名越康文 「パワハラ」よりも怖いのは「愚痴の多い飲み会」!?

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パワハラそのものよりも、問題はそれを生む「根」

最近、パワーハラスメント=「パワハラ」がよく話題となっています。いまさら説明するまでもないかもしれませんが、パワハラとは一般的には、社会的な地位が強い立場にある人(政治家や社長、上司、大学教授など)が、自らの権力や立場を利用して、地位が低い人に嫌がらせをすることを表す言葉です。

これから仕事に就く人や、転職をする人などは、職場で自分がパワハラを受けないかということや、自身が部下に対して知らず知らずのうちに、パワハラをしてしまわないかといったことが、気になるところではないかと思います。

ただ、実際にパワハラが起きてしまった場合には、その対応は、限られています。可能であれば当事者間で冷静に話し合うこと。それでも解決されなければ、外部の人、場合によっては警察や弁護士が入って解決をはかることがあるかもしれません。あるいは、止むを得ず転職して、環境を変える、という方法論もあり得ます。いずれにしても、そうした具体的な対処については、ケースバイケースという側面が強く、あまり一般化すべきではないだろうと思います。

ただ、その一方で、パワハラには、かなり広く共通する「構造」がある、と私は感じています。「パワハラ」という言葉で私たちが想起する、暴言を吐いたり、暴力を振るったり、力関係を使って無茶な仕事を押し付けたりといった行為の背景には、目に見えづらいけれど共通した「構造」がある。

パワハラというのは、ある特定の「土壌」の上に咲く「花」のようなもので、そうした花を咲かせる「土壌=構造」にこそ、注意を向けておくべきだと、私は考えるのです。

電車の中で見た、ある風景

先日、電車に乗っていて、こんなシーンに遭遇しました。スーツを着たサラリーマンらしき男性数人が、つり革につかまりながら、話しています。周りはおそらく20代から30代前半、真ん中には50代とおぼしき上司が立っておられました。

内容としては、最近のニュースに対する論評と、自分たちの仕事の話が半分ずつ、というところでした。いわゆる世間話ですね。これ自体は、よく電車の中で見かける日常の光景です。ただ、その会話になんとなく耳を傾けているうちに、私はだんだんと、なんともいえない倦怠感や疲労を覚えてきたのです。

なぜか。それは、上司と部下との間に圧倒的な「上下」の関係があって、それがいつまで経っても、ピクリとも揺るがないことを、ひしひしと感じたからです。

上司の方は、別に特段に高圧的というわけでもないし、言葉遣いがキツいというわけでもありません。部下も、別に媚びへつらっているわけでもないし、萎縮しているわけでもない。ただ、この二人の間にある上下関係は、このあと、どう会話が転んでも揺るがないであろうということが、強く伝わってきたのです。

会話をリードするのは終始、上司ばかり。部下はただ、上司の話に反応し、同意しているだけ。結局、彼らが電車を降りるまで、部下が自分の意見を投げかけたり、話題をリードしたりするシーンは見られませんでした。

上下関係はだんだんと見えづらくなる

固定化した上下関係。私はこれこそが、「パワハラ」を生む土壌だと考えています。だからこそ無意識なのです。

もちろん、組織である以上、上下関係があるのは当然のことです。ただ、それがあまりにも固定化されてしまい、他の関係性が入り込む余地がなくなってしまうと、だんだんと職場の閉塞感は増していきます。

先ほどの電車の中の上司・部下の関係性でも、もしも部下の若者が、「なんでこのおじさんの話に延々と耳を傾けなければいけないんだ」という顔を見せたり、上司のほうが「どうしてこいつは、自分の意見を言わずに黙って頷いてばかりいるんだ」とイライラしている表情が見えていたら、私はさほど、閉塞感を覚えなかったと思います。

固定化した上下関係の最大の問題は、あまりにもその関係性が当たり前になりすぎて、他の関係性がありうる、ということが頭からすっぽり抜け落ちてしまうことにあります。実は、こうした「無意識化・固定化した上下関係」が、今、日本社会の停滞を引き起こす、隠れた要因となっているように私は感じています。

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プロフィール

名越康文
名越康文

精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。
臨床に携わる一方、TVやラジオ番組でのコメンテーターや映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍する精神科医。
近著に『「SOLO TIME」ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である」』などがある。

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