ビジネス書業界の裏話

「熱い情熱」のある原稿はなぜ人の心を動かすのか?

2017.04.13 公式 ビジネス書業界の裏話 第29回
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作家が目指すべきは「人を動かす」原稿

「太古の昔、人々は夜になると焚き火を囲んで過ごした。やがて誰かが歌を歌いだす。みんなが夜の闇を怖がらないように、誰かが物語を始める。みんなが、明日が今日よりもよい日であることを信じられるように」

これはわたしのオリジナルではない。ある映画のセリフである。といっても、何の映画だったかはよく憶えていない。たぶん『ベストセラー・名編集者パーキンズ』だったのではないか。おそらくセリフも正確な引用ではないはずだ。

歌や物語は、人を鼓舞したり、なぐさめたり、励ましたりするものである。まさにその使命を担っているのが文芸作品だ。人を励ましたり、なぐさめたりするには、歌や物語が「人の心に響く」ものでなくてはならない。これが、歌や物語の「クオリティ」ということになる。

では、ビジネス書はどうか。ビジネス書や実用書でも、やはり人の心に響くことは大切な要素だ。人は論理によって説得されるが、感情によって動くという。論理による説得は、もちろんビジネス書や実用書にとって必要条件だが、行動を惹起(じゃっき)するような感動があれば、さらに十分条件も加わることになる。

「知って行わざるは、これすなわち知らざるなり」と言われるように、知識は行動に結びついて、はじめて役に立つ知識となる。本とは「面白くて役に立つ」ことが理想なのだ。そういう本は必ず読者に支持される。

論理と感情を別の言葉に言い換えると、正しい知識と熱い情熱となる。ビジネス書の作家には、正しい知識を「正しく伝える力」と、正しい知識を「熱く伝える情熱の力」が必要なのだ。熱い情熱のない本は、正しいし、役には立つのだけれども、どこかつまらない。正しい知識はないが、情熱だけはあるという本は役には立たないものの、意外に読者を惹きつける魅力があったりする。情熱の力は侮れない。

ビジネス書は法経書である以上、正しいことと論理的に伝えること(読者に伝わること)は大事だが、読者が心を動かされる中味であれば、さらに望ましい。読者の心を動かす本とは、必ずしも自己啓発書だけではない。実務書であれ、会計の本であれ、生産管理の本であれ、人事管理の本であれ、そこに感動があるに越したことはない。「感動の会計学」という本は、実際に可能かどうかは別として、かなり刺激的だ。

新しい知識を得て感動するというのは、昔から「目からうろこが落ちる」という具合に表現される。新しい知識、新鮮な切り口の評論というのは、それはそれで感動を生む。心が動けば、考え方も動く、心と頭が動けば、必ず身体も動くものである。作家として目指すべきは「人を動かす」原稿ではないだろうか。

日本人は新鮮好き

日本人は、世界でもまれな生食が好きな国民である。2000年代の初頭、ヨーロッパやアメリカで一、二を争う大型スーパーが日本に進出したが、結局、数年でほぼ総撤退した。その背景には、日本人の新鮮好きという食文化があったといわれる。日本の生鮮品の流通現場は、外国のスーパーにとって未知の領域だったのである。

日本では、野菜でも、魚でも、とれたて新鮮が尊ばれる。米も新米、野菜は生野菜に付加価値がある。世界でも珍しい生食文化の国が日本だ。どなたが言った言葉か憶えていないが、学問的な研究は「干もの」を扱う仕事で、時事問題は「生もの」を扱うと語っていた。

新鮮好きな日本人は、読書でも「生もの」を好む傾向がある。新しいものには、とりあえず手を着ける。相続税が大幅改正されて新しくなれば相続税の本を、商法が変わるといえば商法の本を、このようにして制度が新しくなるたびに本は売れる。読者は、必ずしも制度変更で直接影響を受ける人ばかりというわけでもない。制度変更の影響にはあまり関係がなさそうな人であっても、新制度には関心を寄せる。こうして雪だるま式に本が売れるのである。

新しい制度は、それがどんなに新鮮な知識であっても、感動する人はいないので、概ね世間に認知されてしまうと、そこで「撃ち方ヤメ」となる。改正相続税の本は震災の影響で法の成立が遅れ、その間さらに法改正が進んだせいもあり、かなり長いこと書店にあったが、それでもピークは半年くらいであった。

読者は「生もの」好きであっても、概して書籍は「干もの」を扱うものだ。ビジネス書は学問的なものではないので、比較的新鮮なネタを扱うが、それでも雑誌やネットに比べれば「干もの」感は免れない。新鮮さにはほど遠い。では、干物的テーマを扱う場合、読者を惹きつける手段は何だろうか。

それは、やはり「語る技術+熱い情熱」である。

先述したとおり、とりわけ情熱の力は大きい。「これだけは伝えたい」という熱い思いは人の心を動かすからだ。「干もの」は、火を通すことによって旨みが増すのである。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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