ビジネス書業界の裏話

作家デビューは文庫と単行本どっちが得か

2016.07.14 公式 ビジネス書業界の裏話 第11回

文庫本はこうして誕生した

よけいな薀蓄(うんちく)から入って恐縮だが、文庫というのは、本来、本の大きさを指す言葉ではない。
こんにち文庫といえば、文庫版というように一般的な単行本(四六判というB6サイズに近い大きさ)の半分程度のサイズの本のことだが、戦前の出版界ではこういう小さい判型(はんけい)の本のことは袖珍版(しゅうちんばん/着物の袖に入る大きさ、ポケット版)といっていた。
本来、文庫とは、栃木県足利市の足利学校にある「足利文庫」、東京駒込にある「東洋文庫」などのように、貴重な文献を集めたハイグレードな図書館、書庫のことである。
文庫という呼称が本のサイズとして一般化した背景には、おそらく「岩波文庫」の存在が大きく影響していると思う。

岩波文庫には、最後のページに「読書子に寄す」という発刊の辞が載っている。
岩波文庫が発刊された当時、すなわち昭和初期の日本では豪華な大型本の全集が大流行しており、それに対抗して岩波書店の岩波茂雄氏が「本は豪華さや大きさじゃない、書いてある中身が大事だ。高価な全集によって人類の叡智(えいち)を一部の富裕層だけに独占させてはならない」ということで、小型・低価格の「岩波文庫」を発刊させたとそこにはある。
製造原価を抑えるためサイズは小さくしたが、中身は貴重な文献を選りすぐった高品質なものだという主張を込め、あえて「文庫」と名付けたのだろう。
結果として「文庫」は、文庫版という本の形の呼称となって定着した。
岩波文庫の最後の1ページまで、つぶさに読む人はめったにいないと思うが、機会があったら一読をお奨めする。
岩波茂雄氏自身の思惑や事情も、そこにはいろいろあったと思うが、ときの流行に敢然と逆らう出版人の気概を感じることはできる。

印税は単行本のほうが得

ビジネス書作家がデビューするステージは、単行本、文庫、新書の3つのうちのいずれかとなる。近年、これにWebも加わるが、ここで作家デビューというのは紙の出版業界でのことなので、Webデビューは別扱いとする。
ビジネス新書というのはまだ数が少ないので、ここでは文庫と単行本を比較してどちらが得かを考えてみたい。

まず印税である。
文庫は単価が安いため、印税では単行本に較べ不利といえる。かつては文庫の初版は2万部以上からだったので、単価は半分でも刷り部数が大きかったため、印税収入はそう変わらなかった。しかし現在では、どこも文庫の初版部数を抑えている。ボリュームゾーンは8千部程度、文庫でありながら初版5千部以下という信じがたいケースも耳にする。

次に重版率を見てみる。
重版がかかるということは、売れているということである。
読者にとってはあまり関心のあることではないが、出版社はここに注目する。「売れない作家」と思われるよりは、重版が何度もかかる「売れている作家」と見られた方が絶対に得だ。
文庫は、最近初版部数を抑える傾向にあるといっても、場合によっては単行本に較べて初版の発行部数は多いこともある。そのため、それだけ重版のかかるタイミングは遅くなる。
1年後、2年後に重版ということも決して珍しくない(1年、2年と棚に残るというだけでも売れている証拠といえるが)。
よって売れ行きが同様であれば、現在では単行本の方が重版のテンポは速い場合が多いので、単行本のほうが優位といえる。

本が読者と出合う場は、依然として9割が書店である。書店に本が残る「生存率」はどうだろうか。これは文庫のほうに優位性がある。
文庫はいまでも(いまのところ?)各社のレーベルごとに棚で管理されている。
したがって新刊の時期を過ぎても、書店の棚に残ることができる。
書店の棚に本が残るというのは、チャンスがあるということだ。
一方、単行本にかんしては、売れないものは次々と売り場から退場させられる。
文庫よりも新刊の発行点数が多いため、売り場のスペースに限りのある書店としては、売れる本のためにはスペースをとるが、売れない本には甚(はなは)だ冷たい。
すぐに返品されてしまうのである。

売れる確率は文庫、デビューしやすいのは単行本

では、ヒット率はどうだろう。本は売れなければ誰もハッピーになれない。
これは、どうやら文庫に優位性があるように見える。
発行点数あたりのヒット率を較べれば、文庫のほうが新刊の発行点数が少なく、過去に売れた単行本を文庫化するケースもあるため、文庫の打率の方が高くなるのは道理といえる。
単行本で5万部程度だった本が、文庫化されて50万部を超えるということもある。
文庫で100万部を超えるミリオンセラーよりも、単行本のミリオンセラーのほうが目立つため、ベストセラーは単行本の方が多いような気がするかもしれないが、実際には文庫に軍配が上がると私は思っている。

デビューのチャンスは、ここまで見てわかるように、新刊の発行ペースは断然単行本の方が多いので、単行本が優位である。また、文庫は、最近では書下ろしも少なくないが、既刊本の文庫化しかやらない出版社もある。
しかし、生存率、ヒット率に注目して、あえて文庫デビューを考える作家もいるかもしれない。では、文庫でデビューするか、単行本でデビューするかを作家が決めることはできるのだろうか。

同じ編集部が文庫も単行本もやっている場合は、文庫か単行本化の決定は編集部が行う。
作家が自分は文庫で出したいと強く主張すれば、一応聞く耳は持つが、文庫は相応しくないと編集部が判断すれば、話はそこで終わる。
もし「どうしても文庫で」と作家がなお主張するのであれば、それなら他社へどうぞということもある。
一方、文庫編集部と単行本編集部が分かれている会社では、はじめにどちらとコネクションを築くかによって決まる。
どこの出版社でも、両編集部はインタラクティブな関係にはほぼなっていないからだ。
したがって、もし文庫で作家デビューしたいという人は、はじめから文庫編集部にアプローチすることである。

次回に続く

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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