79年の革命以降、イランにとって米国とその同盟勢力は大きな脅威となっていた。イラン革命の指導者ホメイニは、米国を大悪魔、イスラエルを小悪魔と呼んで両国の脅威を繰り返し指摘していた。
イラン・イラク戦争での米国のイラン支援、クリントン政権による二重の封じ込め作戦、W・ブッシュ政権による悪の枢軸発言、歴代政権によるペルシャ湾岸地域への米軍の配置と、イスラエルやサウジアラビア、ヨルダンなどへの武器供与、対イラン制裁措置は、イランにとって許しがたいことだった。また、欧米文化や世俗主義の拡散、ソーシャルメディアを活用した文化的浸透も、国内の反体制活動や社会不安を煽るものとして批判的に受け止められている。
重要なのは、イランと米国=イスラエル陣営の間には、総合的な国力や戦力に関して圧倒的な差が存在することである。イランは、西側諸国による制裁下にあって先端兵器を輸入することはできないし、経済的にも困難な状況に置かれている。このような状況の中で自国の安全保障環境を改善するために採用されたのが、抵抗の枢軸の活用、核開発や弾道ミサイル、ドローン、サイバー戦強化などの措置である。
イランの指導者たちは、国外の抑圧された者たちに革命を輸出することで、イスラム世界と自国を取り巻く戦略環境の変革を目指してきた。そのような人々に働きかけを行う中心的組織が、79年に設立された革命防衛隊である。これは正規軍とは別に最高指導者の直轄組織として創設され、国外の武装勢力を支援、指導して自国の同盟勢力として育成することが目指されていた。
とりわけ、イラン・イラク戦争はイランの国家安全保障観に大きな影響を与えた。国家経済とインフラが壊滅状態となっただけでなく、シリアを除く周辺のアラブ諸国、欧米諸国、ソ連が革命の輸出を恐れてイラクを支援したことが、自国の脆弱性を強く認識させた。
国外の親イラン武装勢力を支援し、活用する戦略は、イランの責任の所在を曖昧にするという大きな利点を持っていた。それらの勢力が活動することによって、敵と直接対峙することも回避できた。そして、勢力を通して各国の内政に影響力を行使することができた点も重要だった。
中でもイスラエル国境に近接しているレバノンのヒズボラの存在は非常に重要な意味を持っていた。80年代前半に内戦状態にあったレバノンで誕生したシーア派の組織であるヒズボラは、当初からイスラエルを徹底的に非難していた。また、ヒズボラは様々な営利、非営利活動を行っていて、レバノン政府の行政サービスの不十分さを補完し、社会の中で重要な意味を持って支持を広げてきた。
ヒズボラは高度な軍事能力を持っており、イランと他の抵抗の枢軸勢力を仲介する役割も果たしているし、ハマスやフーシ派などに対して軍事訓練、資金援助なども行っている。イスラエルがイランに加えてハマスの拠点であるレバノンをも攻撃しているのは、このような理由によるといえよう。
このように、イランが抵抗の枢軸の中心となっていることはイスラエルにとっては脅威であり、イスラエルが可能であればイランを徹底的に破壊したいと考える理由となっている。また、イランは大国としてのプライドが高く、米国を中心とする諸勢力から屈辱的な扱いを受けてきたとの認識を持っているが故に、安易に妥協するわけにはいかない状況に置かれているため、両国の対立は激化するのである。
23年10月にハマスがイスラエルに対して大規模奇襲攻撃を行ったことが、中東情勢を激変させた。イスラエルは甚大な被害を受け、死亡者数は同国史上最多となった。ハマスは設立当初から意思決定過程も一元化されていないとされ、23年のイスラエル攻撃について知らされていなかった幹部も多かったとされる。