欧米エリートが使っている人類最強の伝える技術

「仕事が遅い上司・部下」を動かす、ちょっとズルい裏ワザ

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恐怖は個人に向ける

では、そもそも「恐怖」とはなにか? 

弁論術の開祖アリストテレスは恐怖について、「悪いものの予期」(『ニコマコス倫理学』第三巻第六章)と定義しています。「悪いことが起こるんじゃないか」という予感こそが恐怖なのです。

したがって、恐怖で相手を動かすには、「言われたことをやらないと、悪いことが起こるんじゃないか」と思わせなければなりません。

しかも、その「悪いこと」は、所属する部署やチームなどに対してではなく、聞き手個人に関わるものであることが大事。
ほとんどの人間にとって、「やらないと、会社に悪いことがあるよ」より、「やらないと、君自身に悪いことがあるよ」のほうが正直恐ろしいものです。それに、まあ、こういう言い方もなんですが、とくに「やる」と言ってやらないような責任感が薄いタイプの人間には、個人あての悪いことのほうがてきめんに効きます。

では、具体的にはどんな「悪いこと」で恐怖心をあおるのがよいのか?

結論から言えば、仕事の場面では「やらないと、責任問題になる」という悪いことが有効でしょう。例えば、次のように。

(部下に)「これが遅れると全体の仕事が止まっちゃうからな」
(他部署に)「できれば急いでもらえると。作業がどこで止まっているのか、上も見てると思うんで」
(発注先に)「前にこの期限を守らなかったときに、相当問題になったみたいなんで」
(上司に)「社長もこの仕事の進捗はかなり気にしているらしいんで、決断は急いだほうがいいと思います」

ちなみに、この「責任問題」で恐怖をあおる方法は、個人よりチームが大事ないわゆる優等生タイプの人間にも有効です。それは単に「チームに悪いことが起こるかもしれない」と言うのと、「“君のせいで”チームに悪いことが起こるかもしれない」と言うのと、どちらを彼らが恐れるのかを考えれば明白です。

あいまいな言い回しが恐怖を引き起こす

また、あいまいな言い回しでネガティブな内容をぶつけるのも、恐怖をあおるのには有効です。

「期限通りにやってもらわないと、本当にヤバいんで」
「この作業が遅れたせいで、前にとんでもないことになったんで」

「本当にヤバい」「とんでもないことになった」。このあいまいさが相手の恐怖心への呼び水になります。こうすることで「何があるんだ?」「自分にも何か起きるんじゃないか?」と想像させるのです。恐怖は相手の中で勝手に大きくなります。

人間には、あいまいさを目の当たりにすると、想像で補って大きくしてしまう心理的な性質があります。
例えば、占いや予言。占い師や予言者を信じている人間は、「○○に当てはまる人間には、悪いことが起きるぞ」(実際にはもっと神秘的な言い方をするものですが)とあいまいに言われただけで、「悪いこと」の内容を勝手に補い、「アレが起こるんじゃないか」、「コレがそうだったんじゃないか」などと悪い想像の渦に巻き込まれてしまいます。これは、内容があいまいだからこそ、自分が恐れるものを勝手に想像してしまうのです。

もちろん、あいまいな言い回しでこうした効果を生み出すには、語り口も大事です。
第三回で「相手を感情的にするためには、自分が率先的に感情的にならなければいけない」という話をしましたが、それは恐怖をあおる場面でも同じ。

恐怖をあおるのに、明るい声や軽い調子で話してしまっては効果はありません。率先して恐ろしそうに、深刻そうに語りましょう。“いずれ”悪いことが起こるのではなく、言ったことをやらなければ、“すぐに確実に”悪いことが起こるという感じがでるようにしなければいけません。
また、仮に相手が「ヤバいこと」「とんでもないこと」の内容を尋ねてきたら、重ねて深刻そうに「それは言えないんですけど」と言葉を濁しましょう。とにかく、ここではあいまいさをキープし、相手に想像させることが大事なのです。

「競争心」で相手を動かす

最後におまけ的に紹介しておきましょう。

以上のような恐怖で相手を動かす方法に抵抗感がある人には、「競争心」で相手を動かす方法もあります。競争心もまた古代ギリシャの時代から人を動かすのに使われてきた感情です。

相手が最低限「人に負けたくない」という感覚を持っていることが前提になりますし、「競わせる」という性質上、上司相手には使いにくい方法ですが、次のような言い回しは有効でしょう。

(部下に)「○○さんに頼んだ時には三日でやってもらったんだけど、それぐらいでできるかい?」
(他部署に)「○○さん(前任者)の時には、すぐにご対応いただけて助かりました」
(発注先に)「○○社さんには必ず納期は守っていただいてたんですが、今回は××社さんにお願いできるってことでいっそう安心してます」

もちろん、「○○さん」「○○社さん」が相手にとってライバル的な存在であれば、さらに効果は増します。そうした人間関係・会社関係を把握しているのなら、特にこうした方法を試すのもいいでしょう。

以上、今回は「やる」と言ったのにやらない人を動かす方法として、「恐怖」をあおるテクニックをご紹介しました。いずれにせよ、こうした人を相手にする場合には、話の正しさ(ロゴス)で言い含めたところであまり効果はなく、感情(パトス)を揺さぶる言葉が必要です。

ロゴスでなければパトス。このような使い分けを身につけていくのも弁論術の醍醐味でしょう。

 

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プロフィール

高橋健太郎
高橋健太郎

横浜生まれ。古典や名著、哲学を題材にとり、独自の視点で執筆活動を続ける。近年は特に弁論と謀略がテーマ。著書に、アリストテレスの弁論術をダイジェストした『アリストテレス 無敵の「弁論術」』(朝日新聞出版)、キケローの弁論術を扱った『言葉を「武器」にする技術』(文響社)、東洋式弁論術の古典『鬼谷子』を解説した『鬼谷子 100%安全圏から、自分より強い者を言葉で動かす技術』(草思社)などがある。

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