ビジネス書業界の裏話

作家のための著作権の基礎知識

2017.10.26 公式 ビジネス書業界の裏話 第42回
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そもそも著作権とは何か

わたしの個人的な意見としては、知識や情報は分け隔てなく、すべての人が制限なく受け取ることができてこそ、知識、情報にとっての本望だと考えている。知識や情報は、それを必要とする人の手元に届いて、はじめて生きる。知識、情報は生かされてこそ知識、情報である。著作権を無視することには賛成できないが、著作権を楯に知識、情報の供給が制限されることは、読者にとっても、それを著わした作家にとっても本意ではないはずだ。

一方、著作権は法律で保護されている権利である以上、取り扱いは慎重でなければならない。それが作家としての基本動作である。著作権について聞いたこともないという人はいないだろうが、日常的に見聞きすることではないので、多くの人にとってはその正体があいまいなままだ。作家と出版社の間で交わす出版契約書は、出版権者(出版社)と著作権者(作家)の契約である。

著作権には著作人格権(誰が書いたものか)と著作財産権(誰の知的財産か)がある。著作人格権は書いた本人だけに帰属するもので、本人に無断で勝手に文章を改変することができないのは、この著作人格権に由来する。引用するなら正確にしなければいけないのだ。一方、著作財産権は譲渡や相続も可能だ。

印税を受け取る権利は、この著作財産権に由来している。出版契約とは、いわば作家の著作権を一定期間出版社が使用することを認める取り決めである。印税はその使用料だ。では、書いたものには必ず著作権があるかというと、それもそうとは言い切れない。

川端康成の『雪国』の冒頭、「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」という有名な一文には著作権がないと言われている。これだけの短い文章では、誰が書いてもこのようにしか表現できないからというのがその理由だ。いまさら言うまでもないが、文章は長いものより短いほうが難しい。しかし、著作権法では短い文章は不利なのだ。

また、著作権とは意見や思想、オリジナルな理論、発明、学説などに対して生じるもので、単なる事実に関する記述には著作権は発生しないという説もある。しかし、実際は新聞記事などの事実についての記述であっても、そこには記者の意見やオリジナルな発想があり、著作権は立派に存在するといわれている。著作権の生じない事実に記述とは、「12月25日はクリスマスである」というような一文の場合だ。

基本的に短文に著作権はついて来にくいものの、ある程度の長さの文章には概ね著作権があるという印象である。

著作権侵害のペナルティ

さて、著作権侵害は違法であると述べてきたが、ではその罪と罰はどれほどのものなのだろうか。著作権侵害は、作家にとって名誉の問題である。他人の著作権を侵害したとなれば、当の作家にとっては著しく不名誉だ。だが、それで作家生命を奪われるかというと、著作権侵害で作家を辞めた人はむしろ稀だ。

作家の山崎豊子は何度か著作権侵害で訴えられたが、それで名声に傷がついたという印象はない。井伏鱒二は、代表作『黒い雨』がある被爆者の記録文に酷似していると指摘された。しかし、その被爆者は憤慨することなく、むしろ自分の記録が井伏鱒二の『黒い雨』をインスパイアしたことを喜んでもいた。とはいえ、「盗作」といわれることは、作家にとってなるべく避けたい事態である。

不名誉を除くと、著作権侵害によるダメージは他にないのだろうか。もちろん経済的なダメージもある。まず印税だが、著作権を侵害した場合は他人の著作権を勝手に使って印税を得たのだから、オリジナルの作家に対して損害を賠償しなければいけない。著作権を侵害した部分、つまり無断でコピペした箇所が200ページの本全体の10ページ分であれば、印税の20分の1はオリジナル作家に支払うことになる。別に慰謝料等も発生するかもしれないが、この辺はあまり詳しくない。

印税の配分だけで和解できればいいが、現実には侵害された側は出荷停止を要求することが多い。出版以前であれば出版停止だが、出版されなければ著作権侵害は発見できないので、見つけた段階で出荷停止を要求することとなる。刷り直しを要求する場合もあるだろう。出版社は、事情にもよるが出荷停止による損害を、その原因をつくった当事者である作家に請求することもある。

また、最近の出版社はこの種の事件に神経質であるため、書店店頭から回収に動き出すことが多い。そうすると損害額は数100万円か、それ以上に及ぶ可能性もある。事態がここまで進んで「事件化」すれば、仮にその本がベストセラーであったとしても、出版社が刷り直しに動くことはまずない。作品は市場から消え、損害賠償も発生する。作家にとっては踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂である。それが著作権侵害のペナルティだ。

ただ、こうした損害をすべて作家に請求するという出版社は少ないと思う。裁判所から出荷停止命令が出たとしても、回収を命じられることはないはずで、回収はあくまでも出版社の自主的な判断によるものなので、それらの費用を全額作家にかぶせる版元はなかろう……、と思う。

かつてはゆるやかだったビジネス書も、もはや糊とハサミで作ることは許されない。コピペするなら引用のルールを守ること。もし、引用をしたくないなら、あくまでも自分の文章で表現すること。

元々はドラッカーが書いたことであっても、自分なりに吸収消化し、自分なりの解釈で自分の文章にして表現するなら、それはドラッカーのコピペではないし、パクリでもない。その文章の著作権は、立派にあなたのものである。

次回に続く

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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