ビジネス書業界の裏話

実績ある作家と新人作家、出版に有利なのは?

2017.05.11 公式 ビジネス書業界の裏話 第31回
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過去の影がいつまでもついて回る現代

出版実績のない新人作家と既刊本のある作家では、どちらが出版に有利かといえば、一般的には既刊本のある作家のほうが有利といえる。やはり実績はあったほうがそれ相応に物を言うからだ……、と思っている新人作家は多い。事実、私もそう言っていることが多い。だが、これは半分正しく、半分正しくない。実はむしろ既刊本がないほうが有利、というケースもあるのだ。

既刊本があることで、かえって不利になるケースとはいうのは、過去に出版した本がさっぱり売れなかった場合だ。売れなかったという「エビデンス」は、印象としては、出版実績がないことよりもマイナスに響く場合がある。つまり、出版実績が次回作を出すにあたって有利に働く条件とは、過去に出版した本がそこそこ売れていることである。仮に過去に3冊出していれば、1冊は1万部以上の実績がほしいところだ。そのくらいの実績があれば、概ね新しい企画はとんとんと運ぶ。

そうはいうものの、定めなきこそ浮き世なれ。現実には3冊とも初版倒れということは何ら珍しいことではない。マイナスのエビデンスを持ってしまった作家にリカバリー策はあるか、という点についてはこの後に述べるとして、新人作家にとって出版実績がないことは一見不利であるように思うが、むしろ過去のマイナスがない分、印象としては有利とも言えるのだ。ゼロはマイナスよりマシという比較論は、いささかちまちまとした議論であるが、なぜこのような状況になっているのか。それが今回の主題である。

とある企画で出版社と話が進んだとき、担当編集者としては大いにやる気だったのだが、編集会議でストップがかかった。それは、その作家の過去の出版実績が芳しくなかったからである。出版実績といっても10年以上も前に出した本だ。10年以上前に出版実績があることは、わたしも本人から聞いて知っていたが、ビジネス書というよりむしろ専門書に近い本だった。今回の企画とは明らかに異なる。

それで過去の実績など気にもしていなかったのだが、編集会議ではその点がひっかかってしまい、企画としてのオーソライズは先送りにされてしまった。このときは「そういうこともあるのか」とスルーするしかなかったが、現実にいまや、そういうことはよくある。現在では、他社の出版物でも、相当前に出版された本でも販売データを遡って照会することができる。しかも簡単に。そのため、過去に出版実績がある作家の企画を編集会議にかけるときは、実際過去にどれだけの販売実績があったかは必ずチェックされるのだ。

私が現役の頃には、自社出版物のデータであればともかく、他社の出版物の実績はほとんどつかめなかった。せいぜい奥付の重版回数から見当をつけるくらいだ。ところが今は何部売れたかの詳細まではつかめないものの、売れた本なのか、売れなかった本なのかまでは確実に把握できる。そうしたデータが簡単に入手できるため、企画をオーソライズする会議の時に、作家の過去実績が判断材料として使われるのである。

ネット上での「忘れられる権利」が法廷で争われたことがあったが、過去の作品の実売状況が振るわなかった作家にとっても「忘れられる権利」を行使したいところであろう。「この人、売れたんだねえ」というデータがあれば、編集会議は少し前向きに傾くし、「売れなかったんだねえ」というデータならば、やや後ろ向きになりがちだ。今は出版界全体が慎重であるため、概してみんな悪いデータのほうにビビッドに反応する。

よしあしはあれども、とにかくこうした状況であることは現実である。個人的には同じ作家が同じ企画で本を出そうというなら、私だって過去のデータで判断することに高い蓋然性(がいぜんせい)を認めざるを得ないが、企画がまったく異なる過去の実績データを持ち出して判断するのは、トラックと乗用車で性能を比較しているように思えてならない。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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