小川ヤクルト 躍進へのマネジメント

前半戦を終えた今、
指揮官が考えていること

2017シーズンまさかの「96敗」から、昨シーズンセリーグ2位という快進撃を見せたヤクルトスワローズ。ドン底のチームを見事立て直した小川監督は今年、「KEEP ON RISING~躍進~」をスローガンに掲げ、さらなる飛躍を目指す。本連載では2018年シーズンに続き、インタビュアーにスポーツライター長谷川晶一氏を迎え、「躍進」を成せる強いチームをつくるにはどのような采配と決断が必要なのか――小川監督へのタイムリーなインタビューを通じて組織づくりの裏側に迫っていく。

(インタビュアー:長谷川晶一)

16連敗中には進退問題も、
取りざたされたけれど……

――前半戦を終え、オールスターゲームが始まります。まずは、ここまでの戦いぶりを総括していただけますか?

小川 開幕当初は、先発投手陣になかなか勝ち星がつかない中で、中継ぎ陣が何とか頑張って勝ち星を重ねることができました。その一方で、坂口(智隆)、バレンティン、西浦(直亨)、太田(賢吾)、石山(泰稚)、スアレスなど故障者が相次ぐうちに、投打の歯車が少しずつずれていき、負けがかさんでしまいました。

――前半戦ではリーグワーストとなる16連敗もあったし、昨年は勝率1位で浮上のきっかけをつかんだ交流戦でも、パ・リーグ全球団に負け越しました。その渦中では、「監督更迭」問題が紙面をにぎわすこともありました。

小川 前回、監督を務めたときは逆の立場でした。当時の高田繁監督がシーズン途中で休養して、その後を「監督代行」という立場で僕が引き継ぎ、翌年から正式に監督になりました。実際に自分が経験して思うことは、「ただ辞めればいい」という単純な問題ではないということです。大切なのは「チームがどう変わるか?」ということをきちんと考えなければならないと思うんです。

――具体的に教えてください。

小川 もちろん、最終的には僕の一存で決まるものではなく、あくまでも球団が最終判断を下すことですけど、監督を任せてもらった以上は、どんな状況になっても最後までやり終えないといけないと考えています。前回監督を務めたときも、最後の2年間は(2013~14年)最下位でしたけど、「最後まで全うしよう」というのはずっと考えていました。チームに問題があるのなら、監督として最後までその問題を改善するための手を尽くさなければならないし、自ら身を引こうとは考えていません。もちろん、「変えるためにはお前が辞めることだ」と判断されれば、それに従うまでですが。

――テレビ画面を通じて、小川監督の目の下のクマが日に日に目立つようになっている気がします。当然、心労も大きいと思います……。

小川 最近、マスコミの人によく聞かれます。「昨日は寝れましたか?」とか、「ご飯は食べられていますか?」って。確かに熟睡はできないですし、胃が痛くなることも多いですけど、それが監督の仕事だと思うし、少しでもチーム状況が改善するためのベストを尽くすだけだという考えは変わりません。連敗中は、日に日にマスコミの数も多くなりました。みんなが、僕の前に集まっていましたけど、それも含めて監督の仕事だと思っています。

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プロフィール

小川淳司
小川淳司

千葉県習志野市出身。習志野高校卒業後、中央大学に入学。1981年ドラフト4位でヤクルトに入団。1992年現役を引退すると、球団スカウトやコーチなどを経て、2010年シーズン途中に監督に就任。2014年シーズンまでチームを率いる。退任後は、2017年シーズンまでシニアディレクターを務め、2018年から再び監督となる。

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