結局、低姿勢こそが最強のビジネススキルである

最愛の人を亡くして気付かされた「仕事・人生においてもっとも大切なこと」

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これまでの人生でもっとも後悔していること

仕事をするにあたって重要なのは結局は人間関係であると再三述べてきたが、最終回の今回、その人間関係が意図せざる形で終了し、そのことが人間にどう影響するかを書きたい。本当はこの件についてウェブ上では書きたくなかったのだが、編集者が「最終回にふさわしいのはこのテーマです」と言ったので書いてみる。

テーマは「もっとも大切な人の死」である。これまでの人生で何をもっとも後悔しているかといえば、この件である。数々の恥をかいてきたが、これが何よりも重い恥だし、なぜあの時あの行動をしなかったのだ、もっと大切にすべきだった……とつくづく思い続けている。多分一生後悔し続けるし、その後の人生の指針を考えるにあたって大いに影響した出来事であったのも間違いない。

2007年8月12日、そう、この記事の公開日、私の婚約者だった彼女は自殺した。当時31歳になったばかりだった彼女のことをここではAと呼ぼう。今回の原稿については、これまで書いてきた「低姿勢」や「ビジネス」とは異なる感覚になるかもしれないが、「人に感謝する」という根本を考えるにあたっては重要なことではないかと思う。

自殺を決断するまでのA

Aは鬱病だった。某大手企業の契約社員だった彼女は、よく午前半休をとったり、突然有給休暇を取得したりすることがあった。ある時は交通事故に遭ったと言い張り、その治療のためにしばらく入院することもあった。

ある日、入院中の病院に彼女の上司がやってきて、「もうかばいきれない」と言った。職場の契約社員軍団が「なんで彼女はこんなに休んでいて、私達が尻拭いをしなくてはいけないの」と上司に文句を言っているのだという。さらには、Aがその上司の愛人だから優遇されているといった説まで出るほどだった。ちなみに看護師は「彼女の身体にはまったく問題がないのに、問題があると主張するんです……」と私に言ってきた。真相は今となってはよく分からない。

この入院期間中に彼女は家を買った。東京・世田谷の松陰神社近くの中古マンションだった。「こんないい物件はない。私は不動産の審査をしているからよく分かる。私たちが一緒に住む家を買おうよ」と言う彼女の気持ちに押されるように、私はその家を買おうと決めた。頭金とリフォーム費用と不動産手数料は私が全部支払った。

そんな状況下、彼女はやはり会社を辞めざるを得なくなり、3月末をもって退職した。実質的にはクビである。本人は正社員になるという夢があったのだが、それは叶わなかった。

以後、家にいる日々が続いたが、新しい家関連で不動産業者と打ち合わせをするなど、ある程度やることはあった。今考えると、無職になることは見越していたため、「家を買う」という行動をすることにより、自分自身の価値を見出そうとしていたのかもしれない。

後になって知ったことだが、mixiには家のことをよく書いていたそうだ。死後、彼女の友人は「Aちゃんは自慢げに書いていたよ。仕事はなくてもちゃんと家を持てる人間なんだ、って言いたかったのかもね……」と言っていた。そんなことをしないでも価値はあるのに……。

私の年収だけでも2人して十分に生きていけたため、仕事をしないことについて私はまったく気にしていなかったが、彼女は無職であることを焦っているようだった。だからある時突然、不動産会社の営業職の中途採用面接を受けると言い出したりもした。「今そんなことしないでいいんじゃない? 別にお金に困ってないよ」と言うと「やっぱ仕事をしたいんだよね。今までやってきたことを活かしたい」と言う。しかし、面接の直前に控室で倒れてしまい、面接は受けられなかった。

「ダメだった……」と帰ってきたその後も、彼女は出会い系サイトのサクラのバイトに応募するなど迷走を始めた。当時私もネットニュースの編集が猛烈に忙しくなっており、静観していたのだが、これが一生の後悔だった。恥ずかしながら、鬱病が自殺に繋がることを当時は知らなかったのである。

あまり警戒をすることなく自由に行動をさせていたのだが、この2ヶ月後、彼女は死んだ。とある大学の森の中の朽ち果てた小屋の中で首を吊っていた。行方不明になって3日目、GPSのデータから半径750メートルを特定し、探し続けていた中見つかった。

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プロフィール

中川淳一郎
中川淳一郎

1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。ライター、雑誌編集などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『縁の切り方 絆と孤独を考える』『電通と博報堂は何をしているのか』『ネットは基本、クソメディア』など多数。

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