結局、低姿勢こそが最強のビジネススキルである

「厳しすぎる上司」が、結局あなたのためになる理由

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辞めた後で思い返してみると……

だが、当時の自分はその前の上司がゆるい人だっただけに、「とにかくAさんは厳しすぎる!」と思い込んでいた。

そんな中、私はアメリカに行った。入社から1年4ヶ月、1998年8月に両親が住むアメリカに行き、会社を辞めることを伝えようと思ったのだ。会社に入ったことを両親は喜んでいたのだが、アメリカで会った時の私の憔悴っぷりとA氏の厳しさの吐露には「元々の部署に戻れないの? 前の上司は優しかったんでしょ?」と言った。

ただ、最終的にはサラリーマン経験が30年を超えている父による「サラリーマンはそういうことはあるからまだ辞めるな。Aさんの下で精一杯やれ」との発言もあり、頑張る気持ちを取り戻した。

A氏との思い出で、今でも印象に残っているものがある。ある日の深夜、隣で一緒に残業をしていたA氏から会議室に呼ばれた。

「おい、中川。この原稿を見てくれ」

A氏はこう言い、Wordの4枚ほどの原稿を私に渡した。ここに書かれていたのは、A氏が最前線で担当しているビール会社社長がこれから行われるビッグイベントでスピーチをする内容の草案だった。

多くのメディアも訪れるこのイベントで社長が話す内容というものは、各メディアの記事の論調にも、そして株価にも影響を与えるもの。もちろん、A氏が書いた原稿がそのままその場で読まれるわけではなく、同社の広報と役員、社長ご本人が吟味し、修正はするだろう。だが、「マスコミ対策としてはほぼ完成形」な状態の原稿をA氏は書いていたのだ。

私はこの原稿を読み「いやぁ、この原稿、いいですねぇ! マスコミの皆さんも記事が書きやすいでしょうし、会社の成長への意欲と期待を感じられるでしょうね!」とA氏に言った。そしてA氏はこう言った。

「これまでお前にやってもらっていた『枕詞抽出』から『論調分析』をしたうえで、オレが書いたんだ。色々大変だったとは思うけど、ありがとう。これをベースとして再来週、社長はスピーチをする」

この段階に至るまでにA氏の下についてから1年以上が経過していた。

A氏が教えてくれたこと

「とにかく厳しいAさん」と若干の恨みも持っていた私だが、A氏が私のことも存分に考え、尊重してくれていたことも理解していた。今こうして原稿を書いていると、A氏と一緒にやっていたコンピュータメーカーの仕事や自動車メーカーの仕事での厳しい扱いや温かい扱いも思い出される。

ビールメーカーとの仕事に対してはとにかく厳しかった。それは何よりもA氏にとっては重要だった仕事なのだろう。コンピュータも自動車も本気でやっていたのは知っていた。だが、両方ともA氏の下に中間管理職的な存在がいてその人が私との間を繋いでいた。だから、そこまで厳しくなかった。

とはいっても、私は両方のクライアントに対してもかなり失敗をしていた。それをA氏はすべてクライアントに対して尻拭いをしてくれていた……。

今回こういった原稿を書くことについて、今や役員となったA氏に「Aさんのこと書いていいですか? 昔のエピソードを使っていいですか?」とメールを書いたところ、こんなメールのお返事をいただいた。

「元気そうですね、活躍はFBですが拝見しております。私が上司だったのですよねー、懐かしいですね。○○(自動車会社)のイベントの時に、ホテルで寝たらあまりに寝心地がよくって遅刻して、怒られていましたね(笑)。全然かまいませんので、つかってください」

A氏は私が会社の床でいつも寝ていて、イベントにあたってはふかふかの布団のホテルで寝たため遅刻したことを覚えていたのだ。

いや、本当は前日の夜、クライアントと一緒に飲み過ぎて寝坊しただけなのだ。それなのに営業から怒られる私を前に、「いい布団だから中川は寝坊したんだな、ガハハハ!」と冗談をあの時も言ってくれた。そして、あれから21年経った今もあの時のことを言ってくれた。

そんなA氏は役員を経て今は顧問になっている

上司があまりにも厳しい、と思うことはあるかもしれないが、案外上司は信用できる。A氏と会えたことにより、今、私自身もこうして仕事を各方面からいただけている。

それは、A氏がクライアントを、そして部下をとんでもなく大切にする姿勢を部下である私に見せ続けてくれたからだと思っている。

 

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プロフィール

中川淳一郎
中川淳一郎

1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。ライター、雑誌編集などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『縁の切り方 絆と孤独を考える』『電通と博報堂は何をしているのか』『ネットは基本、クソメディア』など多数。

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