近いものというイメージがある。

だが、AI(人工知能)といっても、一足飛びに映画の世界まで行けるわけではない。現在のAIの技術は、「特化型人工知能」と呼ばれるもので、いわば専門分野の知識が豊富な「一芸に秀でた」社員のようなものだ。会社経営のような広範な領域で、総合的かつ複合的な判断をするようなAIの技術は「汎用人工知能」と呼ばれる。こちらはまさにSF映画の人工知能だが、残念ながら「汎用人工知能」は、まだ成果らしい成果をあげる段階にまで至っていない。現在のAI研究では、特化型人工知能の機能の発展・強化を目指す傾向のほうが圧倒的に強い。

AIは省力ではなく増力ツールとして使え

AIが人間に代わって会社を経営するというのは、将来は別として当分はあり得ない話だ。だが、業務内容によっては、AIが主力となって仕事をこなす分野が出てくるということは間違いないだろう。そのためか、最近あちこちで「将来、AIによってなくなる仕事」という記事をよく見る。

大手銀行の中には、本気でAIによって自分の仕事が奪われるのではないかと心配している人もいると聞く。銀行の貸付け業務の根幹である融資審査は、現在ほとんどコンピューターがやっているので、このうえ審査業務に特化したAIが出てくれば、自分たちのやる仕事はなくなるというのだ。

一般企業の人事部門の人からも似たような話を聞く。現在の採用を含む人事の評価はほぼ数値化されているので、評価はコンピューターの計算で決まる。人間が介入しないため余計な先入観や「忖度」が反映されず、公正な評価ができる反面、人間の判断する部分がどんどん小さくなっているという。

この話を聞いた時、わたしの頭には即座に「本末転倒」という言葉が浮かんだ。人間であれば、どんなに抜群の知識と能力を持つ経理部長がいたとしても、トップが経理部長の言いなりになって経営の舵を取ることはあり得ないことである。トップが経理部長に求めるのは生きた経理情報であって、経営判断ではない。経営判断はトップの専権事項である。経理部長にゆだねることはないし、ゆだねてはならない。

もし、そのようなトップがいたら、そのトップは直ちに社長職を退くべきである。AIも、優れた経理部長と同じだ。優れた経理部長は、その分野の知識や能力を存分に発揮してもらい、トップの経営の舵取りに大いに貢献してもらうべき存在である。つまり、社長の仕事に付加価値を加え、パワーアップすることが優れた経理部長の仕事であって、社長の代わりを務めることではない。

同様に、業務の主役はあくまでも人間である社員であって、AIではない。AIは、人間の仕事力をパワーアップするための支援ツールである。AIによって仕事が奪われると考えるのは、産業革命で職を失う、とデモを行った19世紀のイギリスの労働者と同じだ。現実には産業革命によって産業は発展し、その結果、仕事は増え、雇用も増えたのである。

しかし、産業革命によって労働の質が変わったことは間違いない。AIによって仕事の仕方が変わるのは自明だ。これまでと同じ仕事の仕方をしていては、AIに「取って代わられる」という運命が待ち構えている。

「知っている」より「使えること」が重要

AIは知らなくてもよいが、AIの使い方は知らなければならない。AIとともに、最近よく目にするキーワードがビッグデータである。ビッグデータは、人々が使っているさまざまなITツールの履歴のかたまりといえる。現代のサイバー空間には、いつ、どこで、どんな状況の時に、人々がどんな行動をとったのかが膨大なデータとして蓄積されている。そのデータを解析して、「こういうときに、人はこういう行動をとる」という傾向値を導き出すのがAIだ。

お歳暮が最も売れる日はいつか、クリスマスに最も人が集まるエリアはどこか。ここまでは、その分野で経験のある人なら迷わず答えられるだろう。しかし、その日に雨が降っていたら最も売れるものは何か、雨が休日に重なっていた場合はどうか、などの複合的な条件のケースで予測値をはじき出すのは、AIでなければ困難である。AIは、サイバー空間に点として存在している途方もない量の情報を、線で結びつけ分析することができるからだ。

あるタクシー会社では、携帯電話会社が提供する情報とAIを組み合わせ、タクシーに乗りたいと思っている客が、いつ、どこで、どんな状況の時に多いかを分析して乗車率アップに結び付けている。

我々はコンピューターやスマホのメカニズムや、アプリケーションソフトのプログラムを知らなくても、その機能を便利に使っている。自動車の構造には詳しくなくても、車の運転はできる。テレビや冷蔵庫などの家電品も同様だ。メカについては知らなくても、機械を使うことはできる。同様に、AIがわからなくても、使いこなすことは不可能ではない。知っていることと、できることが別物であるように、使えることと知っていることは違うのである。どんなに複雑な機械であったとしても、要は使えればよいのだ。

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プロフィール

新 将命
新 将命

株式会社国際ビジネスブレイン代表取締役社長。
1936年東京生まれ。早稲田大学卒。シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップスなどグローバル・エクセレント・カンパニー6社で社長職を3社、副社長職を1社経験。2003年から2011年7月まで住友商事株式会社のアドバイザリー・ボード・メンバー。2014年7月より株式会社ティーガイアの社外勤取締役を務める。
現在は長年の豊富な経験と実績をベースに、国内外で「リーダー人材育成」を使命に取り組んでいる、まさに「伝説の外資系トップ」と称される日本のビジネスリーダー。
代表的な著書に『他人力のリーダーシップ論』『仕事と人生を劇的に変える100の言葉』『経営者が絶対に「するべきこと」「してはいけないこと』(いずれもアルファポリス)などがある。

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