ビジネス書業界の裏話

編集者泣かせの原稿 その2 作家の顔が見えない原稿

2017.03.23 公式 ビジネス書業界の裏話 第28回
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作家が著作権者であるためには

出版関係者は著作権法という枠の中で仕事をしている。もちろん作家もだ。そもそも著作権法とは作家の権利を守る法律である。そのわりに作家で著作権に神経質な人はあまり見たことがない。概して、著作権についてはあまり気にしていないのが現状だ。作家はそうでも、出版社は違うだろうと思われている人は多いだろう。

たしかに出版社の中でも、法務関連部門の人間はかなり詳しい。ところが「そんなバカな」と思うだろうが、編集者で著作権法に詳しい人はあまりいない。私も現役時代はそれほど気にしていなかった。

そもそも出版契約書をちゃんと読み込んでいる作家、編集者はどれくらいいるだろうか。よく読んでみると、現実にやっていることと合っていないことが書いてあるのがわかる。このへんの話は今回のテーマではないので、また機会を改めるとして、ここで言いたいのは著作権とは何かである。

本には書いた作家の著作権があるというのは、とりあえず正しい。著作権があるから、作家には原稿料なり印税が支払われるのだ。その著作権の対象となるのは、作家の意見や思想である。書いたものならすべて著作権があるということではない。意見や思想は人によって異なるはずだ。逆に他人と異なったものがない、つまり誰が書いても同じというものには著作権は生じない。

有名な川端康成の『雪国』の冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」は、これと同じ文を書けば誰が見てもパクリ、コピペであることは一目瞭然だ。しかし、著作権の侵害として罪に問われることはない。顰蹙(ひんしゅく)を買うだけだ。これほど有名な一文だが、この文には著作権がない。冬に群馬県と新潟県の国境のトンネルを抜けたときの情景を文章にすれば、誰が書いてもこうなるからというのが、その理由である。実際は誰が書いてもこうなるとは思えないが、著作権とはそういうもののようだ。

個性ある作家の原稿はわかりやすい

作家デビューを志す人の原稿を見る機会はいまでも多い。昔は原稿用紙、いまは添付ファイルと形は変わったが、作家の熱意に変わりはない。変わらぬ熱意とともに、新人作家にありがちな原稿の問題も、やはりいまも昔も変わらない。

新人作家の原稿の問題は、前回述べた「熱意のあまり読者を置き去りにしてしまう」ということがひとつ、「表現に凝りすぎてかえって意味をわかりにくくする」ということがひとつ、そして今回取りあげるテーマである、「作家の顔が見えない」という問題がひとつである。

「作家の顔が見えない」とは、作家の意見や思想が本文中に表れていないということだ。つまり著作権の存在も危うい原稿である。ビジネス書は専門書なので、事実や内容の正確さは重要である。しかし、書いた作家の意見や思想が表れていない、すなわち作家の顔が見えないと、読者は本の内容に引き込まれていかない。

本文を読み進めていくうちに、作家の「声」が聞こえてくるような気持ち、「顔」が見えてくるような気持ちにさせるのが、よい本である。税金の本や生産管理の本は、税法や管理手法の説明が主たる内容である。税法や生産管理の手法は誰が書いても、そう内容に違いがあるわけではない。

といって他の本と同じでは、読者は買ってくれない。買ってくれないということは読んでくれないということだ。誰にも読まれない本ほど哀しいものはない。ビジネス書の場合、読者はよりわかりやすい本を買う。わかりやすいといわれる本は、どれも個性的である。平板なものでわかりやすいという評価を受けることは稀だ。わかりやすさとは、作家の個性から生まれるのである。

個性とは意見や思想だ。作家本人の意見や思想が際立ったものが、わかりやすい本となる。逆にいえば、作家の意見や思想があいまいなままであれば、どんなに文章が上手くても、決してわかりやすい本とはならない。

では、意見や思想を表すためにはどういう方法があるか。思い切って自分の考えていることを、余計な深謀(しんぼう)遠慮を排除して率直に述べることだ。言いすぎるくらい言ったほうが、原稿としてはシャープになる。少なくとも何を言っているのかわからい原稿よりはマシになるものだ。

新人作家の原稿を読んでいて一番気になるのはこの点、すなわちはっきりした主張が見えないことである。原稿の上手い下手などは、書くことに慣れれば誰でも一定レベルになる。しかし、作家自身の意見や思想が見えないというのは、時間が経てばどうにかなるというものではない。わかりやすさとは、作家の個性から生まれるのだ。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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