物価の高騰に抗議するイラン反政府デモが「ハメネイ体制」の「転覆運動」へ明確に変化し始めた。年末にテヘランのバザールに端を発したデモは急激に全土に拡大。2週間の治安部隊との衝突で500人以上が死亡した。
「自由」を求めるデモ隊は米国のトランプ政権のベネズエラ攻撃とマドゥロ大統領の拉致を重ね合わせ、最高指導者ハメネイ師の排除まで要求する深刻な事態に発展した。
イランは1979年の革命以降、さまざまな抗議デモを力で封じ込めてきた。2009年の大統領選挙不正疑惑を訴えたデモ、19年のガソリン価格引き上げに抗議したデモ、直近では22年、ヒジャブ(スカーフ)のかぶり方が不適切だとして拘束された女性が死亡したことに抗議する大規模デモが発生。このデモでは治安部隊の弾圧で約500人が殺害された。
今回はバザールの店主らが物価の高騰と通貨リアルの暴落に怒り、立ち上がった。ペゼシュキアン大統領は月約7ドルの賃上げと汚職の撲滅を公約して鎮めようとしたが、デモは収まるどころか逆に全土31州111都市に波及、各地で治安部隊との衝突が起きた。過去のデモと異なるのは革命以来の聖職者支配体制の終焉をはっきりと要求したことだ。
「独裁者に死を」「最後の戦いだ」と叫ぶデモ隊は大学生ら若者が先頭に立ち、治安部隊に投石を繰り返した。危機感を深めたハメネイ師はデモを「トランプを喜ばせるだけ」と非難、「退くな」と治安部隊に檄を飛ばした。検事総長はデモ参加者に「神の敵」とのレッテルを張り、死刑に値するとどう喝した。
お墨付きを得た治安部隊は実弾で応戦した。国際人権団体によると、503人が死亡、1万人以上が拘束された。治安部隊も約70人が死亡した。
デモ隊と治安部隊の衝突の模様はSNSであっという間に拡散され、これがデモの拡大を煽った。追い詰められた当局は7日ごろから国際電話とインターネットを遮断するブラックアウト措置を実施し、イランを世界から孤立させた。だが、ここまで燃え上がった反政府運動が沈静化する兆しはない。
イランは9日深夜、国家の重大事を討議する緊急の「国家安全保障委員会」を開催、反政府デモと米イスラエルからの攻撃の可能性について話し合った。会議ではデモ参加者の意見に耳を傾ける必要があるとするペゼシュキアン大統領ら保守穏健派と、徹底弾圧を叫ぶ革命防衛隊司令官ら強硬派が対立したもよう。
米国のベネズエラ攻撃をめぐっても意見が交わされ、攻撃された場合の報復なども議題に上ったようだ。今回のデモの背景には、政府高官や革命防衛隊の汚職体質への不信感がある。大統領は改善を要求したとされるが、結論には至らず、指導部の分断が露呈された形だ。
問題先延ばしという最悪の結論だ。ペゼシュキアン大統領にはハメネイ師との権力の二重構造への強い不満がある。アラグチ外相は交渉の用意があるとの意向を米国のウイトコフ中東担当特使に伝えた、という。
こうした中で、トランプ大統領は「われわれは臨戦態勢にあり、行動する準備ができている」「もし平和的なデモ参加者が当局に殺害されれば、米国も(当局を)銃撃する」「イランは自由を求めており、米国は手助けする用意がある」などと矢継ぎ早に発言、イラン側に揺さぶりをかけ続けている。
ニューヨーク・タイムズによると、大統領はここ数日間、国防総省からイランを攻撃した場合の「軍事オプション」の説明を受けた。最終決断はまだだが、標的の1つはイランの治安部隊の拠点になりそう。米国が攻撃しても国民を反米に向かわせず、イランに報復攻撃をさせないことが配慮されている。