仕事できる人ほど「コロナ疲れに悩む」根本原因

なぜ仕事ができる人ほど「コロナ疲れ」を起こすのか?(写真:jessie/PIXTA)

新型コロナウイルス禍に対する政府の緊急事態宣言が延長され、それに伴って多くの企業で在宅勤務、いわゆる「テレワーク」を継続することが決まってきています。その中で、テレワークに対する評価の変化が生じています。

最初はテレワークの利点ばかりを強調する「テレワーク万歳」の声が多かったように思いますが、テレワークが長引くにつれて、なかなかテレワークは想定以上に疲れてしまうものだという「テレワークしんどい」という声も増えてきました。筆者もテレワークを始めて2ヵ月くらいになりますが、実際に疲労を感じることが増えました。なぜテレワークだと、平時よりもしんどく感じるのでしょうか?

なぜテレワークは「しんどい」のか?

最大の原因として考えられていることは、テレワークになると「誰がどのぐらい仕事を抱えているのかという状況が見えにくくなる」ということです。結果、ほかに手が空いている人もいるのに、特定の人にキャパ以上の仕事を振ってしまいがちです。

仕事を振られた側も、ほかの人の状況がわからないため、「できません」とか「あの人に振ってください」とも言えません。しかも、たいていそういう人は「できる人」なので、なんとか追加の仕事もこなしてしまうため、マネジャーも負荷の増大に気づきにくい。それでキャパオーバーしてしまう可能性があるのです。

また、場に応じてそれぞれが柔軟に役割を変えるチーププレイで成長してきた日本企業の働き方にも由来するのですが、「仕事の役割が曖昧であること」も負荷を増やしています。

リアルなオフィスでは「そこまではしなくていい」と制止してくれるマネジャーがいるのですが、テレワークには存在しません。「やらなくてはいけないこと」は限られますが、「やったほうがいいこと」は際限なくあるため負荷が増大するのです。

さらに、テレワークには仕事の負荷がどんどん増えていくことを制限してくれるものがありません。これまで「働き方改革」のため時短を行う方法として、社員を半ば強制的にオフィスから退去させてきた会社が多いのですが、テレワークでは同じやり方が通用しません。

そもそもオフィスから退去しても家に仕事を持ち帰ることが問題視されている最中であったわけですが、今回の急激なテレワーク化によって、「いつまでも仕事ができてしまう」状況になってしまいました。仕事がプライベートを侵食していると言ってもよいかもしれません。

テレワーク初期には「社員がサボるのでは」ということが問題視されましたが、本当の問題はどうやら「働きすぎるのでは」ということだったのではないでしょうか。

部下への「大丈夫か?」はNGワード

このようにテレワークだと仕事の負荷がどんどん増え、しかも業務量の平準化も行われないことで、「できる人」がつぶれてしまう可能性があります。それを避けるには、各メンバーの仕事負荷を可視化し、適宜、仕事を振り直す機会を持たなければいけません。

ただし、それを今まで以上に精緻にする必要もあります。「大丈夫か?」と声をかけるだけだと、「できる人」ほど「大丈夫です」と言うに決まっていますので、その言葉は禁句です。どんな状態で、どんな仕事を抱えているのかを具体的なレベルで把握し、大丈夫かどうかはマネジャーが判断しなければいけません。

また、負荷の可視化の範囲を、テレワークの際にはプライベートまで広げる必要もあるかもしれません。

先に述べたように、今は、急に「ワークライフバランス」から「ワークライフミックス」になってしまい、オンとオフの切り分けができずに混乱している状況です。子どもが学校や保育が休みになってしまい、それも仕事の負荷を増大させている可能性も高い。家族が病気になっても、ウイルス感染を恐れて病院に行けずに大変なことになっているかもしれません。

そういった「家庭の事情」などは切り分けて、あまり詮索しないのが「昨今の時流」でしたが、今はむしろそういうプライベートな事情を含めて配慮してあげる必要があるのではないでしょうか。

「結果主義」だけでは足りない

ただ、そういうプライベートな背景を理由にして、仕事に対してどうこう言うのは、これまでの「できる人」にはやりにくいことです。

だから、マネジャーはそういった「家庭の事情」を言いやすい雰囲気を作らなくてはなりません。自分から「家庭の事情」をどんどん伝えていくことも大事です。マネジャーが率先してプライベート情報を開示することで、「そういうことを言ってもいいのだ」「それを理由に何かを要請してもいいのだ」とわかってもらうことが部下の負担を和らげます。

「テレワークになったから結果主義」というのはあまりに雑な対応です。今だからこそ、「できる」メンバーがつぶれないように、その人の生活まで視野に入れてケアをしてあげなければならないのです。