日本の観光は一つの到達点を迎えた。訪日外国人客数は2025年に約4270万人と、統計開始以来、初めて4000万人を突破し、消費額も9兆5000億円と過去最高を記録した。量的拡大という点では、日本の観光政策は明確な成果を上げたといえる。
その中で、25年12月の数字は極めて興味深い。金子恭之国土交通相によれば、中国からの訪日客は約33万人と、前年同月比で約45%減少したにも関わらず、欧米豪など他地域からの旅行者がそれを補い同月の訪日客数は約360万人と、12月として過去最高を更新した。
この事実は、日本観光がすでに「単一市場依存」から一定程度脱却しつつあることを示すと同時に、より本質的な問いを私たちに突きつけている。それは、「何人来たか」ではなく、「観光が地域にどのような価値をもたらしたのか」である。
政府は現在、インバウンド6000万人、観光収入15兆円という目標を掲げている。しかし、この目標設定は本当に適切なのかを再度吟味する必要はないだろうか?
比較対象としてよく引き合いに出される米国では、年間約7000万人の訪問客で、観光収入は約25兆円規模に達している。為替条件や物価水準の違いはあるにせよ、日本の6000万人で15兆円という目標は、一人当たり消費額の低さを前提にした設計と言える。昨今の内外の状況を勘案すると、5000万人で15兆円、あるいは6000万人で20兆円超のような数値目標の方が適切だろう。
今後重要なのは「人数」ではなく、「一人当たりがもたらす価値」である。観光はもはや「量の産業」ではなく、「価値の産業」へと転換する段階に来ている。
価値の産業と言ったが、ではどのような価値なのか? 観光地域戦略を考察する際にはコアバリュー(中核価値)を考えるべしとよく言われるが、これは地域住民らにとっての地域のコアバリューと観光客にとってのコアバリューの2種がある。その接点は何かを考察することになるのだが、観光客にとっての観光の価値は一様ではない。
例えば観光の価値の深化として下記のような考え方で考察してはどうだろうか。
第1段階は「見る・知る」(Difference Consumption)である。非日常的な風景や文化に触れることで、認知がリセットされる段階だ。多くの寺社観光や名所巡りはここに位置づけられる。
第2段階は「買う・集める」(Commodity / Symbol)。土産物やブランド品の購入による所有の満足である。
第3段階は「体験する」(Experience Value)。温泉、自然体験、アクティビティなどを通じて、身体的・心理的な回復が生まれる。これまでの観光価値はこの第1段階~第3段階までのどこかで語られることが多かったのではないか。
第4段階になると、「意味・関係性」(Meaning / Relational Value)が生まれる。地域の人々との交流や、その土地ならではの文脈を理解することで、場所との関係が再構成される。
第5段階は「変容」(Transformative Value)である。旅を通じて視点や価値観、行動が変わり、自己認識にまで影響が及ぶ。たとえば通常の寺社観光は第1段階に留まりやすいが、僧侶との対話や修行体験を組み込むことで、第4・第5段階にも到達し得る。北海道のアグリツーリズムや、スペイン・バスク地方のガストロノミーツーリズムは、高い付加価値を生む好例である。
上記と近い考え方でより顧客の心理プロセスで価値を表現する方法もあり1,Reset(リセット)2,Referesh(リフレッシュ)3, Relax(リラックス)4, Reframe(意味の再構成)5, Transform(変換)という価値の区分けもあり得る。